番外編2 エリアリアの友達紹介
リョウマの出立からしばしの時が流れ、日本でいうところの“師走”のように、年の瀬から年明けに備えて身分を問わず慌しくなっている頃……王都のとある屋敷の一室では、5人の少女にお茶とお菓子が振舞われていた。
しかし、それに手をつけたのは5人の内のただ1人。
屋敷の主の娘でもある、エリアリアだけだ。
「皆、そんなに心配しなくても大丈夫ですわよ? 特にカナン」
「そ、そう言われても困るっす、じゃなくて困ります」
「カナン、普段通りにしてくれないかな? 申し訳ないけど、ボクまで緊張してきたよ」
「何でっすか!? ミシェルは一応伯爵家の令嬢なんだから、お手本を見せて欲しいくらいっす」
「ははっ、残念ながら我が家にとって、爵位とは代々学問を修め、心のままに探求していたらおまけに手に入ったようなものでね。大声では言えないが……ボクも両親も、興味があればそちらを優先し、礼儀などいつでも投げ出すような人間の集まりなのだよ。最低限の指導は受けているけれど、本当に最低限なのさ。そういうことはリエラに言いたまえ」
「本当に微塵も威張れんことを堂々と言うな。しかし私も淑女としての作法は……あまり人のことは言えんな……せめてドレスでも着てくるべきだったか?」
「“いつも通りで”って言われてるんやし、ええんとちゃう? だいたい、中途半端に取り繕っても見抜かれるのがオチやって」
「そうか、いや、そうだな。しかしミヤビは落ち着いているな」
「そんなことあらへんよ。これは……どっちかっちゅうと“諦め”やな。前にも似たようなことが1回あったし……」
「お友達として私の家族に紹介するだけですのに……」
「「「「エリア……」」」」
それが大事なのだと、4人は無言で視線を送る。
そんな時だ、豪華な装飾の扉がノックされたのは。
「お待たせいたしました。旦那様方がいらっしゃいました」
「「「「!!」」」」
メイドが告げると、一斉に立ち上がる4人と、少し遅れて優雅に立ち上がるエリア。
そして、入室してくる若い男女と老いた男が1人。
「待たせてしまって申し訳ない。私がジャミール公爵家、現当主のラインハルトだ。いつも娘がお世話になっている」
「お父様! お母様にお爺様も、遅いですわ」
「ごめんなさいね。ちょっと予定にないお客が来ていたものだから」
「それはそうと、元気でやっておるようじゃな、エリア」
「お爺様もお母様も、お父様もお元気そうで良かったですわ」
離れていた家族が言葉を交わした後、すぐに話題は来客の少女ら4人へ。
「ところでエリア、お友達を紹介してくれないか? とりあえず簡単にでいいから」
「そうですわね! では左から、ここで一番緊張しているのがカナンですの」
「カナン・シューザーです! 魔法道具職人を目指してる、まっす!」
「あなたがカナンちゃんね。エリアからの手紙で話は聞いているわ。シューザー家の娘さんなのよね」
「おお、シューザー家といえばデフェル殿はお元気かの? 昔はよくお世話になったのじゃが、先日店を訪ねたら引退したと言われてな……」
「じっちゃ、祖父なら元気にしてます。引退理由も特に病気とかではなくて、歳で目が悪くなったとか、手先の動きが鈍くなったとかで、もう満足できる仕事はできねぇ! っていきなり……でも趣味だとかで結局毎日魔法道具を、しかもしっかり現役の職人以上の物を作っては若手を叱り飛ばしてるっす、ますから」
「それは良かった。機会があれば、ラインバッハがよろしく言っていたと伝えておくれ」
「了解っす! ……あっ」
しまった! と言わんばかりに表情を崩したカナンだが、大人3人は気にするなと笑いかける。そもそも本人は気づいていないが、彼女の持つ犬の耳と尾が常に反応していたために、緊張とこういう場に不慣れなことは隠しきれていなかった。
さらにエリアが有無を言わさぬように、次のミヤビを紹介。
「ミヤビ・サイオンジです。ご存知かと思いますが、サイオンジ商会会頭のピオロの娘です。親子共々、よろしゅうお願いいたします」
「君がピオロの娘さんか!」
「あなたのお父様には我が家もよくお世話になっているわ」
「娘がいるとは聞いておったが、会うのは初めてじゃな。よろしくのぅ」
「ありがとうございます」
「次はリエラですわね」
「リエラ・クリフォード。クリフォード男爵家の末娘にございます。公爵家の皆様に拝謁賜り、恐悦至極に存じます」
「真面目な子だね。公の場でもないし、気を楽にしてくれて構わないよ」
