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大寒波到来

「ふぅ……今日も冷えるなぁ」


新年まであと一週間を切った、年末のある日。

ギムルの街、いや、ジャミール公爵領のある地域一帯には、大寒波が到来していた。

おかげで最近は大雪が続き、まだ暗いうちから街へ向かわなければならない。

ストーンスライムを目印にした長距離転移魔法が使えるようになっていてよかった。

子供の腰の高さまで降り積もった雪の中を、手製のかんじきで踏みしめながら進むと、心の底からそう思う。


おっと、見慣れたギムルの街の門が見えてきた。門の両脇には当番の警備隊員が2人。向こうも俺に気づいたようで、どちらからともなく手を振ってくれる。


「おはようございまーす!」

「おはよーう!」

「今日も寒いなー!」


雪のために歩みは遅く、大声で挨拶をしながら、ようやく門に到着。


「今日もお疲れさん」

「毎日大変だな」

「この雪と寒さには参りますね」


世間話をしながら、身分証の提示と確認を済ませる。


「よし、入っていいぞ。ところで今日もアレ(・・)やるんだろ? 俺たちも準備手伝うよ」

「ありがとうございます。助かります」

「ははっ、助かってるのこっちだって」

「手伝いをすれば、少しの間でも体を温められるしな」


冗談めかしているが、体を温めたいのは本音なのだろう。

俺としても手伝ってもらえるとありがたい。

早速ディメンションホームの中から、必要な道具を取り出していく。


「毎日寒いですからね。うちのアクアスライムの一部も、この寒さのせいか“アイススライム”に進化しましたし」

「アクアスライムって、体が水のスライムだろ? 詳しくはないが、それはただ凍っただけじゃないのか?」

「皆さんそう仰いますが、どうも違うみたいなんですよ」


事前に行った検証実験では、アクアスライムは温度変化に強いが、体が凍るほどの冷気には好き嫌いが分かれた。そして冷気を好む個体は揃って氷属性の魔力を好んだこと。また同じ環境にいても“氷属性を好む個体だけ”が、アイススライムに変化していたことから、寒いから凍っただけではないと考えている。


「そうだ、氷といえばこの前寄付して貰った"靴の滑り止め”、あれってもっと手に入らないか?」

「あれ? モーガン商会に委託しているのですが」

「それがどうも俺達警備隊員から、このゴム? とかいう素材の滑り止めがいい、って話が広まったらしくてさ、入荷してもすぐ売り切れちまうんだと」

「ここ最近の事故の原因の大半は“雪”か、雪のせいでできた氷やぬかるみだ。一部の冒険者は雪山とかに行くための装備を使ってるみたいだけど、一般人はそんな装備を用意してるわけじゃないからな」

「ああ……」


“特需”というやつだ。

これまでこの地域は冬でももっと温暖な気候だった。この街の住人にとって、今年のこの寒波は異常気象。例年通りの冬支度では、ここまでの雪への備えはしていない。店側も、普段売れないものを大量に在庫として用意なんてしていないはず、もしあったとしても少数派だろう。


一方で俺は神々との会話で、偶然にも寒波の到来を知っていた。だから関係各所に情報を流して準備を進めていたし、モーガン商会はその中でも最も行動が早かった。どこからか情報を掴んでいたのかもしれないけれど、会頭のセルジュさんは俺が寒波が来る可能性を伝えたその直後から動き始めてくれた。


おかげで話題に上がった“靴に装着して使うゴム製の滑り止め”を始めとした、寒波や雪対策グッズの開発、新設の工場と人員をフル稼働しての大量生産、そして店頭での販売が急速に進められた。


今、目の前で組み立てられている“小船”もその1つ。


以前ファットマ領で乗ったボートを参考にして作ったボートの後部に、バーベキューやキャンプで使うようなコンロ。その上に寸胴鍋に金属管をコイル状に巻きつけたような器具を設置したその船を一言で表すなら……“ポンポン船”。


それも、昔の焼玉エンジンを使用した船の俗称ではなく、理科の実験とか、古い船のおもちゃの方のポンポン船だ。


ここからさらに、船の後部に伸びている2本の金属管の中にフィルタースライムを。コンロの中に、アッシュスライムを敷いた上に炭を設置して着火。最後に寸胴鍋の中にアクアスライムと管の中を満たすだけの水を魔法で生み出せば、こちらの準備は完了。


あとは、


「これもよろしくお願いします」

「了解」


黄色い布地に赤文字で“路面清掃・除雪作業中”と書いた旗を立ててもらっているうちに、もう一仕事。


鍋の中、火を焚いたことで若干熱くなりつつあるアクアスライムに、準備はいいか? と問いかける。すると、張り切っている様子。さらに門の先、街の視認できる範囲に人がいないことも確認して……よし、始めよう。


