セーレリプタへの罰とリョウマの天職
「あれ?」
教会を訪ねて、礼拝堂で祈りを捧げ、神界に呼ばれたことを感じて目を開けると、面識のある9柱の神々が勢揃いしていた。
いつもはいても2,3柱なのに、今日は何かあったんだろうか?
「こんにちは、よく来てくれましたね」
「ウィリエリス、それにグリンプ様も。先日は助けていただいてありがとうございました」
「あれは当然のことをしたまでだべ」
「先日のセーレリプタの所業は我々としても看過できるものではありませんでしたから。こうして皆で集まって、しっかりと罰を与えました」
「あー……それで皆集まって、セーレリプタだけそんな状態に」
何と言っていいのか、そもそも触れていいのか分からず無視していたが、今のセーレリプタは一面真っ白な神界の地面? に倒れ伏している。
「竜馬君~、助けて~」
意識はあるようで、こちらに助けを求めてくるが、体は動かない。
一体どんな罰を受けたのかと思っていると、ウィリエリスが呆れたように口を開く。
「大げさに倒れていますが、気にすることはありませんよ」
「そうなんですか?」
その疑問に答えてくれたのは、魔法の神であるフェルノべリア様だった。
「セーレリプタへの罰は“神の力の一部封印”だ。世界の管理をするために必要最低限の力を残して、こいつの力は大半を封じられている。
だが、それが原因で体調を崩したり苦しむことはない。こいつが芋虫のような状態になってるのは、単純にこいつが貧弱なだけだ。……お前がこいつと会った時、巨大な水球の中にいただろう?」
「確かにそうでした」
「封印前のこいつはあの水球で常に自分を包んでいたが、それには水を司る神として最も心地よく、最大限に力を発揮できる環境を整える効果があった。ある種の結界だな。
その効果は同じ神である我からしても強力な反面、こいつはあの水の結界がなければ本来の力を発揮できなくなる」
「あー」
条件付きでほぼ無敵になる、とかそんな感じなのか……
「ああ、その認識で問題ない。だが能力の一部封印だけでは罰が軽いという意見もあった。故に封印で弱体化した状態のまま、戦の女神キリルエル監修の下、下界の国々の“精鋭部隊”と呼ばれる軍人が行う訓練を一通り行わせ、訓練に伴う痛みや苦しみも罰に含めることにした。今苦しんでいるのは、ただの全身筋肉痛だ。ちなみに我々の体は人間と違うので、人間のように体を鍛えても全く恩恵はないがな」
精鋭部隊の訓練をやらされて、何のメリットもないとは、かなりキツそうだ……
俺でもそう思うのに、どう見ても体が強そうには見えないセーレリプタだとどうなるのか?
「ちなみに水から出たセーレリプタは、最初立って3分歩くだけで限界を訴えていた」
「流石に貧弱すぎないか?」
思わず倒れている本人に向かって声をかけてしまった。
すると意識はあったようで、
「だって水の中なら歩く必要なんてないし。水流を操ればどこにでも行けるし。ってか陸上だと浮力がないから体が無駄に重いんだよ……誰だよ重力とか余計なものを作った馬鹿は」
「竜馬君、この通り文句を言えるくらいには元気じゃから、気にする必要はないぞ。あとこの世界の重力を作ったのはわしなんじゃが? セーレリプタ、思いっきり聞こえておるぞ」
返事というか愚痴? を口にして、他の神々、特にガインに睨まれた。
すると、当の本神は、
「うわ~ん、助けて竜馬君~」
やたらと演技っぽい雰囲気を漂わせながら、足元まで這ってきた。
「おいおい……神々のルールに関しては、俺が口を出すことじゃないだろ」
「それはそうだけど~、被害者としての意見とかなんかで!」
「それならまぁ、俺はさほど気にしてないけど」
