本領発揮
本日、4話同時投稿。
この話は2話目です。
(何故、生きている……)
剣戟の音が鳴り響き、生まれた火花が篝火の光に溶ける。
その光景を目にした黒装束の1人は、リョウマを仕留めたと思った。
左右に分かれ、挟撃する兄弟の動きに、反応すらできていないと。
しかし、リョウマは生きていた。
それどころか、今も殺し屋2人を相手取り、激しい斬り合いの中を生き延びている。
剛剣兄弟の得物は、大人の身の丈ほどもある両手剣。その重さと兄弟の技量が伴った一撃には“剛剣”を名乗るに恥じぬだけの威力があった。その代わり軽い刀剣と比べれば、攻撃動作は大きい。
しかし、2人は気を全身に纏うことによって、身体能力と装備を強化している。その結果、外見からは想像できないほどの機動力を持ち、さらに攻撃のタイミングを僅かにずらすことで、互いの隙を補っていた。易々と切り抜けられるほど鈍重な攻撃ではないのだ。
それでも、リョウマには2人の攻撃が届いていない。
黒装束が一瞬でも“反応すらできていない”と誤認するほど小さく、力みのない動きで両手剣の軌道から体を外し、避けられない攻撃だけを的確に受け流すことで、襲い来る攻撃の悉くを凌いでいる。それどころか兄弟の攻撃の間隙を縫って、反撃に転じようとする動きまであった。
(規格外にもほどがある)
今この場にいる襲撃者達は、事前に収集されたリョウマの戦力についての情報と、それを用いて行われた戦力の予測が共有されている。その中では、リョウマが武術を身に着けている可能性も、当然のように考慮されていた。
しかし、リョウマの主戦力は街の除雪や建造物解体に使っていた“魔法”、もしくはスライムを始めとした“従魔”が中心だと思われていた。
なぜなら、魔法については本人も隠さず、日常に溶け込むほど確認されているため疑いの余地がなく、従魔については、大量のスライムを使役していることが周知の事実であり、一匹一匹が弱くともその数は厄介になると判断されたから。
一方で武術については、情報が少なかった。若手の不良冒険者集団を圧倒した他、いくつかの噂程度ならあったものの、先の2つと比較すれば、相対的に警戒度は低くなってしまう。
さらに、それらを前提としてリョウマの年齢を“常識的に”考えれば、多少は心得があるとしても、魔法より武術の腕前の方が優れているとは考えにくかった。
どれだけの時間を魔法の修練につぎ込めば、あの歳であれほどの魔法が使えるのか? と不思議に思うのが普通と言える魔法と少年を目の当たりにして、武術の腕のほうが優れていると判断する人間がどれほどいるのか? 10歳前後の少年を見て、40年近く鍛錬を続けていた成人男性だと考える人間が、果たして存在するのか?
