遊びの結果(前編)
本日、3話同時更新。
この話は2話目です。
翌朝
三連休を終えて、今日からようやく本格的な活動を始めることができる。
そのため朝から気合を入れて山を下り、ギムルへ。
「おはようございます!」
北門では立っていた門番の男性に挨拶をして通してもらい、そのままスラム街の一角を目指して駆ける。
こうして目的地である大きく古い建物の前に到着すると、そこには大勢の人々が集まっていた。
「失礼しまーす。ちょっとすみません……あっ!」
人の山を掻き分けて前へ進み、最前列に出て見つけたのは公爵家から派遣された7人。さらにその周りにはモーガン商会会頭のセルジュさん、役所のトップであるアーノルドさん、スラム街のまとめ役であるリブルさん。また、彼らの周囲には彼らの護衛と思わしき人物の姿や馬車もあり、他の人々とは雰囲気の異なる一団になっている。
そこへ挨拶をしながら近づくと、
「リョウマ様。まだ約束の時間より早いので、ご心配なく」
「俺らが早かっただけだ。まだガキ共も準備できてねぇよ」
皆さん返事はそれぞれに、セルジュさんとリブルさんは軽く現状の説明もしてくれた。
ちなみにリブルさんの言う“ガキ共”とは、目の前にある古くて大きな建物に住む子供達のこと。ここはギムルのスラムの中にいくつも存在する、身寄りのない子供が集まって暮らす“子供の家”と呼ばれる場所の1つなのだ。
しかし、
「何度見ても古い建物ですね……」
失礼かもしれないが、これでも言葉を選んだほうである。
「当然でしょう。役所の記録を調べたところ、街を建造するための資材を置いておくための倉庫として、この建物はこの街が作られるより前に建てられたものだそうですから。
作業が進むにつれて資材置き場はたびたび増設と移転が繰り返され、使われなくなった倉庫が民間に払い下げられた末に、今ではこうなっていたようですね」
同意してくれたアーノルドさんの説明を聞くと、納得できる部分が多い。
外観には飾り気がなく、おそらく広さと頑丈さに重きを置いた石造りの建物には、搬入と搬出の動線を考えてのことだろう。広く馬車を乗り付けられる出入り口が表と裏に2箇所ずつの計4箇所。
また、中に収めた物の盗難を警戒していたのか、その出入り口の扉は分厚く、窓はとても小さなものが、明り取りと換気のために最小限つけられたという感じだし、建物の周囲は高い壁で囲まれているし昔はさらに敷地の内外を隔てる重厚な門があった形跡もある。何より適当な工事をしていたら、とっくに倒壊していてもおかしくない。
……もっとも、今の時点で俺には廃墟にしか見えないし、子供が住むに適した環境とは到底思えないが。
「リブルさん。確認ですが、子供達の準備が終わって出てきたら、建物と敷地内が無人であることを確認した後、すぐ解体作業に入っても?」
「さっさと済ませたほうが、ガキ共の家の再建にも早く手をつけられるんだろ? 建て直す間は手分けして預かるが、早いほうが連中も安心するだろうしな」
いかつい顔で、乱暴な言葉遣いだけれど、考えているのは子供のこと。リブルさんはそのために俺の提案に乗って、この施設の所有者や子供達の生活を支援している人々、そして何より住んでいる子供達と話をつけてくれた。
目的は俺がゴミ処理場や工場を建てるため。だけど、協力することで“住環境の改善が見込める”と。
おかげで俺はこうして今日、この家を解体することができる。
「ご協力ありがとうございました。信用と期待を裏切らないように、再建までしっかりとやらせていただきます」
「そうしてくれ。俺だけじゃなく、見ての通り見物人も大勢いるからな」
「はい!」
っと、噂をしたら、建物から子供達が続々と出てきたようだ。
あと確認しておくことは……
「お願いしていた、作業を手伝ってくださる労働者の方々は」
「それならとりあえず30人ほど確保しやした。呼べば来る範囲で待機してもらってやすぜ」
「ありがとうございます」
とりあえず初日には十分だな。では、
「セルジュさんとルルネーゼさん。お願いしていたものは」
