ちょっと一息……?
スライムの実験を村の人々に目撃されたせいで、スライム好きの変わり者としての認識が広まってしまった。おかげで浜から帰る道中は、人とすれ違うたびに“スライムの子”とか“スライム君"と声をかけられる。
別に嫌ではないのだが、どうも納得できない。
「スライム好きは否定しませんが、なぜ“変わり者”なのか。スライムの能力を知れば、もっと皆さん興味を持ってもいいのでは? 僕は知れば知るほど興味深くなるのに……ポイズンスライムを例にしても、皆さんが思っているようなただ毒を出すだけの単純な生き物ではなくて、今回のような場合にはあえて毒を使わず槍で戦うこともできる。種類によっては幅広く、便利で役に立つ生物なのに」
「いや、普通のポイズンスライムは毒だけだろ」
「そこはスライムの可能性ですよ。……理解が得られないのはもしかして、僕にプレゼン能力が欠けているから?」
「よく分からないけど、たぶんそういうことじゃないと思うな」
「村人のほとんどが覚えてくれただろうし、話は早く済んだから良かったじゃないか」
それは確かに。
何事にも報告・連絡・相談は重要で、従魔を利用した防衛策に限らず、既存の方法以外でマッドサラマンダー討伐に参加する場合、現場での混乱を防ぐために、冒険者のリーダーや村の人々にも許可を取っておくのが望ましい。
本来なら冒険者のリーダーや漁師の代表者をはじめ、いろいろな所に説明に向かう必要があったけれど、今日はあの場に多くの人が集まっていたことで説明や同意を得るまでがスムーズに進んだ。
それも“ポイズンスライムに毒を出させないように”と念押しされた以外には特になにも言われず、明日の漁と討伐で俺とその従魔達、そしてシクムの桟橋の皆さんに、まずは1日加工処理場とその周囲の防衛を任せてくれるという話でまとまったのだ。
明日の狩りが上手くいけば、他の冒険者は加工処理場を気にしなくていい。
つまり走り回る範囲が減って楽になるし、漁の成果を守ることに集中できるだろう。
「ん?」
皆さんと話しながら歩いていると、ペイロンさんが急に立ち止まった。
「どうした?」
「呼ばれた」
セインさんの問いに簡潔に答えた彼は、たった今歩いてきた道へと目を向ける。
視線を追って俺も後ろを見てみると、誰だろうか? まだ小学校低学年くらいの男の子がこちらに向かってバタバタと走ってきていた。
「あん? ありゃニキか?」
「まってー! スライムの兄ちゃん!」
「えっ、僕に用?」
ニキ? という村の子に自分が呼ばれた。しかし心当たりはない。
疑問に思いつつも、足はそちらに向いて何気なく一歩。
「あっ!」
「リョウマ君気をつけて!」
「へっ?」
「――! これあげる!」
シンさんとケイさんの注意を促す言葉に気をとられた瞬間、男の子はこちらに何かを投げてきた。
放物線を描いて飛んでくる物体。それは小さく、丸く、緑色。泥で汚れたボールのような胴体からは、空にたなびく足が8本――タコのような生物だった。
「おっ、とわっ!?」
思わず飛んできたタコ? を受け止めると、受け止めたタコ? が墨を吐いた。
「あちゃー、遅かった……」
「大丈夫か?」
「ええ、大したことは」
「こぉらっ! ニキ!」
「他所から来た人には悪さをしない約束だったろうが!」
墨にまみれた俺を見た少年は、一目散に逃げていく。
「ああっ!」
「!?」
今度は何かと思えば、すぐそこの曲がり角からお婆さんがこちらを見ていた。
「なんだ婆様か。ニキの奴を追いかけてきたのか?」
「やっぱり! カイ坊、あの子がここに来たんだね? 坊やのその服も、ごめんなさい」
お婆さんが申し訳なさそうなので、問題ないと伝えた上でディメンションホームを使用。
お馴染みのクリーナースライムを呼び出し、服と体についた墨を素早く吸収してもらう。
「あれまぁ……便利だねぇ」
「そういえばリョウマは洗濯屋の経営もやってたんだったな」
「忘れていた。オクタの墨くらいは問題ないか」
セインさんとペイロンさんが思い出したように笑う。
若干雰囲気が明るくなり、この通り綺麗になったので、と改めて気にしないよう伝えると、そこでようやくお婆さんも安心したようだ。
「それじゃ悪いけど、もう行くわね。あの悪戯坊主を捕まえないと。もしまた来たら」
「その時は捕まえておきます」
「頼んだよ、シン坊。……あの子、どっちへ行ったかね?」
「あっちだよ」
聞くや否や、お婆さんはケイさんに示された方へ走っていく。
……あのお婆さん、だいぶ高齢に見えたけど、あんなに慌てて大丈夫だろうか?
