報告会
建築作業を終え、今日は店に戻ってもう一仕事。
味方が多いに越したことはない! ということで、先日、ダルソンさん達と話していたように、例の会合を途中退席した人達と顔合わせをすることになったのだけれど、その前に……
「それでは、今日の報告会を始めたいと思います」
うちの店の執務室に集まったのは、公爵家から派遣された7人。
ダルソンさん達も来る前に、その日の仕事の進捗など、情報交換をしておく。
とはいえ今朝は全員工事現場にいたし、俺と護衛の4人はずっと一緒にいたので、別行動していたのはメイドさん達だけだけど……
そこで目が合ったのは大猿人族のリビオラさん。
「メイドを代表して私からよろしいですか?」
「お願いします」
「朝の工事現場を出た後、午前中は商業ギルドで土地の購入、警備会社設立、人材雇用の準備を進めてまいりました。これらは特に問題はありませんでしたが、いくつか経営者であるリョウマ様と責任者となるヒューズ様、ジル様にサインを頂きたい書類がありますので、後ほどご確認ください。
なお、警備会社の設立と人材の募集要項は明日の朝、ギムルに支部のある各ギルドから情報が公表される予定です」
「ありがとうございます。手続きは順調ということで良さそうですね」
「はい。それから午後はこちらに戻っていましたが、その間にいくつか連絡が。
まず、スラム街のまとめ役であるリブル様から、住民の転居に関してこれまで返事を保留としていた方々が、続々と“受け入れる”と返事をしてきているそうです。また、今日までに返事のなかった“子供の家”の所有者からは、返事が遅れたことの謝罪とともに、あちらから“是非お願いしたい”という伝言もあったそうです」
「それは良かった!」
元々スラム街の人達はかなり協力的だったと思うけど、やっぱりすぐに応じてもらえない人もいたのだ。
引越しというのは大きな問題だし、万が一手違いなどで家を失ったらと考えると、悩むのが当然。すぐに応じられないのも当然だし、子供の家の所有者は身寄りのない子供の生活もかかっているわけだから、仕方ないだろう。
でも、そんな方々が協力的になってくれたということは、
「朝の魔法が効いたみたいですね」
「でしょうね。それ以外に考えられません。解体の後にカミルさんから指摘を受け、その直後に再建を行われたあたりで“もしや”とは思いましたが、あれはわざとあんなに派手にやったのですね?」
「実験がしたかったのは本心ですが、作業が早く進むアピールになればいいとは思ってました。再建はともかく解体に使えることはほぼ確信していましたし……今後大金を使って同時にいくつも事業を興していけば、どのみち目立ちます。面倒くさいこともあるかと思いますが、僕が凄腕の魔法使いに見えたなら、少しは抑止力にもなるかと。何よりも、今は支えてくださる皆さんがいますしね」
「次回からは実験前に、もっと明確にお伝えください」
頼りにしている、という思いをこめて笑顔で言うと、苦笑いで返された。
「次の報告です。管理者同士の話し合いの結果、順調に作業が進めば次に解体される予定の子供の家から、住人の子供達が今朝再建された仮住居へ、今晩から移住することになったと連絡がありました。そのため残った建物はいつでも解体して構わない、とのことです」
「もう移住したんですか? 何人いるかわかりませんが、場所は足りていますか?」
「そこは今朝の建物と同型の元倉庫で、老朽化により床が腐って抜ける。壁や天井の一部が剥がれて落ちてくるなど、家の中でも危険で立ち入り禁止となっている場所が多々あるため、元から狭い場所に身を寄せ合って暮らしていたそうです。ですので狭くても問題ないと、それよりもこの時期は隙間風が辛いそうで、それがないだけで天国だ! と、子供一同大喜びだそうです」
「ん、まぁ、本人達に問題がないならいいか……明日にでも、新しく移住した子達に迷惑料を渡しましょう。それと次の建物を解体していい、というのは助かりますね。予定ではその土地を買い取り、建物は解体。後に警備会社の本社を建てることになっていましたから」
