理解者?
秘密基地と思われる空間にも光源はあるけれど、魔法の光よりだいぶ弱くて薄暗い。
そのせいだろう。ニキ少年は壁際でひざを抱え、こちらを眩しそうに見ている。
座り込んで動かないが、苦しんでいる様子はない。
「無事そうで良かった。怪我は?」
「……大丈夫」
「本当に?」
「う……逃げるときに足を捻ったけど、歩けないこともないし……」
「そうか」
“逃げるときに”ってことは、ゴブリンに追われてここに逃げ込んだんだな。
「捻った足を出してもらえる? 一応回復魔法を使えるから」
もうゴブリンも退治したし、治療して帰ろう。
そう続けると、彼は体を一瞬硬直させて、出そうとしていた右足を引っ込めてしまう。
「……ない……」
「えっ?」
「帰りたく、ない」
「リョ……君! ……のかい!?」
何かを思い出したように、か細い声で呟いたニキ少年。
その声とほぼ同時に、後ろから聞き取りづらいシンさんの声が聞こえた。
帰りたくない……どう対応するにしても、まずシクムの桟橋の皆さんに連絡しておくか。
「『ウィスパー』……皆さん聞こえますか? リョウマです。お互いに声が聞こえづらいと思うので、こちらからは風魔法を使って声を送っています」
「ちゃん、聞こ……ぞー!!」
「聞こえているようで良かったです。それから現状の説明ですが、ニキ君を発見しました。見たところ元気で、怪我もしていないようです。ただ――」
事情を説明すると、また外から声が聞こえてくる。
今度はどうやら皆さんで声をかけているようだが……混ざって余計に聞き取れない声になっている。それでも、声の調子でニキ君に対して、出て来なさいという呼びかけなのはなんとなく感じられる。
そして、その呼びかけは逆効果だったようだ。
「うるさい! うるさいうるさい!! 誰が何を言っても、俺は絶対に帰らないからな! どうせ信じないなら、話す意味もない!」
強く呼びかける声に対して、抵抗するように声を荒げるニキ君だけれど、その顔はうつむき、声はどんどんと涙声になっていく。
……ここは狭くて逃げ場もないし、ニキ君をこの場で取り押さえるのは容易い。ディメンションホームに放り込んでスライムに一時拘束してもらい、村でご両親に引き渡せば行方不明の騒動は収まる。
とはいえ、そのやり方ではきっと親元で今と同じことを繰り返すだろう。
こんな秘密基地を自分で作ったのなら、かなり行動力もある子だと思う。
もしかしたら二度目の家出を決行するかもしれない。
「……すみません皆さん。ちょっと落ち着いて話してみたいので、しばらく待っていただけますか?」
お節介かもしれないが、自分が説得してみるから、少し待っていてほしいと地上の5人に頼み込む。
すると上で相談したんだろう。しばらくして、リーダーのシンさんから了解が得られた。
お礼を言って、今度はニキ少年に近づく。
「少し時間をもらったから、落ち着こうか。そういえばここ、ニキ君が1人で作ったのかい? すごいな」
この秘密基地は入り口こそ這わないと通れない狭さだけれど、秘密基地の中は意外と広々としていた。立ち上がってもギリギリ頭を擦らずにすむ。
おそらく……木の根の隙間に入り込んでいた泥を掻き出し、さらに根もいくらか切り出してスペースを作ったんだろう。そして切った根や外から持ち込んだ枝葉を、まだ生きている根の間に張り巡らせて補強しつつ泥の流入を防いでいる。
荒さは目立つけど、ニキ君の歳で、魔法を使わずにとなると、相当な大仕事になるはずだ。
「僕も森にこういう場所を作って住んでいたことがあるけど――」
「うっさいな……お世辞はいいよ。だいたい、そんな話をしにきたんじゃないだろ」
「――そうか」
つかみには失敗した。
ここを作ったのは素直にすごいと思うんだけど……
「なら単刀直入に言おう」
「なんだよ、どうせ兄ちゃんも帰れって言うんだろ? さっき言ってたし」
「いや、その前に、話を聞いてみたいと思った」
「話を聞きたいって……だから帰れって話だろ?」
「そうじゃなくて、ニキ君の。ほら、さっき“どうせ信じないなら、話す意味もない!”って叫んでたじゃないか。何か言いたいことがあるんだろ?」
言いたいことを言ってガス抜きになることを期待して口にしたが、それに対する彼の反応は俺の予想を超えていた。
俺の目をまともに見なかった彼が、頭を跳ね上げてこちらを見たのだ。
その直後、ハッとしたように目をそらしてしまうあたり、意外と素直な子なのかもしれない。
「何でそんなこと聞くんだよ」
「何でと聞かれたら、気まぐれってことになるのかな?
