ちょっと一息
本日、4話同時投稿。
この話は4話目です。
朝からの暴露で少々遅れたものの、今日も亡霊の街へ向かって出発。昨日と同様、アンデッドとは頻繁に遭遇するが、今日の移動は昨日よりもスムーズになった。なぜならば、エンペラースカベンジャースライムに乗っているから。
「スライムに乗って移動するなんて考えたこともなかったけど、慣れると案外悪くないわね」
「乗っていて驚くほど揺れませんな。まるで平滑な板の上を滑っているようです」
エンペラーは普通のスライムと同じく這うように動くけど、その体の大きさ故に歩幅? が広くて悪路にも強い。シーバーさん曰く“馬の並足”くらいの速度は出ているので、この渓谷の道なき道を難なく進めることを考えれば、十分に速いとのこと。
さらに、普通に歩いて進む場合はアンデッドと戦う度に時間のロスが発生するけれど、エンペラースカベンジャーに乗っていれば、数匹程度ならそのまま体に取り込んで進める。敵の数が多い場合でも、遠距離から魔法で数を削ればノンストップで進み続けられるのだ。
「何かがぶつかってきても、万が一落下しても包んで受け止めてもらえますから、安全性も高くて便利ですよね」
ただ……1つだけ難点もある。それはエンペラーが取り込んで、消化吸収中のアンデッドが尻の下にいるということ。
取り込まれたアンデッドは自力で脱出できないようだし、防水布をレジャーシートの代わりにして光属性の魔力をコーティングすることで、目隠しと誤飲防止、安全確保のための防壁も兼ねた安全対策はしている。移動の効率と体力の温存を考えれば、優れた方法だと思うけれど……気にならないと言えば嘘になる。
皆さんも、そこに思い至ってしまったのか、ここで話は途切れてしまう。
しばらくして、口を開いたのはラインバッハ様だった。
「リョウマ君、朝の話じゃが、やはり話すのは息子夫婦のみに留めようと思う」
「ラインバッハ様を信じて話したことですし、お2人のことも信頼していますから、異論はありませんが、エリアには話さなくていいのですか?」
「うむ。実は、エリアが幼い頃に、神の子である可能性をふまえた上で、どう育てるべきか? という話を家族内で話し合ったことがあってな……最終的に、貴族としてよりも、人として大切なことを教えることに重きを置くと決めたのじゃ。
まずは、できるだけ愛情を注ぎ、幼い心を守り育もうと。他者の悪意から心身を守る術は身につけてほしいが、子供の内なら我々大人が守ってやればいい。そして、いつか力に目覚めたとしても人を信じることができることを祈ろう、とな」
言われてみれば……偏見だけど、貴族というと権謀術数に長けていて、子供でももっと裏表があったり打算的なイメージがある。エリアが素直で普通の女の子らしいのは、今聞いた教育方針と、それに沿った皆さんの努力の結果なのだろう。
「その甲斐あって、エリアがまっすぐ良い子に育ってくれたのは嬉しいのじゃが、その分、腹芸はあまり得意ではない。意図せず日々の言動に余裕が生まれる、あるいは感情が態度に出てしまう可能性がある。
さらに、学園には貴族らしい貴族の子女が多く通っているので、目端の利く者もそれだけ多くなる。余計なところに話が広まる可能性は極力潰しておかねばならん」
「ご配慮、ありがとうございます」
本音を言えば、今すぐにでも教えてあげたいだろうに……感謝しかない。
「なに、リョウマ君がいなければ、一生悩みを抱えて生きねばならなかったはず。そう考えれば、十分な救いとなろう。わしも救われた気分じゃ、アリアにも良い報告ができる」
アリア? 聞いたことのない名前だ。名前と話の流れからして、親戚なのは分かるけど……
「アリアちゃんはね、ラインバッハちゃんの奥さんよ」
「ということは、エリアのお婆様ですか」
「アリア様はあまり体の強い方ではなく、お嬢様が幼い頃に……お嬢様の将来を、亡くなる直前まで心配しておられました。私もその時が来た折には、良いご報告ができそうです」
「喜んでくださるのは嬉しいですが、長生きしてください」
「本当だ、まったく縁起でもない。心残りが減ったのは分かるが、些か気が抜けすぎているのではないか?」
「こんなに良い天気なんだし、別にいいじゃない。のんびり行きましょ」
確かに、レミリーさんの言う通り、今日は天気がいい。空は青く澄み渡り、雲ひとつない快晴。清々しい風を感じながら、ゆったりした旅が続いている。
「それに、どうせ亡霊の街に着いたらそんなことも言ってられないでしょ。今のうちに英気を養っておかないと! ってことで、なにか楽しい話でもしましょうよ。リョウマちゃん、なにかない?」
「何かって、そんな曖昧なことをいきなり言われましても」
話題が乏しい人間には困る。結局魔法とかになりそうだし……
「旅をするのにおススメの場所、とかどうですか? 色々と見て回ることにも興味がありますし、もしも僕が神の子だとバレた時に備えて、一時的に身を隠せる場所も用意できたら安心ですし」
「暢気なのか警戒心が強いのか分からないけど、私だったらアドラ川の流域あたりの街を選ぶわね。あそこは大きな川を利用した水運が盛んで、賑わっているから観光にもいいし、人が多いだけ人に紛れやすいわ。もしもの時も陸路はもちろん、水路という選択肢もあるもの」
「リョウマ様は森で生活していた実績がありますし、空間魔法も使えますので、南のバラムス伯爵領も悪くないかと。そこは山林に囲まれた土地が多く、身を隠しやすいでしょうし、高級家具や細工物という特産品があるので、それなりに賑わっています」
「騎士としての経験から言わせてもらえば、逃げなければならない事態になった時点で遅いぞ。手配書を出せば名と人相は国中に広まる。そうでなくとも人里で時間をかければ、多かれ少なかれ手がかりは手に入るものだ。
ジャミール公爵家の手を借りることができるのだから、極力そちらに頼る。それができない状況になれば、他国に逃れるか、易々と追えない危険な場所に隠れ潜むことを薦める」
なるほどな……それなら今度行く予定の大樹海の中に、1つ隠れ家を作ってもいいかもしれない。目的地は過去に村があったところだし、1人分の住処を作るくらいはできるだろう。あとは、久しぶりにガナの森の家にも帰って、整備しておこうかな?
