大量雇用開始
本日、4話同時更新。
この話は3話目です。
一週間後の朝
「ついにこの日が来た……」
国会議事堂の外観を持つ、警備会社の本社。その最上階から外を眺めると、気の早い労働者達が既に門の前に集まっているのが見える。
大きなことを行うためにはしっかりとした準備が必要。そのためにこの一週間は根回しと打ち合わせで、とても濃密な日々を過ごした……けど、今日で終わりではない。今日からようやく始まる。始められるのだ!
と、自分に気合を入れていると、
「リョウマ様、失礼いたします」
「どうしました?」
メイドのルルネーゼさんが、少し慌てた様子でやってきた。
「公爵家から医師の方々が到着されました。つきましてはリョウマ様にご挨拶と、今後の指示を仰ぎたいと」
医師団の到着か。
予定では今夜か明日のはずなんだけど、なんらかの理由で到着が早まったんだろう。
「わかりました。ありがとうございます、すぐ会いましょう」
「こちらへ」
案内されて向かうのは、作ったばかりの応接室。
調度品もセルジュさんに頼んできっちりしたものを用意した。
そんな部屋で待っていたのは、若い3人の男性と2人の女性。
彼ら、彼女らは俺が入ると一斉にソファから立ち上がる。
「お待たせしました。リョウマ・タケバヤシです。長旅お疲れ様でした」
「ご丁寧にありがとうございます。私は医師アラフラールの息子であり弟子の、マフラールと申します。そして彼らは弟弟子、妹弟子の――」
「ティント・カンテッリです! よろしくお願いします!」
「……エクトル・モンカダ」
「イザベル・ロザダよ」
「クラリッサ・ロニアーティーと申します」
彼らは全員20代前半に見えるが、マフラール氏はエルフ。彼だけはそう見えないだけでもっと年上なのだろう。あとイケメン。
そしておそらく本当に若い4人は全員人族で、ティント・カンテッリさんはさわやかスポーツマンタイプの男性。対照的にもう1人の男性であるエクトル・モンカダさんは暗めの研究者タイプ? どちらかと言うと彼の方に親近感が沸く。
そして女性陣。イザベル・ロザダさんはいかにも女医さん、できる女性といった感じで、クラリッサ・ロニアーティーさんは物腰の柔らかい看護師さんのようなイメージ。
「この度は我々に実践的な学びの場を提供いただき感謝いたします」
マフラール氏の言葉と同時に、5人は揃って頭を下げる。
「こちらこそ! 僕も皆様から学ばせていただきます。これからよろしくお願いします」
こちらもそう返事をしたはいいけれど、顔を上げたら話が途切れた。
ここでようやく気づいたが、なんだか皆さん、俺を見てかなり緊張してらっしゃる?
なんでだろう? と思っていたら、それを察したのかマフラール氏が一言。
「タケバヤシ様、我々は貴方がかの有名な賢者・メーリア様のお弟子様であらせられると、旦那様から聞いております」
「あ、それで……確かに僕はメーリア様の弟子になりますね」
アイテムボックスから久しぶりにステータスボードを出し、“賢者の弟子”の称号を表示して彼らへ見せると、彼らの態度が緊張から尊敬に変わった気がする。
彼らは信用できる人材だというし、ラインハルトさんはおそらく若すぎる俺がやりやすいようにと、彼らに情報を与えたんだろうけど……これはこれで若干居心地が……
「あの、皆さん、もっと気軽な感じで大丈夫ですよ」
「よろしいのですか!?」
「むしろその方が助かります。偉いのは祖父母で、僕ではありませんし、個人的には師匠ではなく育ての親という印象が強いので。それに僕自身もいろいろと教わったとはいえ、まだ若輩の未熟者です。先ほども言ったように、皆様から学ばせていただく事が多いと思いますので。どうぞ気軽に、呼ぶときもリョウマと呼んで下さい」
「分かりました! では俺のことも名前で、ティントでお願いします!」
「よろしくお願いします。ティントさん」
