目的地到着と新たなスライム
本日、2話同時投稿。
この話は1話目です。
「やはり状況は良くないな」
日暮れ前、空がうっすらと赤くなり始める頃に、目的地である亡霊の街の手前に到着したのだけれど……そこには予想通り、魔獣討伐の経験豊富な大人達が、苦渋の色を隠しきれなくなる光景が広がっていた。
亡霊の街は、すり鉢状にくり貫かれた土地の中心に建てられた巨大な刑務所跡。その周囲には囚人の脱走を防ぐため、正八角形を描くように8つの“監視塔”が建てられている。
俺達がいるのは刑務所の正門に続く、崖の間を広げて作られた長い一本道の入り口で、門が閉ざされているため中の様子は見えない。しかし、どうやら門の一部が壊れているようで、一本道の半分ほどまでアンデッドがあふれ出している。昨日、油を撒いて殲滅した崖下と同じような状態だ。
いい天気で、よく風の通る場所なのに、妙な息苦しさも感じる。気分が悪いというか、不快感がぬぐえない。
「瘴気が流れてきているわね……大丈夫?」
「戦闘や活動には問題なさそうです」
「ならいいけど、ダメそうなら遠慮なく言ってちょうだい。瘴気は魔力の一種だから、意識しなくても気持ち悪く感じるの。このくらいなら気分が悪い程度ですむけど、瘴気が近くにある限りその気持ち悪さは続くと思った方がいいわ。だから、無理は禁物。
あと、もし瘴気が黒いもやのように見えた場合は要注意よ。視認できるほどに瘴気が濃くなっている証拠だから、そんなものを浴びたら命にも関わるわ。“瘴気溜まり”には極力近づかない、瘴気を纏ったアンデッドがいたら、可及的速やかに排除。これを徹底して」
「了解です」
体調については注意しておくとして、問題はここからどうするかだけど……
「残念だが、常闇草どころではなさそうだ。今のうちにできる限り数を減らしておきたい」
「そうね、流石の私も、この状況で薬草採取を優先する気はないわ」
「僕も同じく」
「私がテレッサの街まで報告に向かいましょうか?」
「それより、わしがドラゴンを呼んで焼き払った方が早かろう。今からでは領主に話が届くまで、さらに軍を派遣するまでの時間がかかる」
「報告するにしても、焼き払うにしても、もう少し詳しい情報が欲しい。ひとまず最寄の監視塔まで行って、それから考えてはどうだ?」
……思ったより余裕はありそうだ。というか、大人組が心強すぎる。
最寄の監視塔までの道は、目の前の一本道をしばらく進むと細い連絡階段があるらしく、そこを上るだけだけど……そこにたどり着くまでには、アンデッドの群れを潜り抜ける必要がある。
「では、また防衛線を作りますか?」
「いや、それは監視塔についてからでいいだろう。レミリー、頼めるか?」
「いいわよ。その代わり、上の対処は任せたわ。あとリョウマちゃん、私がこれから大技であの大群を一掃するから、その後の階段下の封鎖をスライム達にお願いしてもいいかしら?」
「わかりました」
この状況で適当なことは言わないだろうし、本当にできるのだろう。できるのならば、どんな魔法なのか? よく見ておかなければ。
「それじゃ、気づかれないうちにやっちゃうわね。『レーザー』」
レミリーさんが1人、一本道の中央に踊り出て唱える。直後に構えた杖の先から、細く収束した一本の光線が飛び出した。その光は、前世にあったレーザーポインターを思い出させる。出力によっては、皮膚を焼いたり失明に繋がったりする物もあるのは知っているけれど、ゾンビの大群を相手にするには、若干心もとない。
そんな印象を抱いた次の瞬間には、光線の軌道上にいた全てのアンデッドが消え去ってしまう。一拍遅れて、光線が一瞬にしてアンデッドの体を貫通し、消滅させたことを理解した。
さらに、レミリーさんが杖の先を軽く右から左へ動かせば、追従する光線で大群が一気になぎ払われる。一本道に犇いていたアンデッドは、ものの数秒で一掃されてしまった。
「……え、こんなにあっさりと?」
「この魔法は貫通力が高いし、遮蔽物がない場所ならこんなものね。ただし魔力消費が激しくて、連発はできないわ。だから早めに階段前の確保をお願い」
「そうでした!」
急いで移動しながら、エンペラースカベンジャースライムに指示を出して、階段下を確保。分離してスカベンジャースライムの大群になってもらい、近づく敵の処理を頼む。
下の確保ができたら、用心しながら石の階段を上っていく。どうやら監視塔にもアンデッドが巣食っているようで、細い通路からもゾンビやスケルトンが姿を現すけれど、そんなに狭い場所で密集していれば、散弾の良い的だ。
「『ライトショット』」
