初めてのアンデッド
昼食を終えて再び渓谷を進むと、シーバーさんが話していた通り、だんだんと道が悪くなってきた。周囲は常に岩場か崖に囲まれて、同じような景色が続いている。案内がなければ、道に迷ってもおかしくない。
そして、魔獣と遭遇する頻度も徐々に高くなった。どれも小型ばかりで簡単に追い返せるが、油断は禁物。弱い魔獣でも一瞬の不注意が命取りになることもあれば、足場の悪さで連鎖的に事故を起こす可能性もある。
……とはいえ、常に気を張り詰めていては、無駄に消耗してしまう。注意は怠らず、適度に力を抜きながら歩みを進めていると……妙な気配と共に腐臭が漂ってきた。
「この臭いは」
「ああ、この先にアンデッドがいるな。おそらくゾンビだろう」
シーバーさんの予想は正しく、20秒ほどその場で待つと、腐った人の死体がゆっくりとした歩みで、蛇行して死角になっていた道の先から姿を現した。
事前に調べた限りでは、この世界のアンデッドは夜や日光の当たらない場所を好み、そういった場所で活発に活動する。しかし、日光の下で活動出来ない訳ではないらしい。また、動きも大人が普通に歩く程度には速いようだ。
ただ、走れば十分に逃げられるし、機敏というわけでもないので、他の魔獣と比較してことさらの脅威を感じるというわけではない。視覚的、嗅覚的な不快感は強いけれど、それだけ。
「では、まずはアンデッドの性質を確認しておこう。まず――」
言うが早いか、シーバーさんはゾンビに駆け寄り、ハルバードを振るってゾンビを肩口から斜めに一閃、さらに胴体を真っ二つ、計3つに分けて戻ってきた。
「今は魔法を使わずに武器のみで叩き切ったが、これはあまり効果がない。すぐにでも再生し、襲いかかってくる」
その言葉通り切り分けられて地に落ちたゾンビの肉体が這うように集まり、再生を始めている。
「ゾンビのみならず、アンデッド系の魔獣は大抵再生能力を有している。これを武器のみ、特に刃物で倒すのは非効率的だ。無理とまでは言わないが、どうしても武器のみで倒すのならば、鈍器で徹底的に叩き潰す方が早い。
しかし、種類によってはそれも通用しない場合があるので、やはり魔法による攻撃が有効かつ基本的な対処法だろう」
ここで先ほどのゾンビが完全に再生し、再度こちらに向かってきた。するとシーバーさんがウインドカッターを放ち、またゾンビを腰から上下に分かれさせる。ゾンビはまた再生を始めるが、先ほどより再生速度が若干遅いようだ。
「見ての通り、魔法だと再生が遅くなり倒すのも楽になる。これはアンデッド系魔獣が闇属性の魔力により動いており、その魔力が魔法によって散らされるからだと言われている。
また、属性や攻撃の形態によっても効果に差は出るが、最も効果的なのが光魔法だ。確かリョウマは光魔法が使えると言っていたな? 次に再生が終わったら、ライトボールを撃ち込んでみるといい」
俺は言われた通りに、再生が済んだゾンビにライトボールを撃ち込んでみた。
「『ライトボール』!」
「あ゛、ああ゛!」
手元に生まれた光の玉を、ゾンビに向けて一直線に飛ばす。すると光は胸に着弾し、そのまま貫いただけでなく、周囲の肉と骨をごっそりと消滅させていた。ゾンビは苦しいのか悲鳴をあげたが、その傷は今までの様に再生する気配がなく、そのまま足を止めて倒れてしまう。
「レミリー」
「威力も速さも十分ね。基礎はできているわ。でも当たり所が悪いと完全に仕留められない時があるから、できるだけ今みたいに胸か頭を狙って、それ以外なら2,3発は必要になると思っておいた方がいいわ」
「分かりました。でも、ライトボールをアンデッドに使うと体が消滅するんですね……亡くなった方々がアンデッドになると聞きましたが、普通の死体はライトボールで消えたりはしませんよね?」
「うむ。ただの死体であれば、光魔法で消える事はない。アンデッドとなる時に肉体に何らかの変化が起こると考えられている。真実は定かではないが……全てのアンデッドが元々死体だった訳ではなく、死体がなくとも自然発生する事があるから、謎が多いな」
「アンデッドの体そのものが闇属性の魔力で構築されている、っていう説もあるけど、古い曰くつきの物が変化したり、宿ったり、色々あるから一概には言えないのよね」
疑問点について説明を受けている間にも、1匹ゾンビがやって来る。そして俺がもう一度魔法を放とうとすると、レミリーさんに止められた。
「リョウマちゃん、昨日の試合で無詠唱を使っていたわよね? 一応そっちも見せてもらえる? 属性は気にしなくていいから、使い慣れているので今できるだけのことを」
「わかりました」
そういうことなら、風でやろう。そう考えると同時に、両の手を風属性の魔力で包む。次の瞬間には、左右の拳から放たれた圧縮空気の塊で、ゾンビの頭部と胸骨を粉砕することに成功。
「ほう、“エアハンマー”か。それもほぼ同時に2発」
