不穏な夜
夕方
「お疲れ様でした!」
調理したのは何百人分になったのだろうか?
数えていないので分からないが、ひたすら調理を続けてできた分から配って。
それを食材がなくなるまで繰り返した。
途中、順番待ちの列で小さな喧嘩などは何度か起こったが、協力してくれたマッチョ隊や周囲の人々の協力によってすぐに静まり、最終的に炊き出しは無事に終了。後片付けも済んだ。
残りの荷物はマッチョ隊の皆さんが、ベルさんと子供達を教会まで送るついでに持っていくとのことなので、俺とユーダムさんは帰るだけ。一応、毎日北門まで送ってもらうことになっているが……門から出たら空間魔法ですぐだし、
「ユーダムさん、北門に行く前に、ちょっと寄り道してもいいですか?」
「問題ないよ」
ということで、ちょっと寄り道をしてから帰ることに。
沈んでいく太陽の光の中を歩いていくと、区画整理で新しい住居が集まる地区の1つが見えてくる。そこにはもう日が暮れそうな時間なのに、寒さに負けず外を駆け回る子供達の姿があった。
「こんばんはー」
「あっ、リョーマだ!」
「スライムの子だー」
「裏ボスが来たぞー!」
おいおい……最初と2人目まではいいけど、3人目。裏ボスってなんだ、表のボスがいるのかと聞きたくなったが、子供達は“ばいばーい”と元気に走り去ってしまった。
「ここはまだ賑やかだね」
「この辺は夜型生活の人が多い地区ですからね」
動物の特徴を持つ獣人族の中には、夜行性の動物の特徴を持っている人もいるらしい。完全な夜型か、昼間でも活動可能か、その辺は個人差もあるらしいけど、とりあえずこの地区にはそういう人達が多い。
「特に多いのは“土竜人族”だったっけ」
「そうですね。この地区の住人の半分くらいは土竜人族だったはずです」
彼らは種族名から分かる通り、モグラの特徴を持っている。別に日光の下に出られないわけではないが、明るい環境よりも暗い環境のほうが快適に過ごせるそうだ。そして真価を発揮するのは、地下での活動。
小柄なので狭い場所でも動きやすく、力持ちな人が多いということもあるが、一番の長所は地下道の崩れやすさや危険度が分かる特殊な“感覚”。この感覚が優れた人なら、崩落の危険はもちろん、地下水や有毒ガスの存在も察知して危険を回避することが可能らしい。
「土竜人族が多いのは、鉱山に近い街の特徴でもあるね」
「鉱山での採掘作業では特に頼りになる方々でしょうからね」
ちなみに彼ら土竜人族は“家も地下室の方が住みやすい”ということで、地下室付きの家を用意した。そのためメインの居住空間を地下にして、日光の入る一階や二階は倉庫として使ったり、空き部屋として貸し出したりしている人がほとんどらしい。
さて、そんな地区を抜けると、今度は目的地が見えてきた。
そこはギムルの街の北北東、家を持たないスラムの住民達の集合住宅、通称“避難所”だ。
サンドスライムとの砂魔法で建てられた四角い建物が、一定間隔をあけて4つ並んでいる。
アパートや団地をイメージしていたが……ここはちょっと清潔感がなく、荒れた雰囲気を感じるので“管理の行き届いていない学生寮”のようだ。俺の大学時代の知人が住んでいた寮がこんな感じだった。
「こんばんは」
「また来たのか、金持ちのボウズ」
「ここはお前みたいなのが来るとこじゃねぇってのに、本当によく来るなぁ」
空いたスペースで火を焚いて、暖を取っていた二人組に声をかけると、無愛想な返事が返ってきた。言葉だけだと歓迎されていないように聞こえるが、実際のところそうでもない。
彼らはこの避難所を作ったのが俺で、スラムのまとめ役であるリブルさんとも付き合いがあることを知っている。さらに、ここに来るときはちょっとした“お土産”を渡しているので、これでも結構歓迎されているのだ。
「今日も“いつもの”を持ってきているので、ちょっと話をさせてください」
「ま、話ぐらいならな」
「おーい! いつものボウズと酒が来たぞー!」
その声を聞きつけて、建物から器を持った人々がぞろぞろと出てくる。汚れや破れの目立つ服を重ね着した彼らが集まってくる光景は、口には出さないがゾンビ映画のようだ。
そんな馬鹿なことを考えながら、空間魔法で先日樽ごと買い込んだ安いワインの大樽を3つ、そしてうちのゴブリン達が欲望のままに大量生産した飲める味の白酒を大樽で3つ。さらに大量のラモンの実とジジャの根が詰まった箱と、道具類の詰まった箱も取り出し、最後にメタルスライム達にも出てきてもらう。
