オレストとの会食
本日、3話同時更新。
この話は2話目です。
ギルドマスター達との会議の後、警備会社に帰ってみると、奴隷商人のオレストさんが訪ねてきていたことを知り……現在、俺は彼と乗ってきた馬車を降り、とあるレストランの前にいる。
何故だろうか? いや、理由や経緯は単純だ。オレストさんに食事に誘われたから。
会議の後にお茶会はあったけど、ちゃんとした昼食は食べていなかったこともあり、なんとなく流されるように、食事に行くことが決定して、ここにいるのだけど……
「さあ、行きましょう。予約は済んでいますから」
「まさか誘う前に予約までしていたとは、僕が断ったらどうする気だったんですか」
「結果はこうして一緒に来ていただけたのですから、問題ありません」
いや、俺が言いたいのはそういうことではなく、と言っても無駄だろうな。
しかし、よりにもよってこの店か……
「いらっしゃいませ、モールトン様。ご予約は承っております」
店の前に立っていたドアボーイが一礼し、洗練された動きで店内へ続く扉を開ける。
するとオレストさんは慣れた様子で店内へ。俺も遅れないよう、会釈をして後を追う。
店内は高級そうな絨毯や調度品で華やかに飾られているが、ただ単に高そうなものを掻き集めて並べたような成金趣味とは違う。統一感があり、洗練された品のいい内装。さらに、あくまでも“食事をするための場所”だからだろう、落ちついた雰囲気が作られている。
……だが、それも当然だろう。だってこの店は、ギムルの街で一番の高級レストランとして、俺でも知っている超有名店。当然のようにドレスコードがあって、以前からスーツを仕立てていて本当に良かった。
「こちらへどうぞ」
そんなことを考えている間にも、オレストさんは店内にいたこの店のオーナーと言葉を交わし、俺達はオーナー直々に店の奥にある個室へと通された。
「ーーでは、ごゆっくりお寛ぎください」
席につき、料理の注文や呼び鈴などの簡単な説明を終えて、オーナーが立ち去ると、ようやく少し肩の力が抜けた。その瞬間を彼は見逃さなかったようで、
「こういう場は苦手ですか?」
「苦手、というよりも、こんな高級店に来る機会がないもので、慣れていないのです」
「おや、それにしては堂々とされていたように見えましたが」
「あまりに落ち着かず、うろたえているのもみっともない、そう思って虚勢を張っているだけですよ」
テーブルに用意されていた水を一口。喉を潤したところで、気になっていたことを聞いてみる。
「ところで、オレストさんは今回どうして僕を食事に?」
「親睦を深めようと。リョウマ様とは以前、ガウナゴの店でお会いして以来でしたからね」
「そのためにわざわざギムルまで?」
「近く、ギムルで定期的に開かれる会合があるのです。私は特別な事情がない限り、その会合には参加すると決めているので」
「会合……そういえばたまに聞きますね。セルジュさんやギルドマスターのグリシエーラさん、あとはサイオンジ商会のピオロさんも、以前そんな話をしていたような」
「ご存知でしたか。今名前の挙がった3名も、都合がつけば参加する会合です。参加者はそれぞれの分野の商売で活躍されている現役の経営者、もしくは元経営者の方々で、情報交換をしたり、時には協力したりするのです」
目に前にいるオレストさんもそうだけど、さらにセルジュさんやピオロさん、そしてグリシエーラさんクラスの人達が集まる会合か。
「なんだか凄そうな会合ですね」
「皆さん、商人として百戦錬磨の強者ばかりです。父の後釜として参加していますが、毎回が勉強ですよ。
もしご興味があれば、参加されますか?」
「参加、って僕が? いやいや、そんな凄そうな経営者の会合に僕なんかが」
「別に明確な基準があるわけではないので、参加者からの紹介があれば参加できますよ。その後、他の参加者に認められるかは別の話ですが」
そこが大事なのでは?
