マッドサラマンダー討伐
食事を終えて家を出る。
外は暗く、さらに薄いもやがかかっているため、視界はあまり良くない。
しかし全く見えないというほどでもないし、事前に道は教わっている。
何よりカイさんとケイさんも一緒なのだから迷うことはないだろう。
手を動かし、足を高く上げ、体を冷やさないように暖めながらゆっくり目的地へ向かう。
ちなみに親父さんは誰よりも早く食事を終えて、1人で先に行ってしまった。
「おう」
「うーす」
「おはようございます」
湖に近づくにつれて、同じように仕事に出てくる方々の姿も増える。
そして目的地である浜辺に到着。
「おお……」
浜辺には屈強な男達が数百人。二手に分かれて、今か今かと湖を眺めている。
その2つの集団の近くには、灯台の代わりと思われる篝火が1つずつ。
さらに湖の上にも船の明かりだろう。いくつもの小さな光が隊列を組んでいる。
浜辺には他にもキャンプファイヤーのように盛大に燃え盛る焚き火と薪の山が8箇所。
そちらでは手に槍……じゃない、銛を持った男達が待機している。
焚かれている火が暗い湖に映り、もやで光の輪郭がぼやける幻想的な光景。
船同士の合図には笛や太鼓を使っているようで、何かのお祭りのようにも見える。
「リョウマ、こっちだ。行くぞ」
「はい!」
綺麗な景色だが、見とれている暇はない。
まずはここで冒険者をまとめている方に挨拶し到着を報告。
そしてシクムの桟橋の皆さんと合流する。
マッドサラマンダー討伐はチームで行うそうなので、俺は彼らに混ぜていただくことになっている。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おーう。朝から元気だな」
「よろしくな……」
シンさん、セインさん、ペイロンさんの3人は既に来ていたので、これで全員集合。
しかし狩りをはじめるまでは、まだ時間があるようだ……
「そうだ、皆さん。よければマッドサラマンダーの討伐のやり方について、少し教えていただいてもいいですか?」
一応基本的な情報は調べてあるし、討伐方法は昨日先輩冒険者に挨拶をした際に聞いている。
しかしせっかく経験者がいるのだから、役に立つ情報や何か特に知っておくべきことがあれば聞いておきたい。
「あー……見た方が早いと思うが、黒くてでかいな。あとうじゃうじゃいる」
と、言ったのはカイさん。
どうしよう、Gと呼ばれるアレしか思い浮かばない。
「ここでは漁の最中や集積場に集められた魚を狙ってくるから、討伐よりも魚を守るのが重要な仕事になるね。うちの村では兄さんの言った通り数が多いから交代制で対処してる。
毎年依頼を受けてくれてるベテラン冒険者の人がいるから、最初はその動きを見ながら村のやり方を真似れば大丈夫だと思う。でも交代制でも魔獣を相手にするわけだし、昼ごろまでかかるから、頑張るのもほどほどにしないと体が持たないよ」
ケイさんが補足してくれた。
なるほど、持久力やペース配分が大切になってくるわけだ。
「あとは……たまに“ポケットイーグル”という魔獣が空から襲ってくることもあるから、そっちにも気をつけてくれ」
「あー、あいつら冒険者とマッドサラマンダーが戦ってる時を狙って魚を盗みにきたりもするからな。ある意味マッドサラマンダーよりめんどくせえぞ」
これは新情報。
シンさんとセインさんが言うには、漁夫の利を狙うタイプの魔獣らしい。
戦闘中、さらに視界に入りにくい高高度から急降下してくるため、対応しにくいとのこと。
……空からの襲撃なら、リムールバード達に警戒を任せればいいかもしれない。
話を聞いた限りでは単体で襲ってくるみたいだし、狡猾だけど強くはないそうだ。
1対複数でかかれば安全ではないか? とりあえず今日は様子を見て、提案してみよう。
そう考えたところで、軽く肩をたたかれる。
「ペイロンさん?」
「あれを見ろ」
と、指された方へ目を向けると……そこにはこの寒空の下、全裸になった男たちが数人。
討伐の順番は篝火に近い焚き火にいるチームから順に、という話だったので、彼らは第一のチームだろう。湖を見れば、湖に出ていた船が半円の隊列を組んで戻ってきている。もう討伐の始まりが近いのだろう。
しかし、素っ裸で魔獣討伐なんて大丈夫なのだろうか?
「マッドサラマンダーの攻撃手段は体当たりか噛み付くかの2つ……体格にもよるが、それ自体は骨折程度で済む。問題はそこから水の中に引きずり込もうとしてくること……マッドサラマンダーの攻撃よりも、溺れる方が危ない」
故に防具を着けて怪我を防ぐより、裸で水中での動きやすさを優先する人もいる。
と、彼は言いたかったようだ。
「裸にまでなる必要はないけどな。あれは漁師の若手の中でもお調子者のバカだ」
「脱ぐとしても下だけでいいよ。水に入るとしても膝くらい。腰より上に水が来るほど深いところには僕らも行かないから」
だったら俺は掃除用の防水胴付き長靴とツナギに着替えておこう。
「焚き火でよく体を温めておくのも忘れないように。そうしないと体調を崩すからね」
こうして準備と情報収集をしながら待ち、さらに5分ほどすると、いくつかの船が浜に到着。
漁師の方々が慌ただしく駆け回り、用意された水面に続く2本の縄を引き始める。
『ヨォー! ヘイ! ヨォー! ヘイ!』
地引網、というやつだろうか?