「こういう子が1人いてくれると安心じゃが、な」
「それよりたくさんお話を聞かせてもらいたいわ」
「はっ! 努力、します」
敬礼は立派なものだったが、それに続いた言葉はやや弱弱しく。
その真面目さと微笑ましさに大人達はそっと笑いを堪えていた。
「では最後にミシェル。男性の服を着ていますが、女性ですからね。誤解のないように、特にお父様」
「もちろんだとも。ミシェルさんだね。ウィルダン伯爵家の長女と聞いているよ」
「私のことを知っていただけているようで、光栄です。しかし誤解、ですか?」
「ああ、それは本当に申し訳ないんだが……エリアから送られてきた手紙に、ミシェルさんは“女子生徒に人気がある”と書かれていたのを読んでね。その、なんというか」
「男の子だと勘違いして、1人でやきもきした挙句に手紙でどんな男の子なのかって、問いただしたのよね? あなた」
「まったく、学園に行けば異性と関わる事があって当然だろうに。恋仲になったわけでもなく、ただ娘が仲良くしておると言うだけで、しかも誤解で取り乱すとは我が息子ながら情けない」
「くぅ……」
「「「「……」」」」
娘に釘を刺され、さらに妻と父親に言葉で滅多打ちにされる家長。
その姿は入室時と比べてやや小さくなったようで、威厳に欠けた。
しかし、まだ幼いと言ってもいい子供達の緊張を緩める役にはたったようだ。
最初よりも幾分か雰囲気は弛緩し、皆の表情が穏やかになる。
「おっと、いつまでも立たせたままでは申し訳ない。皆、座って座って」
「お茶のおかわりとお菓子もお願いするわ」
ラインハルトの言葉で皆が座り、エリーゼの言葉でメイドがお茶とお菓子を用意。
「さてと、手紙でいくらかは聞いているけど、君達は実習の班も一緒だそうだね?」
「はっ。その通りです」
「懐かしいわね。私も学生時代は総合的な学習として学園ダンジョンに潜ったわ。どう? うちのエリアは迷惑をかけてない?」
「迷惑なんてとんでもない。個人の得意不得意ならありますが、うちの班は上手くやれていると思います。エリアは学科や基礎教養は文句なし。魔法、特に威力と連射力に関しては飛び抜けて優秀かつ学年トップですから。実習では強力な攻撃担当です」
「剣術は少し苦手のようですが、それでも授業には十分についていけていますし、女子の中では上位の成績です。実習では基本的に私とカナンが前衛を担当していますが、トラブルの際にはフォローもしてくれます」
「あとは、雑用とかも進んでやってくれますね。他所の班の貴族の生徒を見てると、テントの設営とか料理とか、平民の生徒か従者の子に任せきりだったり、不満を言いながら作業してることも結構あったんで、最初は正直、エリアに作業させていいのかと迷ったっす」
ミシェル、リエラ、カナンの話を聞いて、大人3人は安心したように頷く。
「剣術もそれなり、魔法の授業は学年トップとは。入学前にある程度訓練はしていたけど、頑張ったね、エリア」
「結果が出たのはエリアの頑張りがあったからじゃな。それから雑用のことは気にすることはない。学園では身分関係なく平等に……まぁ、わしの在学中から建前のような規則ではあったが、実際、有事の際に従者がいないと何もできんようでは困るからのぅ」
「卒業後はどうだとしても、学生である今は授業の一環ですからね。上手くやれているようで良かったわ。それに、お友達も本当にいい関係ができているようだしね」
「お母様?」
「私も夫ほどじゃないけれど、結構心配だったのよ。親として躾や教育はしっかりしたつもりだし、エリアは自慢の娘と胸を張って言えるように育ってくれたけど、貴族の交流という意味では……ねぇ?」
「「「「あー……」」」」
「お母様! それに皆までなんですの!?」
「いや、悪い意味ではない」
「エリアはいい子だし付き合いやすいし、平民にも分け隔てなく接してくれるっすけどね……」
「素直というか、純粋というか、他の貴族の子供みたいな騙し合いは得意じゃないよね」
「それは確かに、ついていけないと思うことが多々ありますけど……あの方々ってただ大きな声で威張り散らしているだけではありませんか。
自分より下の身分の方を見下して、二言目には無礼だとか身の程を弁えろとか。同格の家の方々は自慢ばかりで、身分が上の方には我先に近づこうとお世辞や足の引っ張り合い。気にするほどでもない些細なことを大げさにして、揚げ足を取り合って……まるで大人の真似をした“貴族ごっこ”じゃありませんか」
