休日の昼下がり
本日2話同時更新
この話は1話目です。
翌日
目が覚めると、太陽の光が部屋に差し込んでいた。
あ~……よく寝た、徹夜仕事なんて久しぶりだったなぁ……もう大分日が高いな……………………日が高い? …………まずい!
「おはようございます、リョウマ様」
「セバスさん、今の時間は?」
「もう昼前ですな。やはりお疲れだったようで、よくお休みになられていました。お食事はどういたしますか?」
「ありがたいのですが、ギルドに行かなければならないので、帰って来たら」
「そうでしたか、かしこまりました」
俺は用意を手早く済ませてギルドに向かう。困ったな、時間がない。……仕方ない。
『我が身を包み、人目を逸らせ“隠蔽”』
体の周囲に隠蔽結界を張って姿を隠し、続けて無属性魔法の『肉体強化』を発動。魔力が体を包み込み、強化された身体能力で近くの建物の屋根に駆け上ったら、その上を走ってショートカット。足場のない所は空間魔法の短距離転移魔法『テレポート』を使い、ほぼ1直線にギルドまで走ることでなんとか昼に間に合わせる。
「失礼します」
案内された部屋にはもう他の人達が揃っていた。
「来たか、リョウマ。これで全員揃ったな」
「お待たせしました」
「ギリギリだが時間まではまだある。間に合ったんだから気にすんな。そんじゃ、今回の報酬だ!」
報酬の分配がされ、俺は元々の汲み取り槽掃除の依頼の報酬30本分の中銀貨3枚+小金貨30枚。他の人たちはそれぞれ小金貨10枚を受け取る。
「おいおい、おっさん、随分気前がいいじゃねぇかよ」
「ホントだね。くれるってんなら貰うけど、アタイたちはただ見張りをしてただけだよ?」
「報酬の額が多すぎるのではないか? 疫病に罹る危険があったとはいえ、直接的に何もしてない以上、この半分が妥当だろう」
「いや、その金額で間違いねぇ。その理由なんだが……リョウマ」
「なんでしょうか?」
「お前さんが言ってた、あの汲み取り槽の疫病はイダケ病って言うんだろ?」
「はい、鑑定で確認したので間違いありません」
「それな、かなりやばいヤツだと確認が取れた。その手の話に詳しい知り合いの糞ババアに聞いたらな……死亡率は疫病としては低い方らしいんだが広まりやすく、後遺症が酷くて生き残った奴も手足が動かず働けなくなって結局死んでいったって答えやがった。
それで報酬がその額になった訳だ。死亡率が低いといっても老人、子供は死ぬだろうし、生き残っても働けなくなれば生きていけねぇからな」
その言葉に冷や汗を流す面々。本当にヤバイよな……後遺症の重さにもよるけど、働けないって事は生活費が稼げない。保険や国の保護等の制度があまり無いこの世界じゃ致命的だ。結局飢えて野垂れ死にする事になる。
「未然に防げて良かったにゃ……」
「ある意味ただ単に死亡率の高い疫病より恐ろしいな……」
「一度かかって死んだらあの世、生き延びてもそれはそれで地獄だぜ……」
「今回の事で役所の連中は大目玉、頭とその下が何人も捕まったって話だ。残った連中もこれから共同トイレの汲み取り槽の掃除はどうするかと大騒ぎらしいぜ」
「スラムの連中に任せるんじゃないのかい?」
「残念だが無理だ。今回の件で金を出し渋った役所のトップはクビになったが、元の金額で支払われるって言っても信用されないらしい。それにもうスラムの連中は新しい仕事に就いちまったみたいでな。
他の街ならともかく、ここは鉱山に近いから力仕事や汚い仕事を厭わなければそれなりに人手の需要はある。他所で金が稼げるなら汲み取り槽掃除の仕事に拘る理由は無いってのが向こうの言い分だ。
今回は元々役所側に落ち度があるし、既に就いちまった仕事を辞めろとは言えねぇからスラムの連中を雇用するってのはほぼ諦めたみてぇだ」
