村の祭りと名物料理の提案
3日後の夕方
村の広場にはほとんどの村人が集まり、焚き火や大鍋、そしてテーブルがいたるところに置かれ、その上には所狭しとさまざまな料理が並んでいる。
先日船の上で聞いた通り、ヤドネズミが下流に繋がる川を巣で封鎖したらしく、昨日まで3日間、マッドサラマンダーの群れは劇的にその数を減らした。また、同時にシクムを含めて、近隣の村や漁師さん達には、漁業組合から漁期の終わりが通達されている。
そして今朝、今年最後の漁で獲れた獲物や、街から買い込んだ食べ物で、現在、村の広場では無事に漁期を終えたことを祝うお祭りの用意が進められている。というか、ほぼ終わって始まる直前、といったところだ。
あとは――おっと、噂をすれば来たようだ。
「領主様がいらしたぞー!」
広場に駆け込んできた村人の男性が、領主様の来訪を告げる。
すると村長を筆頭に村の偉い人たちが集まり、出迎えに行く。
俺もその最後尾にそっと混ざり込んで、浜辺に向かう。
俺達が浜辺に到着するのと、領主様が浜に上陸するのはほぼ同じタイミングだった。
「ようこそいらっしゃいました」
「おお、村長殿。出迎え感謝する」
村長たちに挨拶をした領主様は、続いて俺の方へ。
「リョウマ君。お招きありがとう。今日は楽しみにしている」
「こちらこそ、無理を聞いていただきありがとうございます」
先日、温泉掃除が終わった後のこと。
“領地の名物料理が欲しい”という領主様のもう1つの依頼について、依頼された日は温泉掃除の方が優先されていたためか、具体的に、いつ、どういった方法で提案すればいいかが定められていない。
それを思い出した俺は、今日この時。実際に作った料理を出すので、シクムの村の終漁祭に来ていただきたいとお願いをしてみた。
もちろん断られる可能性も考えていたが、領主様はそれを快諾してくれた。
だからこそ今、こういう状況になっているわけだ。
本日の領主様の同行者は、護衛のドラゴニュート2人にピグーさん。さらにもう1人、豚人族の男性。彼は伯爵家の料理長だと、広場への道すがら紹介を受ける。
そして広場に戻ると、すぐに終漁祭は始まる。
村のお祭りは始まる時間が厳密に決まっているわけではなく、用意が済んで、参加者が集まったなと判断されれば適当に始まるものらしい。
今回は一応、形だけ村長と領主様も挨拶をしていたが、ごく短く終わらせていた。
その後は、広場の一角。
以前俺が祈った神像の横あたりに設置された特別席へ案内される領主様ご一行。
その隣に、俺は特注の調理用魔法道具セットを設置。
すると真っ先に反応したのは、料理長の男性だった。
「おお……これは持ち運び可能な範囲で大型、かつ高機能な調理用魔法道具ですな。鉄板に大型の竈、鍋も4つは置けますな。素晴らしい」
「知人に腕の良い職人がいまして、特注で作っていただいたんです。冒険者として野営をすることもありますが、可能ならしっかり調理をした美味しいものが食べたいですからね。幸い、私は空間魔法が使えるので、多少大型でも持ち運びや使用に問題がないので」
「ぶふっ、君もなかなかの食道楽のようだな。私もそれなりに色々な冒険者を見たつもりだが、こんな物を特注して持ち歩く冒険者は初めてだ。おまけによく見るとその魔法道具に刻まれた印章、最近名を上げているディノーム工房のものではないか?」
おっと、領主様はディノーム工房を知っていたようだ。
「ご慧眼には恐れ入ります。仰る通り、ディノーム工房の作品です」