しかしこの人声でかいな……体育会系の部活が声出し練習してるところに通りかかったような感じがする。
「皆さんもよろしいですか?」
そう聞いてみると、ほかの4人も頷いてくださった。
「……面倒な気遣いをしなくていいなら、その方が助かる……」
エクトルさんがボソッと呟いてたけど、偉い人の間ではやっぱり権力争いとか、誰々の弟子だとか、面倒なこともあるんだろうな……
「そうだ。皆さん、もしよろしければ皆さんの職場になる場所を確認していただけますか? 何か問題があれば修正の必要がありますから」
『かしこまりました』
勤労意欲十分といった感じの5人を連れて移動。
向かう先はこの建物を正面から見て右の、参議院側が医療担当の彼らに働いていただく“警備会社内病院”となっている。
1階部分は外来受付と待合室に診察室、休憩室、手術室、手術準備室、リネン室、調合室に薬品保管庫。2階部分は5人の個室に会議室、ナースセンターに入院患者用の病室を用意した。
それらを一通り案内して、聞いてみる。
「どうでしょうか? できる限り設備を整えたつもりなんですが」
「十分です。我々が話し合って想定していたものをはるかに超えていました」
「薬品保管庫を見た限り……基本的な薬品、薬草類は揃っていた。珍しい薬草もいくつか」
「これなら珍しい病気の患者でない限り対応はできると思います!」
「足りないものといえば、医療器具、あとは人手かしら?」
「患者さんがどのくらい来るか、入院をどのくらい受け入れるかにもよりますね」
「皆さんには基本的に警備会社や関連各所の訓練や職務で怪我をした人の治療、それから従業員の健康相談にも対応していただきますから、入院するのはそれなりに酷い怪我を負った人が中心になるかと……病室は作りましたが、できれば使う人がいないことを願います。
最初は様子を見ながらですが、余裕があるようなら我々が研修医であること、マフラールさんというちゃんとした指導者がいることを説明し、同意していただけた方は外来として受け入れてもいいかと思っています。その方が勉強になると思うので。ただ忙しくなりすぎて満足な治療ができなくなっては本末転倒ですから、その辺の判断はマフラールさんにお任せしようと思います」
「我々にこの素晴らしい学びの場を提供してくださったこと、心より感謝いたします」
「よろしくお願いします。それから人手や物資など不足しているものがあれば、申請書を用意しているので、いつでも遠慮なく申し出てくださいね。ちなみに院内の環境をもっと良くする案なども募集中で――」
「お話中失礼いたします」
おや? 気配を消していたルルネーゼさんが話に割って入ってきた。
「リョウマ様。お時間の方がそろそろ……」
「時間? あっ」
そうだった!
「皆さんごめんなさい、僕、これから新しく雇う従業員の面接をする予定があったんでした」
俺が一言謝ると、皆さんこちらが早く着きすぎただけだと笑っていた。
ちなみに彼らが予定より早く着いた理由は、マフラール氏の天候予測スキルで雨が近づいていることに気づいたから馬車を急がせて来たのだそうだ。
そんな5人をルルネーゼさんに任せ、俺は急いで反対側、正面から見た左、国会議事堂の衆議院側へ。
こちらが警備会社の活動の拠点となる場所で、雇い入れた職員が待機や訓練などを行う予定。本日は一週間前に募集をかけて集まった人々の面接を行う。
「そのまえに、っと、お待たせしました!」
「おっ、リョウマも来たな」
「気にしなくていい。連絡は受けている」
謝りながら入った一室には、責任者のヒューズさんとジルさん。バンブーフォレストから応援に来ていただいたフェイさんとリーリンさん。そして、俺が信頼して雇用者の教育を任せられる、冒険者の方々が集まっていた。
「面接の流れからその後のことまで、確認がちょうど終わったとこなんだがな」
「せっかくだし最後にバシッと、気合の入る言葉でも言ってくれよ」