「リョウマ様は参加者の知り合いも多いですし、他の参加者とも上手くやっていけると思いますが? 先程、ここのオーナーともお知り合いのようでしたし」
「それはちょっとしたご縁がありまして」
確かに、このお店とは少し前から、ちょっとした取引を行う関係になったため、オーナーともそれ相応に親しくさせていただいている。
それを伝えると、
「十分に素晴らしいことではありませんか。ここのオーナーは取引をするに値しないと判断すれば、絶対に首を縦に振らないことで有名なのですよ?」
「そうなんですか?」
それは知らなかった。
でも、後から聞いた話では、ここのオーナーはこのレストランだけでなく、俺が初めてこの街に来た時に、公爵一家に連れられて泊まった、あの高級宿の経営者でもあるらしく、“公爵家に連れられてきた子供”としてオーナーは俺を覚えていたそうだからな……
でも、こちらとしても相手に損をさせるつもりで取引を持ちかけたわけでもないし、問題がなければ認めるか。
「差し支えなければ、詳細を聞かせていただいても?」
「ここ以外とも同じような取引をしているので、お話しすることに差し支えはないです。しかし、ゴミ処理の話なので」
こんな高級レストランで、汚い話をするのもどうなのだろうか?
「ここは個室ですし、私は気にしませんよ。リョウマ様が新しく始めた事業について、興味があるので」
ならいいか……ってか、ゴミ処理場に関しては既に知ってるわけね……相変わらずだ。
「取引の内容は“廃棄予定の食材の買い取り”です。当たり前ですが、食材には消費期限がありますよね? 傷んだり、腐ったりしてしまえばその食品は食べられなくなる。
しかし酸化による変色のように問題ない場合もありますし、傷んだ部位を切り取るなどすれば食べることが可能な場合もありますが、そんな状態のものを商品として提供するのは、些か問題があると思いませんか? 特にここのような高級店では、店の品位にもかかわるでしょう」
「確かに」
「そこで、通常なら廃棄するしかない食材を、相場よりも大幅に安く買い取らせていただく。そして買い集めた食材は、衛生的な問題防止と、食品店や料理店の利益を侵害する意図もないことの意思表示として、“転売”や廃棄食材で作った料理の“販売”、さらに他者への“譲渡”も行わない。以上が僕と各飲食店との取引内容の概要です」
せっかく仕入れた食材も、廃棄するしかなければ、そのまま損失になってしまう。そこで俺がそんな食材を買うことにより、店舗側にとっての損失は“ないよりマシ”程度だが軽減できる。
一方でゴミ処理場、というか俺の利益は、消費期限ギリギリの食材を格安で手に入れられること。
「買い集められた食材は、僕の従魔であるスライム達やゴブリンの食事になる他、個人的な趣味で行っている“保存食の研究”のための材料にしています。この件に関しては、ゴミ処理場の“事業”というよりも、僕個人の趣味と都合ですね。食材を集める場所も、ゴミ処理場の隣に専用の倉庫を用意しています」
この取引で儲けは出ないけれど、食費が大幅に削減できるので、多くの従魔を抱える身としては助かる。
腐っているとか、カビが生えたものなど、どうしても食べられない状態はある。でも、その前に。ちゃんと見極めて処理をすれば、食べられるものを捨てるのはもったいない。
前世でも昔は当たり前だったと思うけど、今時はありえないって顔してた部下もいたしなぁ……なんでそんな話になったかは忘れたけど、割と本気っぽい声で“戦時中じゃないんですから”って新卒入社の若い子に言われたこともあったっけ……それともただ貧乏性なだけ?
そう考えると、なんでこんな高級店でそんな話をしているんだ俺は。なんだか急に恥ずかしくなってきた。
そんな時、
「お待たせいたしました」
入ってくるタイミングを見計らっていたのか? と思うほどの絶妙なタイミングで、給仕の方々が料理を運んで来てくれた。
カートに乗せられて運ばれてきた多数の皿が、洗練された動きで次々とテーブルに並べられていく。高級料理店=コース料理とイメージしていたが、今回は違うようだ。
それでも小さなスプーンに、少量、美しく盛られた数種類の前菜。この時期、普通は手に入らない生野菜が使われたサラダ。芳醇な香りを放つ希少なきのこのスープに、メインのステーキの肉質……料理の数々から感じる高級感は変わらない。
そして全ての料理を並べ終わると、給仕の方々は速やかに退室していく。
「この店は、それなりに地位のある人間が利用する店です。特に個室席は会食や密談にも使われますから、お店の方々も理解して配慮してくださるのです」
「なるほど、それで料理も置いて、速やかに退室を……」
って、さりげなく心を読まれた!?