「子供用の古着ですな? 十分に買い揃えてあります。品は私の馬車に。先ほど洗濯もしていただきましたよ」
「預かったクリーナースライムは現在、こちらの馬車に。子供達とは契約者のリリアンが同乗し、案内をいたします」
「万全ですね。ありがとうございます」
ルルネーゼさん達、メイド3人にお願いしていたのは、クリーナースライムを用いた全身洗浄サービスの出張版。子供達にはそれですっきりして貰った後に、セルジュさんに用意していただいた古着を迷惑料として配ることにしている。
「この寒くなってきた時期に家が新しくなるんだ、迷惑料って言うほど迷惑もしてねぇと思うがな。まぁ、気遣いには感謝する」
「こちらこそ。……さて、時間より少し早いかもしれませんが、始めますか? 見たところ準備は終わったようですし」
「そうですな、始めてもいいでしょう」
建物の入り口付近に集まっている子供達は、幼稚園児くらいの年から中学生くらいまで、全部で50人程度。今は年長の子を中心に人数確認をしているようだ。
「では、子供達のことはリブルさんとセルジュさん。あとルルネーゼさん達もよろしくお願いしますね」
「「「かしこまりました」」」
「おう」
「お任せを」
ということで……俺はヒューズさん達と、建物の内部、さらに子供の家の敷地内に誰もいないことを探知魔法と目視で確認。子供達の人数チェックでも全員外にいることを確認して、ようやく解体作業に入る。
「じゃあ、作業員を呼んできますぜ」
「あっ、ゼフさん!」
「なんですかい?」
「労働者の方々を呼び集めるのはお願いしたいですが、解体作業に入るのはちょっと待ってもらいたいんです。お休みの期間中にスライムと遊んでいたら、思わぬ結果というか、作業に使えそうな発見があったので、ちょっと試したいんです。成功確率も高いですし、これが成功すればさらに役に立つと思うので」
「わ、わかりやした」
「相変わらずスライムの話になると、熱意と圧がすげぇな」
「あ、失礼しました……」
またやってしまったが、OKは出たので遠慮なく実験しよう。
まず、ヒューズさん達にも敷地外に出てもらって、誰もいないことを確認。
しつこいようだが、工事現場での安全確認は大切である。
俺自身も念のため敷地外に出て、ディメンションホームから用意しておいた大きめの壷を取り出したら準備完了。
「おい、俺らの仕事はまだなのか?」
「あの子、なにやってるんだ?」
「何でもいいけど、さっさとしてくれねぇかなぁ……」
後ろのほうから、雇われた作業員の方々の不満や集まった人々のざわめきが聞こえてくるが、
「ふふっ……今日は見物人がいるみたいだし……ちょっと派手にやってみようか!」
その分気合を入れて、壷の中身に大量の魔力を込める!
『――!』
おっと、どうやら集まった人の中に魔法を使える人がいたようだ。ざわめきに魔力という単語が交ざる。
「このくらいでいいかな」
消費した魔力は4分の1ほどだけれど、十分だろうと判断する。
同時に壷の中身が、大きめの壷いっぱいに詰めてあった砂が、旋風と共に舞い上がる。
『おおっ!?』
砂は一本の柱のように、目の前の建物よりも高くへ一気に昇ると、今度は風を纏い高速回転する球体として滞空。ここで俺は、自然と掲げていた右手を下げる。
これを合図として、砂と風は一度散り、空中で再集結して急降下。
周囲には風と砂粒が奏でる細波にも似た音を響かせて、屋根から地面まで一瞬にして到達。
その結果――
「おい、今、何があった?」
「わかんねー……けど、ジャッ! って音がしたと思ったら壁に線が」
「線、つーか傷じゃね?」
「あれ結構深くないか? 石の壁にあれだけ傷入れるって結構な威力だよな?」
「違う」
「え? 違うって何が」
「傷の奥に、建物の中と向こう側の壁が見える」
「はぁ!?」
「俺、獣人の血が入ってて目には自信があるんだ、間違いない」
「ってことは」
「あの子の魔法って石の壁を」
「つーか建物を斬ってた?」
『……はぁあああああああッ!?』
厳密に言うと“斬った”のではなく“削り取った”。