正直、僕は君の事をほとんど知らないけど、君を探してここまで来たんだ。乗りかかった船、って言って分かるかな……とりあえず、何か言いたいことがあるなら聞きたい。最後まできっちり。その方がお互いに納得できると思うし」
「……だとしても、俺がイタズラばっかしてる話は聞いたんだろ」
それは確かに聞いたけど……ん?
このタイミングでそれを言うってことは……彼は自分がイタズラ小僧で有名だ、という周囲の評価を正しく認識している。その上でさっきの“信じてくれない”という発言……
そこまで考えて、村で聞いた話を思い出す。
“村人以外へのイタズラはしない約束”
“ニキ少年はいつも最低限の約束は守っていた”
“だからこそいつもは拳骨1つと説教で許されていた”
全部合わせて考えると……もしかして、前提が間違っていた?
「もしかして君は最初、“イタズラをするつもりはなかった”?」
「!!」
言うべきかどうか迷うような反応……これは間違いなさそうだ。
「だとしたら申し訳ないけど、ついさっきまで僕も昼のはイタズラだと思ってた。でも君を探している間に色々と話を聞いて、気になる部分もあったんだ」
彼はイタズラ小僧だけど、最低限守らなきゃいけない約束は守る子だった。
ならなぜ今回に限って、禁止されている村人以外の人間にいたずらをしたのか? と。
だけど“あのイタズラは、本当はイタズラじゃなかった”と考えれば疑問は解ける。
それにあの時のやり取りを思い出してみれば、
“これあげる!”
彼はそう言ってオクタを投げてきた。
「あの言葉を素直に受け止めると、ニキ君はただ僕にあのオクタをプレゼントしようとした。ただ投げ渡した時に墨を吐かれてしまい、イタズラをしたようになってしまったんじゃないか?
何で僕にオクタをくれたのかは分からないけど……どうかな?」
推測を並べつつ、なるべく穏やかに聞いてみると、黙っていた彼はぽつりぽつりと話し始めてくれる。
「昼間……浜辺でスライムを見たんだ。沢山いたし、変な動きしてたのを。……でも、なんかスゲェって思って」
アレを見てたのか。そしてスゲェと思ったと? そうか……彼はなかなか見所があるかもしれない。でも今は話を聞く時だ。
「それで……ちょっと興味が出て。話が聞きたくて。でも知らない人だし……新しい人が村に来たとき、母ちゃんがもらってるの思い出したんだ。テミヤゲ、っていうんだろ? 何か持って挨拶に行くって」
「あー、なるほど。そういうことか。手土産だったのか……にしても何でタコ、いやオクタを選んだの」
「スライムに似てて好きかと思って。兄ちゃんのスライム、オクタの足みたいなの出してたし」
「な、るほど」
ちょっと笑いかけた。
まさかそんな理由だったとは。
だけど確かに、言われてみればどっちも柔らかくて、ぶよぶよした体だ。
うちのスライムは体を伸ばして触手を出すし、似ているといえば似ているかもしれない。
「疑問が解消できてスッキリしたよ。ありがとう。
それでニキ君は、イタズラをしたと思われてしまい、怒られてしまった。というわけだったんだね」
俺がそう言うと、彼はばつの悪そうな顔になる。
「兄ちゃんを墨まみれにしたのと、とっさに逃げたのは悪かったよ。オクタを投げたのもそうだけど、いつもやってたイタズラの癖っていうかさ……その、だから何も悪いことしてないとは言えない……だから最初はちゃんと怒られたんだ、でも……でも!」
「ああ……上手くいえないけど、落ち着いて。ちゃんと聞いてるから……」
ニキ君は怒られた時の気持ちを思い出したようで、泣き出してしまった。
アイテムボックスからコップと水を取り出して与え、なだめながら根気強く話を聞く。
泣きながらの説明なので支離滅裂、とまではいかないけれど、時々話の繋がりが分からなくなる。それを脳内でつなぎ合わせて推測したところ……