「ならどうする気であるか? 今回はたまたまリョウマが気づいたから良かったものの、何度もこんな事があっては堪らんぞ」
「そうなんだよなぁ……ぶっちゃけ昨日、金を払うからギルドで処理しろって押し付けられたよ。今後は定期的に依頼の失敗が多い奴や規約に違反した奴の罰則として強制的にやらせるしかねぇかもな……」
「そこらへんは任せる、何とかするのである」
「簡単に言うんじゃねぇっての……」
「まぁまぁ、僕もこの街にいる間は依頼として受けますから、その間に手を考えてください」
「助かるぜ」
「にゃ? リョウマはどこかほかの街から来たのかにゃ?」
そういえば、すぐ仕事に入ったから皆さんには話してなかったっけ。
そう思い至った俺はギムルに来るまでの経緯を説明した。
「8歳から森で一人暮らしって、アンタも無茶するねぇ……」
「ガナの森に帰るのか?」
「悩みますね……森に作った家には3年住んで愛着がありますし……案外この辺の森の奥か何処かに住み着くかもしれませんが」
「いや、近くに居るならこの街に住めよ。なんで態々森に行くんだよ」
「家は魔法で、食事は狩りで何とかなりますから。案外気楽で快適な生活ですよ? お金とか要りませんし」
「リョウマ、その歳で世捨て人になるのは早すぎると拙者は思うでござる」
「そうですよね……それは薄々感じています」
「まぁ、後悔のない様によく考えるこったな。お前さんが居てくれりゃありがたいが、変に気負ってまでこの街に居続ける必要はないぞ。お前さんは自由に自分の生きたいように生きればいい。
とりあえず今回街の金を横領した連中は首の上財産没収されたし、その部下で黙認していた連中は減給になった。その分の金が何割か街の維持費に注ぎ込まれたから金はある。最悪金に飽かせて人を雇うって事も出来なくはない。
……さて、これで渡すべきモンは渡したし、話すことも一通り話した。最後に1つ連絡事項だ。明後日以降に1つ大きな依頼が出る。今年廃坑になる鉱山だが、実質的には去年から廃坑でな。鉱山の中に多数の魔獣が巣食っている。小物ばかりだが範囲が広いので討伐に行く冒険者を募集する。奮って参加してくれ。以上!」
そこで解散となり、皆それぞれ帰っていったので俺も宿に戻ると、宿ではお嬢様達が俺を待っていた。
どうやら昼食を一緒に食べるために待っていてくれたらしく、礼を言って席に着くとお嬢様がこう言ってきた。
「リョウマさん、一緒に訓練しませんか?」
「いきなりどうしたんです?」
「私、今日から魔法の特訓をしますの。ですから、リョウマさんもいかがですか?」
「実は今回の旅は旅行と同時に、エリアの実戦訓練も兼ねているのよ」
詳しい話を聞けばジャミール公爵家では子供がある程度大きくなると、男女問わず一度は旅をさせる習わしがあるらしく、本人の希望次第では冒険者にもなるそうだ。
「旅をして広い知識や視野を養うのは良い事じゃ。しかし、それには身を守る強さなど、必要な物が多いからのぅ。護衛をつけても良いがそれでは窮屈じゃし、何の苦労もせんのではせっかくの旅で学べる事が半減する。そういう訳でエリア自身に身を守れる力をつけるのが目的なんじゃ」
「たとえ旅に出なくても、領地に魔獣や盗賊が出ると場合によっては討伐のために参戦する事もあるからね」
ラインバッハ様とラインハルトさんの説明に、少し驚いた。
「お嬢様もですか?」
「エリアに限らず、貴族の参戦は討伐の規模が大きくなるとよくあるのよ? 士気向上のためだったり、自分達が領地を守ってるって外に示すためにね。だからある程度の力は必要になるのよ」
なるほど。魔法の腕に男女の性差は関係なさそうだしな。
「そのために私は今年から王都の学校に行き、魔法や学問を学びます。ですがその前に少しだけ経験を積んでおくのですわ」
