反省と勧誘
4日後
「……」
特に目覚ましの合図も何もないが、いつものように目を覚ます。
そしていつものようにスライム達の食事の用意と、自分自身の食事の用意。
それが終われば身支度を整えて、出勤……までに時間がある場合は、神様の像を作る。
これが最近の毎朝のルーティンである。
「ふぅ……」
職人街で少々やらかした日から、どうも憂鬱だ。
尤も、やらかした日に“気が張り詰めていた”と自覚できただけマシなのだろうか?
思い出されるのは、以前、セーレリプタが言い残した言葉。
“近い将来、君の身の回りは騒がしくなるだろうから頑張って”
この“近い将来”とはファットマ領から帰ったら。“身の回りが騒がしく”というのはまさに今のギムルの状況、治安が悪化している、ということだったのだろう。
あれも一応この世界の神の1柱だし、あの時点で街の様子を知っていてもおかしくない。どうせ言うならもっとはっきり言え! とも思うけど……あいつはそんな素直に情報提供とかするタイプじゃなさそうだし、1人の人間に、事前に忠告してくれただけ親切なんだと考えよう。
だけど、それでも、どうしてこんなに心が荒むのか?
冷静に原因を考えてみたら、なんとなく思い至った。
”今のギムルの雰囲気は、前世や前世の会社に似ている”
景色も空気も何もかもが違うはずなのに、ふとしたところで気配を感じるというか、思い出しそうになる。これまでのことは幸せな夢で、夢から覚めてしまったような……運が良いと感じていた分、揺り戻して不運が襲い掛かってくる前兆のような……そんな漠然とした理屈では説明できない不安がある。
従業員の皆さんを信じていないわけではないけれど。
否、いつも親切で力になってくれる人達だからこそ、守りたい。
そして万が一にも失うのが怖い。
ただの杞憂であってくれれば、それが一番いいのだけれど……この思考ももうルーティンの一部になるか? と思うくらいに答えが出ない。
「はぁ……あ、そろそろ時間だ」
こうして今日も時間になり、重い腰を上げて出勤する。
そして店に到着すると、
「手紙?」
「例の洗濯屋からです」
「あの店から?」
店に着くと、いきなり気分が憂鬱になりそうな出来事が待っていた。
……それはまだいいが、思ったことが顔に出たようで、手紙を渡してきたカルムさんに申し訳なさそうな顔をさせてしまった。反省しながら手紙を開けてみる。
「なるほど」
「店長、差し支えなければ、私も見てよろしいですか?」
「はい、どうぞ。内容はざっくり言うと謝罪文ですね」
手紙の内容は先日の謝罪から始まり、女性店長(母)としての考えや、店の前にいた男達について、先日の対応をとってしまった理由などが書き連ねてあった。
「この件、どうされますか?」
「どうもなにも……別にもう一度来てくれとか、話がしたいとも書いてありませんし、謝罪は謝罪として受け取るだけですね。それよりも、他の仕事を済ませてしまいましょう」
「そうですか」
「? 何か問題でも?」
「判断には納得していますし、異論はありません。ですが、いつもの店長であればこの説明でも仕方ないと笑って許して、もう一度話しに行くかもしれない。先日に続いて、“普段の店長らしくない”かと思いまして」
「ん……まぁ、多少の事は確かに気にしないですし、実際もうなんとも思ってませんから、否定はできませんけど……やはりあの方に店を任せる気にはなりませんからね。でも、気持ちは伝わりました。ありがとうございます」
俺の精神状態を心配してくれたんだろう。
「他に手紙や書類は届いていますか?」
「こちらが今届いている分ですね。送り主は商業ギルド、マスターのグリシエーラ様。テイマーギルド、マスターのテイラー様はいつも通りですが……この封筒、送り主の名前がないですね……確かベック君、だったでしょうか? 冒険者の少年が持ってきたと思いますが」
「それならリブルさん、スラム街のまとめ役の人からですね。どれどれ……ああ、良かった」
「嬉しそうですね」
「ええ、いくつか相談していたことがあったんですが、良い方向に進んでいるようです。ほら、先日話したスライムを使ったゴミ処理場とか、モーガン商会のスライム製品工場の話の続きですよ。