「貴族たるもの、流行物には詳しくなければ。貴族同士の会話に入れなくなるからな」
分かるだろう? みたいな苦笑いを送ってきた。やはり貴族というのも大変なようだ。
「さて、本日提案させていただく料理は作りたて、特に焼きたてが美味しいと個人的には思うので、これからここで調理をさせていただきます。仕込みは済んでいるのですぐに用意できますが……本日のお祭りのために、他にも色々な料理が用意されていますので、皆様よろしければ食べながらお待ちくださいませ」
「それは楽しみだ。どんな料理があるのかね?」
「おすすめは“おでん”ですね。試作に付き合ってくださった村の方が言うには、“いつものスープを豪華にした感じ”だそうです。具は魚や豆腐、野菜や根菜などを加工したもので、擂り下ろしたホラスと一緒に食べていただくと、この辺で日常的に食べられているスープに近く、馴染みやすい味だと好評でした。
他にも運よく、美味しいお豆腐を作っている方の協力が得られたので、“揚げ出し豆腐”に“豆腐ハンバーグ”、“稲荷寿司”――」
「寿司? 寿司と言うたか?」
「あ、はい。稲荷寿司、ですね」
? 1人だけ我関せず、という感じだったドラゴニュートの……確か吉兆丸殿? が強い視線を向けてきている。お寿司がお好きなんだろうか? と思ったら領主様が教えてくれた。
「吉兆丸殿は修行の一環で、食生活に色々と決まりがある。故に普段、彼は決まった物しか食べられないのだ」
「なるほど」
宗教的な事なら仕方がない。しかし、領主様だけでなく護衛の方にも食のタブーは聞いておくべきだったか? と思っていたら、
「ただ、何事にも例外はある。その例外の1つが“寿司”だったはず」
「うむ。“寿司”、“天ぷら”、“すき焼き”でござる」
続いた説明で、内心ちょっと、ガクッと来た。
例外の食事が、一昔前の外国人の日本のイメージみたい……そこで以前、まだギムルの街に出て間もない頃、アサギさんと会って聞いた話を思い出した。
そういやドラゴニュートの里ができるきっかけは、過去の転移者。それも微妙に日本や侍文化を勘違いした外国人っぽかったな。そのせいか?
「では、食べられる物があってよかった。ちなみにすき焼きも用意がありますし、油があるので天ぷらもご用意できますよ。まったく同じではないかもしれませんが、いかがですか?」
「なんと! で、では拙者は稲荷寿司? とすき焼き、天ぷらをいただこう」
「かしこまりました。料理は他にも、お米を使った“ちまき”や“炊き込みご飯”。根菜を使った“きんぴらごぼう”に“蓮根のはさみ揚げ”、“からしれんこん”などもありますが」
「我々には1つずつ、全種類を頼む」
「かしこまりました。では」
領主様の簡潔な注文は村長さんにお願いして、用意していただく。
そのあいだに俺は用意していたものをスープにいれて、または蒸して、焼いて、揚げて……
「ふむ。魚のすり身や潰した豆腐をそのまま、または野菜などを混ぜて成型し、油で揚げているのか。こうも多様な具があると、飽きることがないな」
「この揚げ出し豆腐なる料理も、衣に出汁の味が良く染みて、優しい味わいですぞ」
「このはさみ揚げというのも美味しい。私は蓮根に目がなくて」
「故郷では見ぬ故、面妖な寿司と思うたが、この稲荷寿司というのもなかなか」
「炊き込みご飯ときんぴらは里にもあったでごわす。この味、どこか懐かしい……」
なかなか好評だと分かる声を聞きながら、仕上げにタレを用意して、完成!