どうやら彼は以前、村の子供に冤罪を押し付けられたことがあるらしい。
それは子供のためにご老人が用意したおやつをダメにしたというもので、犯人は別の子供。
その子も故意ではなく事故の結果だったが、怒られるのを恐れて当時からイタズラ小僧だったニキ君に罪を被せようとしたという。
その際、ニキ君は一時的に責め立てられたが、その時は村のご老人や彼のご両親が彼を庇ってくれた。
うちの息子はこんなことしない、とニキ君の訴えを信じてくれた。
そしてその事件は後に真犯人が名乗り出て一件落着となるが……
その事件の時に、彼は“本当にやっていない事は胸を張って、やっていないと言っていい”と大人に言われていた。
そして何よりも……ちゃんと判断してくれた大人を見て、“正直に話せば大人は理解してくれる”と心から信じていたらしい。
信じていたのだけれど……
「今回はそうならなかったんだな」
「そうなんだ。わざとじゃなかったとか、でも、とか言うと、言い訳するんじゃない! って怒鳴り始めて、ぜんぜん話を聞いてくれなくなって……それが何度も続いて嫌になって……気づいたら走ってた……」
「そうだったのか」
話を聞いてもらえず、衝動的に駆け出した。
子供の頃には俺にも覚えがあるし、分からない話ではない。
「でもそれなら尚更、帰ってちゃんと話した方がいいと思うな」
「だから、話してどうすんだよ。話してダメだったからこうなってんだろ。話して聞いてくれるなら、なんで昼はダメだったんだよ」
「確かに昼はダメだったかもしれない。だけど、もう一度、お互いに落ち着いて話してみたらどうだろう? なんなら今度は僕も協力する。そうだな……たとえば話を聞かずに拳骨を落としてくるようなら、僕が止めよう」
「兄ちゃんが?」
「これでも冒険者だからね。それなりに強くて頑丈なつもりだし、君を物理的に守ることはできると思う。
そもそもご両親や村の人が怒っているのは、君のことを心配してるからだ。ここに来たのは僕達だけど、他にも沢山の人が村中を探して、どこにもいないから森も探そうって話になっていた。だから、どっちも落ち着けばちゃんと話ができるさ」
「そうかな?」
皆さんが彼のことを心配していたのは紛れもない事実。
「そうでなければ、ニキ君を怒ったり探したりしないよ」
怒られる方は不快だ、嫌だと感じるのが普通だろう。
怒る側は好き放題言えてさぞ気分がいいだろう、なんてキレられたこともある。
だが、人は怒ると意外と体力を使うし、相手と気まずくなる。嫌われることもある。
実は怒る側にメリットなんてないに等しいと、俺は思う。
だから心の底からどうでもいいと思う相手に、そんな無駄なことはしないだろう。
“怒られる内が花”、または“言われる内が花”という言葉があるが、まさにそれだ。
「……分かったよ。帰る」
「!」
ニキ君は渋々といった表情ではあるが、はっきりと帰ると口にした。
意外とすんなり説得できたことに驚きだが……いや、俺を墨まみれにして逃げたのは悪かったと自分で話していた。彼は衝動的に駆け出してから戻るタイミングを失っていただけで、実は素直で純粋な子なのかもしれない。
「兄ちゃん?」
「あ、ああ」
何はともあれ、帰る気になってくれたのだ。
「足を捻ったって言ってたよね? 治してから外に出よう。足を出して」
伸ばされた右足の状態を見ると、少し腫れてはいるけれど、骨に異常はない。
初歩のヒールで十分に治る怪我だ。
手早く魔法をかけて、風魔法で外に説得成功と連絡。
「よし。じゃあ、詳しい事情も説明したいし、先に行って待ってるね」
出入り口は狭く1人ずつしか通れない。
ニキ君は後から自分の足で出てくることを信じて、一足先に秘密基地を出た。




