一時帰宅
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
その報せが届いたのは、翌朝だった。
「休憩?」
「はい。街中での逮捕や敵の拠点制圧が進み、昨夜から新たな火災や襲撃は発生していません。現時点では敵よりも、一部の住民が問題となっています」
「ああ、それについては少し聞いてます。暴徒化しているそうですね」
連絡にきたメイドのリリアンが、街の状況を語る。
「本人達は、街や家族のために武器を手にした自警団だと主張していますが……実際にやっていることは、彼らが“敵と見なした者”を、数と勢いに任せて袋叩きにしているだけ。街中の店や家から食料や金品を略奪する、火事場泥棒紛いの者も出てきているようです」
「病院にもその関係の怪我人が増えてますよ。避難や消火活動に協力していたのに、襲撃者に加担した冒険者だと疑われて襲われた冒険者とか……暴動の可能性は想定内ですが、その原因はどうでしょう?」
「逮捕者の取り調べまでは、まだ手が回っていません。しかし、逮捕者の一部、特に率先して戦おうとしていた者には“暗示の魔法”が使われた可能性が高いかと。裏に暴徒の扇動や物資提供を行った者がいることも、ほぼ間違いありません」
「やっぱり、人為的ですよね……」
リョウマは納得と同時に、うんざりした顔でため息を吐く。
「面倒な置き土産を残して行ってくれたな……本命の敵は、ほぼ壊滅したと考えても?」
「そう考えて差し支えないと思われます。まだ残党が潜んでいる可能性は高いため警戒は必要ですが、上層部もリョウマ様には今後、今起きている問題への対応よりも“事後処理”に協力をお願いしたいとのことです。焼け落ちた家屋の撤去作業や、避難所の人々のための仮設住居の設営などですね。
そのためにも、今のうちに一度、しっかりと休憩を取ってください」
わざわざ人のいない倉庫に呼び出されたのはそういうことか、とリョウマは一人納得する。
しかし、リリアンはそれを渋っていると考えたのだろう。固い決意の宿った瞳を向けて、言葉を続ける。
「個人の力に頼りすぎるのはどうかと思いますが、リョウマ様とスライムの力を借りられれば助かる場所は多くあります。その力が必要な時に、万全の状態で力を発揮していただけるように、今は休んでください。
リョウマ様は、一昨昨日の夜から、消火活動と治療でほとんど休憩も睡眠も取っていませんよね? 魔力回復薬の連続使用もそうです。直ちに問題はないというだけで、体によくはありません。戦闘でも治療でも、魔力の回復は休息で行うのが魔法使いの原則です」
「分かりました。そういうことなら、休ませていただきます」
「えっ?」
リョウマがあっさりと休憩を取ることを承諾すると、彼女は肩透かしを食らったような顔をした。
「どうしたんですか? 意外そうな顔をして」
「いえ、本当に意外だったといいますか、もう少し渋ると思っていたのですが」
「皆さんの中で、僕はどれだけ仕事中毒なんでしょうか……」
「リョウマ様の能力や人格についてはまた別ですが、“休暇を取る”という一点に関しては、信用は低いかと」
「事後処理は長くなるでしょうし、休めるときには、ちゃんと休むつもりでいますよ」
「では、お気持ちが変わらないうちに部屋の用意を」
「ああ、それなら一度廃坑の家に帰りますよ。どうせなら家の方がゆっくり休めますし、僕1人のために部屋や人手を使っている状況ではありませんから」
「休息のためですから、無駄ではありません。それに、まだ残党は残っているはずです。ユーダム様との件もありましたし、リョウマ様がお強いのは分かっていますが、街の外に1人というのは危険かと」
すんなりとは受け入れないリリアンを、リョウマは笑顔で説得にかかる。
「大丈夫ですよ。街の出入りは通行規制が強化されていますし、帰宅は空間魔法で直接飛びます。たとえ残党が来たとしても、廃坑はスライムを配備して防衛の備えをしていますし、その前に設置してある監視網に引っかかります。敵が自宅に踏み込む頃には、空間魔法で街まで逃げられますよ」
「確かに、逃走を決めた空間魔法使いを捕らえるのは困難です。スライムの防衛力や警戒網に関しても、信頼できるだけの効果があるとは思います。しかし」
「それに、家には実験的に生産した農作物や薬草がそれなりにあるので、それも持ってきたいのですよ。街やギルドにも備蓄はあるそうですが、余分にあって損はないでしょう?」
「それは……そうですね。まだ特に問題は出ていませんが、今後の供給には不安があります。被害を受けた建物には、食料品を扱う店や倉庫も含まれていますし、今の季節では調達も簡単ではありません」
「ちなみに家にあるのは大半が芋類で、野菜も少々。量は……測ってないのでわかりませんが、倉庫街にある倉庫が1つか2つ埋まるくらいはあると思います」
備蓄量を聞かされたリリアンは、驚いた様子で聞きなおす。
「そんなにあるのですか?」
「魔法の訓練と農業の勉強も兼ねて、毎日こつこつと作っていたのと、ゴブリンという人手? が使えるようになったこと。あとはスカベンジャーの一部が進化して、さらに効率が上がったこともありますね。
こんな状況でなければ、じっくり語りたいところなのですが……とりあえず、食料が大量にあるのは事実ですし、条件を整えれば増産もできます」
「それは助かりますね。ですがそれほどの量となると、運搬に人手が必要なのでは?」
「人手については、スライム達とゴブリン達がいますから、大丈夫ですよ」
「……そう言って、誰も見ていないところで何か仕事をするつもりなのでは」
「いやいやいやいや、しませんって! ちゃんと休みますよ。なんなら自分はベッドの上で寝たまま、感覚共有でゴブリンに指示して全部運んでもらいます。最近増えて全部で32匹になっているのですぐ終わりますから」