「心配しなくていいよ。いつものことだから」
というケイさんたちから話を聞くと、先ほどのニキという子は村一番のイタズラ小僧。この時間帯は親が仕事で、漁や加工処理場での仕事を引退した高齢な方々に預けられている……けれど、しょっちゅう世話役の人の隙を見て、脱走してはちょっとしたイタズラをしているそうだ。
「しかし、村人以外にイタズラをするのは珍しいな」
「そうだ。先ほど約束があると言ってましたね」
「ああ。村人以外へは悪さをしない。それだけはニキに限らず、子供には徹底して言い聞かせてあるんだ。悪さをするのはいいとしても、村人だけを対象にしろってな」
「村人以外には迷惑なのももちろんあるけど、相手がどんな人か分からないからね」
「今回はリョウマで笑って許してくれたから良かったが、変な奴だと本人や周囲に身の危険があるかもしれないからな」
「大人も目を配っているが、子供にも危険なことは理解させる必要がある」
確かに、それはそうだろうな……
考えていると、手首に何かが巻きつく感触。
「あっ、そういえばコレはどうしましょう?」
流れでタコ、じゃない。オクタを持ったままだった。
「んー、別に返す必要はないと思うし、食べちゃう?」
「あ、やっぱり食べられるんですね、これ」
「茹でて食う。美味いぞ」
「そういえば小腹が空いてきたな」
「確かに。でもそのサイズ1匹じゃなぁ」
「だったらちょうど良いものがありますよ!」
『良いもの?』
とりあえず道端では邪魔になるので、ひとまずカイさんたちの家へ戻ろう。
そして帰宅後のキッチン。
取り出したのは丸い窪みのある鉄板。
「おいおい、なんかデカイの出てきたな」
「魔石がついてる。これ魔法道具?」
「その通り! 知人の職人さんに依頼して作ってもらった“たこ焼き器”です」
クレバーチキンの件で卵が大量に手に入る目処が立ったので、料理の幅が広がる。そう考えると色々と欲しい調理器具が出てきてしまい、ディノーム工房に相談して色々と作ってもらったのだ。
目の前のたこ焼き器はそのうちの1つ。他にも“鉄板だけで”たい焼き用、今川焼き用、お好み焼きや焼きそば用がある。説明の際にうっかり縁日などで使われる大型の機器を絵に描いてしまい、すべて業務用サイズになったのはご愛嬌だ。
「材料は足りるか? 家にあるものなら適当に使ってくれよ」
「ありがとうございます。大体は手持ちで足りますが……出汁に使えそうなものが欲しいですね」
「出汁っつーと……この辺じゃね?」
戸棚から様々な魚の干物が出てきた。
「あとはこれだな」
「? このビンは?」
「魚汁っつって、魚の加工品だよ。スープとか色々な料理に使うんだ」
「魚汁……もしかして。少し舐めてみても?」
「いいぜ」
ビンの蓋を開けて、中身を数滴手の甲に。
思ったよりサラサラした液体だったので、こぼれないよう素早く舐める。
「!!」
口に広がる塩気、独特の風味に濃厚なうま味……やっぱり“魚醤”だ!
そのものの癖もあまり強くないし、魚醤の独特な風味や臭みは加熱に弱い。
俺も昔は隠し味としてよく使っていた。
……先日からいただくスープに懐かしさを感じたのは、これが原因か?