工場だけでなくその関連施設まで、色々作るとなると相応の土地が必要になるので、それをどこに建てるかという話になったんですが、色々あって最終的にスラム街の一部を潰すことになりそうです」
「大丈夫なんですか? そんなことをして、そこに住んでいる方は」
尤もな質問だ。そしてその答えがこの手紙。
「調べたところ、現状のスラム街の建物はほとんど平屋なんですよ。1階部分だけ、しかも部屋数も少ない、小屋がぎっしり詰まってる、って感じで」
しかも、“あばら家”と言えばいいのか、古くて壁に大きなひびが入っていたり、崩れかけていたり、木材が腐りかけていたりと、修理に修理を重ねて限界が来ている家も多々見られる。
「そこをこの店みたいな2階建てに建て替えてしまえば、単純計算で倍、人が住めるスペースが生まれますよね? 横がダメなら縦に伸ばせばいいのです」
「確かに、それはそうでしょうけど」
「魔法とスライムを活用して、僕がこの店を建てるのに要した期間は約1週間。その実績を提示して、スラムで家や土地を持っている方に声をかけてもらいました。“家を2階建てに建て直させてくれる方はいないか?”と。
そして完成後は1階でも2階でも、どちらかには当然持ち主の住民が住む。その上で、“空いた部屋に誰かを住まわせてくれる人はいないか?”と。もちろん賃貸物件という形で」
そうすれば家の持ち主は建て直しができて、さらに家賃収入が得られる利点もあるだろう。
「僕も正直、最初は難しいかと考えていたんですが、ギルドマスターらに聞いてみたら、移住対象者への補償や補填をちゃんとするなら、後は交渉次第だろうと。
そして実際にリブルさんにも相談してお願いをしたら、スラムの方々も思ったより好意的に受け止めてくれて、興味を示してくれている人が多いみたいです。“貧乏だからほとんど持ち物がない”とか“すぐ引っ越せる”、“いつから始めるのか?”等々。届いた書類の内容を見る限り、かなり積極的な声もあるみたいで驚いてます」
条件に納得してもらって、同意の確認を徹底しないとな。
後々、例の違法な地上げ屋みたいに思われることがあっては、お互いに不幸になる。
「とりあえずそんな感じでお住まいの方は引っ越していただいて、土地の権利者からは土地を買い取り、納得の上で場所を空けていただく方向で話がまとまりそうです。
あとは役所のトップのアーノルドさんから、可能であればスラム街の区画整理がしたい、という声が出ていたので……」
これならいっそ、団地化を進言してみようかと思っている。どのみち工場やゴミ処理場にも従業員の寮は作ろうと思っていたし、建物の解体は魔法とスライムで一気にできる。そこからの単純な瓦礫の片付けとか肉体労働なら、人を雇えばもっと効率は上げられるし……ってか、もうこれ土地区画整理事業じゃない?
しかし、スラム街の跡地に立つ、スライムを活用した工業施設の数々。これはまさにスライム街と呼ぶにふさわしいのでは? ……うん、悪くないかも。
「と、こんな感じです」
「最後の方が若干よく分かりませんでしたが、順調そうで、なによりも楽しそうで良かったですね」
確かに。問題点や懸念もあるけれど、感触は悪くない。そう思うとやる気も出てくるものだ。
「あまり無理はなさらないように、それだけは注意してくださいね」
カルムさんは笑顔を見せ、自分の仕事に向かう。
そんな背中を見送って、残りの手紙や書類に目を通し、次にそれらに対しての返事を書く。
しかし最近、この段階になると毎回思うことが1つ。
“電子メールって便利だったなぁ……”
本当は顔を合わせて話し合うのが一番早いが、皆さん忙しいのでそうは時間が合わない。
そこで、いつでも読める手紙で、書面でというのは合理的なのだろう。
それをさらに進化させて、瞬時にやり取りが可能なのが電子メール。
こんなに文明の利器が欲しい、と思うのは久しぶりだ……
仕事をしていると、時間が過ぎるのはあっという間である。
日が暮れかけた現在。普段なら終業まで一息というところだが……
「店長さ~ん。お客様です~」
「どうぞ!」
