祭りの後の願いと忠告
本日、2話同時更新。
この話は1話目です。
1人、また1人と騒ぎ疲れた子供や酔いつぶれた大人が家へ帰り、祭りもお開きとなった夜更け。俺と村長は領主様御一行の見送りに浜辺までやってきた。
「見送りはここまでで。今日は楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ、村のものも喜んでおりました」
「そうか」
笑顔を見せる領主様。だがここで、彼は一瞬ふらつく。
「おっと、今日は少々飲み過ぎてしまったようだ……リョウマ君」
「はい」
「船に乗る前に少し酔いをさましておきたいんだが、よければ話し相手になってくれんか?」
「もちろんです」
「ありがとう。村長殿は」
「私はここで失礼させていただきましょう。この歳になると夜風の冷えが厳しいもので」
「そうか、すまんな。ピグー、酔いがさめるまでさほど時間はかからんだろうから、皆で船の準備を始めてくれるか?」
「かしこまりました」
村長さんは村へ戻り、ピグーさん達付き添いの4人は船の準備のため離れていく。
そして俺と領主様だけが浜に残された。
風と波の音だけが聞こえる中で、領主様は大きく息を吸う。
「……ふぅ……心地よい夜風だ。おっと、リョウマ君は寒くないかね? 私はほれ、見ての通りこの脂肪があるので、今ぐらいがちょうどいいのだが」
「大丈夫です。本当に寒ければ結界魔法も使えますし」
「おお、そうであったな」
自分の腹をさすりながら、彼は陽気に笑う。
「先ほども言ったが、今日は本当に楽しかった。そして美味い料理の数々をありがとう」
「どういたしまして」
「食べることに夢中で忘れていたのだが、料理の依頼についての報酬を話していなかったな。何か欲しいものがないかね?」
「言われてみれば……でも、料理のレシピの件は領内に広く声をかけたという話だったはずです。報酬も決まっているのでは?」
「灰干しに、有毒で不味いと食べられていなかった魚3種の調理法。それらもまとめての話である。餃子についてもそうだが、新たな産業になり得る情報をこれだけ貰っておきながら、報酬がレシピ1つ分ではいかんだろう。他所の貴族に知れたら、真っ当な評価や報酬の用意ができんのかと笑われてしまう。
それに正直なことを言わせてもらうと、新しいことを始めるには何かと金がかかるのでな。もちろん金銭での支払いでも構わんが、君はそこまで金へ執着があるようには見えんし、何か都合できるもので対価になるなら、その方がこちらとしてもありがたいのだ」
確かに。以前、ラインハルトさんやピオロさんも、技術は宝といっていたしな。
しかし、ぶっちゃけたなぁ、領主様は。
「欲しいもの……今考えられるのは……ああ、先ほど言っていた毒魚の調理法とその注意点はしっかり周知していただくこと、でしょうか」
今回は俺の膨大な魔力による鑑定魔法の連発と、ポイズンスライムのダブルチェックを通して安全に捌けたし、提供もできたけれど、
「やっぱり毒があることは事実ですからね」
「村の者も毒の事は十分に認識しているはず。子供でも毒については親から厳しく言われてきたはずだからな。いきなり受け入れる方が難しいと思うが」
それもそうか。
今日は祭りの空気が幸いしたのか、それなりに食べてくれた村人もいたけれど……有毒3種の中で1番の人気はウナギっぽい魚。あれは蒲焼の香りも漂っていたし、ニキ君曰く、“よっぽど食べるものがない不漁のときには、不味いのを我慢して食べる”ということだから、抵抗も少なかったのだと思う。
さらに2番人気はカサゴっぽいやつで、一番毒の強いフグっぽい魚の料理は、やはり遠巻きに見ているだけの人が多く最下位。
ファットマ領以外の土地の人がオクタ(タコ)やミズグモ(カニ)を食べないのと同じで、ここの人たちにとってはウナギ、カサゴ、フグを食べないのが常識なのだ。特に高齢な方ほどその傾向が強かったように見えた。
「もちろん今回、味を知ったこの村の者は注意すべきだが、そちらはひとまず祭りの途中で村長に注意もしておいた。……新たな知識や技術には、不理解、軽率、誤った使い方等々、常に危険がつきまとう。だが、それを恐れて拒絶するだけでは、成長や発展もない。