「お待たせいたしました。こちらが本日、私から提案させていただく料理。“餃子”でございます」
用意されたテーブルの上。既に先ほどまで並んでいたはずの料理はほぼ食べきられていたので、空いた皿を片付けて、出来立ての皿を並べる。
「ふむ。これは小麦を練った生地で何かを包んで焼いたのだな。スープの中に入れていたり、揚げたり、蒸されたものもあるようだが、根本的には同じものか」
「おっしゃる通り、調理法によってそれぞれ水餃子、焼き餃子、揚げ餃子、蒸し餃子と呼びます。私の経営している店にジルマール出身の親子がいるのですが、そちらにもこのような料理があるようです」
「ほう、ジルマール料理とな。ではまず一つ頂いてみよう」
「こちらに8種類のソースを用意していますので、お好みでどうぞ」
領主様達は一斉に餃子を口に運ぶ――
「おふっ、ふぅ、ふぅ……うむ! 熱いが美味い!」
「本当ですな。この焼き餃子とやらは、噛むと中からジワリと肉の脂が出てきて」
「水餃子はスープと合って優しい味わいですぞ」
「揚げ餃子は、食感が良いでごわすな」
皆さんそれぞれ食べ比べ、好評。だけど、領主様の表情は少し残念そうだ。
……当然だろうな。だって俺が作ったのはごく普通の餃子だから。
「確かに美味い。だが」
「このままではこの地の名産にはなりませんよね?」
「うむ。この餃子、中身は豚肉や野菜、それを包む皮は小麦だな。蒸し餃子の皮は米粉を使っているようだが……残念ながらほとんどがこの領地のものではない。街の店が他所から仕入れたものを買ったのだろう。今では他所の品もある程度流通するようになった。
……だからといって、他所から仕入れた食材ばかりで作ったのでは、この地の名物料理とは言うには弱い。そして君はそれを十分に理解しているようだ。つまり君は、この餃子をこの地の材料で作れと言いたいのだね?」
おっと、言おうとしたことを先に予想されてしまった。
「ご慧眼には恐れ入ります。仰る通り、私がさせていただくのはあくまでも“提案”、そしてこの料理はそのための“見本”の1つとして作らせていただきました。この簡単かつ多様性のある料理の一例として」
「多様性、というと?」
「まずこの餃子は先ほど領主様も仰られた通り、餡と呼ぶ中身を小麦粉を練った皮で包んだものです。今回の中身は豚肉と野菜ですが、その割合を変えても、また別の素材を使っても良いでしょう。
同じく皮も穀物の粉であれば問題ありません。実際に今回、蒸し餃子と水餃子の皮は米粉を使用しています。これは僕個人の好みで選ばせていただきましたが、皮に使う粉には最低でも小麦粉と米粉の2つの選択肢があるということ。
さらに、皮で包んだ餃子の調理法は煮る、焼く、蒸す、揚げるの4つ。最後につけて食べるためのタレが、今回用意させていただいただけでも8種類。中身の配合は考えればキリがないので置いておきますが……それでも皮、調理法、タレで味わえる組み合わせが64通りはありますね。もちろんタレをつけないという選択肢もありますし、ここに中身の変化も加われば」
「うむぅ……それは非常に興味をそそられる。まさに無限に味の変化がありそうだ」
「私もそう思いまして、本日はその一端を、村の皆様に用意していただきました」
「なに?」
村長さんに目を向けると、準備万端といった感じで、彼は俺の隣まで歩いてきた。
「領主様。村の者が彼から話を聞いて作った餃子を用意しております。お口に合うかは分かりませぬが、1つ試していただけませんでしょうか……」
「ありがたい、是非いただこう」
そして次々と、村人オリジナルの餃子を作った人が運んでくる。
1人目はお婆さん。お孫さんに支えられて、領主様を拝んでいた。
「ふむ。これはホラススープの水餃子か。そしてとても柔らかく、温かい」
「ありがとうございます。うちは私と夫、どちらもこの歳ですから、硬いものはどうにも歯が……スープも慣れ親しんだ味が一番と思って作りました」
2人目は漁師の男性。体格はいいが、ものすごくビビッている。
「お、俺、普段はろくに料理をしません。だから、領主様にお出しできるような、料理じゃねぇかもしれませんが……」
「ははは。確かに多少不恰好ではあるが、味は悪くないぞ。この焼き餃子」
