黒幕の会話
既に闇の深い時刻にもかかわらず、貴族の邸宅や店の明かりが燦然と輝く、王都の夜。その煌びやかな街並みは“夜空の星が降り注いでは散るが如し。一目すれば、千の金塊に値する”という言葉が残るほどの絶景。
そんな絶景を、小高い丘に立つ屋敷の窓から眺める男がいた。
「ギムルの作戦はどうなった?」
男は窓際から外を眺めたまま、問いかけを口にする。
すると男の背後、部屋の中央の影が蠢いたかと思えば、紳士服に不似合いな覆面をつけた、見るからに怪しげな装いの男が現れた。
「一時的な治安の悪化には成功しましたが、相手方が予想以上に上手く対応しているようで、徐々に改善されています。このままでは、作戦は確実に失敗でしょう」
「君の懸念が現実になった、というわけか……リョウマ・タケバヤシ……君からその名は聞いたが、侮っていたと言わざるをえないな。まさか送り込んだ求職者を、全て受け止められるだけの受け皿を新たに作るとは。金にものを言わせた力技だが、実行できるのならば、有効な手段だ。それは認めよう。
しかし、思い立ったとしても、相応の資金力がなければ実行は不可能。公爵家が裏で支援をしている様子がないとはどういうことだ? まさか本当に、必要な資金を補えるだけの価値がある資産を、少年個人が持っていたと?」
「我々の目を掻い潜った可能性もありますが、金の流れは大きくなるほど隠すのは難しくなります。品物の出所はリョウマ・タケバヤシでほぼ間違いないかと」
それを聞いた男は、不快感を僅かに表情に滲ませた。
「少年の素性は掴めているのか?」
「これまでの報告にある限りが全てです。調査に特化した闇ギルドに調べさせましたが、公爵家の人間が街に連れ出す以前のことは、“森に隠れ住んでいたこと”、“出身地がシュルス大樹海の中にある村であること”、“村での扱いが悪かったと思われること”、これら3点を除いて一切の情報が出てきていません」
「君と同じ、裏の人間か?」
「その可能性も考慮し、照会を行いましたが、闇ギルドおよび裏社会への関与は一切認められませんでした」
「我々は総称して“闇ギルド”と呼んでいるが、内部では色々と派閥があるのだろう? どこかの派閥が秘匿しているだけでは?」
「確かに闇ギルドは一枚岩ではありません。盗賊、暗殺、詐欺、密輸など、仕事によって細分化されたギルドも存在します。しかし、今回のリョウマ・タケバヤシの情報が出ないのは、シュルス大樹海という土地の特殊性、そして特殊な環境で生き抜いてきた彼自身の能力によるものでしょう」
「言い切るか。なら、出自については置いておいていい」
そう告げた男が振り返り、覆面男を見据える。その瞳には、冷酷な光を宿していた。
「どんな手段を使っても構わない。リョウマ・タケバヤシを消せ」
「……よろしいのですか? 公爵家は明らかに彼を優遇、重要視しています。彼を消せば、公爵家も黙っていないでしょう」
覆面男の忠告に、男は鼻を鳴らして言葉を返す。
「しばらく前から、ラインハルトが直接社交場に乗り込み、計画に乗った貴族連中にそれとなく釘を刺して回っている。あちらも本腰を入れて動き出しているのだろう。ならばどの道、我々の存在が露見するまで時間の問題と考えるべきだ。
すでに日和見の連中は保身に走っているようだが、私は頭を下げて許しを乞おうとは微塵も思わん。今更後悔するくらいなら、最初からこんな計画など立てるものか。どうせ露見するならば、一矢でも多く報いてやろう。
ラインハルトがリョウマ・タケバヤシを大事にしているならば、それだけことを成せばラインハルトの苦痛となるだろう。本人にも計画を邪魔され、煮湯を飲まされたことも事実。大人の問題に子供が首を突っ込んだ報いを受けてもらう」
語れば語るほど、徐々に強まっていく男の語気……いや、これは狂気と呼ぶべきか。
不退転の覚悟を見せる男を見て、覆面男は説得という選択肢を思考から捨てた。
「承知いたしました。依頼人の要望であれば、私は最大限、要望に添える計画を立てましょう。それが“計画屋”である私の仕事」
「君のその仕事に徹する姿勢を、私は高く評価しているよ。
具体的な話に入ろうか。今度はどのような策を用いる?」
「リョウマ・タケバヤシ本人に直接手を出すのであれば、まず実行犯として腕利きを複数人。さらに本人に襲撃をかける前には、対象を孤立させること。そして事前にある程度消耗させておくべきでしょう。