君は領民の生活を少しでも豊かにできる、そんな可能性を持つ知識を与えてくれた。ならばその知識を正しく使うべく、必要な指導を行い、管理する。またそのための規則を作るのが、我々為政者の仕事である。私も領主として、注意と調理法の指導を徹底させよう」
真面目な顔で言い切る領主様は、やはり信頼できそうな気がした。
「では、こちらをどうぞ」
そんな彼を見て、俺はアイテムボックスから取り出した書類の束を渡す。
「これは、毒魚の調理法か?」
「実験していた間の記録です。たとえば私がウナギと呼んでいた魚について。観察したら鋭い歯や捌いた時の骨が、私の知る別の種類の、鱧という魚にも似ていた。泥抜きの期間は1日ではまだ泥臭くて食べられたものじゃない。2日目ではぐっと減った等々。個人的にまとめていたものです。
調理法や捌き方は料理長さんに説明して実際に見せましたが、ここには実験中のすべてが書かれています。直接必要ないこともありますが、料理長さんに話していないことも含まれているので、何かの役に立てばと」
「それは助かる! ……ありがたく受け取るが、これではまた私の方が得をしたではないか。君への報酬になっておらん」
「あっ」
ま、まぁ、これは調理法のおまけということで。
「あとは……そうだ! 領主様。温泉小屋のそばに生えていた竹を少し分けていただいてもいいでしょうか?」
たしか先日、領主様がタケノコの話をしていた。それに竹は炭焼きや竹細工の材料にもなる。上手く使えば便利な植物だ。植える場所は鉱山のどこかに専用スペースを作ればいいだろう。
そう言うと、領主様は数秒こちらをじっと見て、ため息を吐いた。
「欲がないな……竹なんてこの前見た通りいくらでも生えておる。どうせ放置していたものだから、好きなだけ持って帰って構わんよ。他にないかね?」
ん~、そうなると無難にお金? なんだかなぁ……他に価値のありそうなものというと、
「ファットマ領の名産品って魚以外に焼き物もあると聞きましたが」
「うむ。粘土もよく採れるのでな。焼き物が欲しいのか?」
村で料理をしていた時に、使い勝手がよさそうな土鍋があった。あれはいくつか買って帰りたい。それにギムルでは木製や金属製の器が主流だから、持って帰ったら珍しがられるかも。いくらか余分に買って、セルジュさんのお店に持ち込んでみようか。
あとはいい焼き物があったら、お店の応接室に飾ってみるのもいいかもしれない。残念ながら、俺には美術方面の知識は皆無と言っていいから、よく分からないけど……
「そういうことなら、屋敷にある壷を1つ進呈しよう。それなりに価値のあるものだから、店に飾るといい。あとは懇意の焼き物屋を紹介するので、土産や売り物はそこで仕入れなさい。良心的な店だから、色々と相談に乗ってくれるはずだ」
考えを伝えると、すぐに手配していただけることになった!
「ありがとうございます」
「構わんよ。これは私の依頼に応えてくれた君への正当な報酬なのだから。それにラインハルトからも頼まれているしな」
「それはそうですが、それでもです」
「ふふっ……そうだ、私とラインハルトの関係について話したことを覚えているかね?」
「はい。領主様はラインハルトさんの先輩なんですよね。そしてラインハルトさんは、ラインバッハ様の息子として周囲から色眼鏡で見られて、不自由な生活をしていたと」
「その通り。私の父もこの地での道作りという偉業を成し遂げたが、ラインバッハ様の功績はそれを遥かに凌ぐ偉業だ。後継者として、受けていた重圧も大きかっただろう。それに何より、公爵家には敵も多い」
「そう、ですよね」
「貴族社会は蹴落とし合いに派閥争い、そんなことが日常茶飯事だ。妬みや嫉みも数え切れんからな」
ありがちな話だ……
「尤も公爵家という家柄。それに伴う歴史と権力。さらに先代のラインバッハ様個人の功績、神獣との契約。少なくとも彼が存命の間、正面から喧嘩を売るような輩はいないだろうが……実は最近、ラインハルトの領地が荒れている、という噂を頻繁に聞くようになった」
「!!」