今日はお隣の花屋のポリーヌさんと、さらに隣にある肉屋のジークさん。そして2人の娘のレニと、わんぱく坊主のリックがやってきた。
「やあ、リョウマ君……」
「ジークさん、大丈夫ですか? なんだかいつにもまして細いというか、疲れているというか」
「はは……確かに最近は忙しかったけど、少し落ち着いてきたから元気なくらいさ。冬が本格化すると、狩れる獲物は少なくなるからね……それにポリーヌも手伝いにくるから」
「花屋さんだと、やっぱり冬は売り物が少なくなりますか」
「魔法で無理やり咲かせたり、冬に咲く花もなくはないけどね。そういう花はちょっと高くつくし、店を開けててもほとんど客はこないねぇ。
それはそうとリョウマ君、今日はありがとね。うちの子供を預かってくれて」
「僕はお2人と一緒に行くので、それはうちの従業員に」
そう言って、4人を案内してきたマリアさんに目を向ける。
「ぜんぜん大丈夫ですよ~。私たち、村では小さい子の世話をするのが当たり前でしたから~」
「助かるよ、本当にありがとね。本当はあたしか旦那のどっちか1人で済めばよかったんだけど」
「店ごとに最低1人は代表者が必要と言われたからね……」
話は遡ること3日前。ちょうど俺がやらかした翌日に、商業ギルドを通してある手紙が届いたこと。
「ギムルの街の治安悪化に伴い、商店が被害を受けることも増えている。各店舗の経営者同士で集まり、情報交換や対策で協力し合おう……ってことらしいですけど、送り主の“ギムル中規模店舗連合会”って最近できたんですか?」
「たぶんそうだろうね。あたしらは聞いたことないよ」
「でも手紙に書いてあった通り、最近何かと物騒なのは事実だからね……危機感を持って声をあげた人がいるんじゃないかな」
複数の経営者がより集まって会合を開くこと、それ自体は珍しいことでもない。もちろん誰でもということではなく、参加には条件が付くらしいが、参加を呼びかける手紙が送られてきた以上、俺達には参加資格があると認められたのだろう。
ただ、事前にギルドに問い合わせてみると、活動した形跡や実績がないと聞いて少し警戒していた。しかし、2人がおっしゃる通り、街の状況に危機感を覚えて周囲に呼びかけているという可能性もある。実際に問い合わせた時、商業ギルドの担当者の方にもそう言われている。
やっぱりただ新しい団体だから、これも俺の杞憂か?
……と思っていたが、
「……」
50人ほどだろう。やはり経営者としてそれなりに身形の良い人々が集まった、商業ギルドの大会議室に一歩足を踏み入れた瞬間。
“ここはダメだ”
直感的に、そう思ってしまった。
会議の内容には興味があるし、同じ地域の経営者と協力し合えれば良いと思ってやってきたが、なんならこのままUターンして帰ろうかとすら思う。いや、むしろ今すぐ帰るべきか?
そんなことを考えていると、
「リョウマじゃないか、お前も来たのか」
「えっ? あっ、ダルソンさん!」
声をかけてきたのは、いつも冒険者としてお世話になっている“ティガー武具店”の店主、ダルソン・ティガーさんだった。
「ダルソンさんも来てたんですね」
「まぁ、それなりに儲けさせてもらってるからな。そんで、そちらは」
「おっと、こちらはうちの副店長で、僕の補佐をしてくれているカルムさん。こちらはうちの店のお隣さんの、ジークさんとポリーヌさんご夫妻です」
同じように、3人にダルソンさんのことも紹介。するとそれを見ていた人々の中にはダルソンさんやジークさん、ポリーヌさんの誰かと仕事上の付き合いのある方もいた。さらに3人の知人にはまた他の知人もいて――
「初めまして。私はこういう者です。お店の話は聞いていますよ」
「その若さであれほどの店を構えられるとは、君には一度会ってみたかったんだ!」
「聞けば公爵家とも縁があるとか」
「いやー、なんとも運の良い」
「我々も彼にあやかりたいくらいですなぁ」
いつの間にか、俺は次々と声をかけてきた経営者の中心に。
さらに、にこやかに話す彼らの対応をしているうちに、
「お待たせしました。時間になりましたので、会議を始めさせていただきたいと思います」
部屋に入ってきた男が告げる。どうやら時間になったようだ……