「感覚共有を使っていると、逆に気疲れをする気がしますが……承知いたしました」
「ご理解いただけてよかった。マフラール先生に事情を伝えて、手が足りていれば抜けさせてもらいましょう」
やや強引ではあるが、リリアンを説き伏せたリョウマは倉庫を出て、マフラールのいる診察室へと向かう。
「――というわけです」
「分かりました。こちらは徐々にですが、手の開いた人も出てきています。治療が終わった方々の保護や支援も重要な仕事ですし、こちらは任せてリョウマ君は手が必要なところに行ってください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて失礼します」
こうしてリョウマは、病院での治療から外れる事になった。
「お待たせしました。マフラール先生の許可も出たので、このまま帰ります。ディメンションホームへの物資搬入も含めて、戻るのは明日の朝でどうでしょう?」
「問題ありません。十分な休養を取ってくださいね。リョウマ様に倒れられては事後処理にも、公爵閣下から派遣された者としても困りますし、私個人としても心配ですから」
「そう言われてしまうと、本当に申し訳ない……最善を尽くさせていただきます」
治療の邪魔にならぬよう、診察室の外にいたリリアンにそう告げた、直後だった。
「うわっ!?」
「暴れないでください!」
後ろが騒がしくなり、振り向くリョウマ。その目に映ったのは、担架で運ばれている男性だった。
男性はたった今治療を終え、診察室の1つから運び出されたのだろう。頭からつま先まで、包帯が巻かれていない場所の方が少ない。ほとんどミイラ男だ。
そんな状態になっているにもかかわらず、男は何か必死に、担架を降りて外に向かおうとしている。
流石にそんなことを許すわけにはいかない、とリョウマは男を止めに行こうとするが、
「『スリープミスト』!」
「あっ」
開いていた診察室の扉から、イザベラの声と毒属性魔法が飛ぶ。
次の瞬間、魔法によって生み出された睡眠作用のある霧が顔を包むと、男は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる……寸前で、診察室から飛び出したイザベラが支え、そのまま流れるように、男を運んでいたスタッフに引き渡されていた。
「まったく……」
「お見事でした」
「あら、リョウマ君。外にいたのね」
「さっきの人は」
「それが、どうも子供の誘拐現場に居合わせたみたいなのよ」
周囲に軽く視線を送り、声を潜めて、イザベラはリョウマとその背後のリリアンに伝える。
「誘拐?」
「穏やかではありませんね」
2人の視線が鋭くなると、イザベラもやるせなさを隠さなかった。
「詳しい事情は知らないけど、治療中にうわ言でずっと名前を呼んでいたから、知り合いみたいね。まだ歩くのも辛いはずなんだけど、回復魔法で少し意識がはっきりしたと思ったら、あの通りよ。
警備隊に連絡をしてもらったから、対応はしてくれるだろうけど……無事に保護されてほしいわ」
そう言った矢先に、次の患者が運ばれてくる。
「それじゃ、私は治療があるから」
「引き止めてすみません。ありがとうございました」
ここで、診察室に戻るイザベラを見送ったリョウマが、ちらりと男の運ばれた方へ目を向ける。
それをリリアンは見逃さなかった。
「さて、僕も一旦家に帰りますね」
「リョウマ様、そのまま探しに行くつもりですね?」
ほんの一瞬、しかし確実に、リョウマの不自然な愛想笑いが固まる。
「……何故バレた……」
「休養について信用がないのは、そういうところですから。誘拐事件は由々しきことですが、警備隊が対応するでしょうし、闇雲に探しても見つかりませんよ。誘拐犯の居場所に心当たりでも?」
「もしかしたら、という程度ですが」
「……本当にあるのですか? いえ、そんな嘘をつく方だとは思っていませんが」
「僕も僕なりに街の情報は集めていたので、人目につきにくい場所とか、怪しい場所が少し。ただ本当に気になるというだけで、警備隊を動かすに足る根拠はありません。
だから、ちょっと“寄り道”をしていこうか、と考えただけですよ。確認して何もなければ、その足で帰ります。犯罪捜査は僕の仕事ではない、というのは重々承知していますから」
申し訳なさそうに、しかし折れそうにもないリョウマの苦笑。
リリアンは渋い顔になり、そのまま数秒の沈黙が流れる。
そして、出てきたのは深いため息。
「せめて、戦力になる人を複数人連れて行ってください。そして、結果にかかわらず、心当たりを確認したらそれ以上はなしですよ」
「ありがとうございます」
「問題に対して即対応に動くことができるのは美徳ですし、能力が伴えば頼りになります。ただもう少し、ご自愛いただければ幸いです」
「重ね重ね申し訳ない……そうだ、この件が全て片付いたら、皆で簡単に慰労会でもしませんか? 羽を伸ばすということで」
唐突に、そんな提案をしたリョウマだが、ふと思い直す。
「あ、それだとメイドの方々には逆に負担になるか……」
「あと3日で新年になりますし、ある程度落ち着いてから、軽くであれば大丈夫ですよ。おそらく手が開いてくれば、ヒューズさんか誰かが言い出すと思いますし、警備員の皆様にもねぎらいは必要ですから」
「そうですか? では、その時を楽しみにしています。“また明日”と皆さんにお伝えください」
「かしこまりました、ご帰還をお待ちしております」
先程の愛想笑いとは違い、ごく自然に、静かに、それでいて足早に立ち去るリョウマ。
リリアンはその背中を見送ると、己の職務に戻るのだった。