「なるほど、それでここに来たと」
「そうですわ。今日の朝から先程までも訓練していましたし、昼からも訓練をします。その訓練にリョウマさんも参加されませんか?」
……うん、良い機会だな。前に魔法遊びを教える約束もしていたし、お邪魔でなければこちらからもお願いしたい。
俺がそう言うと快く了承され、午後からの訓練に同行させて貰う事になった。訓練内容は魔法だそうで、街の外に出て馬車で20分ほど行った所にある岩場で訓練をするらしい。
昼食後
馬車に揺られて俺達が岩場に着くと、ジルさん達が迎えてくれた。
「お嬢様、お待ちしていました。リョウマもよく来た、三日間大変だったようだな」
「ジルさん達もお疲れ様でした。そっちも忙しかったと聞いています」
「それなりにな」
「さぁ、話してないで早く始めましょう!」
はりきったお嬢様に急かされる。そんなに魔法で遊ぶのが楽しみなのか。
「ところで、お嬢様はどの属性の魔法が使えるんですか? 魔法での遊び方を教えるためにも知らないと」
「私は火と氷の魔法が得意ですの。魔力が多いので、もっと訓練すれば強力な魔法が沢山撃てますのよ」
強力な魔法が沢山って火力特化型っぽいな。しかし火と氷か……
「何か問題がありますか?」
「水魔法や土魔法なら比較的安全なので色々あったんですが、火と氷は遊び方が少なくて」
「確かに森で火遊びなんてするもんじゃねぇな」
「森林火災にでもなれば洒落にならんからな」
遠まきに様子を見ていたヒューズさんとジルさんからそんな呟きがこぼれた。まったくもってその通り。一番遊びに使えないのは毒属性だと思うが。
「火属性で教えられるのはこれだけです。『ダークネス』『リトルファイヤーフラワー』」
闇属性魔法の『ダークネス』で手元だけを夜のように暗くした後、人差し指の先に作った本当に小さな火の玉から、パチパチと放たれる火花で数十秒間暗闇が彩られる。
『リトルファイヤーフラワー』線香花火を再現した魔法だ。
「綺麗ですわね」
「そうじゃのぅ」
「あら、消えちゃったわ」
「最後がどことなく寂しいね」
線香花火ですから。
見て綺麗、この魔法にそれ以上の意味は無い。いつかは打ち上げ花火を再現したいが、それにはもう少し魔法を上達させる必要がある。
それから氷属性の遊び方はスケートや氷彫刻。最初に大きな氷を作った後は保冷にしか魔法を使わないが大掛かりになる。
それに氷彫刻は前世にやったバイトで製造のアシスタント経験があったから作れたが、あれは時間がかかるし最初から上手くはいかない。物によっては氷の塊を積み上げたり体力の要る作業になるし、崩れた場合は氷の塊が降ってくる可能性もあって危ない。その分給料も良かったけど。あと暑い日は洞窟に置いておくと涼しい。
小規模なものは氷で作ったレンズで光を集めて火種を作るくらいだが、正直、そんなに長く楽しめるものでもない。火種が欲しければ火属性魔法を使ったほうが断然早いし。
困ったな……
「それでしたら水はどうでしょう? 私、得意ではありませんが水魔法も使えますわ」
「それならあります。例えば……『バブリーウォーター』」
俺は両手の指先を合わせて作った円の中に、魔法で水を生み出した。しかしそれただの水より粘度が高く、手を伝って膜を作った。そこにそっと息を吹きかけるとシャボン玉が膨らみ、人の頭くらいの大きさになったところで宙に舞わせる。
さらに残った膜に風魔法の『ブリーズ』で強めの風を吹かせてやれば、小さなシャボンが数え切れないほど空へ飛び立った。
背景には透き通る青空。風のない空をゆったりと漂うシャボン玉に遮るもののない日光が当たり、表面で反射した光がキラキラと星が瞬くような輝きと色合いを生み出し、やがては弾けて消えていく。
