会合からの帰路
本日、3話同時投稿。
この話は2話目です。
商業ギルドを出てしばらく歩くまで、俺とカルムさんの間に会話はなかった。
ここは俺から、まずは謝らなければならない。
「カルムさん。先ほどはきつく、失礼な言い方をして申し訳ありませんでした」
「私に向けられた言葉が店長の本心でないことくらいは分かっています。それより、何故あのような態度を取ったのですか?」
静かだけど、感情を押さえ込んだような声。流石に怒っているのだろう。だけど、
「あの場では、どうしても口を挟まないで欲しかった。僕があの場で恐れていたのは、万が一にも、今後店と従業員の皆さんが、いわゆる“村八分”の状態にされてしまうことです。
会議を主導していたあの男。ワンズが今後、参加者になにを吹き込むつもりか分かりませんが、あの場で協力を断れば、身勝手で非協力的な経営陣、あるいは店という烙印を押されかねないと判断しました」
説明に納得できない。条件が合わない。だから協力しない。それは商売や取引では当然の判断で、理屈としてはなんら悪くないだろう。
しかし、断られた方の“感情”が厄介だ。あの“協力しあう”という空気が蔓延し、“前提”となった人々の中で協力を断れば、それだけで“悪”にされかねない。
「“同調圧力に屈しない”と言えば聞こえはいいかもしれませんが、それは“和を乱す”ということとほぼ同義だと僕は考えています。先ほどの場においても、ワンズがまとめかけていた会議をかき乱したのが僕。そして悪役も僕。
尤も僕は、あの場ではその悪役になる必要があると思ったから行動しましたが、悪役は2人もいりません」
「やっぱり、そうなのですね」
カルムさんはため息を吐いて、1つ1つ確かめるように語り始める。
「会議室での話を聞いているうちに、私も目が覚めました。確かにあのワンズという男の話は胡散臭いです。協力や防犯という言葉の裏に、何か企みがあるのかもしれません。
村八分というのは流石に考えすぎだと思いますが、あの場でただ協力を断っても、他の参加者に少なからず悪い印象を与えていたという考えも分かりました。確かに評判が悪くなって得することはありません。
そして……店長はあの場で最初に私に黙れと命令し、そして私はあの場で店長の態度に戸惑いながらも黙っていただけ。つまり、協力を断ると決定したのは“店長の独断”。あの場で店長はそう見せたかった。
会議室での態度はそのための駄目押し。人は相手の悪い面ほど目に付きやすいといいますし、初対面の子供が横柄な態度でいれば、発言内容はともかく嫌悪感や不快感を覚えた大人も多いはず。初対面ならなおさら悪い印象が強く残ったでしょう。
さらに私自身、初対面の時には店長のことを“道楽で店を持とうとしている貴族の子供”と思っていました。きっとあの場に居た方々も、それに近い目で店長を見ていたと思われます。そこで店長が横柄な態度と私に命令する姿を見せておけば、私は権利か何かで店長に逆らえない。そのように参加者の目に映る可能性が高く、より店長の独断と思われやすくなると考えた……違いますか?」
「全て説明しなくとも、理解してくれる優秀な部下が居てくれて嬉しいですね」
「ッ! ふざけないでください!」
カルムさんは珍しく声を荒げた。もしかしたら初めてかもしれない。それが他ならぬ俺を心配してのことだということは理解しているし、俺自身の行動によって、こんな顔をさせてしまったことには胸が痛む……が、
「ふざけているつもりはありません。カルムさん。僕はそんな貴方を信用しています。だからこそ、万が一の時は貴方に全てを任せられる。クリーナースライムと経営者のカルムさん、そして従業員の皆さんがいれば、僕は必要ありません。それでも洗濯屋バンブーフォレストは営業を続けていけると信じています」
「だから、自分は切り捨てても構わないと? どうしてそう自分1人で犠牲になろうとするのですか!?」
「そういう判断も時には必要でしょう。そして責任者とは、いざという時に責任を取る者。上司とは部下を守る者。僕はそう考えています。とはいえ、退職は最終手段ですが」
「だとしても! ……えっ? 最終手段?」
「そうですが、何でそんなに意外そうな顔をしているんですか? 万が一に備えたつもりではありますが、いくらなんでもそんな、最初から全てを投げ出すような真似はしませんって」
あの場は、たとえるなら罠のようなものだと思う。一度ハマってしまうと、無傷では抜け出せない。俺達は罠に気づいて抜け出せたはいいけれど、結果として協力を拒否したことには変わりなく、ワンズに賛同した他の参加者には悪印象を持たれるだろう。和を乱すことへの抵抗感や恐ろしさ、リスクとその後の報復については、前世で嫌というほど味わった。
だから少々過敏かとは思っても、念には念を入れて、万が一の場合には自分を切り捨ててでも店と従業員は守る。それが責任者として、上司としての役割であり、筋だろう。
だけど、
「村八分はあくまでも可能性の話。先のことはどうなるか分からないわけですから……大した問題にもなっていないうちから、自ら切り捨てられるつもりはありません。というか最悪の事態でも罪を犯したわけではないんですから、店長の席をカルムさんに譲って、僕は出資者という形で経営に口を出したり利益の一部をいただければ、実質的にほとんど今と変わらないと思いますし」
それにギムルで営業ができなくなったらなったで、いっそ本店をどこか別の街に、たとえば領主館のあるガウナゴの街とかに本店を移すという手もあると思う。
ラインハルトさんから直々に、準備ができたらぜひガウナゴに出店してくれと依頼されているし、幸い今の本店の人員は警備のドルチェさんを除いて、出稼ぎなどで他所からこの街に来た人だ。
1年近く営業してきて慣れてきたところだと思うけれど、絶対にこの街でなければ働けない理由もないと思う。そしてギムルとガウナゴなら同じジャミール公爵領だし、ドルチェさんもその気になれば定期的に帰れる距離だと思う。もちろん皆さんの意思が重要だけど。
そんな風に、できる事、打てる対策がまだまだあるはずだ。
「ですから、その……ね? 僕を心配してくださってのことだとは理解していますが、そんな顔をしないでいただきたい。
それよりも前を向いて、今できることをやりましょう。それこそ、最悪の事態を実現させないように。失敗をしたと思う時こそ、それを取り戻すために状況を見定めて、正しく動かなければなりません」
そのために、また知恵と力を貸してもらえないだろうか?