岩山が雨風に晒され、長い年月をかけて壮大な渓谷になるように――土の魔力で粒子の結合を緩め、吹き付ける風と砂の勢いで大地や石を削り取り、砂へと変わる様子をイメージした砂魔法。
さらに、最初に使った砂にはあらかじめ“サンドスライム”に同化してもらっている。それによって何が起こるかというと、
「もう一丁、今度は2つに分かれて」
地面に降り積もった砂の山が、地を這うように左右に分かれ、ある程度間隔を空けて屋根へ。
壁に2本の砂の線を描かれた次の瞬間には、再び本来なかったはずの空間が生まれる。
俺が砂魔法で操っている砂は、砂と同化状態のサンドスライム。つまり砂であり、サンドスライムでもある。そしてサンドスライムは自分の意思である程度自由に行動することが可能で、さらに従魔術によって契約している俺と意思の疎通も可能。
これによって、“魔法の制御が容易”になった。
言葉にすると変な感じがするけれど……魔法で操る対象の“砂と意思疎通を行い”、また俺の意思に従って“砂自身が動いてくれる”ような感覚だ。
さらにその影響か“擬似的な無詠唱での魔法発動”も可能で、おまけに普通に同じ魔法を使用した場合と比べて“魔力の消費が抑えられる”し、同化している“サンドスライムのスキルも砂に影響を及ぼす”等々、大きな利益しかない。
また、同化状態の砂を魔法で操ったことがサンドスライムにも影響を及ぼした。
まず魔法系スライムへの進化のように、魔力を与えたことで“サンドスライム自身が砂魔法を習得”。さらに俺の魔法を覚えたのか“侵食”スキルも習得。
砂魔法を利用することで高速移動も可能になり、活動の幅も広がるし、与えた魔力を吸収して代わりに魔法を使ってもらうこともできる。
何より魔力を与えるとサンドスライムの能力、スキルも微妙に強化されているようなのだ。
これは魔法を補助する杖のような役割をサンドスライムが、魔力タンクの役割を俺が担って、お互いの不足している部分を補完しているような状態なのではないだろうか?
サンドスライムがスキルを使用するために魔力を使っている、と仮定しての話になるし、自分で杖を使ったこともないのでハッキリとは言えないけれど……たとえばこういうことも可能。
「それっ!」
等間隔をあけながら壁に縦の切込みを入れ終わった後……左右に分かれた砂をさらに4つずつへ分割し、左右から柱のようになっていた壁を切断。
こうして石造りの壁一面が5分とかからずに賽の目切りになり、轟音を響かせ地を揺らしながら崩れ落ちた。
そうなると当然、崩壊に合わせて砂煙が上がる。けど――
「まわりに迷惑だから回収お願い」
“威力と範囲は俺が維持して、細部のコントロールはサンドスライムに任せる”という意思とイメージと魔力を追加。するとその意思に応えるように、操っていた砂は拡散してから渦巻いて“敷地内だけ”に吹き荒れる砂嵐と化す。
崩落によって生まれた砂煙はたちどころに巻き込まれ、周囲に集まり、成り行きを見守っていた人々にはなんら影響を及ぼさなくなる。
「……せっかくここまで威力を上げたんだし、このまま全部やっちゃうか」
ということで、砂嵐を収束。2階建てほどの高さになって密度を上げた砂嵐は、数分で建物の石壁と外壁を削り取り、内部で建物を支えていた木製の骨組みを晒す。
この魔法、ぶっちゃけ壁よりも木材のほうが削りにくいんだよな……だけど、密度と回転を上げて削れば切断もできる。腐っている部分あるみたいだし、風に飛ばされない程度の大きさにして、基礎から掘り起こして……OK!
「こんなもんかな」
古い建物はもはや跡形もなく、広い砂場に変わっている。
対面も側面も、見渡す限りスッキリして集まっている人の姿がよく見える。
それでいて敷地外、周囲の建物には影響を及ぼさず。
理想的かつ完璧だ!
と思いつつ、視線を感じて後ろを見てみると、
『……』
大半の人と顔見知りではあるけど、比較的付き合いの浅い人は愕然と、もしくは呆然と。
そして親しい人は“いつものこと”、または“またやったな”と呆れるか苦笑いで。
その場に居合わせた全員の視線が、俺と背後の砂山を行ったり来たりしていた。