「あ、ありがとうございやす! うちの嫁が身重なんで、なるだけ精のつくものをと思って作りやした!」
3人目は恰幅のいい女性。料理に自信があるようで、一番堂々としている。
「おお! これは美味い! ヌマエビのプリッとした身。細かく刻んだハスの根。とても良い歯ごたえだ」
続けて4人、5人と運んできた餃子を味わう領主様。やがて彼は、悩み始めた。
「ううむ……どれも美味かった。多様性があるというのも理解した。だが、それだけに迷ってしまう」
「領主様。私は、無理に1つの味に絞る必要はないと思います」
「というと?」
「ファットマ領の村や各地域ごとに、その土地に住む人々が食べている食材で、餃子を作ってもらうのはどうでしょう? 一言で“ファットマ領”と言っても、ここシクムのように湖の恩恵を受けられる場所もあれば、そうでない場所もあると思います。
この辺では湖の魚が捕れる代わりに肉が貴重だそうですが、ファットマ領でも外側、他所の領地に隣接している地域や村であれば、肉や野菜に小麦粉の方が手に入りやすいという地域もあるのではないでしょうか?」
「うむ。確かにそういう土地や村もあるな。食事の違いがあるのもその通り。考えてみれば、先ほど君が作ってくれた肉の餃子を出すかもしれない地域もある……なるほど。各地で作らせれば、地域ごとに出てくる“味の違い”を楽しめるというわけだな。領内を通る商人や貴族が興味を持てば、地域の活性化にも繋がる可能性がある」
日本ではかの有名な宇都宮や浜松という実例があるし、餃子が嫌いという人はあまり聞かない。上手く競い合える形にできれば、地域活性化に役立てられる。潜在能力は十分にあると思っている。
あと、この領地の街道にはところどころに無人の建物があり、旅人の宿泊施設として開放されていた。それについて聞いてみると、
「あれは元々父が道を整備していた頃に建てられた、作業員用の宿泊施設だ。道作りが終わって役目を終えたが、取り壊すにも労力がかかるからな。我が領地は雨も多いし、どうせなら旅人の役に立てばと開放しているのだが……それがどうかしたか?」
管理の人手など色々と問題もあるだろうけれど、個人的に思ったのは、あんな建物があるなら、遊ばせておくのはもったいない。そこで前世の“パーキングエリア”や“ドライブスルー”のようなことをしたらどうか?
「ふむ……名物として広めることを考えれば、とにかく多くの人に知って、実際に食べてもらう必要がある。急ぎの旅でも全く食事をしないわけにはいかないだろうし、馬車の上で食事を済ませるにしても、干し肉をかじるのと焼きたての餃子を食べるのでは満足感が違うはず。水餃子は難しそうだが、焼き、揚げ、蒸しは工夫次第でなんとかなるか?
街道で開放している建物については、私も悩んでいた。野盗のような者が住み着いているようではいかんから、道の状態確認も兼ねて不定期で見回りの者を出しているが……いっそ駐留させるか?」
パーキングエリアやドライブスルーについての説明も併せてしてみると、思いのほか反応が良いようだ。それに領主様の話を聞くと、なんとなく前世の交番が頭に浮かぶ。
「そこにいるのが1人か2人でも、何かがあったときに相談できる警備隊の詰め所があるのと無いのとでは安心感が違うと思います」
「私もそう思う。それに餃子はそこまで難しい料理ではなさそうだ。先ほど“普段はほぼ料理をしない”と言っていた男がいたが、そういった男でも少し教えればある程度は形にできる料理であれば、他の村に広げるのも比較的容易だと思う」
「はい。それに加えて、ファットマ領の食材には見た目で損をしている食材も多いと思うのです」
例えばカニとかタコとか、他にもイカっぽい生き物やナマコ系の生物もいる。
タコなどは地球でもデビルフィッシュと呼ばれ、外国では食用とは考えられないという地域や歴史もあったようだし、それ自体はその国、その地域の“食文化”ということでいいのだけれど……そういう見た目が悪いものを食する、というのもまた食文化である。
「食べるのをためらわれる食材。その原因が見た目にあるのならば、見えなくすれば抵抗感も薄れるのではないかと思います」
