穏やかな昼
朝から続いた除雪作業が一段落し、昼になる頃。
俺とユーダムさんは教会を訪ねていた。
「こんにちは」
「ようこそ、タケバヤシさん、ユーダムさん。今日はありがとうございます、場所に食材も沢山提供していただいて……」
「いえいえ、こういった活動は大切です。それに食材は、うちの実験的な畑で取れすぎて余っていたものですから」
ギムルの教会を管理しているシスターの1人、ベルさんが深々と頭を下げる。その後ろでは教会に併設された孤児院の子供たちが、調理器具や芋や豆が詰まった袋を大量に、大小様々な荷車を使って運び出したり、乗せ替えたりしていた。
今日の昼食兼昼からの仕事は、教会の炊き出しの手伝い。
事前に聞いた話によると、これまでの炊き出しは教会の一角を使って行っていたらしい。しかし、例の労働者の流入問題があってから、炊き出しを貰いにくる人の増加、ひいてはこれまで使っていた会場では人を収容しきれず、近隣住民の迷惑にもなってしまった。
そこで困っているという話を聞いた俺が、場所の提供を提案し、さらにそこまでの食材や道具の運搬、調理まで手伝うことになったわけだ。
「それではさっそく、と言いたいのですが……」
「どうされました?」
「当初の予定では僕が空間魔法で全部運ぶつもりだったんですが、予定を管理するために警備会社でその話をしたところ、手伝いを申し出てくれた人たちがいまして」
「店長さん、ちょうど来たみたいだよ」
「あ、本当だ」
ユーダムさんに言われて、そちらを向くと……遠くからでもはっきりと分かる、周囲の大人より一回りも二回りも体格の良い人々が二列縦隊を組み、軽快に走ってくる姿が見えた。
「相変わらず目立つね、彼ら」
「ですねぇ……」
「あの、あちらの方々ですか?」
まだ距離はあるが、それでも分かる1人1人の力強さと筋肉質な体の男達を見て、ベルさんは若干緊張したように聞いてくる。
「皆さん体が大きいので、見た目は怖いかもしれませんが、大丈夫ですよ」
「僕みたいな男でも彼らには圧迫感を覚えるからね、一般の女性なら無理もないよ」
そんな風に、ベルさんを落ち着かせている間に、彼らは教会の前に到着。
「“マッチョ隊”、総員38名、現着致しました!」
「お疲れ様です。
ベルさん、彼らが今回手伝いを申し出てくれた……警備会社でマッチョ隊と呼ばれている方々です。見ての通り力自慢ばかりですので、頼りになると思います」
「そうですね、見るからにお強そうな方ばかりで……」
「ありがとうございます。力仕事なら我々にお任せください」
先頭にいた大男が、ベルさんの言葉を聴いて嬉しそうに、その腕に力こぶを作りながらアピール。
さらにその後ろにいる方々も、大半がそれぞれ思い思いのポーズをとっている。
「ええと、では早速ですが、ここにある荷物を会場へ運んでいただけますか? あと、向こうでまだ運び出せていない分の手伝いもお願いできれば助かります」
『はい! お任せください!』
「よし! 2班に分かれて作業にかかれ!」
『はい!』
先頭の男性の合図で、マッチョ隊と名乗った人々が一斉に動き出す。
最初は突然体格の良すぎる人々の登場に驚いていた子供達も、その服装と俺の存在から、すぐに手伝いと理解したらしく、マッチョ隊の案内を務めてくれているようだ。
「すみません、驚かせてしまったみたいで」
「いえ、私こそお手伝いをしてくださる方を相手に、失礼だったのではないかと……子供達が知っている方も何人かいらっしゃるようですし」
「あー、確かに有名と言えば有名かもしれません」
「もしかしてベルさんは、あまり街に出ない方なのかな?」
ユーダムさんがそう聞くと、彼女はそれを肯定。
「そうですね、私は基本的にこの教会の管理や仕事で一日を過ごしていますし、買い物などは子供達の中でも大きな子達が交代で行ってくれますから」
「それなら知らなくても当然かな。彼らは基本的に街の巡回を担当しているから。だったよね? 店長さん」
「はい。彼らはベルさんも仰っていましたが、体格がよくて強そうに見えますからね。犯罪抑止のために、巡回を主な仕事にしてもらっているのです」
体格や筋力だけが戦闘力ではないけれども、大きく影響する要素ではあるし、やはり筋力があるとないとでは外見から感じさせる安心感が違う。警備員として、また犯罪抑止力で言えば彼らの体格と筋肉は最適なのだ。
尤も、
「そのために作られた部隊、というわけではないんですけどね」
「あら、そうなのですか? お話を聞いていると、てっきりそうかと」
「う〜ん……本来は、ただの筋肉をつけたい人の集まり、だったはずなんですけど……」