「いきます」


水と同化したスライムに、魔力と動きのイメージを送る。途端に鍋の中身が波立ち、渦巻き、水瓶の中を飛び出して、門前の道路上で球体となった。


水、いや、今は湯の塊がそっと地面に近づき、降り積もる雪の表面に接触。

球体が崩れ、波のように広がり、雪を溶かしていく。

溶けた雪は水となり、湯と、そしてアクアスライムと溶け合い、嵩を増す。

増した水量と魔法による動き、流れに巻き込まれ、さらに道の上の雪が溶ける。

そしてさらに嵩を増し、勢いよく降り積もった雪を取り込んでいく。


これが、最近の朝の日課。

“水のスライム魔法による街の除雪作業”である。


ちなみに水やお湯で雪を溶かすと、再凍結して氷になり、余計に滑りやすく危険なので絶対にやってはいけない! という話も聞くが……それはあくまでも溶けた雪や撒いた水が、凍結するような気候の中で放置された場合の話である。


現実的、というか前世の物理的には、覆水盆に返らず。撒いてしまった水は、どうにもできないことだろう。しかしこの世界には魔法がある。それも同化したスライムの補助によって、超精密なコントロールを可能にするスライム魔法ならば! 撒いた水も溶けた水も、一滴残らず回収可能!! つまり路上で再凍結させずに済むのだ!!!


……なんて、脳内セールストークをしているうちに、周囲から水分を集めたアクアスライムはかなりの大きさになっていた。小山のように中心を盛り上げ、半球状に近づいた姿、まるで巨大なスライムのようにも見える。これだけの水量があればいいだろう。


「それでは、そろそろ行きますね」


後方で火にあたっていた2人に声をかけ、その隣の小船に飛び乗る。すると2人はこれから起こることがわかっているので、素早く、しかし暖かい火を少し惜しむような表情で離れていく。


そんな彼らと入れ替わるように、巨大な水球が船を包む。金属管と内部のフィルタースライムを通り、アクアスライムも鍋の部分に乗り込んだ。そして鍋や金属管に入りきらなかった水が船を浮かべる。


これで準備は整った。


「行ってきます!」


警備隊の2人の見送りを受けて、船は街中へ向け、滑るように進み始める。

水のスライム魔法を使うことで、除雪と清掃と移動を同時に行う。

除雪作業の効率化を考えて、たどり着いた答えの1つがこれだ。


……まぁ、別に俺がやらなくても、役所とか冒険者ギルドの人がやるんだけど、緊急時で基本的に人手はどこも足りてないし、俺の魔力は有り余ってるし、スライム魔法の使用は神々が喜ぶみたいだからね。ちょっとしたボランティアだ。


それに、早朝の街を水を纏う船でのんびりと回るのも悪くない。


まだ暗いこの時間帯、あまり一般の人は出歩いていないけれど、一部の仕事の関係、または雪のせいで、早朝からの活動を余儀なくされた人々とはそれなりにすれ違う。そのため顔見知りも増えた。


最初は唖然としたり、幻を見たかのように大騒ぎする人もいたけれど、最近では皆さん慣れたようだ。ほとんど毎日顔を合わせる人は、名前は知らなくても手を振ったり声をかけてくれるようにもなった。


「おーい! 魔法使いの子! ちょっと来てくれない!?」


声の主は、よく見かける屋台の女店主。

お呼びのようなので、水を操り船を横付けする。


「おはようございます。どうしました?」

「これ、良かったら持っていきな。お金はいいから」

「うわっ、あったかい。ありがとうございます!」


差し出され、受け取ったのは、ぶつ切りにされた腸詰や根菜がたっぷりと入った暖かいスープの木皿と匙。


「ほら、こいつも忘れずに。今日も頑張りな」

「……ありがとうございます。行ってきます!」


固めのパンと共に、温かい応援をいただく。

お礼を伝えて、再度浮上。そして除雪作業に戻る。


「ふぅ……はふっ! ほっ!」


スープを一匙、口に含むと熱と旨味が広がっていく。

飲み込めば、冷えていた体の芯が温まる。

この除雪作業を始めてから、こういう風に差し入れや応援してくれる人がいる。


まだ日の出前、うっすらと明るくなりつつある空の下。

いただいた朝食を味わいながら、船に揺られて、まだ銀世界に包まれた街中の道を切り開く。

金銭的には、一銭の利益にもならない活動だけれど、心は十分に満たされる。

たまにはこういうのも悪くない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっきいポンポン船に乗って雪の上を進むなんて、とても楽しそうです! 早朝で人も少ない街中の景色というのも最高ですね
[一言] upotuでーす。 魔法と従魔達の乗算的活用。 いいですねぇ。(現実世界にもスライム欲しいなぁ)
[一言] そうかー異世界でも 除雪作業の大変さは変わりないもんね 魔法凄いスライム優秀
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