「餃子は潰したものをさらに皮で包んでしまうわけだからな。1個を1口の大きさにしてしまえば外見の問題はない、か……ふふっ、ふはははは! ふごっ!?」
領主様は話の途中で突然笑い始め、また鼻を鳴らした。
それによって村人の皆さんの目がこちらに集まる。
そんな中で、彼は気にした様子もなく続ける。
「いや、面白い。そしてよくここまで考えたものだ。これまで多くの料理人や腕自慢のご婦人がレシピを送ってきたが、料理の売り方まで考えてきたのは君が初めてだ。まぁ、料理のレシピしか募集していないのだから、当然といえば当然だがね。
しかし君には私から求めたとはいえ、その歳でこれだけの事を考え、ここまでの答えを出してくるとは思わなかった。君は恥ずかしいかもしれないが、流石は“麦茶の賢者”だな。いや、今は“麦茶と餃子の賢者”か?」
なんだか夏場に食べたくなりそうな組み合わせにされた! だが、彼の表情は真面目なもので、
「こちらにも色々と都合や準備があるのでな。即断はできんが、君の提案は真剣に、一考に値する。本当に納得のいく回答であった。ありがとう」
「もったいないお言葉です。それに今回この提案ができたのは、先日の温泉の件があったからです。あれがなければ、私はこの辺の魚や豆腐を使った鍋料理でも出していたでしょう」
「ほう? それはそれで味が気になるが……確かにあの日、色々と話していたな。よければ何を思ったか、聞かせてもらえんか?」
理由となると、やっぱりあの温泉小屋で唯一必要最低限でなかった、あの手描きの地図だろう。
実際に描いてみればわかるけど、地図って案外、描こうとすると難しい。もちろん自分の家の周りとか、よく行く場所を簡単に描くならまだ分かるけど、領地の全体……しかもその主要道路や地形も含めてなんて、その土地を知り尽くしていなければ描けないはず。少なくとも俺には無理だ。
そして領地をよく知っておくのは領主としての務めとしても、せっかく山の上に作ったプライベートな空間にまで描いて飾っておくなんて、よっぽど大切か、何か理由があるかではないだろうか?
さらに地図が詳細だったから分かったことだが、あの山はどうやらファットマ領では数少ない山の1つで、最も高い山でもあるらしい。つまり、おそらくあの山の山頂がこの領地では1番高く、広く、遠くまで領地を見渡せる所。
そんな所にわざわざお墓を作らせたという話だし、どれだけこの領地や住んでいる人々を大切にしていたのか。
また、地図では俺が通ってきた道なんて全体のごく一部。それもそのはずだ。俺はマッドサラマンダー討伐を目的に、一直線に外からシクムを目指してきたから、寄り道すらしていない。ピグーさんと地図を見て話した時も、あの山の他にも温泉があることを教えてもらって初めて知った。
俺はシクムの村で楽しい生活を送らせて貰ったけれど、この領地にはまだ俺の知らない魅力があることだろう。
「そんなことを考えていたら、だんだん視点が変わってきて」
この領地の名物料理を作るには、俺は知識不足。
なら知識のある人に作ってもらえばいい。
名物料理を作る理由と目的はなにか……等々。
「そうして考えているうちに、最終的に餃子にたどり着きました。その代わり、思考に集中しすぎて領主様にも、村の方々にも迷惑をかけてしまいましたが」
「? どういうことかね?」
「考えていたのがあの温泉にいた時で、帰る前には領主様にお願いをしましたよね?」
「ああ、今日ここに来るようにという約束か。……まさか村には?」
「はい、完全に事後承諾でした」
あれは本当に申し訳なかった。なんせ村のイベントに、貴族の領主様が参加することを、部外者の俺が! 勝手に! 決めてしまったのだから。彼らの立場では、領主様に来るなとも言えないだろう。
しかもその上で、さらに餃子のプレゼンのため、村の人にも餃子を作ってくれとお願いしている。自分で言うのも嫌になるくらい、厚かましいことこの上ない。本当に申し訳なくて、気持ちだけでは収まらず、いろいろ手伝いなどもさせていただいた……それはそれで、ちょっと驚かれたけど。
「集中すると周りが見えなくなるのか、君は」
「はい。村の皆さんが快く受け入れてくださったから助かりました」
視線が自然と村長さんへ向き、自然と頭が下がる。