それを聞いて声を上げたのはヒューズさん。
「おっ? ってことは俺らの本拠地が予定より早く用意できるって事か?」
「そうなりますね。解体と再建は砂魔法でやりますから」
子供達にはしっかりとした家を建てる予定だったから、砂魔法で大体の形を作って少し調整を加えただけだけど、警備会社の建物はもっと細かく、スティッキーの液で防水コーティングも施してみる予定。他にも防水効果のある塗料など、短期的に仮住居と比較した場合、コーティングの有無や種類が建物の状態にどこまで影響するかを確かめるためにも丁度いいだろう。
「ヒューズさん、ジルさん、あとゼフさんとカミルさんも。4人で相談して必要な設備や、どんな内装がいいかを決めておいてください」
「「「「了解」」」」
「では最後に、これは公爵家からの連絡です。リョウマ様が希望していた“信頼できる医師の派遣”ですが、予定していた1人に若い弟子を4名同行させてもらえないか? という手紙が届いていました」
「急遽増員? 取り消しではなく、僕のために5人も来ていただけるんですか?」
「リョウマ様のためだけ、というわけではないようです。なんでも彼ら5人の師であるアラフラール様の提案だそうで……リョウマ様はアラフラール様と面識がありますよね?」
知っている。公爵家に住み込みで働いているエルフのお医者様だ。
「以前公爵家でお世話になっていた時に少々。うちの従業員のオックスさんに処方する魔力回復薬のことで相談に乗っていただいたことがあります」
「おそらくその時のことでしょう。アラフラール様はリョウマ様の知識を大層褒めていらしたようで、旦那様が相談すると先ほどの提案をしたそうです。
曰く、自分の下で学ぶのも良いが、たまには外で他の者からも学んで来るのも良いだろう、と。また若い弟子4名も師の治療に付き従うだけでなく、そろそろ自ら診断・治療する経験を積み始めても良い頃だ、それだけの知識は身につけている、とも仰っていたようです」
つまり、その4人は研修医みたいな立場なのか。
俺のところで何が学べるかはともかく、経験を積ませたいというのは理解した。
「警備会社で怪我人が出た場合の備えにもなりますし、断る理由はありませんね。大歓迎ですよ」
「では、その旨はこちらで連絡しておきます」
「よろしくお願いします」
さて、今日の報告はこれで最後……あ、
「そうだ。最後に僕から1つ相談させていただきたいのですが、家のある北鉱山で、少しゴブリンを飼ってもいいでしょうか?」
そう聞くと、7人は一度顔を見合わせて、今度はルルネーゼさんが口を開いた。
「従魔術師として契約を行うのであれば、問題ないと思います。しかし、急にどうしたのですか?」
「先ほどの勉強の話にも関係するのですが……僕はせっかく教えていただく以上、それなりにまとまった勉強時間を用意して、それなりに成果を出したいですし、時間を割いて教えてくださる方への礼儀だと思います。
そして皆さんが来てくれたことですし、今後は時間を確保するために、仕事を分けてお任せしようと思っていますが、今日の作業で集めていただいた作業員の方々を見ていて、改めて思ったんです。単純作業を任せられる人手があると、やっぱり助かるな……と。
たとえば毎日のスライムの餌やりとか、辛くはないですけど、種類が増えるにつれて確実に用意から提供まで、かかる時間が長くなってるんですよ」
そう言うと皆さん、瞬時に納得してくださったようだ。
「そういやリョウマのスライムって、今何匹いるんだ? 俺が覚えてるだけで数千を超えてたような……」
「いや、確か同種のスライムは合体できたんじゃなかったか?」
「ジルさんが仰ったように、100匹以上いる種類はそうですね。種類もどんどん増えていますし、今は気になることもあって増やせるスライムはどんどん増やしているところなので、細かい数はまた今度集計してみないと。特に分裂の早いストーンやウィードはそれこそ毎日増えてますからね」
毎日餌を用意する時の気分が、だんだんと動物園の飼育員さんに近づいている気がする。
飼育員さんの仕事はしたことないから、想像だけど……遠いかな?