そう、マッチョ隊とは、俺が病院の研修医の1人であるティントさんと行っている“プロテイン”の研究、そして効果の検証に協力してくれている人達のこと。メンバーは警備会社に所属していても配属された班は違うし、なんなら警備会社ではなくゴミ処理場の職員もいる。
一応“ボディービルディング研究会”という集団の名称は用意してあったのだけれど、いつの間にか“マッチョ隊”という呼称の方が有名になっていたし、彼ら自身もマッチョ隊と呼ぶようになっていたのだ。
ちなみに先ほど先頭にいた男性、通称“マッチョ隊長”の言っていた“総員38名”とは、今日参加できたのが38人という意味であり、本当の総員はもっといる。というか、日に日に入隊希望者が増え続けているので正確な数がわからない。
というのも、
「まず1つ、研究していた栄養剤の相性が良かったのか参加者の、特に大猿人族や牛人族といった元々体格のいい人が多い種族の方々の体型が、予想以上の短期間で目に見える変化が出たこと。
2つ、これも特に獣人族の方に多い傾向ですが、筋肉質な体を魅力的と感じる、またはそう感じる異性との交流、ひいては交際のきっかけになったという人が参加者から出始めたこと。
3つ、適切な栄養補給とケアを行った結果、運動や労働後の疲労や筋肉痛が軽減されたと体感した参加者が多かったこと。
基本的にこの3つの理由で、研究に協力することに“実利がある”と考えた人から、協力の申し出が続いているのです」
協力者の方々にやってもらっていることもそうだけど、もはやマッチョ隊は美容と健康、ついでに出会いも求められるスポーツジム化しているのだ。しかもどこから噂を聞いたのか、耳の早い一部の奥様方が興味を示しているらしいので、この際、もう本当にスポーツジムとして独立させてみようかと、割と本気で考えている。
「荷物の運び出し、完了いたしました!」
おっと、もう荷物の運び出しが終わったようだ。報告に来たマッチョ隊長と子供たち、そして最後の荷物と一緒に、今日の炊き出し会場へ向かう。
その途中、
「……このあたりは、随分とさっぱりしましたね」
会場までもう少しというところで、呟くように聞こえたベルさんの声。
「以前にも来たことが?」
「頻繁にではありませんが、教会の仕事で時々」
「なるほど」
今我々が歩いているのは、普通の住宅街とあまり変わらないように見えるが、実は元スラム街。ベルさんの感想は、役所と協力して行っている区画整理が進み、住宅や道路が新しく整備されているからだろう。
そう説明すると、彼女は少し不安そうに、こう聞いてきた。
「不躾かもしれませんが、区画整理とは? 以前このあたりに住んでいた方々はどうされたのでしょうか……」
「ご心配なく。無理やり追い出したわけではありません。このあたりに住んでいた方々には、地域のまとめ役であるリブルさんと言う人を通じて、事前に話を通していただいた上で、大きく分けて3つのパターンに分かれて生活しています」
まず、スラム街でも家を持たない方々。路上生活だったり、廃屋などに勝手に住み着いていたりした方々は、役所に頼まれて用意した集合住宅に移り住んで生活している。
次に、スラム街に家を持っていた方々の内、家の場所が変わることを受け入れられる方々。彼ら、彼女らには、区画整理に協力してもらい、新たに整備した場所に移住してもらった。前世の土地区画整理法における“換地”と呼ばれる手続きに近い。
最後に、どうしても移住は受け入れられないという方々には、家の建て替えのみを行った。
どこでも多少の揉め事や意見の対立はあったようだけれど、そこはリブルさんの仲裁と役所の努力により解決。
最初は移住を渋っていた方々も、話を聞いてみれば“足が悪くて坂が多いと困る”等々、それぞれ移住を拒む理由がある。そこで個別に条件を聞き取り、区画整理の計画と併せて新居を配置することで、落としどころを見つけた形だ。
そのために役所は専門の部署を用意し、細かく聞き取りや調整をしてくれたので、前の家よりも生活が便利になったという声も少なくない。
「それはとてもいい事ですね。でもそうすると、今日の炊き出し会場にも、近いうちにお家が建つのでしょうか?」
確かに、今日の会場は区画整理で空いた土地を提供することになっているけれど……
「将来的にそうなるかもしれませんが、今のところ予定はないです。空いた土地があるからと全て住宅街にすると、住みにくい部分も出てきますし、建築作業にも優先度がありますから。当分は使わない、使い道の決まっていない空白地帯がいくつかできているんです。