「エリア、あんた今弁解しようとしてものすごい辛辣なこと言っとるからな? それ絶対に本人達に言ったらあかんで」
「わ、分かっていますの。こんなこと、口にするのはここだけです」
「まぁ、ボクらも否定する気はないけどね」
「あまり他人を悪くは言いたくないが、そんな会話がいたるところで繰り広げられているのはよくある事だし、話の途中で同意を求めて私を巻き込もうとしないで欲しいとは思う」
「そういう子がいるのはいつの時代も同じだね。私達の時にもたくさんいたよ。自慢合戦や見下し合いから、もはやただの罵倒になるんだよね。歳が上がってくるともう少しやり方も変わってくるんだけど」
「あら、大人になっても変わらず子供みたいな人もたくさんいるじゃない。他人の仕事や行動に否定や批判ばかりとか、ざらにあることよ?」
「……奥様もそこそこ辛辣やな……」
「親子っすね……」
「祖父としては、孫がそのような子供の仲間になっていなくて良かったと思う」
「当然ですわ。あのやりとりは傍から見ていてみっともないですし、本人達が思うほど大人ではありません。あれなら貴族でないリョウマさんの方が貴族らしいですし、よっぽど大人に見えますの」
それは祖父に対する何気ない一言。しかし、これにミシェルが反応。
「そのリョウマさんってたまに聞く名前だけど、どんな人なんだい? 男性だよね?」
「そういえば、ちゃんと聞いたことないっすね。エリアの友達ってくらいで」
「ああ、私も少し気になっていた。たまにミヤビとその人の話をしていたようだが、私達には話し辛そうなので深くは聞かなかったが……」
「あら、リョウマ君の事を皆に話してなかったの? エリア」
「そう、ですわね。ちゃんと話したことはないと思います。別に隠していたわけではないのですが……改めて説明しようとすると、どう説明すればいいのか分からなくて」
エリアの言葉はリョウマを知る大人3人とミヤビを納得させ、深く頷かせた。
「私、入学までお友達と呼べる方がいなかったので、あまり疑問に思わなかったのですが、入学してから同年代のクラスメイトやたまに顔を合わせる先輩方のことを知って、実感しましたの。リョウマさんは一般的な同年代の方とは、能力的にも精神的にもだいぶ違うみたい
で……でも、悪い人ではありませんのよ。むしろ、とても良い方ですよね? お父様、お母様、お爺様」
「そうだね。我が家で彼と最初に会ったのは私だけど、その時は部下が怪我をしてしまっていてね。死にかけていたところを助けてもらったんだ」
「冒険者のお爺様とお婆様に育てられたそうで、エリアの1つ下だけど博識だし、狩猟の腕もいいのよ」
「生活の質を向上させることに偏っていたが、魔法の腕も中々じゃったしのう」
「皆様がそこまで言われるとは、相当に優秀な子なのですね。エリアの1つ下ということは、我々にとっても1つ下ですが」
「優秀……うん、それは間違いないね」
「ただ、ちょっと変わったところもあるけど」
「変わったところ?」
「リョウマさんは趣味でスライムの研究をしている方ですの。そしてスライムの話になると、魔法陣学の話をするミシェルのようになりますわね」
「「ああ……」」
それだけで今度はリエラとカナンが、リョウマの性格を概ね理解したとばかりに頷く。
「人の名前を出して、勝手に納得しないで欲しいんだけど」
「分かりやすい説明だったから仕方ないっす」
「ああ、興味のある物事を目の前にすると、周りが見えなくなるタイプの人間だとすぐ分かった」
「むぅ……」
「その分、お2人とも専門分野はもちろん。その他のことについても知識が豊富で頼りになりますわ。
リョウマさんには私が初めての従魔として、スライムを捕まえるときからアドバイスをいただいているように、ミシェルにも魔法陣学について1から教えてくれるじゃありませんか」
「なんか納得いかないけど、そういうことにしておくよ。しかしエリアが珍しいスライムを3種も連れているのは、そういう理由だったんだね」
「クリーナースライム、ヒールスライム、スカベンジャースライムでしたっけ? 便利っすよね。特に学園ダンジョンでの野営実習の時なんか、他の班の羨ましそうな目が凄かったっす」
「エリアのスライムとミシェルの土魔法で、簡易とはいえトイレに風呂まであったからな。野営に慣れた先生方ですら、そこまで恵まれた環境ではなかったぞ」