俺がそう言うと、カルムさんは何かを言おうとしてはやめ、言おうとしてはやめを繰り返し、その度に表情が微妙に変わる。怒ればいいのか悲しめばいいのか、本人にも分からないという感じだ。
やがてカルムさんは大きな、とても大きなため息を吐いてから、
「店長」
「はい」
「最初に理由を聞いたのは私ですし、店長はずっと“万が一”と言って万が一の話をしていたかもしれません」
「はい」
「私の勘違い、早とちりもあったと思います。しかし! それにしても紛らわしいです!」
「申し訳ない」
そうとしか言えずにいると、カルムさんはまたため息を1つ。
「店長、私は悔しいです。つい先日、私は貴方を支えるためにここにいる、と言いましたね」
「はい」
「しかし今日はあのワンズという男の言葉に惑わされかけ、店長に自分を切り捨てることまで考えさせ、さらに補佐として私が真っ先に考えるべきことも言われてしまいました。確かに後ろを向いている時間はありませんが、私でいいのですか?」
力なく笑うカルムさん。
だが、しかし、
「僕がこんなことを言うのも変だとは思いますが、カルムさんはまだお若いですし、会議の場にいた方々と比べて、能力が劣っているようには見えませんでしたよ?
それともカルムさんはご自分が商人として、セルジュさんと同等の能力を持ち合わせていると思いますか?」
「とんでもない! セルジュ様は私などよりはるかに経験豊富で、同等だなんて、口が裂けても」
「でしょうね。セルジュさんは成功も失敗も数多く経験し、それを乗り越えてきた方だと思います。彼に比べたら、僕はもちろん、カルムさんもまだまだ経験不足の若造でしょう。
だけど経験が足りないのなら、今からでも経験を積み重ねていけばいい。知識が足りないなら勉強していけばいい。そのための時間と機会が、私達にはまだあると思いますよ」
「……そうですね。その通りです」
カルムさんはそう言いながらうなずくと、
「どうしてでしょうね? 店長と話をしていると、私は時々、店長が私より年上に感じることがよくあります」
「ははは」
その言葉は曖昧な笑顔で誤魔化すしかなかったが、さほど気にしていなかったようで、
「まだ未熟者ではありますが、私が店長を支えるためにいる、という言葉に嘘偽りはありません。先ほどの店長の上司や責任者についての考え方もまた後日、後学のために聞かせていただきたいですし、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
こうして俺達はほぼ同時に頭を下げた……けど、
「なお、勝手に自分を切り捨てる布石を打ったことを含め、店長に言いたいことがなくなったわけではないので、また後日じっくり話を聞かせていただきますからね?」
「えっ」
「ちなみに何かあった場合はすぐに連絡するようにと、セルジュ様、さらには公爵家の方々の指示もありますので、今回の件は報告させていただきます」
「報告!? カルムさん、僕の部下ですよね!?」
「そうですが、私にも個人的な付き合いというものがありますからね……個人的に付き合いのある方と世間話をするだけですよ。友人に上司の困った癖について愚痴を吐く、酒場に行けば珍しくもない光景です」
確かによくある話だし、社外秘の情報を漏洩させているわけではないけれど、っていうかやっぱり怒っている? 本気なのか、からかっているのか、急にポーカーフェイスを発揮しだしたから困る!
「あの、ほら、最悪の事態の備えはあくまでも最悪の事態への備えなので、ね? まだ大丈夫ですよね?」
「であればお伝えしても問題ありませんね」
「ちょっと話し合いましょう」
「今後の対応についてですね。少なくともあの会議にはもう参加することはないと考えて――」
こうして俺は、俺のせいなんだろうけれど、いつになく意地が悪くなったカルムさんと言い合いながら店への道を歩いていく。
「――ですから……あれ? カルムさん、今日うちに来客の予定ってありましたっけ?」
「来客ですか? 突然話が変わりましたね」
「いや、だって見てくださいよ」
店の隣の空き地に見覚えのない馬車が3台も留まっていた。
まさかとは思うが、特に変な気配は感じない。
念のため雑草に潜ませておいたウィードスライムも異常を感知した様子はない。
「確かに変ですね。無断駐車にしては馬車が多いですし」
「とりあえず店に入りましょうか」
そして店に入ってみると、
「おかえりなさいませ、リョウマ様」
「おうリョウマ! 思ったより元気そうだな!?」
「……なんで?」
公爵家のメイドであるルルネーゼさんや、護衛や警備担当のヒューズさん。
その他多数の知り合いが、終業後の店で待ち構えていた。