むしろ、魔法道具で魔法を封じた上で、剛剣兄弟という腕利きに加え、サポート要員まで用意している黒装束達は用意周到と言っていいだろう。相手が普通の子供なら、彼らの仕事は滞りなく終わっているのだから。
「ぬぅ!」
「くっ!」
時間にすれば、30秒足らずの打ち合いの末。唸るような声を漏らしたのは、攻め込んでいるはずの兄弟。先に左手で面頬を押さえた兄が離脱し、追うように弟も一度リョウマから距離を取る。
「兄者」
「金具を掠めただけだ」
右の金具が壊れたために傾く面頬を、兄は力任せに剝ぎ取った。
もう一方の金具が割れる音と共に、頬に鱗を持つ男の顔があらわになる。
「その鱗、ドラゴニュートだったのか」
「貴様の知り合いとは違い、里の生まれではないがな。それよりもその刀、本当にスライムを刀にしているのか」
「アサギさんにスライム刀のことまで、よく調べてるなぁ……」
リョウマの持つ刀は相変わらずのスライム刀。ただし、アイアンスライムから進化した“スチールスライム”の刀だ。能力の変化は特にないが、より曲がりにくく、より折れにくく、刃物としての使用に向いた性質を持つ。
「邪魔に入る可能性のある実力者の情報は集める。刀については、貴様が何にでもスライムを使いたがる“スライム狂い”という噂程度だったが」
「我らの剣をここまで受けて傷一つないとなれば、評価を改めねばなるまい」
「!」
大きく振り上げられた兄弟の剣の周囲が、かすかに揺らめく。
それは、強化のために使われた気の量と密度が、一定を超えた場合に起こる現象。
武器に纏わる陽炎のような“揺らぎ”は、多量の気を用いて放つ“技”の前兆だった。
「見せてやろう、剛剣流奥義!」
「“飛竜落とし”ッ!!」
弟が剣を振り下ろせば、裂帛の気合が刃を生む。
真っ直ぐに、地を抉りながら、轟音を伴って飛ぶ斬撃。
リョウマは素早く、横へ飛びのくように回避するが、
「“飛竜落とし”!!」
間髪入れず、放たれた兄の斬撃。それは一切の容赦なく、回避直後の隙を狙う。
しかし、
「「!!」」
兄弟は見た。揺らぎを生む刀を振り上げる、リョウマの姿を。次の瞬間には鏡に映したような刃が放たれ、己が身に迫る凶刃を打ち消した。
だが、既に兄弟は次の攻撃に入っている。再び揺らめく剣を構えて、今度は同時に振りぬく。
「「奥義・“飛竜交差”!」」
左右対称の動きで放たれた刃が、交差しながらリョウマを襲う。リョウマも再び刀を大上段に構え、振り下ろす。すると、先ほどよりも大きな刃が、交差する刃の交点を的確に断ち斬り、またしても打ち消してしまう。
「……脱帽だな。武技を扱えることには驚きはないが」
「模倣したのか。我らの奥義を」
「敵にこんなことを言うのも変かもしれないが……綺麗な技だったから、より分かりやすかった。いいお手本になったよ」
リョウマが肯定と技への賛辞を送ると、険しい兄の顔がさらに険しくなった。おそらくは、弟も面頬の下で同じような顔をしているのだろう。
「それほどまでの腕を、よくこれまで隠し通せたものだな」
「隠してたつもりはないし、俺はそんなに器用な人間じゃない。萎縮していた、という方が正しいと思う」
「萎縮だと?」
「森にいた頃は良くも悪くも自分一人で、誰の目もなかった。だから、自由でただ生きるだけでよかったし、気にも留めていなかった。でも街には、人間の社会には社会規範ってものがある。
それは明文化された法律やルールから、暗黙の了解のようなものまで様々だけど“暴力で解決”っていうのは大体の場所で顰蹙を買うし、社会から排除される原因になるだろ? だから、得意ではあっても好きじゃないんだ。街の仕事なら魔法やスライムの方が効率的って理由もあるけど」
「……言わんとすることは、分からなくもない。しかし、くだらんな。貴様も強者の部類に入る人間であろう。弱者の戯言に振り回され、顔色を窺ってなにになる」
「世の中、全てを決めるのは力の有無よ。口やかましく騒ぎ立てるだけの連中なんぞ、その気になればいくらでも切り捨てられる。貴様もそれは分かるのだろう?」
兄弟が吐き捨てた言葉に、リョウマは理解を示した。