「おかげで自分達にも貸せとか作れとか、貴族の班が無茶言うもんで交渉担当のウチは大変やったで……」
「それは本当に大変だったわね」
「毎年、特に初回の実習は荒れるんだよね。とりあえず一通りは入学前に学んだのだろうけど、技術は何度も反復して練習しないと身につかないからね」
「先ほどミヤビさんが言っていたように、作業を分担して苦手分野を補い合える仲間がいればいいんじゃが……誇り高く、貴族としての矜持をもって生きることと、単なる我侭を履き違えている者が子供に限らず大人にも多いのが現状じゃからのぅ……」
「そういえば、こんなこともありましたわ」
こうしてエリアは学園で起きたことを話していき、少しずつ友人4人の緊張も解れていく。
そして時は日が傾き始めた頃……
「失礼いたします。旦那様、お約束のお時間がそろそろ」
「おや、もうそんな時間かい?」
「お父様。せっかくお友達を連れてきましたのに、何か用事を入れていましたの?」
「ごめんよ、エリア。久しぶりに学生時代の先輩に会って、夕食を共にするんだ」
「えっ、お父様……」
「ん? どうしたんだい? そんなに驚いた顔をして」
「お父様……学生時代にお友達がいらしたんですの?」
その瞬間、暖かかった部屋の空気が凍ったような、妙な緊張感が流れた。
娘からのあんまりな言葉に、顔を引きつらせて固まる父、ラインハルトが口を開く。
「ど、どうしてだい?」
「あの……だってお父様、これまで友人を訪ねるなんて言って出かけたことありませんし。学園の話をすると難しいお顔をされてばかりだったので」
「ああ……うん、まぁ……」
返答に困ったラインハルトは、自分の妻と父を見る。
だが当の2人は笑いを堪えながら、自分で何とかしろと静観するばかり。
「はぁ……そうだね。あまり言いたくないけど、私の学生時代はあまり楽しいものではなかった。だけど、それでも信頼できる人の1人や2人はいたのさ。例えばそこで笑ってるエリーゼ、今は妻だけど昔は友人の1人だ」
「うふふ。懐かしいわね」
「そうでしたの。ごめんなさい、お父様」
「謝られるのもなんだか悲しいんだけど……気にしないでいいよ。実際、私は昔の友人を訪ねることは少ないし、今回会う人とも卒業以来疎遠になっていたからね」
「ではなぜ急に?」
「実はね、しばらく前にリョウマ君がその人の領地に行って、お世話になったそうなんだ。
その時に貴族としての身分やしがらみはあっても、その人はまだ私を後輩として心配してくれていることが分かったらしくてね。手紙でこっそりと教えてくれたんだよ。だから今回、良いきっかけだと思って訪ねてみることにしたんだ」
「そうでしたの」
「向こうも相当驚いたみたいだけどね。いつまで経っても昔のことを忘れずに、力になってくれようとしてくれる友達がいるのは嬉しいものだよ。
沢山じゃなくていい、1人でもいいから、エリアにもそういうお友達ができるといいね」
「はい、お父様。でも、それについては大丈夫ですわ!」
そう宣言した彼女は一度友人4人を見る。
「だってここにいる4人。リョウマさんを含めたら、5人も心からそうなりたいと思えるお友達がいますもの!」
「エリア……」
「おやおや、言われてしまったね」
「ストレートやなぁ」
「なんか、こっちが恥ずいっす」
「あら、皆さん……もしかして嫌でしたか?」
エリアが4人にそう問えば、彼女らは笑いながら首を振る。
そんな5人の様子を見て、大人達は穏やかな笑顔を見せた。
「良かった。エリアは学園で良い出会いがあったんだね。もっと話を聞きたいし、本当に残念だけど、私はここで失礼させていただくよ。気にせずゆっくりしていくといい」
「そうね。私ももっとお話が聞きたいわ。良かったら皆、今日は泊まっていったらどうかしら? エリアとは今度の社交パーティーで着るドレスの打ち合わせもしたかったし。リョウマ君から美容用品の試作品が届いてたのよ。できるだけ多くの意見が欲しいって話だったから、よければ皆も使ってみない?」
「リョウマはんが美容用品を?」
「以前にそういう話になってね。私が興味を示したこともあると思うけど、薬学の勉強をして理解を深めるためだそうよ。元々お婆様から学んでいたらしいし、勉強熱心な子だから……ここだけの話、結構使いやすいし質もいいのよ」
「それはボクも少し気になりますね。母が薬の研究をしているので――」
こうして再び部屋の中は賑やかになり、エリア達の話は夜遅くまで続くのだった。