独特の掛け声と共に、縄を引いてじりじりと後退する男達。
水面には激しく不規則な波が立ち始め、やがて縄の先に網が見え始めた、その時。
湖に浮かぶ小船の一隻が、明かりを高く掲げて円を描くように振り始めた。
「来たぞォ!! 野郎共ォ!!!」
『オーーーッ!!!!!』
ベテランだと思われる高齢の男性が声をあげ、 続く浜辺の漁師達。
その視線の先には明かりを振っていた船に近づいていく影が複数。
船の明かりに照らされて、水面に波紋を生んでいるのが見える。
「行け!!」
「通すなよ!!」
船上の漁師達は、手に棒や銛を取り、波紋目掛けて攻撃を始めた。
最初は明かりを掲げた船から、船が組んだ半月型の隊列に沿って広がるように。
早くも数匹のマッドサラマンダーは船に引き上げられ、他も続々と仕留められている。
その間に浜辺の漁師達は縄をさらに強く引き、網と魚の回収を急ぐ。
そして引き手に加わっていない漁師は船上のように、銛を構えて突撃の体勢……って、
「順番とはいえ、冒険者の出番がない……というか船の上の漁師強っ」
「そらそうだ坊主! 俺たち漁師は陸の魔獣はよく知らんが、水辺の魔獣とは毎日のように戦うからな!」
「魔獣と獲物を奪い合うときもあれば、魚の魔獣が漁の対象のときもあるしな」
「陸では冒険者のが強いかもしれんが、水辺や船の上なら漁師が最強よ!」
同じ焚き火で温まっていた数名の漁師さんが、俺の呟きを聞きつけて景気良く笑う。
そうか……この世界の漁師は魔獣とも戦うのか……
と思いつつ見ていると、船の隙間を抜けたマッドサラマンダーが出てきたようだ。
先ほどの全裸の漁師が勢いよく湖に駆け込む。
マッドサラマンダーであろう波紋は、魚を捕らえている網を目指している。
漁師はそれを予想して、進行方向を待ち伏せ。
網にたどり着こうとした1匹を、掛け声とともに横から銛で突き刺した!
「おっ!」
「今日の1匹目はデケェな!」
「1人じゃ無理だ! 手を貸せ!!」
銛で刺されたマッドサラマンダーが暴れ、水面が弾けた。
そしてこれまで水の中に隠れていたその姿が露になる。
それは体長5メートルは下らない、巨大な“サンショウウオ”に似た生物。
トカゲのようでもあり、オタマジャクシに水かきのついた足が生えたようでもある。
それに裸の若い漁師達が3人がかりで銛を突き刺し、強引に浜まで引き上げる。
完全にその巨体を陸に上げた瞬間には、浜辺には集まった人々の歓声が轟いた。
「マッドサラマンダーは陸上でも死なないけど、動きは水中より鈍くなるし、何よりおぼれる心配がなくなるからね。まず水から引き上げて、あとはゆっくり止めを刺すんだ」
その光景を見ながらケイさんの説明を聞き、自分があれを実際に行うイメージを作る。
そうしているうちに、俺達の出番がきた。
「よし、リョウマがやってみろ! ダメなら俺らでフォローするから」
「了解! ……行きます!」
現在の立ち位置は地引網の右側。
同じく右から抜けてきたマッドサラマンダーが1匹。
借りた銛を槍のように持ち、気を纏ってその1匹が向かう先へ突撃。
「!」
湖の水は凍えるほどに冷たいが、ツナギのおかげで中に染みてくることはない。
寒さは無視し、膝まで水に漬かる場所で待機。
タイミングを見て銛を突き出し、マッドサラマンダーの胴体へ穂先を深々と埋め込む。
「!!」
当然の如く大暴れ。体長は3メートル程度だろう。
全体重をかけて激しく揺さぶられる銛をしっかりと掴む。
「ッ!」
水中。さらには子供の体だ。油断すると体が振り回されてしまいそう。
足場も砂で、むやみに動くと水に流されて滑りやすい。
膝を曲げ、足の裏全体で掴むように踏み込み、体を支えることを意識して。
「そぉぉぉぉいっ!!」
一気に浜へ引き上げる!!
「よーし! よくやった!」
「そこで押さえてて!」
すかさず駆けてくるセインさんとケイさん。
浜辺に引き上げられたマッドサラマンダーは、2人に銛の持ち手側で打ちすえられて息絶えた。
同時に横をカイさんが走りぬけ、後続のマッドサラマンダーに襲い掛かる。
初討伐だが、それを喜んでいる暇はない。
素早く定められた位置へ息絶えたマッドサラマンダーを運び、置いて戻る。
そしてカイさんが1匹引き上げてくるのと入れ替わりに、セインさんが湖へ。
6人を3人ずつに分け、交互に捕獲と処理を繰り返す。
途中に休憩(交代)を挟むとはいえ、浜辺から湖へ走り、生きた重りを捕獲し、
それを抱えて抵抗のある水中から浜辺へ駆け戻る。
10回20回ならまだ楽だけれど、これを“昼ごろまで”……いい鍛錬になりそうだ!