「いくら好きなものとはいえ、数や種類が増えれば世話も大変になって当然ですね」
ルルネーゼさんの一言に全員が頷いたところで、話をゴブリンに戻す。
「ゴブリンについては、今朝家を出る前に足跡を見つけています。どうも先日植えた芋畑のことをどこからか嗅ぎ付けてきたようで、たぶん近いうちにまた来るだろうと僕は考えています。そうなると畑のためにも、廃鉱山の管理を任されている身としても、駆除しなければならないと思っていたのですが――」
「どうせなら労働力として使おうと思ったわけだな。朝の建設作業の時に」
「そのゴブリンも運がよかったな。駆除されるよりはいいだろ」
ジルさんとヒューズさんが先に言ってくれた通りだ。スライムやリムールバード達ほど好きなわけではないけれど、無駄に痛めつける趣味はない。働いてくれるなら衣食住と休みも保障するし、卵を提供してもらっているクレバーチキン達と同じくらいには大切にするつもりである。
「ですが、そういうことならわざわざゴブリンを使わなくても、人を雇えばいいのでは?」
リリアンさんが提案してくださったけれど、
「スライムの研究をしていると、たまにですがうかつに他人には言えない進化をしたり、そういう能力を持っていたりするので、情報管理という面でちょっと……その点ゴブリンなら、知られても人に伝えることはないと思いまして」
「確かにそうですね。失礼しました」
「いえいえ、意見を出してくださるのはありがたいです。僕が間違うことも当然ありますし、いつかは人を雇う日が来るだろうと思ってますから」
1回の遠出で一気に増えたし、今後の実験の成果次第では種類が爆発的に増えそうな気がしている。
「とにかくそういう理由でゴブリンを労働力として、あとクリーナーとスカベンジャーの餌の供給源としても雇えないかと」
皆さんは少し確認するように言葉を交わし、最終的に“いくつか気をつけるべきことはあるけど、リョウマなら問題ないだろう”という結論が出た。
「では、今度見かけたらゴブリンを捕獲するということで」
「そうだリョウマ、ちょっと気になったんだが」
「? 何でしょうか、ヒューズさん」
「いや、リョウマはこの街の状況によその貴族がかかわってるって話、知ってるんだよな?」
「はい、一応。どこの誰かまでは知りませんが」
「なら、その辺もある程度話しておいた方がいいんじゃないかと思うんだが……どうだ?」
「教えていただけるなら知りたいですね」
ヒューズさんと2人して、他の6人へ目を向けると、
「リョウマももう無関係ではない、というより進んで協力してくれているのだから、最低限の情報開示はあってしかるべきか」
難しい顔をしているが、ジルさんは丁寧に説明をしてくれた。
「おそらくリョウマがかかわることはないだろうから、覚える必要はないと思うが……今回の件には“ランソール男爵”、“ルフレッド男爵”、“ファーガットン子爵”、“ダニエタン子爵”、“サンドリック伯爵”の5名が暗躍していることが判明している」
「5人、ですか」
「ああ、ただしランソール男爵には、ジャミール公爵家やラインハルト様と敵対する理由がなく、どうも他の4人に無理矢理協力させられているようだ」
説明によるとランソール男爵家はかつて、小さくて目立った特徴のない領地を治めていた零細貴族だった。
しかし先代の頃、領地の山に大きな金の鉱脈が眠っている事が分かったらしく、あっという間に裕福になったと言われているが……実際にはそうではないらしい。
というのも、鉱脈が発見された当時のランソール男爵家には鉱山開発や防衛のノウハウがなかった。そのため近隣で小さな鉱山を持っていたファーガットン子爵家を仕方なく頼ったところ、あれよあれよという間に、他の4家の協力なくしては鉱山の運営ができない状態にされてしまったらしい。
「ランソール男爵家は表向きは金山を所有していて裕福に見えるが、実は裏で毎年大金や沢山の贈り物を他の4家に配っている。いわば“出資者”でありながら“下っ端”でもあり、他の4家の手足のように動いているのだそうだ」
「……敵ですけど、かわいそうな人ですね、ランソール男爵って」
「安心するといい。ラインハルト様はランソール男爵家を他の4家から切り離すように動いている。色々な企てを実行するのに必要な“資金源を断つ”というわけだな。そのための材料は十分に集まったそうだ。
ランソール男爵は今回の件の下手人の1人ではあるが、本人がやりたくてやっているわけではないのなら、賠償金で済ませてもいいと仰っていた。他家の協力がなければ鉱山運営が立ち行かないというのなら、公爵家が代わりになると」
なるほど……他の4家がいる立場を、公爵家が奪ってしまおうということか……
「金山の利権を奪い取るとは、ラインハルトさんも抜け目がない」
「当然だ。しかしランソール男爵家も今の状態よりは遥かにマシになるだろう」
ダルソンさん達が来る時間が近くなったので、残念ながらこの話は一旦ここまでということになったけれど、
「ラインハルト様は年末の社交界の間に勝負を仕掛ける。来年から敵は資金源を失い、あまり大きなことはできなくなるだろう。我々はそれまで粘れば勝ちだ」
最後に一言、いつまでかという明確なゴールが見えたことがとても喜ばしい。