白酒はそのまま、ワインはメタルスライム達の協力の下、大量のジジャを一気にスライサー(メタル達は自分の体)でスライスして樽にぶち込んだら、
「【ヒート】」
用意した棒で攪拌しながら火魔法で熱のみを加え、沸騰直前まで温める。
材料も少なければ作り方も雑だが、これだけでも十分に美味い“温かい白酒”と“ホットワイン”の完成だ。
「順番にどうぞー、ホットワインにはラモンスライスもありますから、欲しい人は持っていってくださーい」
「店長さん、僕がワインの方を担当するよ」
「おっしゃ、2列に並べ並べー!」
「一杯ずつだぞー!」
こちらの準備ができたところで、もう慣れて並んでいた人達がお酒の器を出してくるので、用意してあった柄杓で酒を注ぐ。
「いつも助かる」
「くっ、はぁ〜……温まるなぁ」
「ひひひ……寒い日にはこいつが染みるねぇ」
こうして次から次へと酒を注いでいると、用意したお酒を配り終える頃に、目的の人がやってきた。
「旦那ぁ、俺にも一杯頼みます」
そう言ってきたのは、薄汚れた布を体に巻いて、俺のことを旦那と呼ぶ、いかにも小物くさい喋り方の男性。頭髪は乱雑に刈られていて、顔はよく見えるが清潔感は皆無だ。
「久しぶり、ってほどでもないですが、元気でしたか」
「ええ、おかげさんで。っと、へへ、ありがてぇ」
「最近どうです? 困ったこととかありません?」
俺が聞くと、男性は受け取った酒を持って、後の人の邪魔にならないよう俺の後ろに回りこむ。
「この辺では、特に何も。平和なもんです。雨風しのげる家は旦那に用意してもらいましたし、元々決まった場所に居着かない連中もこの寒さでしょう? 不満だって話はほとんどないですねぇ……まぁ、これだけ人が集まれば、多少は喧嘩や人間関係の問題もありますが、その辺はリブルの旦那が骨を折ってくれてますんで」
「そうですか。大きな問題がないのなら、いいことですね」
「ええ、おかげさんで」
男性はここで一口、温かい白酒を飲み、大きく息を吐いた。
そして、寒さで白くなった息が消える程度の間を空けて、
「あー、この辺の話じゃなければ、変わったことが1つ」
「へぇ、どんなことですか?」
「ほら、前に旦那に話した店のことです。あのいつも閉まってる酒場、前から営業してないわりに酒瓶やら食い物のゴミが多く出ていたんですが、ここ数日でそれがさらに増えたらしくて。しかも前は数日に一度だったのに、今は毎日なんだとかで、残飯漁りをしている連中が喜んでましたねぇ。頻繁に仕入れもやってるみたいなんで……近々、営業を始めるかもしれませんよ」
「そうなんですか。もし開いたら、一度行ってみたいですね」
「ですねぇ……と、変わったことといえば、このくらいです。他はどこもかしこも雪の話ばっかりで」
「毎日のように大雪ですし、それも仕方ないですね。ああ、そうだ」
ここで用意した白酒がなくなったので、それを周囲に伝え、樽を片付ける。
その際、空間魔法で事前に用意していた包みを1つ取り出す。
「昼の残り物で申し訳ないですが、よかったらどうぞ。“硬いので”気をつけて」
「ありがてぇ。俺ら鼠人は歯が命、“硬いの”は大好物だ。旦那は気前がいいから好きだぜ。それじゃ、また」
彼は俺が差し出した包みを受け取ると、器に残った酒を飲み干し、ふらりと去っていく。
その頃、ホットワインもなくなったため、避難所の酒盛りは解散。俺も今度こそ帰るために、北門へ向かう。
その道中、
「いまさらだけど、店長さん、いつもあそこでお酒を配ってるのかい?」
「本当にいまさらですね」
何も言わずに手伝ってくれたから、知ってるのかと思った。
「いや、一応、噂では聞いてたんだけどね」
「ああ、調査してたときの話ですか。確かに、結構前から何度もやってますね。理由はいくつかあって、まず一つは単純に“手持ちのお酒を消費するため”です」
うちのゴブリン達は、本当に欲望に忠実だ。彼らは酒の味を覚えてから、毎日自主的に、材料があればあるだけ酒造りをするようになった。そして彼らにも作れるファットマ領の“白酒”は完成までの時間が短いこともあり、短期間で大量にできてしまう。
ドランクスライム達にも処分を手伝ってもらっているが、スライムの餌用に買ったワインの在庫もだいぶ残っている状態だったので、さらに処分に困った。