そう声をかけてきたのは、ロッシュさんとハワードさん。
以前冒険者ギルドでの新人教習に教官役として参加した際、同じ教官役のリーダー的存在であり、現役を半分引退し、後進の教育と支援を専門としている冒険者パーティー“導きの光”の2人。
ちなみにその隣には彼らと同じパーティーのルーカスさん、ルーシーさん、ミミルさんもいる。
「えーと、では来たばっかりですが、最後に一言。まずは皆さん、この度は僕の警備会社と計画にご協力いただきありがとうございます」
「おいおい、硬いぜ。しかも水くせぇ。俺らだってこの街の一員なんだから、頼まれなくたって協力するに決まってんだろ」
そう言うのは、Bランク冒険者かつ、ギムルのスラム出身で顔の利くジェフさん。
「うむ、世話になっている街のために働くのも冒険者の役割であり、修行である」
「冬は魔獣の活動も一部を除いて控えめになるである。落ち着いて研究内容をまとめ、見つめ直すいい機会である。しかし、それも街が平穏であるからこそである」
Aランク冒険者であり侍のアサギさんや、魔獣研究者兼魔法使いのレイピンさん。
「アタイらとしても、この時期にこういう仕事をもらえるのは助かるよ」
「仕事がないわけじゃないけど、やっぱりほかの時期と比べると依頼は減るよね。寒いし」
「お天気も不安定で、足場も悪くなりがちで危ないですからね」
「休まず働かにゃきゃいけないほどお金に困ってにゃい、けどやっぱり体がにゃまらないように適度に体は動かしておきたい。この仕事は冬越しにちょうどいいにゃ!」
ウェルアンナさん、ミゼリアさん、シリアさんにミーヤさんの獣人美女冒険者4人組。
「ま、そういうこった。嫌々ここにいる奴なんていねぇんだから。今更礼なんて野暮ってもんだぜ」
「皆、リョウマ君の話を聞いて、自分の意思で参加を決めたんだしね」
ドワーフのゴードンさんに、若くてもギルドだけでなく街の人からも高い評価を受けているというシェール君。
……皆、俺がこの街に来てから知り合い、親しくなり、そして今回も力を貸してくださる心強い味方。
「そう言われても、素直な気持ちなんですが……思い返してみれば、僕がこの街に来た当初はこんな事になるなんて、思ってもいませんでした……あ、街が荒れるということではなくてですね」
少し時間をもらい、言いたいことをまとめる。
「皆さんはご存知だと思いますが、僕は今年の春ごろまでは森の中に隠れ住んでいて、公爵家の方々に出会ったことを機に、森を出てこの街に来ました。それから色々あってこの街を拠点にしましたが、洗濯の店を構えたばかりの頃はまだ“とりあえずやってみよう、うまくいかなければ店を畳んで、森に帰ればいい”……そんな風に考えていました。“挑戦をしよう”と決意はしましたが、この街に愛着があったわけではないと思うのです。
それが冒険者として活動を始め、時には遠出をして、時には街の行事に参加して、皆さんや街の人と交流を深め……そうしていくうちに、僕はいつの間にかこの街が、自分で思っていたよりも好きに、大切な場所になっていたのかもしれません」
少なくとも、俺が遠出をしている間に荒れていた街の様子を見て、不快に感じて見ていられなくなって、色々な人にご心配をおかけしてしまう程度には。
「しかし、僕1人の力は限られています」
これまでの下準備ですら、僕だけの力では不可能だっただろう。金と権力にものを言わせて無理矢理に事を運んだとしても、ここまで早く話をまとめることはできなかった。ここまでやってこられたのは、皆様の協力のおかげ。
「皆様には感謝の念が尽きませんが、これでは先ほどの繰り返しになってしまいますから……皆さん、以前のギムルを取り戻しましょう。他ならぬ“我々の”手と行動で!」
『オーーー!!!!!』
様々な立場の人々が仲間として声を上げたこの日、この時。
俺達の計画が本格的に始動したのだった。




