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村の案内とご当地食材の味

「久しぶりだな!」

「よく来たね~」

「あら、お客さんかい?」

「あら、母さんも帰ってきたんだね」


 用意していただいた部屋で荷物を整理していると、カイさんとその弟のケイさん。

 さらに彼らのお母さんも帰ってきたようだ。


「お邪魔しています。リョウマ・タケバヤシと申します」

「ああ、春ごろにうちの馬鹿息子達とその仲間に良くしてくれたって人かい。聞いてた話より随分と若いねぇ。……あれ? 来るのは今日あたりだったかね? 来月じゃなかったかい?」

「おいおいお袋、村の水揚げを守る手伝いに来てくれるんだから今月だろ。来月にはもう漁が終わっちまうぞ」

「そうなると困ったねぇ……お客さん用の食事の用意をしてないよ」

「えっ、僕らの分しかないの?」

「食材の量は十分あるんだけどね、種類が」


 ……何か特別なご馳走でも用意しようとしてくれていたのだろうか?


「あの、どうかそんなにお構いなく」


 寝床を貸していただけるだけでもありがたいし、食事まで用意していただけるなら御の字だ。

 皆さんと同じもので文句などあるわけがない。


「そうかい? でも今日の予定は」

「あー……とにかく夕飯のことは私らに任せておきな。

 それよりカイとケイ。リョウマ君はしばらく滞在するんだろ? 今のうちに村を案内してやったらどうだい? それに2人の知り合いって事は、他の三人とも知り合いなんだろ? 到着したことを伝えてくるとか、気をきかせてやんなよ」

「おっ! そいつもそうだな!」 

「リョウマ君はどこか見たいところある?」

「でしたら──」


 明日から早速マッドサラマンダーの討伐に参加させてもらいたかったので、お言葉に甘えてその現場と既に従事している先輩冒険者の方々に挨拶を。そして可能であれば、滞在中に訓練ができる場所を案内してもらえるようにお願いする。


「それだと村を一周ぐるっと回る感じになるね。一度浜まで行ってから村はずれで、集会場とかに寄ってくると夕飯の時間になるかな?」

「ならケイ、お前案内しろ。俺はセイン達に声かけてくるわ。話もしてぇし飯も一緒に食えばいいだろ。積もる話はそこでな」


 土地勘のある2人はすぐに話し合い、案内してくれるルートを決定。


「じゃ俺は呼んでくる。また後でな」

「ありがとうございます。また後で」

「僕達はこっちだよ」


 玄関前でカイさんと別れ、ケイさんについていく。

 外は相変わらずのどかな村だが、荷物整理をしているうちに日が暮れ始めているようだ。

 既に子供達や奥様方も家に帰ったようで、今は人気(ひとけ)があまりない。


 ……と思っていたら、若い男達が数人で集まり、体操らしき運動をしている。

 ケイさんもほぼ同時に彼らに気づいたらしく、一声かけて挨拶。

 そのままさらに歩く道中、あれは何の体操かを聞いてみると、漁に出る前の体操らしい。


「ずっと昔から漁師は起きたらあれをやるって決まってるんだ。船の上で体がうまく動かないと、本人はもちろん一緒に船に乗る仲間まで危険にしかねない。だから一緒に体操をしてお互いに船に乗る前の体調確認をしろ、って僕は教わったよ」

「なるほど」

「まぁ、明らかに様子がおかしければ体操なんかしなくても気づくし、正直に言うと習慣だからなんとなくやってる人も多いかな。うちの親父とか一部の厳しいお年寄りに言うと怒られるけどね」


 いたずらをした子供のように笑いながら話すケイさん。

 そこへ今度は遠くから、


「おーい!」

「あっ、こんにちはー!」


 知り合いがいたようで、また挨拶して別れた……かと思いきやその数十秒後にも声をかけられ、さらにまた数分後にはまた人を見て声をかけ……人がいるたびに村の方々へ挨拶が繰り返される。


「皆さん、お知り合いなんですね」

「小さい村だから、どうしてもね。男は大体漁師だし、漁師の誰々の奥さんとか、漁師の誰々の何番目の息子さんとか、そういう感じで村の人なら顔は分かるよ。

 逆に村の人じゃなければ目立つから、新しく来た人とかは話題になりやすくて、すぐ覚えられてしまうね。多分リョウマくんもすぐに覚えられるんじゃないかな」


 田舎あるあるだな。悪い印象で覚えられないように気を付けなければ。


「この村には全部で何人くらい住んでいるんですか?」

「500人もいないよ。街に働きに出たり、他所の村に嫁いだりした人を含めればもっと行くけど、っと。見えてきたよ」


 指し示された先を見ると、家の間から乱反射する光が目に入った。村に来る時にも見た湖だと、すぐに理解する。そしてさらに進み、最後の建物の横を通り抜ける。


「!!」


 視線を遮る建造物が一切なくなると、これほどに美しいのか……


 広大な湖に風が波を立て、揺らめく光の反射。

 水は透明度が高く、底はそれほど深くないのだろうか?