「あいつは優秀な男だ。学生時代は常に、どのような分野でも上位5人の内に入る優等生だった。そしてその成績を支えていたのは、他人の数倍の努力。あいつは……いわゆる天才型の人間ではなくてな……もちろん無能だとか、才能がないというわけではないのだが。いや、私が言いたいのはそういうことではなくてな」
少し迷ったように、そして夜空を数秒眺めた領主様は、その状態のまま再び語り始める。
「これは貴族としてでなく、依頼でもない。私、ポルコの個人的な希望なのだが……できるだけラインハルトの力になってやってもらえないだろうか? あいつは優秀だが、1人では領地の経営は行えない。それにあいつは1人で悩み、抱え込みがちな奴なのだ」
「そうなのですか?」
「? 意外そうだな?」
少し……だって抱え込みがちだとか、他人を頼るようにというのは、むしろ俺がラインハルトさんに心配されていたことだから。
そう伝えると、
「ぶっ! ぶははははっ! ふがっ!」
またいつもの? 大笑い。
「すっ、すまんな。しかし、くくっ。そうか、あいつが“他人を頼れ”と言ったのか。学生時代と今では違って当然ではあるが、あの抱え込み癖は治ったのか? 昔はそれで潰れかけたこともあるというのに。いや、もしかすると自分の経験からの言葉かもしれんな。ふはっ」
領主様は少し雰囲気が明るくなり、楽しげに頷いている。
「ふぅ……周囲に頼れる者がいるなら安心だ。そこに君もいてくれるなら尚更に。今回、依頼をしてみて分かったが、君は我々とは少し物の見方が違うようだ。そして幅広い知識も持っている。ラインハルトが抱えたがるのも無理はない。紹介状で釘を刺されていなければ、私が雇いたいくらいだ」
光栄です。と言おうとしたら、
「だが、それだけに気をつけた方が良かろう」
楽しげだった領主様は一転、俺を正面から見据え、真面目に語りかけてくる。
「私が君に出した2つの依頼。あれらは“麦茶の賢者の噂を聞いて”依頼するつもりだった、と前に話しただろう? あれだけで“ギムルを拠点とする冒険者のリョウマ君”とまでは知られずとも、ある程度の話題が世間に広まりつつある、ということだ。興味を持って調べれば、私のようにセムロイド一座の者を呼びつけるなり、現地に部下を送って探りを入れるなりして情報を得ることもできるはず。
私はラインハルトに釘を刺されておるし、君がこれまで何をしてきたかを根掘り葉掘り聞くつもりはないが……世の中には、金になると踏めば簡単に悪事に手を染める輩がいる。貴族だとしても、私やラインハルトのような相手ばかりではないからな」
さらりと言われた、“これまで何をしてきたか”……領主様は口にした以上のことを知っている。そんな気がする。その上で、忠告をしてくれているんだ。
「ご忠告いただきありがとうございます。気をつけます」
「うむ。せっかくラインハルトと親しいのだから、あいつの権力を上手く使わせてもらうといい」
そう言うと彼は大きく体を伸ばし、
「さて、そろそろ酔い覚ましもいい頃だろう。あまり長すぎても体に悪いのでな」
言いたいことは言ったとばかりに、帰り支度を始める領主様。
もしかすると、俺に忠告をするためにわざわざ時間を作ってくれたのかもしれない。
こういう心遣いは本当にありがたい。
「おっと、そうだリョウマ君。君はいつギムルに戻るのかね?」
帰りの旅の準備もあるし、ギムルにいる皆さんへのお土産を買いたい。
あとは今日の用意で後回しになっていたけど、マッドスライムも捕獲しないといけない。
全部合わせて、あと数日はお世話になる予定だった。
しかし、ラインハルトさんの領地が荒れているという話が気になる。店の経営は信頼できるカルムさんに任せてあるし、警備はフェイさん達がいるから大丈夫だろうけど……無理のない程度に予定を早めよう。
「明日のうちにできる限り準備を整え、早ければ明後日にでも出立したいと思います」
「なるほど。では明日の朝一で例の陶器を扱う店には話を通しておこう。我が家からの壷もその時に預けておくので、そこで受け取って欲しい。年末は社交の季節で、我々は色々と準備があるのでな」
「承知いたしました。お忙しいところありがとうございます。色々とお世話になりました」
「こちらこそ楽しかったよ。では」
領主様は、最後に陶器のお店の名前を告げて、桟橋から船へ。
そして湖の向こうへと帰っていった。