なんにしても、この魚醤と干物があれば美味しいものが作れそうだ!
まずはオクタを絞めてクリーナースライムに預け、泥や墨の汚れとぬめりをしっかり落としてもらう。そのうちに出汁の用意と、沸騰させたお湯を用意。
沸騰したお湯には塩を入れ、綺麗になったタコを良く揉んでから投入。先からくるりくるりと巻かれていく足を見ていると、体色も緑から鮮やかな赤になっているようだ。こうなると完全にタコにしか見えない……美味しそうだし、また手に入れたいな。
居間で寛ぎはじめた皆さんに聞いてみるか。
「このオクタも漁で取れるんですか? 今朝の網では見ませんでしたけど」
「えっ? オクタがとれるのは湖じゃなくて森だよ」
「あっ、森なんですね……森!?」
「何を驚いてるんだ? オクタがいるのは普通森だろ」
「木の上。木のウロ。泥の中。種類によって場所は変わるが、陸上にいる」
「当たり前のように調理してたから、てっきり知ってるものと思ってた」
「リョウマの地元には水中で生きるオクタがいるのか?」
「そうですね……僕の知ってるタコは水中の生物でした」
オクタはタコと違って陸生生物らしい。
やっぱり似てても別の生物なんだなぁ……っと、そろそろいいか。
串を刺して茹で上がったことを確認し、鍋からタコを引き上げる。あとはこれをぶつ切りにして、たっぷりの卵と小麦粉、こっそり錬金術で精製した小麦のでんぷん粉(じん粉)、だし汁で生地を作れば準備完了!
鉄板の魔法道具を起動し、十分に温まったら窪みに生地を流し込む。中に入れる具はタコのみ。生地が柔らかいので箸を使って形を整えながらひっくり返す。箸から伝わる感触から、ふっくらと焼き上げられているのが分かる。
焼きあがったらお皿に乗せ、だし汁に魚醤と薬味を加えて煮立たせたつけ汁を添えて……完成!!
「お待たせしました! “明石焼き”です!」
ソースの手持ちがないので、お出汁でいただく明石焼き。
出汁とつけ汁はこちらの材料で作ってみたけれど、どうだろうか?
「ほー。ずいぶん柔らかいというか、またスライムみたいな形だな」
真っ先に食べ始めたのはセインさん。豪快に1つをつけ汁に浸し、そのまま口に放り込む。
「あっ! ……! おお! 美味ぇ! 一瞬熱かったけどな!」
「いきなり口に放り込むからだよ……確かに美味しいね」
次いで口にしたシンさんからも美味しいと言っていただけた。
「……口に入れると溶けていくようだ。味が広がる。オクタの切り身の歯ごたえもいい」
「おいリョウマ、こいつかなり気に入ったらしいぞ」
「やさしい味だね。小腹が空いたときにちょうどいい感じ」
ペイロンさんは表情があまり変わらないので心配になったが、カイさん曰くかなり気に入っていただけたらしい。ケイさんの口にも合ったようで、次々と皿が空いていく。
自分も一口……うん、卵と出汁に魚醤のうま味。味も食感も柔らかくて、心も体もじんわり温まる。寒い日にはちょうどいい一品だ……
「ホイさんいるかい!? カイ坊! ケイ坊!!」
「んぐっ!?」
気分がほっこり、まったりしていたところに、突然鬼気迫る人の声が聞こえてきた。
どうやら外でかなり慌てているようで、扉もバンバン叩かれている。
呼ばれた2人が何事かと顔を見合わせながら出て行くと、先ほど見かけたおばあさんの姿が見える。
「カイ坊! ケイ坊! あんたら、あの子、ここに」
「落ち着けって婆さん。息切れしてんじゃねぇか」
「そうだよ。何が言いたいのかわからないよ」
「あの子を、ニキを見てないかい?」
「あの時から、見てないよな?」
「うん。僕らが家に帰るまでには見かけなかったし、あの子がここに来たわけでもないしねぇ……いったい何があったの?」
ケイさんの問いに、お婆さんは深く息を吸って、搾り出すように一言――
“いなくなった”
――そう答えた。