「リョウマ君ならどこに行っても、生活基盤を整えることはできるじゃろう。わしは逃げるための備えより、発覚しても問題がないように、リョウマ君自身が権力や発言力を持つ方がいいと思うぞ。具体的には、冒険者としてランクを上げることじゃな」
ラインバッハ様は僕と出会って間もない頃にも、ランクを上げるように薦めてくれていた。ステータスボードを作った直後で、魔力量の話もしていたはずだから、あの時には既に、神の子の可能性を考えてのアドバイスだったのだろう。今更ながらに気づいた。
「Aまで行ければ貴族にとっても稀有な存在じゃが、リョウマ君なら一足飛びにSランクを狙うのも手じゃろう。Sランクともなれば、貴族であっても下手な手出しはできぬ」
「まだCランクになったばかりですが、どうすればなれるのでしょうか?」
「Sランクになるには、大きく分けて2つの方法がある。1つは普通に長い年月をかけて実績を積むこと。そしてもう1つは、単純に腕っ節の強さで成り上がる方法じゃ」
さらに説明してもらったことをまとめると……
Sランクとは名誉職の側面があり、Aランクの冒険者として長年実績を積み、ギルドや国への貢献度が高いと判断された者、あるいはパーティーに与えられる。俺が知っているギムルのギルドマスター、ウォーガンさんはこちらの方法でSランクになっていたそうだ。
しかし、世の中には普通、あるいは一般的といった枠組みに当てはまらない実力者が現れることがある。俺のような転生者、もとい神の子はその代表格。Sランクにはそういった人間に地位を与えて保護し、首輪をつけるために用意されたものでもあるとのこと。面倒なこともなくはないけれど、社会的地位と抑止力としての効果は高い。
「ちなみに私のような騎士が冒険者に転職した場合、その経歴が貢献度に加算される。登録直後にAランクになったのもそのためだ」
「私も冒険者に戻ったら、以前のランクに宮廷魔導師の経歴も加わるから、たぶんSかSに近いAになるわね。いっそのこと私達3人でSランクのパーティーでも組みましょうか」
それはちょっと楽しそうだ! でも、流石に気が早すぎるんじゃないだろうか。
思ったことを伝えると、レミリーさんはそれが分かっていたかのように笑った。
「それが、あるのよね。ランクアップを大幅に早める裏技が」
「裏技というと、賄賂とか……」
「違うわよ、Sランクになるための貢献度を効率的に稼ぐだけ。シーバーちゃんと私の経歴が考慮されて加算される話をしたでしょ?」
「……なるほど、騎士や宮廷魔導師と同様に、貢献度を加算するに値する経歴を持てば良い」
「正解! 具体的には“剣闘士”になることね。剣闘士は見世物としての側面もあるけど、
伸し上がるには何よりも強さが必要。逆に言えば、強ければ冒険者より早く上のランクに上がれるのよ。それで高ランクの剣闘士資格を手に入れれば、対人戦闘能力に関してはお墨付きがもらえるってわけ」
なんだかキャリアアップのために資格を取るような感じだけど、それなら理解しやすい。
「結局のところ実力がなければできない方法だし、目立つことは確実。でも、そこさえ飲み込めるのであれば、リョウマちゃんならいいところまでいけるはずよ。合法かつ、ある程度安全を確保した上で経験も積めるし、勉強にもなるでしょう。
あとは、剣闘士として活躍すれば名前も売れるから、見た目で侮られて粗末に扱われることも減るんじゃない?」
「確かに……うちの店に元剣闘士の方がいるので、今度話を聞いてみます」
元チャンピオンのオックスさんに聞けば、剣闘士について詳しい情報は手に入るだろう。早めに地位を、とはいっても焦る必要はないのだから、最初から参加するのではなく、観光がてら一度闘技場を見に行ってから考えてもいいかもしれない。
そうだ、そのときはオックスさんにも付いてきてもらおうか。解説役がいれば、さらに詳しく理解できると思うし、本人が試合に出たいと言うなら出てもらっても構わない。自分の腕で稼いでくれれば、奴隷からの解放を早めることもできるから、お互いに得もあるだろう。
「里帰りを済ませたら、一度行ってみる事にします」
「それがいいわ」
こうして俺達は、あまり揺れないスライムの背中で、雑談や情報交換をしながらのんびりと移動する。この調子なら、日が落ちる前には昨日の遅れを取り戻して、目的地にたどり着けそうだ。