「あら、私との勝負で作った魔法ね」
「狭い場所では効率がよさそうだ。室内戦でも役に立つのではないか?」
「レミリーとの勝負が役に立ったのぅ」
「そうですね。最初は少し戸惑いましたけど、今は勝負をしてよかったと思います」
「私もやってみようかしら」
そう言ってレミリーさんは、俺のライトショットを真似て援護射撃を始めた。最初の1発はあまり拡散しなかったが、使い方のコツを聞かれたので教えたところ、3発でほぼ完璧に習得できたようで、さらに進む速度が上がる。
「教えてもらっておいてなんだけど、この魔法はあまり気軽に他人に教えない方がいいかもしれないわね」
「ああ、ショットガンから神の子とバレやすくなりそうですね」
「そこじゃないわ。ショットガンについては“昔話から着想を得た”とか言っておけばいい。問題はこの魔法が便利なだけに、今後“教わりたい”って言う人が出てくるかもしれないからよ」
俺は即席でなにげなく使っていたけれど、ライトショットは少ない魔力で多くのアンデッドを倒せる反面、その効率を最大化するには“高い魔力操作能力”や“立ち回り”など、それなりの技術と経験を必要とする魔法になっていたらしい。
「どんな魔法でも使用者の戦闘経験や素養は影響するけれど、光魔法だと余計に難易度が高くなるからね……教えてあげても習得できなかった時、自分の実力不足だって納得してくれる人ならいいけど、そうじゃない人も沢山いるから困るのよ」
魔法の達人であるレミリーさんは、これまで数え切れないほど指導をお願いされたことがある。しかし、習得できないと教え方が悪いと言われたり、教えたくないから必要な何かを隠しているなどという言いがかりをつけられたりする事が沢山あったそうだ。
善意で教えてあげたとしても、面倒事に発展する可能性があるので、教える相手や内容には注意するように。指導者の道に進みたいのでなければ、教えるとしてもできるだけ基本的で簡単なことだけにしておく方が無難だ、とのアドバイスを頂いた。
なお、その話には横で聞いていたセバスさんが同意を示していた。空間魔法で同じような経験があったらしい。2人の言葉は心に留めておこう。
「『ライトショット』……これで一通り片付きましたね」
無事に到着した監視塔は、円柱状の塔の隣に、監視員の休憩所として使われていたと思しき小屋が付随しているだけの簡素な作り。廃墟と呼ぶにふさわしい古い建物にもかかわらず、しっかりと形が残っている。その周囲は平らに均されているだけの台地で、落下防止の手すりすらない。
暗い時は危なそうだし、経年劣化で破損してなくなったのだろうか? 疑問に思ったが、余計なものがないおかげで、監視塔の制圧は容易だった。
安全を確保してから、亡霊の町の様子を確認。流石に塔を上るには不安があるが……幸い、この塔がある場所そのものが刑務所より高い位置にあるため、ここからでもある程度は内部の様子が窺えた。
門の内部は、罪人を収容することだけを目的としていたのだろう。長方形で飾り気のない、重厚な石造りの建物が整然と並べられており、その中心には監視塔を大型化したような塔が建っている。
亡霊の街の建物も当然ながら、全体的に廃墟らしい廃墟。ところどころがコケに覆われ、大きなヒビも見えるけれど、倒壊しているものは少ない。建物内部やその裏までは分からないが、教えてもらった瘴気溜まりらしきものは見えなかった。
「ふむ、見える限りでは、下位のアンデッドが大量に発生しているだけのようじゃな。瘴気は広く薄くといったところか」
「早急に対応すべきではあるが、まだ逼迫した状況でもなさそうだ」
「不幸中の幸いですな」
俺からすると、もはやゾンビ映画のクライマックスに近い状態に見えるけれど、まだ大丈夫らしい。彼らがまずいと思うような状況とは、一体どんな事態なのだろうか……
そんな、くだらないことを考える余裕が出てきた時だった、
「!」
「リョウマ、どうした?」
「何かございましたか?」
「下を守ってもらっているスライムの一部が……危険や不安と言った感情は流れてきていないので、問題ではなさそうです」
一瞬、アンデッドの食べすぎで不調を起こしたのかとも思ったが、これはおそらく進化だ。
皆さんに一言ことわりを入れて下に戻ると、やはり進化の予兆を示すスカベンジャースライムが10匹ほどいた。
彼らは他のスライム達に守られるように、多数の仲間達の中心に鎮座して、体から魔力の放出と吸収を繰り返す。おそらく進化の途中は無防備になるのだろう。彼らはいつも、俺が守ってやれる場所か、人目に付かない場所に隠れて進化をする。