というと、
「竜馬君、確かにこれは一応、神ですが、遠慮したり気を遣ったりする必要はないんですよ?」
「う~ん……ウィリエリスはそう思うかも知れないけど、正直、本当にそこまで気にしてないんだ。あの時は確かに危機を感じたけど、怒りよりも“すごく気分が悪い”とか“なにがなんだか分からない”って気持ちが強かった。
それに自分でも言ってたけど、俺を殺すつもりはなかったんだと思う。あの時の状況を思い出すと、セーレリプタがその気なら、俺に抗う術はなかっただろう。
結果的に俺は無事だし、一応でも皆から適度と判断された罰を受けたなら、それ以上を求めようとは思わないな」
「……本気みたいですね」
「まぁ、他の皆と比べると、敬おうって気持ちはぐっと減ったけど」
そもそもセーレリプタの性格的に、悪気もなかったんだろう。
小さな親切大きなお世話なんて言葉もあるし、良かれと思って、悪気なく行動した結果が他人の迷惑になる……そんなことは俺も前世で、数え切れないほどやらかしたし、やられたことも同じくらいある。いちいち気にしていたら、きりがない。
「んふふふ~流石だねぇ! やっぱりボクが見込んだだけのことはあるよぉ!」
「くっ! 勝ち誇ったような顔をして、これだから本当に反省しているのかが怪しいんです!」
「落ちつくだよ、ウィリエリス」
「俺もこいつを調子付かせるのはどうかと思うが、こいつがこういう性格なのは今に始まったことじゃねぇだろ? 竜馬の言う通り、気にしてたらきりがねぇよ」
「グリンプ、テクン……分かりました。意見を求めたのは私ですし、その結果として竜馬君は我々の処置でいいと言いました。この話はここまでにしましょう」
セーレリプタとウィリエリスは本当に相性が悪いんだろうか?
それともこれで長い付き合いらしいので、喧嘩するほど仲がいいと言えるのか?
どちらにしても、ウィリエリスはかなり不満があるようだ。
しかし2柱に諌められ、俺の意見を尊重して身を引いてくれたようだ。
ちなみに現在、セーレリプタは、
(大丈夫だよぉ。竜馬君がとりなしてくれたしぃ、今回は黙っておくよぉ)
とでも言いたげな微笑を浮かべながら、すがり付いてくる。
こいつ、女の子みたいにも見えるけど、男神だよな?
「ええい、絡みつくな。鬱陶しい」
「待ってぇ、お願いだから寄りかからせて。じゃないと今は本当に立てないからぁ」
今の力はかなり弱く、やろうと思えば簡単に振り払えそうだ。
本当に弱っているんだろう。
そういえば、深海に生きる深海魚の多くは、骨などの体内の高密度組織が少ないと聞いた事がある。骨を硬く強くするよりも、柔らかい体のほうが水圧には耐えやすいから、だったかな? チョウチンアンコウかなにかの話でそんなことを聞いたような気がするが……よく思い出せないな……
「ボクを深海魚と同じ扱いにしないでよぉ」
そうは言うが、少なくとも今の状態を見る限り、陸に上がった魚と大差ないと思う。
『ブフッ!』
そんな思考が伝わったようで、皆が一斉に笑い始めた。
どうやら全員俺の思考を読んでいたらしい。
「ああ、申し訳ないのう。セーレリプタの件では本心が知りたかったのでな」
「いや、構わないよ。ガイン達が心を読めるのは前から知ってるし」
嘘偽りは無意味と分かっているからこそ、神々には素直に本心を話せるし、皆が許してくれてからは、形式的な敬語も抜きにして自然に話せている部分もある。それに口下手でも誤解されることがない。
もちろん相手によるだろうけど、心を読まれるのも意外と悪くないかもしれない。
……あれ? 前にもこんなことがあったような……デジャブか?