「最初は驚きもしたが、領主様が祭りに来てくださるなんて光栄なこと。それに我々、特にわしのような年寄りは先代様に大恩があるから、お役に立てたのなら良かった。
おまけに君は祭りのために高価な牛の肉を寄付してくれたり、この広場になんとかいう結界魔法を使って寒くないようにしてくれたり、皆が大喜びじゃ。誰も怒っとりゃせんよ。それより一緒に祭りを楽しもうじゃないか。
領主様、お連れの皆様も、まだ料理は沢山ありますので、どうぞ楽しんでください」
本当に、ありがたい……
「何はともあれ、丸く収まったようで良かったな。ところで、先ほどからこちらを見ている子供がいるのだが、リョウマ君に用があるのではないかね?」
「えっ?」
領主様に言われた方を見ると、ニキ君がいた。
突然視線が集まったからだろう。慌てている。
どうしていいか分からないようなので、手招きして呼ぶことにした。
「領主様。この子は最近仲良くなった子で、今日までの用意も手伝ってくれていたんです」
「ほう、そうか。名はなんと言う?」
「はい! ニキです!」
「そうかそうか、ニキ君か。手伝いありがとう。おかげで私は美味いものが沢山食べられた」
「そ、そうなのか? へへっ」
珍しく緊張気味だが、それでも嬉しそうだ。
と、油断していたら、
「美味いものはまだまだあるんだ! だよな! 兄ちゃん」
「え?」
「おや、まだ何かあるのかね?」
ニキ君は何の話をしているんだろうか? 今日作った料理はもう……
「ほら! アレだよアレ! 兄ちゃん、実験って言っていろいろ用意してたじゃん! また進化したスライムも使ってさ!」
「アレって、もしかして“灰干し”のことか?」
実はこの3日間で、新たに進化したスライムが1匹いる。
それはだいぶ前に、俺の家の炭焼き釜の中で見つけた、灰を食べるスライム。これまで目立つこともなく、毎日のんびりと灰を食べ続けていたそのスライムは、ここでのごみ(村の家から回収した囲炉裏の灰)処理で大量の灰を食べた結果、予想通り灰のスライムへと進化した。その名前とスキルは……
“アッシュスライム”
スキル 飛散Lv3 凝集Lv3 吸湿Lv5 乾燥Lv5 消毒Lv3 消化Lv1 吸収Lv2 分裂Lv2
アッシュスライムはこれまでになく、水分を感じないサラサラの灰の山のようなスライムで、飛散・凝集・吸湿・乾燥・消毒はおそらく、その体質?によるもの。移動やちょっと強めの風がふくたびに灰(体)が舞うけれど、舞った灰はやがて勝手に集まる。
さらに他のスライムのように、水を飲まない。厳密に言うと飲むことは飲むが、必要な水分量が著しく少ないようで、空気や地面の湿り気で十分。逆にあまり多すぎる水は苦手らしい。
ただし、過剰な水分には乾燥のスキルで対応できるようなので、故意に水をかけ続けたり、水に放り込んだりしなければ大丈夫だろう。むしろ吸湿スキルで空気中の湿気が吸えるなら、除湿機の代わりに活躍してくれないかと思う。
そんなスライムの利用法として思いついたのが、先ほどの除湿機ともう1つ。それがニキ君の言っている“灰干し”だ。
前世のいつだったかは忘れたが、会社の同僚が出張のお土産に、火山灰で作った“灰干し”を持ってきたのを思い出し、試してみた。
アッシュスライムが食べていたのは薪や炭といった木々の灰。火山灰ではないし、そもそも実験として作ってみたものだ。味の保証はない。
しかし、すでに興味津々な様子を隠そうともしない領主様が、視線を送ってきている。
仕方ない、
「味の保障はありませんが」
「え? 灰干しもそうだけど、兄ちゃん美味いって言ってたじゃん。“ウナギ”とか“カサゴ”とか、あと“フグ”って」
「!?」
「俺見てたぞ。兄ちゃん加工場からスライムの餌用にまとめて引き取った雑魚の中から、ブラッディースライム使って寄生虫のいない奴をこっそり分けてたの。今日のためじゃないのか?」
「いつ見た!?」
ここでは“毒がある”という理由で食べられていない3種。
実はどうしても気になっていて、鑑定とポイズンスライムを頼りに捌けるかどうか。
捌けたら安全に食べられるかどうか、その味はと密かに実験をしていた。
誰も見てない隙に、こっそり分けていたつもりなのに。
「へへっ! バレないように分けてたみたいだけど、イタズラなら俺も得意だぜ!」