……これ、進化の途中で触ったりしたらどうなるのだろうか? 虫の脱皮中とかに手を出すと、体の変形など悪影響がでることがある、と聞いたような記憶もあるけど……うろおぼえだしな……
しかし、スライムの場合はどうなるのか? 一度気づくと気になるけれど、変なことになってもかわいそうだ。それに、アンデッドを食べたスライムの進化は初めてだから、ここは大人しく見守ろう。
思考よりも観察に集中すると、今日のスライム達は進化の際に噴き出す魔力が多いことに気づく。複数同時に進化しているせいかもしれないが……
「へぇ、スライムってこんな風に進化するのね」
「! ビックリした。レミリーさん、シーバーさんも来てたんですか」
「ラインバッハちゃん達が、リョウマちゃんはスライムに集中して警戒が疎かになるかもしれない、って言い出したから追ってきたのよ。本当に熱中してたわね」
「すみません、ぜんぜん気づきませんでした」
「油断はよくないが、あまり気にするな。わざわざ“ハイド”まで使って忍び寄ってきたからな」
呆れた顔のシーバーさんが教えてくれて気づいたが、またあの気配を消す魔法を使っていたらしい。視線を向けると、いたずらっ子のような笑顔で返された。
それから進化が終わるまで、3人でスライム達を見守る。シーバーさんとレミリーさんもスライムの進化を見るのは初めてらしく、結構興味を持ってみてくれていたようだ。
「……終わったみたいですね」
アンデッドを食べて進化したスカベンジャースライムは全て、体が黒っぽい土の色になっている。サイズは他種のスライムと比べても格段に大きく、直径が60cm位。ちょっと腰掛けるのに丁度良い感じの高さだ。座らないけど。
魔獣鑑定をしてみると、彼らは“グレイブスライム”という種類らしい。グレイブ……薙刀みたいな武器だったかな? でも何故? と思っていたら、スキルを見て自分の間違いに気づいた。
グレイブスライム
スキル 死霊誘引Lv1 死霊吸収Lv3 遺体安置Lv3 病気耐性Lv7 毒耐性Lv7 瘴気耐性Lv8 悪食Lv6 清潔化Lv2 消臭Lv7 物理攻撃耐性Lv2 ジャンプLv3 消化Lv7 吸収Lv3 分裂Lv2 体術Lv2
死霊誘引、死霊吸収、遺体安置に瘴気耐性。墓も英語でグレイブだった事を思い出して、名前の由来には納得できた。能力的には清潔化のレベルが下がり、消臭液に至ってはなくなっている。その代わりにさっきの3つのスキルを習得していた。俺との訓練で身につけた技能を失っていないのは、訓練をして身に付けたからだろう。
さらに、好む属性を調べてみると、土と闇、そして空間……空間!?
「驚いた」
空間属性の魔力を好むスライムは、これが初めてだ。ただのスライムに空間属性の魔力を与え続けても、一向に進化することがなかった。進化をしない可能性も考え始めていたけれど、これは空間魔法を使うスライムが存在する可能性も出てきた!
あとは、新しいスキルの実験もしてみよう。最初は“死霊誘引”から。名前からして、アンデッドを引き寄せるスキルだろうとあたりをつけて、今もアンデッドを食べているスカベンジャー達には道を空けてもらう。
そして……結果は予想の通り。グレイブスライムが人魂のような青白い光を発したかと思えば、それまで手当たり次第に近くのスカベンジャーを狙っていたアンデッド達が、わき目も振らずにグレイブスライム達に向かって歩き始めた。
さらに、死霊吸収は集まったアンデッドをそのまま体に取り込めるようだ。しかも、ほとんどのアンデッドが大人しく飲み込まれていく。スカベンジャーに飲み込まれていく時は、アンデッドも抵抗を見せていたのに……これがグレイブスライムの能力だろうか? しばらく観察していると、自分から率先して飲み込まれに行っているようにも見える。
最後に、遺体安置というスキルは、どうやらアンデッド系魔獣を消化せずに体内に保管して、出したい時に自由に出せるらしい。アンデッド系の魔獣限定なら、あまり使い道がなさそうだけど、“遺体”に動物の死体も含むのであれば、狩猟をした後の獲物の運搬に役立つかもしれない。
「これは、研究のしがいがある!」
「リョウマちゃん、そろそろいいかしら? 私たちはスライムには詳しくないから、いくつか聞きたいのだけれど」
「あ、はい。そうですね。一度上に戻りましょうか。その方が話もしやすいと思いますし」
こうして、再び上に戻ることになったのだけれど……階段を登る間ずっと、俺の背中には2人の、目を離すとすぐに走って遊びにいってしまう子供を見守るような、生暖かい視線が注がれていた気がした……