「暴力でなくとも、権力、財力、あとは会話力に交渉力。種類は様々だけど、力がなければ手に入れられない。争えば負けて奪われる。悲しいけれど、それが現実なんだろう。その気になれば殺せる……心のどこかでそう考えて、心の支えにしていた部分も否定できない。
もしも、ガナの森で公爵家の皆さんに出会えていなかったら。もしも、この街で知り合った人々に受け入れてもらえなかったら。少なくとも街の防衛に協力することはなかっただろうし、もしかしたら“そっち側”にいたかもしれないな。
明日はわが身。俺は本当に、運が良かった」
一つ一つ、リョウマが確かめるように呟くうちに、その身から放たれる威圧感が強まる。
応じるように、兄弟が一歩前へ進む。
「なるほど。人目がないのは、貴様にとっても都合が良かったということか」
「貴様は強い、いや、強くなっている。故に我らの全てを以って、ここで貴様を討つ」
剣の揺らめきが、兄弟の全身へと広がっていく。
命を“賭す”のではなく、命を“捨てて”でも敵を討つための、消耗度外視の全身強化。
2人の正真正銘の全力であり、リョウマに対する認識の変化の表れだ。
「「勝負!!」」
甲冑に篝火の光を映し、2本の閃光と化した兄弟が、小手先の技を捨てて切りかかる。
まともに受ければ、武器ごと肉体を両断されかねない剛剣を前にして、リョウマは刀に全身全霊の気を込めた。強化された甲冑に対抗すべく、その体に気を纏うことなく。最小限の体捌きと純粋な剣術で相対する。
両者共に、狙いは一撃必殺。戦いは打ち合うごとに激しさを増していく。ぶつかり合う気迫と揺らぎは1つに混ざり、まるで天へと伸びる柱のよう。
だが、拮抗状態は長く続かず。勝負の終わりは唐突に訪れた。
「ぐっ!?」
振り下ろされる剣を鍔元で、剣とすれ違うように受け流し、柄頭を押し付けるような一撃。甲冑を貫いた衝撃は、打たれた弟に苦痛を与えるものの、致命傷はおろか戦闘不能にするほどでもない。
しかし、それによって生まれた一瞬の硬直が、文字通りの命取り。兄弟の強みである緻密な連携が崩れた時、それは大きな隙へと変わる。
背後から首に迫る兄の横薙ぎを、体を入れ替えて受けた瞬間、リョウマは腕の力を抜いた。重力と体捌きに従った刀は自然と、剣に刀身を被せるように、柔らかく剣の軌道を変えていく。そのまま刃がリョウマの胸の前を通過した直後、跳ね上がった刀が兄の両脇を一文字に切り裂いた。
鮮血が舞い、剣が兄の手から滑り落ちる。一拍遅れて弟がリョウマの首を狙うも、結果は兄との攻防の再現。大量の出血が甲冑の継ぎ目から漏れ、剛剣を振り回していた腕がダラリと垂れる。
「……フッ、はは……我らの負けか」
「その、ようだ……すまん、兄者」
「気にするな、弟よ」
脇の下、両腕を半分以上斬られたことによる出血多量に、戦闘による消耗。倒れたとしても当然の状態でありながら、2人は僅かなうめき声と膝を折るだけで、変わらず強い視線をリョウマに向けている。
「……見事に、急所をやられたものだ」
「……悪あがきをしようにも、腕が微塵も動かぬ。いっそ清々しい」
立ち上る揺らぎが、徐々に弱々しくなっていく。出血も続き、彼らの命は風前の灯。
残る僅かな命を振り絞り、兄弟は問う。
「黒服共は、どうした?」
「勝負が決した瞬間、一目散に逃げ出した。襲ってくるかと思ったんだが」
ちょうどその時、黒装束達の逃げた方向から、断末魔の叫びが響く。
未だ2人に注意を向けながらも、横目でリョウマが確認すれば、逃げた黒装束達は次々と、雪の下から伸びた棘のある雑草に絡め取られ、地面に飲み込まれていく。
「今、従魔達の罠にかかったな」
「そう、か。道理で、従魔を見ない、はずだ」
「防衛ではなく、我らを、逃がさぬために配置、していたか」
途切れ途切れの震える声で、兄弟は言い残す。
「「見事」」
その一言を最後に、2人は前のめりに崩れ落ちた。
重い甲冑が、けたたましい音を山に響かせて消えると、ちらほらと雪が降り始める。
リョウマが素早く刀の血を振り落とす音を最後に、廃鉱山の夜には静寂が戻った……