これまでの報告から行動傾向を考えると、彼は“自分自身よりも身近な人間に害があること”を特に嫌うようで、積極的に我々の計画を潰すように動いています。故に、本人をどうこうするよりも、街でそれなりに大きな騒動を起こせば、もしくは身近な人間になにかがあれば、無視をして放置するとは考えにくい。両方を行えば、まず間違いなく対処に追われるでしょう」
「子供1人に、そこまでする必要があるかね?」
「私は最低でもその程度は必要だと考えています。あの少年は、得体が知れない」
覆面男がそう言うと、男は過去の報告を思い返す。
「分かった。君の言葉を信じよう。その方針で進めてくれ」
「ありがとうございます」
「いや、あの少年は我々の計画を悉く潰してくれた。念には念を入れるくらい、しなければならんのだろう。いかんな、私は……気づけば、子供にできることなどたかが知れている、と考えている」
「事実として、普通の子供にできることは、たかが知れています。これは件の少年が規格外なだけでしょう。私は彼を直接見る機会に恵まれたため、早々に認識を改めることができた。それだけの話です」
それを聞いて、男はまた1つ思い出す。
「そういえば、君は一時期ギムルに潜伏していたな」
「当初の計画では、場を整える必要がありましたから」
「そこで何を見た?」
「見た、というよりも、感じたのです。
計画が潰されたことが発覚した頃、別口で都合のいい依頼がありましたので、それを利用し、少しばかりの意趣返しも兼ねて、小銭に目が眩む有象無象をけしかけました。その際の対応、動き、そして雰囲気……上手く言葉にできませんが、あの少年は危ない。特に直接的な手出しは控えるべきだと、感じたのです」
「……様々な犯罪を請け負う闇ギルドにおいて、犯罪計画の立案から必要な物資、人員の選定と手配までを取り仕切る“頭脳”であり“司令塔”。我々のような依頼者からすれば“相談役”である君に、そこまで言わせるとは」
「計画屋の多くは長く闇ギルドに身を置き、多くの犯罪に関わった経験豊富な者ばかり。彼らと比べれば、私などまだまだ未熟者です。実際に、彼は私の計画を都合三度も潰してくれました」
覆面男は言葉こそ自嘲するようだが、その声はどこか力強く、自信を感じさせた。
「フッ……まぁいい。話を戻そう。計画は先ほどの話を大筋として、細部は任せる。だが可能であれば、リョウマ・タケバヤシを消耗させるために、モーガン商会の会頭を狙って欲しい。奴はリョウマ・タケバヤシとラインハルト、双方に協力しているからな。失えば双方の痛手になることは間違いあるまい」
「かしこまりました」
「それから今回は既存の依頼に条件を追加するわけだが、いくら払えばいい?」
「腕利きに都合をつけますので、少々お時間をいただきます。ですが、今回の件は元を正せば、最初の計画で私が結果を出せなかったが故。いわば、次善の策。
私にも計画屋としての矜持がありますので、御代は勉強させていただきます」
「構わんが、請求はなるべく早くしてくれ。私が捕まった後では、君達も集金ができなくて困るだろうからな」
既にラインハルトに敗北した想定で、なお笑った男は、ここで何かを思いつく。
「そうだ、代金をまけてくれるなら、浮いた金でもう1つ頼もうか」
「聞きましょう」
「私が――場合、――してくれ」
「それを依頼として受けることは可能ですが、よろしいのですか? 下手をすればあなたの首を絞めるだけの結果になりますし、おそらくその状況では、依頼の中止、内容変更もできないでしょう」
「構わない。ラインハルトに、ジャミール公爵家に一矢報いるためならば、金など惜しくはない。なんなら、これも持っていけ」
男は近くの壁に飾られていた、華美な装飾の剣を手に取り、覆面男に突き出す。
「三代前の先祖が手に入れたという、オリハルコンの宝剣だ。刀身を鋳溶かして地金にしたとしても、それなりの額になるだろう」
「かなりの値打ち物とお見受けしました。これであれば……リョウマ・タケバヤシの始末と追加のご依頼、合わせてこの剣でのお支払い、ということでいかがでしょうか?」
「君がそれでいいなら構わん。こちらとしても、金の用意をする手間が省ける」
こうして2人の取引は成立。
覆面男は剣を受け取るとすみやかに、影に溶けるようにその場から消えた。
そして1人部屋に残された男は、再び窓の外から景色を眺め、暗い笑みを浮かべていた。