「あら、これは面白いわね。石鹸の泡みたい」
「こうして見ると綺麗ですわね」
シャボン玉液を生み出す魔法は女性陣のお気に召したようだ。石鹸は一般にも広まっているそうだが、割高なのでこういう使い方はしないのだろう。男性陣もそれなりに楽しんでくれている様子。
「これは水属性の魔力で水に粘りを付けてるんです。たとえば……『ウォーター』『ウェーブ』」
手を器にして注いだ水を、別の魔法で動かす。
「この『ウェーブ』は水面を波立たせる水属性の基本的な魔法ですが、これって水を水属性の魔力で動かすことで波を作っているんですよね。だからちょっと練習すると……はいっ!」
掛け声と一緒に手の中の水を大きく投げ上げる。すると普通なら水が重力に従い降ってくるが、一向に落ちてこない。周囲の人が揃って上を見上げると、水は丸い玉になって俺の頭上に浮かんでいる。というか俺が水を動かす魔法で、浮かぶように動かしているので当然だ。
水属性魔法にはウォーターボールという水の玉を飛ばして攻撃する魔法があるため、今回は周囲の反応も薄い。だが、ここからが本番。
『おおっ!』
水を動かしてちょいと水の形を玉から小魚へと変えてやると、まわりから軽く驚きの声が上がる。三年間の暇つぶしを経て、鱗まで無駄に精密になった水の魚。それを空中で移動させながら一定間隔でくねらせてやると……
「空を泳いでいるように見えますわ!」
「器用じゃのぅ」
周りから拍手を貰うが、そうなるとだんだん照れくさくなってきた。
「っと、まぁこんな感じに扱えます。そして水を動かせるなら、水に魔力を込めて粘らせる事はできないかと考えて作ったのがさっきのバブリーウォーターです。こう、水滴同士を結びつかせて、繋ぎ続ける感じで」
「こうですか? 『バブリーウォーター』」
説明を聞いたお嬢様さまが生み出した水は手元に膜を作れるだけの粘りはあった。しかし、軽く息を吐いただけで壊れてしまう。
「もう少し水属性の魔力を多めに使い、スティッキースライムの粘着液のように流れにくく、粘るイメージでやってみてください」
既に半分成功しているので、具体的な例えで教えてみた。
するとお嬢様は体から勢いよく、水が湧き出すような魔力を放出させて呪文を唱える。
『バブリーウォーター』
今度の水は、生み出される過程で明らかに強い粘りがあることが見て取れた。それを指で作った輪につけ、お嬢様が吹き込む息に合わせて新しいシャボン玉が空に舞う。
「できましたわ!」
「息の強さで大きさも変えられますし、ちゃんと使えるようになってから、使う魔力を増やすとこんな事もできます」
もう一度、魔力を多めに使ってシャボン玉を作る。それをバスケットボールほどの大きさにとどめて目の前に浮かべ……軽く叩いた。
「はいっ」
「えっ!?」
叩かれたシャボン玉は大きく形を歪めながらも割れず、ゆるやかにお嬢様へ向かって飛んだ。それを近くから興味深そうに見ていたお嬢様は、いきなり飛んできたシャボン玉を受け止めて手元でお手玉している。
「これは……最初のように消えませんのね」
「魔力を多めに使うと粘りが強くなって、こうやって触っても割れないくらい強度がある泡になるんです。強い力を加えたりすれば割れますし、ほっといてもいつかは消えてしまいますけどね」
ちなみにこのシャボン玉はただの水を魔力でこの状態にしているだけなので、人体にも環境にも優しい。例え乳幼児の口に間違って入っても安全である。
「なんだか、これもスライムに見えてきました」
お嬢様は割れにくいシャボン玉をつついて震わせ楽しそうに笑っていた。
こうして楽しんでもらえるなら、教えた甲斐があるというものだ。いつか折を見てほかの属性の魔法も見せてみよう。




