スライムの実験とリョウマの推察
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
その日の夜。
温泉掃除を終えた俺達は、領主様からお褒めの言葉と、約束通りの小金貨10枚をいただいて帰宅。
ちなみに報酬の分配はシクムの桟橋と俺で5:5。
皆で均等に分配しようかと思ったら、掃除に使った知識から薬剤(酸性粘液)も布もスライムも、全部俺の物だということで、皆さんの方から辞退の声が上がった。しかし掃除は手伝ってもらったし、報酬なしは心苦しい。ということで最終的に決まった額である。
ちなみにシクムの桟橋の皆さんは報酬を受け取ると、帰る前に街でちょっとお高いお酒や食べ物、または生活雑貨など、早速色々な物を買い込んでいた。
おかげで行きは一艘だったのに、帰りは急遽別の小船をレンタルして分乗することになったり、帰ったら帰ったで買った物が村人の皆さんの目に留まり、儲けてきたと大騒ぎになったり。色々あってなかなか大変だったが、楽しかった。
今日1日を思い出しながら、借りている部屋の布団で体を伸ばす。
「ん~……ふぅ。無事に掃除はできたし、料理のヒントも得たし、何より酸性粘液って新たな用途も見つかったし、今日は充実した一日だったな……そうだ、寝る前に」
ディメンションホームを使い、掃除に使って残った酸性粘液とその容器。そしてパールスライムと進化のために食べさせていた食用の巻き貝を取り出す。
アシッドスライムがパールスライムに進化したことに気づいた朝、俺はマヨネーズ真珠のことを思い出したが、今日の掃除をしたことで、もう1つの可能性を思いついていた。
その可能性を検証するため、パールスライムの食用の貝を餌と認識していることを確認してから、余った酸性粘液に漬ける。最も酸の強い液に漬けた貝の表面から、じわじわと泡が立ち始めた。
それが止まったら別の容器で水洗いし、さらにクリーナースライムに洗浄して水気とゴミを取ってもらう。すると表面はうっすら溶けているが、まだ細かい砂のような付着物が取りきれていない感じだ。再び酸性粘液へ沈める。
同じ事を二度、三度と繰り返すと液がなくなってしまったので、そこからは一晩放置することに決定。スライム達と道具をディメンションホームに戻し、この日は寝ることにした。
そして翌朝。
実験があるためか、今朝の目覚めはいつもより早かった。
いつでも出られるように身支度を整えた上で、実験結果を確かめる。
一晩酸性粘液に漬け置いた貝は……
「やっぱり、思った通りか」
酸性粘液によって表面が溶け、白く綺麗な場所がところどころに見える。
その周りを軽く磨いてやると、綺麗な真珠層が露出した。
“真珠層”
それは真珠と同じく、貝の外套膜から分泌される炭酸カルシウムが主成分の光沢物質。
真珠層は内部に真珠を作る貝だけが持つものではなく、真珠を作らない巻貝の中にも持っている種類が存在する。
たとえば日本でも沖縄などに生息する“夜光貝”などが有名で、その中の身は食用にもなる。
尤もあれは海水に生息する貝だけれど……
「『鑑定』」
“スナガクレ”
分泌する粘液で周囲の細かい砂や石を殻に付着させて固め、外敵の目を欺く巻貝の一種。
淡水に生息する。食用可能で、つぼ焼きにするのが一般的かつ美味。
ただし火にかけると熱により真珠層の輝きは失われてしまう。
「似たような貝が、ここの湖にも生息していた。そして貝殻の内側に隠れていた真珠層を食べて、真珠のパールスライムになった、ってことだったんだな」
アシッドの酸と卵でマヨネーズ、そこからマヨネーズ真珠なんて遠回しな理屈より納得できる。進化に伴う疑問が解けてスッキリした。
「……この結果をどうするか」
先日、一応は神であるセーレリプタによって、真珠の価値は“俺が考えている以上”だと言われている。だから同じ輝きを持つこの貝殻は、うまく加工すればそれなりの商品になると思うのだが……
少なくとも昨日の街から帰る前に、たまたま見かけたアクセサリーの露天では、色鮮やかな貝を使ったアクセサリーはあっても真珠層を利用したアクセサリーは並んでいなかった。それにこの貝殻は毎日、大量にゴミとして村の人達から貰えるので、あくまでも食用としか見られていないのだと思う。
これは少々もったいない気がする。
だけど、これをニキ君や村の人に教えるのは論外。セーレリプタが言っていたように、危険極まりない。今となっては領主のポルコ様とも縁ができたけれど……正直なところ、彼に教えるのもどうかと思う。
「……」
彼が悪人だとは思わない。合わせても1日に満たないけれども、一緒に食事をしたり、話をしたことで、彼が気さくな人柄であることも、領民に慕われていることも分かった。彼や彼に対する村人の皆さんの態度は、演技や嘘ではないと思う。
ただ、というか“だからこそ”、というべきか? 気になることがある。
「領主様は、もしかするとあまり戦力を持っていない、または貴族のパワーバランス的に弱い立場にいるのではないだろうか?」
というのも以前、ニキ君が家出をした時に見かけたゴブリン。聞いたところによると、あれは他所の貴族が嫌がらせで、時々ファットマ領内に送り込んでくるらしい。
その噂がどこまで正確かは分からないが、あの日のゴブリンは自分の目で確認したわけだし、明らかに人の手が入った証拠に檻などが見つかっているらしい。そしてそれが“よくあること”。
……おかしくないだろうか? たとえ嫌がらせ、弱いゴブリン数匹といえど、れっきとした魔獣だ。下手をしたら被害が出てしまうかもしれない。ニキ君だって、あの時秘密基地がなかったら危なかっただろう。
そんな事態をなぜ放置しているのか?