「飲みきれないからって捨てるのはもったいないですし、一応はゴブリン達が頑張って作ったものだから……と思っていたら、溜まるばかりで」
「子供の描いた絵をいつまでも保管してる親かな?」
「そのたとえが正確かは分かりませんが、とにかくそれが理由の1つで、あとは……さっき僕が話していた人がいたの、覚えてますか?」
「一応は護衛として一緒にいるからね。知り合いみたいだったから口を挟まなかったけど、素人じゃないみたいだったし」
「仰る通り、あの人は“情報屋”なんです。色々とやり始めた頃に、スラムのまとめ役のリブルさんから紹介されていたんです。自分も忙しくなるし、この街のことなら彼に聞けば大体分かるから、と。
実際、彼はギムルでは顔が利く人であるらしく、お願いすれば街の色々な情報を集めてもらえます。要求される報酬は、基本料金がお酒と食事を一食分。内容次第で追加報酬を払う、という形になっています」
「それでお酒を。他の人にも配るのはカモフラージュかな?」
「それもありますが、スラムの方々も間接的に、情報収集に協力してくださっている、ということもありますね。彼らもゴミ拾いとか街中での仕事をしていますから、彼らが見聞きした情報を情報屋さんが聞き出して、精査して僕に伝えてくれている……
そう考えれば、あそこの人達は自覚の有無はともかく、調査員の役割を果たしてくれているので、謝礼の意味も込めてます」
そう答えると、ユーダムさんは一応納得した様子。
「今日は何か新しい情報があったの?」
「はい。今朝も話した“警戒を強める”件ですが、やっぱり敵が動き出したかもしれません」
「そう思えるくらい、敵の動きが把握できてるんだ」
「完全にではありませんが、元々怪しい人間はいましたからね。現状維持が基本の方針でも、そんな人を野放しにしておく理由はないですし」
「それは一般的に“泳がせてる”って言うんじゃないかな? っていうか、店長さんって僕より調査員に向いてる気がするよ」
「事務的な作業はそれなりに得意ですけど、人間相手のコミュニケーションはユーダムさんの方が上手いと思いますよ。最近はこうして護衛として一緒にいますけど、だれとでもすぐ仲良くなるじゃないですか」
「そうかな? 僕は普通に話してるだけだけどね。貴族を相手に会話するより、よっぽど楽だし……というか、人心掌握とか話術なら、僕よりもっと上手い人がゴロゴロいるよ。貴族には。むしろ基本的技能、ってくらいに」
「うわぁ……」
そんな中での生活……考えただけでも嫌だなぁ……エリアは大丈夫だろうか?
というか、今頃、公爵夫妻もパーティーとかに出て……お疲れ様です。
思わず合掌してしまう。
この話を続けていると、空気がどんどん暗くなりそうだ。ちょっと話を変えよう。
「ユーダムさんは貴族の家の出身でしたね。話が変わりますが、貴族の噂とか事情に詳しいですか? 僕はその辺、全く分からないのですが」
「ほとんど家出同然の身だから、ここ数年のことはあまり答えられないね。学生時代までのことなら、ある程度は答えられるだろうけど。あとは何が聞きたいかにもよるかな」
「何を聞きたいか……なんでも初耳だと思いますし、興味はあるんですが……あ、ユーダムさんの知っている範囲で、“火事に関係する物事で”ジャミール公爵家を恨む理由がある家って思いつきませんか?」
「……」
ここで、ユーダムさんは一瞬だけ返事が遅れる。
「なんでそんな事を?」
「今朝の話の続き、ですね。敵がギムルを荒らす手段として、何故最初に“放火”という手段を選んだのか。そこが前からなんとなく気になっていて。まぁ、騒ぎを起こせれば何でもよかったのかもしれませんし、敵の正体に関係しているとは言いませんけど……ありません?」
「……恨んでいるかは知らないけど、公爵家と火に関する家なら“ボルカーノ元侯爵家”が思い浮かぶよ」
聞いたことのない家名だ。それに、
「“元”侯爵家ということは、今は違うのですか?」
「うん、複雑な事情があって降爵されたから、今は伯爵家だよ。その事情がジャミール公爵家にも関係があるんだ。話すと少し長くなるけど——」
俺は北門に着くまで、ユーダムさんからボルカーノ元侯爵家についての話を聞きながら帰る。
そのせいか、この日の夜風は一際寒さが厳しく、そしてどこか寂しく感じた……