今回の会場はそういう場所なので、当分は教会の炊き出し会場として使っていただいて大丈夫ですよ」
ちなみに区画整理を行うにあたり、区画整理を行う土地の所有権は、一時的に俺が買い取るという形で一元化されている。だから空いている場所は炊き出しの会場として、場所を使う許可も出せるのだ。
と、そんな話をしながら歩いていると、会場に到着。
先に到着していたマッチョ隊の人員が会場設営をはじめていて、調理場は既に準備が整っているようなので、俺達はさっそく調理にとりかかる。
「ベルさん、何からやりましょうか」
「今日はお芋と豆のスープを、大量に作るのであまり難しい作業はありませんよ。まずはお芋を洗って、皮をむいたら切って、豆と一緒に煮込み始めます。あとは薄切りにした塩漬け肉を入れて、煮込みながら灰汁をとって、味を調えたら出来上がりです」
「それじゃ、芋を洗うのは僕がやるよ」
そう言って、ユーダムさんは素早く芋の詰まった袋を数個担ぎ、水場へ向かう。それを見た手伝いの女の子が駆け寄っていくが、彼は手が荒れるからと、やんわり断っている。
それをサラッとやってしまう立ち居振る舞いは紳士のようだが……言われた女の子とユーダムさんを、荷車の横から見ている手伝いの男の子の視線が……男女どっちも俺より少し上くらいの子だし、思春期なのかもしれない。放っておこう。
「そうだ、例のものを作ってきたので、確認してもらってもいいですか」
「以前のお話にあった、便利なものですか?」
「はい、こういうものです」
アイテムボックスから取り出したのは、きっと地球の人間ならすぐに分かるだろう。
深夜の通販番組の定番、と個人的に思っている、料理用の“スライサー各種”だ。
例によって硬化液板を本体に使い、金属製の刃を取り付けて作ってある。
薄切りにする塩漬け肉を1つ手にとって、皿の上で実際に使って見せる。
「なるほど、このように使うのですね」
「薄切りだけではありません。刃の部分を取り替えるだけで、千切りも可能です。こうやってスイスイ滑らせるだけで、干し肉も野菜もどんどん切れちゃいます。手まで切らないように注意は必要ですが、お子様にも使えてナイフよりは安全です。
おまけにこんなのもありますよ。筒の先端に金属の刃が付いているので、筒の中に皮を剥いた芋を入れて、上のレバーを下げると、ほら! てこの原理で子供でも間単に、このように一気に芋が押し出され、カットされる仕組みです」
通販番組のようにアピールをしてみるが、ベルさんは真剣に考え事中で反応なし。そのかわり実演を横で見ていた手伝いの子供達、特に俺と同じか少し下くらいの子供達の反応が大きかった。
「すげー! それ使えば俺達も料理手伝えるの?!」
「ベル先生ー! 私もお料理のお手伝いしたい!」
「……そうですね。あなた達にナイフを持たせるのはまだ早いと思っていましたが、これならいいかもしれません。ですが、指を切る危険はあるのですよね?」
「それは否定しません。しかし、間違った使い方をすれば、どんな道具でもある程度は危険ですよ」
「そうですね。皆、十分に気をつけるのですよ」
ベルさんの許可と受け取れる発言の直後、子供達が喜びの声を上げた。
きゃっきゃと喜ぶ彼らを見ていると、ベルさんが声をかけてきた。
「幼い子供達への配慮、ありがとうございます」
「たまたま、使えそうなものを知っていただけですよ」
事前の打ち合わせで聞いた話によると、孤児院の子供達は孤児院の母体である教会の規則により、炊き出しなどの慈善活動に可能な限り参加することになっているのだそうだ。
しかし、子供達の中でもまだ幼い子供は、手伝いをするにもできること、できないことがある。刃物や火の扱いは特に注意が必要になるし、あまり幼い子供には任せられない。
仕事は材料運びや水汲みなど、他にもあるにはある。だが、幼い子供が運べる重さにも限界がある。
結果として、調理の段階では、手伝いたくても手持ち無沙汰になってしまう子供達が一定数いる。
そんな話を聞いた時に、スライサーが思い浮かんで話をしてみて、試作。
そして無事に完成したものが、本日公開となったのだ。
事前に話を通していたのもあるが、無事にベルさんの許可も下りた。
子供達は喜んでスライサーを使い、材料の下準備を始めている。
多少手間はかかったけれど、この笑顔を見れば、作ったかいがあるというものだ。
さて、俺も作業に入ろう。
芋洗い作業中のユーダムさんのところに向かい、作業に加わる。
色々と厄介なこともあるけれど、いや、だからこそ、こういう穏やかな日常は大切にしたい。