仮に領主様が領民のことをどうでもいいと考えるような人であれば、まだわかる。でもそれなら領民である皆さんから慕われるとは思えないし、実際に俺が見た領主様はそんな人ではなかったと思う。
だとしたら、“放置”しているのではなく、“対処できない”のではないだろうか?
実際に、“ファットマ領は広い。だから散発的な嫌がらせに対処しきれない”という話を聞いたし、道ができるまで、ここらは人が飢えて死ぬこともあるくらい貧しい土地だったそうだ。
魔獣討伐あるいは悪意を持った相手から領民を守るには、戦う者、すなわち兵が必要で、兵を養うには食料が必要になる。これは“努力”や“やる気”などという精神論ではどうしようもない。
果たして村人が飢えて死ぬような土地に、どこまで兵を養う食料があっただろう?
防衛のためにある程度の戦力は維持していたとしても、飢えるという状況がある以上は“食料が絶対量を満たしていなかった”ということ。その状況下で兵を養うとすれば、その分だけ人々の負担が増える。それを考えると、必要最低限の兵でやりくりするしかない。
だから考えられる可能性の1つとして、“単純に兵力が足りない”のかもしれない。
でも、これだけならまだ近隣の、他の領主に助けを求めるという手もあるはずだ。もちろん何らかの対価は必要だろうし、領地と領民を守るのが貴族の義務とされている以上、一時の恥となるかもしれない。けれど恥という意味では、嫌がらせを撥ね除けられずにいても、“自分の力が及ばない”という意味では大差ないと思う。
そこから考えられるのは、“周囲との関係が悪く、協力を求められない可能性”。
噂を鵜呑みにするつもりはないが、嫌がらせの犯人は“隣の領地の貴族”と聞いている。
“人の口に戸は立てられぬ”とも言うし、少なからず近隣の貴族と領主様が上手くいっていなくて、それを領民が察しているということはないだろうか?
そして最後に、
「領主様の立場が弱く、周囲とも上手くいっていないことが前提になるけど……」
この思考に至ってから、学生時代の出来事で、ふと思い出したことがある。
ただ状況が似ているというだけで、根拠も何もないけれど。
それは俺が中学生になったばかりの頃の話。俺は特筆することのない、学校が100あれば1000は余裕であるだろう、ごく普通のいじめの現場を目撃した。
そこで袋叩きにされていた1人の男子生徒を助け、事情を聞いてみたところ……
その男子と男子を袋叩きにしていた相手は同じ小学校の出身で、昔からいじめを受けていたが、中学進学を機にいじめられっ子からの脱却を決意。一月前に空手の道場に通い始め、俺が見たその日、それを相手に宣言し……そのまま普段よりも酷い仕打ちを受けていた、ということだった。
……残念だが、俺にはそれが“正直者が馬鹿を見る”という典型的な例に思えた。
いじめられっ子から脱却したいというのは分かるし、悪くはない。空手道場で自分を鍛えようとしたのも良い。だけど、それをわざわざいじめっ子本人に伝えてしまってどうするのか。
教師を頼ったところで問題が解決するとは限らないが、力で対抗するならそれ相応の実力を身につけなければ意味がない。また、十分な実力が身につくまでは相手に悟られないようにすべきだと思う。
中途半端な実力や鍛えていることをアピールしても、逆効果でしかない。それは“あなたを倒す準備をしていますよ”と教えるだけで、相手を警戒させ、敵意を煽り、いじめを激しくするだけだから。
弱い立場の者が“反抗するぞ!”と意思表示をして、強い立場の敵がそうですかと力を溜めるのを待ってくれるわけがない。兆候を見せた時点で“より激しく叩いておこう”となるだろう。
「……領主様の件も、これと同じかも?」
領主様はファットマ領でも育てられる稲作での食糧生産を考えて、技術者を招聘した。そして相撲を自ら学び、豚人族に向いた鍛え方などにも興味を持っていたりと、状況の改善を試みている節があるように思える。
もしかしたら領主様は嫌がらせ程度の問題に“対応できない”のではなく、対処できない“ということにしておいて”、今は力を溜めている時なのではないだろうか?
だとすれば、真珠やそれに近い価値あるものの話なんて迷惑、それどころか爆弾以外の何物でもない。何度も言うが、この件はセーレリプタが言うように、守る力が無ければ危険極まりないのだから。
「そうなると、やっぱり領主様にも話さない方向で行こうか……でも、あることはあるわけだし、万が一誰かが気づかないとも限らない」
……そういやセーレリプタも、言ってたよな、
“特に君のいるリフォール王国では、まだ採取できない宝石だから”
と。セーレリプタの性格的に、良くも悪くも好きなことを好きなように言っていたと思うし、真珠の話で嘘をつく理由もないだろう。その上で、“まだ”ってことは、裏を返せば――
「おっ?」
足音が聞こえてきた。
そろそろいい時間みたいだ、考え事は一旦ここまでにしよう。
今日からまた、数日とはいえ忙しくなるのだから……