「イタズラと一緒にされた……」
と、ここで事情を知らない領主様たちに説明すると、
「やはり興味が?」
「無論だとも。毒があり食用に向かないとされ、捨てられている魚。それが実は美味しく食べられるようになれば、食料が増えるということ。領民の生活にも余裕を作りやすくなるだろう。領主としては真面目に話を聞きたい。可能なら実際に食べてもみたい」
「わしらも気になるのう……」
領主様だけでなく、村長さんまで、興味があると言い出した。そして、必要な材料や調味料は、街で大量に仕入れてあった。ドラゴニュートの技術者を受け入れているということもあってか、味噌や醤油など和の調味料もたっぷりと。
こうなっては断る理由もなく、
「かしこまりました。鑑定で確認して、毒だけは出さないようにします」
「うむ。試験的な品ということは分かっている。あまり悩まずに出してくれていい」
ディメンションホームから材料を取り出し、
「よければ私にも手伝わせてほしい」
名乗りを上げた料理長さんの協力を得て、作業開始。
そして、“アカメの灰干しの炙り”、“カサゴの天ぷら”、“ウナギの白焼き&ウナギの蒲焼”、“フグの刺身”、“てっちり(ふぐ鍋)”、“ふぐのひれ酒”を提供。
結果……
「灰に埋めて、どうなるかと思ったが。もう1つくれんかの?」
「これは美味いでごわす!」
「ううむ……衣はさくりと、中の身はふっくらと、実に美味でござる。これを食わぬとはもったいない。もう1尾、野菜の天ぷらと、他に何か、盛り合わせで頼もう」
「美味い! 骨も気になりませんし、泥臭くもない! いったいどうやって」
「ピグーよ、こちらのタレが塗られた方はさらに美味だぞ。それに、このてっちりとやらの上品さ、炙ったヒレを入れた酒のうまみ……我々は毒を忌避するあまり、こんなに美味いものを見落としていたのか……」
しっかりと処理、そして調理をしたウナギ、カサゴ、フグも受け入れられた。
それは良かったけれど、
「灰干しはもうありません! 天ぷらの盛り合わせは揚がりました! えっと、ウナギは調理前にきれいな水の中に3日間は置いて、体内の泥を外に出させるんです。それと骨が多い上に硬かったので、捌く時に“骨切り”という処理を加え――」
「リョウマ君、説明は後で私がしておくから! 次の料理を!」
「了解です、ってそうだ! これだけは! フグは美味しいですが、毒に注意が必要なのは間違ってませんからね!」
「大丈夫、そこは忘れぬよ」
領主様の返事を聞いて、再度料理に集中。なぜならば、
「おーい、俺らにも灰干しっての味見させてもらえるか?」
「ふぐさし1つ頼む!」
「こっちは天ぷらだ!」
「白焼きと蒲焼ってのまだあるか!?」
調理中から匂いで、特にウナギっぽいやつの蒲焼の匂いで村の皆さんが集まってきたから!
領主様が無礼講を宣言されたこともあって、もはや調理用魔法道具の周囲は人気屋台の行列と化している……
「うはははは!! こいつはいいや!」
「いつもいつも俺らの網を食い破りやがって! 来年からは俺らが食ってやる!」
「酒が足りないぞー!」
「なんでもいいから持ってきてくれー!」
くっ、材料が尽きてきた……
「あっ、フグは終わり! カサゴも次で最後!」
「ウナギはどうですか!?」
ウナギはまだあるけどこのペースじゃ……! ひつまぶしにすればもう少し大勢に分けられるかも?
そうだ、まだ肉の餃子が残ってるから出してしまおう! せっかくだし追加の米でチャーハンも作って合わせて……
街で買った物の中に、保存食のシャッパヤがあったはず。デオドラントスライムの脱臭液にしばらく漬け置いてから、洗ってごま油で焼けばつまみに!
酒が足りない? ドランクスライムのアルコールに果物を漬けてみた果実酒、これでもよければ提供できる! カクテルも作れるか!?
「おーい、向こうに余った食材があるんだけど、よければ使うかい?」
「ありがとうございます!」
なんとメイさんが余った食材を持ってきてくれた! これでまだ戦える!!
お祭りの雰囲気のせいだろうか?
次々にやってくる村の皆さんに、若干おかしくなったテンションで。だけど妙に楽しくて。
作れる限りの料理を作り、提供。こうして祭りの夜がふけていった……