「そう思ってくれると助かるわい」
「それじゃこの話は終わりにしましょう。それより今度は竜馬君の話が聞きたいわ」
これまで話を聞くことに徹していたルルティア。
さらにクフォが軽く手を叩くような動きをすると、大家族の食卓か、それとも宴会用か。
大きくて高級そうな木製のテーブルが現れ、その周囲には人数分の座椅子が並んだ。
それぞれ手近な席に、全員が座ったのを確認して、俺はギムルに帰ってからの話を始めた。
すると、
「新人の不良冒険者ともうまくやっているみたいじゃの」
「兄貴とか呼ばれてたね」
ここでもこの話が注目された。
「兄貴はやめて欲しいんだけどなー。そんな歳じゃないし」
「いいじゃねーか、馬鹿にされてるわけじゃないんだから。頼られるだけの腕っ節と度量があるって事さ」
「困った時に頼れる相手として見てくれるなら、それは嬉しいんだけど……前世からそういうお仕事の方に間違われることがよくあって、警察官から職質やらなんやかんや面倒なこともあったから、どうも抵抗感というか、苦手意識というか……」
「あ、そういうことか。でも意外と天職かもしれないぞ?」
「ええ……」
神であるキリルエルに言われると、信憑性がありそうで余計に複雑なんだが。
しかも、本当か? と思いながら他の神々に目を向けると、皆して苦笑いをしている。
そこは否定して欲しかった……
「まぁ、どんな仕事でも上に立つ奴には、相応の実力か経歴が求められるだろ? 腕っ節が強くなきゃ勤まらないのはまともな冒険者だって同じさ」
「それに竜馬君は“面倒見がいい”から。そういうことを自然にできるかどうかは、人をまとめる上で大切な要素よ」
「前世で部下を持って、指導していたことも大きいじゃろうな。得意かどうかという話ではなく、たとえ失敗ばかりでも、経験の有無は大きな違いとなる」
「ん、それは確かに」
テクン、ルルティア、ガインの言う通りか、と納得していると。
「ボクとしては、カリスマとか統率力とかぁ、その辺をサポートできる部下がいるとなおいいと思うけどねぇ。竜馬君は面倒見はいいだろうけど、やっぱりその辺が得意なわけではないだろうから」
隣の席に座ってテーブルに突っ伏していたセーレリプタが、顔だけをこちらに向けてそう言った。
その意見にも納得できる。
彼が言ったのは、まさに今の働き方だ。
洗濯屋では、副店長のカルムさんが俺のことをサポートしてくれている。
他の部署も、公爵家から来たみなさんを中心とした責任者の方々に任せている。
仕事は格別に楽になり、プライベートな勉強や研究に使う時間もたっぷり。
前世とは比べようもないほどに順調。
こうして明確に結果が出ている以上、俺にはこの働き方が合っているのだろう。
少なくとも、前世の働き方よりははるかに、心身ともに健康でいられそうだ。
「というか、前世でももうちょっと仕事を選べばよかったのに。人の下で働くにしても、せめてもっと面倒見のよさを活かせる仕事、たとえば学校の先生とかだとまた違ったんじゃない?」
「あー……それ、昔の部下の何人かに言われたことがあるな」
絶対に体育教師だとか、ジャージで竹刀とか持ってそうとか。
生活指導や学年主任をやってそう、なんて意見もあった。
どれもこてこての“昔の体育教師”のイメージ。
あとは、幼稚園の先生も向いているんじゃないかと言われたりもした。
……その話題になると最後は決まって、昔の“ちょっとお下品な幼稚園児が主人公の国民的アニメ”に登場する幼稚園の経営者の話になって、からかわれたっけ。
「子供の面倒見る仕事も悪くないかもね。組長」
「園長だろ。人の思い出にサラッと乗っかってくるなよ。というか何で知ってんだ」
「ボクは皆と違って、会話中も竜馬君の心を遠慮なく覗くし、一度は君の魂の奥底まで読み取ったんだから、大体の情報は把握してるさ。そんなの今更じゃない」
その堂々とした態度に、一瞬だけイラッとしたが、怒ったら負けな気がしたので放置。
「とにかく、俺はできる限り今みたいに、自分自身の裁量で動ける仕事、働き方が向いているということなんだな」
「そういうことじゃな」
ガインを筆頭に、神々が納得の表情を浮かべている。
貴重な神々からの意見。
今後も仕事を続けていくにあたり、心に留めておくことにしよう。