「こちらも威力、速度共に十分ですね。先ほどのライトボールと比較しても遜色ないでしょう」
「リョウマ君は前から魔法が得意じゃったが、また腕に磨きをかけたようじゃな」
シーバーさん達の感想を聞く限り、悪くないと考えて良さそうだ。しかし、レミリーさんの顔を見てみると、なんだか困ったような顔をしている。
「何か問題でもあったでしょうか?」
「問題はないんだけど、どう指導すればいいか悩むわね……魔法を教えるにしても、基礎がなってなければ、そこから指摘しないと~と思ってたんだけど。その辺は飛ばして良さそうね。でも、リョウマちゃんの魔法って、たぶんだけどほぼ独学よね?」
「はい、わかってしまいますか」
「“元”だけど宮廷魔導師だもの。学園とか軍とか、あと師匠について専門的に学んだ魔法使いは、最初から体系的な指導を受けているから、良くも悪くも型にはまっているし、魔法の使い方に癖がないから分かりやすいのよ。
でもリョウマちゃんは、魔力放出や属性変換といった基礎の基礎こそちゃんとしているけど、魔法はそこに工夫と発想を加えて、好きなようにやってるでしょう? さっきの無詠唱も文句はないんだけど“魔法を撃った”というよりも“風の拳で殴った”みたいな感じだったし」
おお……専門家にはそこまで正確にわかるものなのか、それとも俺が分かりやすいのか? どちらかは分からないが、レミリーさんの仰る通りだ。
俺が無詠唱を使えるようになったのは、ごく最近のことで、そのきっかけは年末に編み出した“スライム魔法”。最初は気づいていなかったけれど、あれは対象に同化したスライムへ、従魔術を通して指示(魔法のイメージ)を伝えて操っていたけれど、その際に特定の詠唱はしていない。
それに気づいて、スライム魔法の感覚を元に、より“自然に魔法を使う”イメージを作ったところ、これが大成功。無詠唱の訓練はだいぶ前から始めていたけれど、この自然に魔法を使うイメージができて、成功率も威力も急上昇した。
また、そのために俺の無詠唱魔法には、前世の経験から呼吸するようにできる“武術の動き”を絡めてある。たとえば空気を圧縮して打ち出し、その圧力で衝撃を与えるエアハンマーなど、撃ち出すタイプの魔法なら“正拳突き”。昨日の試合で使ったアースニードルなら“下段蹴り”といった具合に。
「普通は何年も同じ魔法の反復訓練や実戦を重ねて、徐々に感覚を掴むのだけど、あなたは得意な武術とスライム魔法? を組み合わせることで感覚を養ったのね。若干、騎士が使う魔法剣術に近い気もするわ。
これが学生相手なら、指導内容もある程度決まっているからそれに沿って、あとは習熟度を考慮すればいいんだけど……指導の仕方に悩むわね」
「レミリー様、リョウマ様にはレミリー様の使える魔法を見せて、あとは実践するのが最適かと考えます。リョウマ様は以前から独自に魔法を作り、使っていた方ですから、どんな魔法かを説明すれば、後はご自分で調整できるでしょう」
「セバスが空間魔法を教えた時も、そうして中級魔法まで習得していたからのぅ」
「じゃあ、そうしましょうか。とりあえずやってみて、合わないようならまたやり方を考えればいいし」
大人達が俺への指導方針を決めてくれたところで、地を這うような音と共に、またしてもゾンビが姿を現す。
「む……また来たのか」
「シーバーさん、何か変ですか?」
「先ほどの戦闘音に反応したのかもしれんが、街道から半日程度の場所で、この短時間に3体というのは少々多く感じる」
「魔獣が増えているという話もありましたし、ここのアンデッドもそうなのかもしれませんね」
そんな話をしながら、出てきたゾンビに対処をしようとしていると、
「リョウマちゃんの訓練にはちょうどいいじゃない。せっかくだし、今度は私が光の中級魔法を見せてあげるわ」
話に加わったレミリーさんが、おもむろに持っていた杖をゾンビに向け、呪文を唱える。
「『エクソシズム』!」
杖の先からバスケットボール程の光の球が出たかと思えば、ゾンビに当たる。しかし、その光の玉はゾンビを貫くことなく、弾けてゾンビの体を包み込み、まるごと消滅させた。
「見ての通り、この魔法は対象のアンデッドを光属性の魔力で包み込む魔法よ。ゾンビくらいだとそのまま消滅させられるけど、動きの速い個体や、高位のアンデッドを捕縛するのにも使えるから、覚えておいて損はないわ。
消費魔力は1回につき1500くらい。普通のゾンビやスケルトン相手に連発するのは魔力が勿体ないから、普段はライトボールで、ここぞという時にこれを使うといいわ。アンデッドには火魔法も効果が高いし、ある程度まとまった集団だと延焼させる方が効率的なこともあるけど……ま、その辺は状況しだいってことで。回数重ねて慣れていけばいいでしょう」
こうして俺はアンデッド系魔獣の対策を学び、道中に出てくるゾンビやスケルトンを相手に練習を重ねていくのだった。