「今のは、何を考えているか分かりやすかった、というだけですよ。それよりも、いただきましょう」
確かに、こんな料理を無駄にしてはならない。運ばれてきたのだから、ありがたくいただこう。
ということで、まず前菜からいただく。
「いかがですか?」
「当然のように、美味しいですね。それに贅沢だ」
この料理に使われている素材、たとえば新鮮な生野菜は魔法で特別に作られたもの。価格は明確な基準のない、所謂“時価”というやつで、安く見積もっても、一般に流通している旬の頃に買う10倍以上。
そんな材料を使った料理を、この店のメインターゲットである富裕層には毎食、当たり前のように食べている人もいるというのだから驚きだ……しかし本当に美味いな、これ。
「お口にあったようでよかった。ところで、先日の件はお役に立てましたか?」
「! そうでした、その件についてお礼を言わないといけなかったんでした」
実は、しばらく前の話だが、彼に協力を依頼して、助けて貰ったことがある。
「あの時は突然の依頼にもかかわらず、相談に乗っていただきありがとうございました。お陰様で、私と知人の家や店の防犯、そして街の治安改善にも大きく役立ちました」
「であれば良かった。しかし、いきなり“犯罪奴隷を買いたい”という手紙が送られてきたときには驚きましたよ」
「それについては、申し訳ない。当時は街の治安が急激に悪化していたので、僕としても余裕がなく……己の未熟を恥じる思いです……」
「そんなことはありません。私は実に冷静で合理的な判断だと思いましたよ。罪を犯し、刑罰として奴隷に落とされた犯罪奴隷を雇用して、犯罪者の視点から“犯罪の手口や考え方を語らせ、防犯のために役立てる”とは」
アメリカでは元犯罪者が出所後に防犯アドバイザーをしていたり、そんな人を雇ったという話がある、という話を聞いたことがあったのを思い出して、試してみようとした。
残念ながら購入には法的な問題や購入者の条件もあるらしく、犯罪奴隷の購入はできなかったけれど、俺に代わって彼が犯罪奴隷に聞きたいことを聞いてくれた。
そして書類の形で送られてきた多数の情報は、俺個人としても、街の治安改善にも大きな効果を発揮した。あの情報がなければ、治安の改善には今よりももっと、少なくない時間がかかったはずだ。
「私としても、リョウマ様には恩を売っておきたいので、私に協力できることがあれば、遠慮なく仰っていただきたい」
恩を売っておく、って本人に向かって言ってしまうのか……
「では街の治安は良くなってきた、ということで、最近はどうですか? 以前は森で暮らしていたと聞いていますが、街での生活は楽しいですか?」
「なんで唐突に、子供に“学校楽しいか?”って聞く父親みたいな質問を……まぁ、そうですね、楽しいですよ。私生活や店の経営は順調ですし、こう言うとちょっと語弊があるかもしれませんが、街の治安の件があったおかげで、これまで付き合いのなかった人との繋がりもできました」
パッと思いつくのはこの店のオーナーに、今着ているスーツを仕立てた服屋の店長さん。
オーナーとは先程の取引、服屋の店長さんとは、警備会社やゴミ処理場で働く人達が着用する仕事着や制服について、取引をするようになった。
他にも元から知り合いだった街の人々に……ちょっと方向性は違うけど、若い不良冒険者の連中とも、親しくなったと言っていいだろう。
そんなことを1つずつ、具体的なエピソードも交えて話していると、時間はあっという間に過ぎていく。気がつけば食事も半分以上食べてしまった。
「なんだか僕が一方的に話してますね、すみません」
「ご心配なく。私が先に質問をしたのですから。それに、最初にお会いした時に少し話したと思いますが、私は他人の話を聞くのが好きなのです」
そういえばそんなことを言っていたっけ……あのときは余計な情報までついてきたから、記憶の片隅に追いやってた。
「せっかくですし、お嫌でなければ私の話を聞いていただけますか? 最初に申し上げた通り、親交を深めたいというのは本心なので」
「もちろんです」
何を考えているか分かりにくいこの人のことが、少しでも理解できることを期待しよう。