 波の合間には青々とした水草が揺らめく水の底が遠目からでも見えた。

 吹き抜ける風は冷たいけれど、その風景にはどことなく暖かさを感じる。

 湖の手前には白く美しい浜辺が広がり、整然と小船や道具類が並べられている所にようやく漁村らしさを見つけた。


「どうだい? この景色は」


 村に来るまでの森を見て沖縄のようだと思ったけれど、


「綺麗ですね。本当に。極力自然をそのまま残した感じで。それでいて観光地としても十分なくらいの景色で」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 ケイさん曰く……ラトイン湖はここら一帯の漁村の民にとって、日々の糧を与えてくれる大切な場所であり、この湖の環境を守ることが恵みを受ける彼らの義務であり、誇りだと彼らは考えているのだそうだ。


「そうなると、色々と決まりごとがありそうですね」

「リョウマ君は漁師じゃないからぐっと少なくなるけど、注意してほしい事はいくつかあるね。例えば湖の恵みは誰でも捕っていいけど、漁師じゃなければ素潜りか釣り限定。網や籠を使った漁は禁止。あとは、あの湖の上に島があるのは見える?」

「んー……あの木の枝を組み合わせた、いかだみたいなので合ってますか? 何か小さいのが上に乗ってますね」


 だいぶ遠いし、光の反射もあって見にくい……けど、ラッコとかビーバー系の、毛の生えた生き物がいるのが分かる。


「あの島は僕たちが“ヤドネズミ”って呼んでる魔獣が冬を越すために作る巣で、春先には小魚の隠れ家や漁師が漁場を見つける目印にもなる。だからヤドネズミとその巣は傷つけないのが決まりなんだ。

 リョウマ君も浜辺とか村の中で見かけたら、追い払わないように気をつけてね。魔獣だけど危険はないから」

「わかりました。気をつけます」


 そのほかにもゴミを捨てない。トイレは浜の近くに用意された指定の場所で、等々。基本的なマナーも含めて注意点を教えてもらいながら、また浜辺を歩く。


 このシクム村はラトイン湖の南東に位置しているため、明日からの仕事場にもなる“浜”は、村の北西部。ケイさん達の家は村の西側に近かったようで、浜に出てから湖に沿って北上すると、舟を留める桟橋や水揚げの保管や加工処理を行う建物など。仕事上必要と思われる大体の地理が把握できた。


「これで仕事場付近は迷わないかな?」

「大丈夫だと思います」

「よし、じゃあ次は練習場だね」


 雑談をしながら歩くことさらに村を4分の1周。

 到着したのは村の真東にあたる場所で、マングローブのような森との境界線でもあるようだ。

 森の木々には枝を落とされていたり、切り株になっているものも目立つ。


「ここは村で使う薪や木材を採取する場所なんだけど、そのおかげで広いし多少うるさくても問題ないよ。どうだろう?」

「村から近いのに十分な広さ。従魔を出しても問題なさそうですね」

「あ、従魔といえばスライムを集めてるんだよね? ここ、たまにマッドスライムっていうスライムが見つかるんだけど」

「──最高です!」


 マッドスライム。マッドということは泥だろう。この辺の地形にも適している。


「どのくらいの頻度で見つかりますか?」

「え、う、う~ん……僕も薪集めに来て何回か見てるし、探せば見つかるんじゃないかな?」


 よし、走り込みがてら探してみよう。絶対に。


「急に目の色変わったな……まぁ気に入ってもらえたみたいで良かったよ。日も落ちてきたし、そろそろ集会場へ行こうか」


 まだ見ぬスライムがその辺にいるかもしれない。そう考えると後ろ髪を引かれるが、我慢して移動。


 その後案内された集会場や個人宅を訪ね、先輩冒険者の方々に挨拶をして少々のお土産を渡し、明日から何卒よろしくお願いしますと伝えた。


 慣れない土地だからだろうか? 新入社員のような態度をとってしまったが、先輩冒険者の方々にはわりとウケがよかったのが幸いだ。







 そんなこんなで帰宅……でいいのか?

 ケイさん達の家に戻ると、大勢の声が扉の外からでも聞こえる状態。

 なんだか盛り上がっているなーと思いつつ中に入ると、既に大人が酒盛りを始めていた。


「姉さん、なんで父さんもう飲んでるの……」

「仕方ないじゃない。お父さん帰ってくるなり酒って言うし、普段無口で無愛想なの知ってるでしょ? ちょっとくらい飲ませといた方が印象良いわよ。初対面なんだから」

「メイ! ケイ! お客を立たせたままで何やってんだ! さっさと座ってもらえ!」


 ということで、挨拶もそこそこに飲み物が用意され、ひとまずは囲炉裏を囲むことに。


 俺の正面にはこの家の家長でありケイさん達の父と紹介された男性、ホイさん。


 彼はもう50を越えたようなヒゲとシワだらけの顔をしているが、その肉体は日々の仕事で鍛えられたのだろう。ボディービルダーのように筋骨隆々かつ、少々度が過ぎるくらいの日焼けもあるのか、体だけ非常に若々しく見える。


 ちょっとだけ前世の自分を思い出して親近感が湧いた。


「話には聞いていたが本当にちっこいな」

「親父!」

「おっと、こりゃ失礼」

「いえいえ、若いのは事実ですから」

「それでもこいつらを助けてくれたって話は聞いたよ。こいつらは……悪い奴らじゃないが、いかんせん田舎者の世間知らずだからなぁ……遠出をするにしても湖の対岸の町かその少し先までが精々。旅行気分で意気揚々と飛び出したはいいが──」


 昔から息子とその友人を見てきた1人の親の口から語られる自らの失敗談。

 お酒が入ってすごく気持ち良さそうなのだが、それを聞かされる方は居心地が悪いのだろう。

 以前、ギムルの街のテイマーギルドにブラッディースライムを売りに来た冒険者パーティー“シクムの桟橋”の皆さんはそれぞれ微妙な顔。


「お久しぶりです。シンさん、セインさん、ペイロンさん」

「うん……」

「ああ……」

「…………」

「夕飯ができたよ! 場所を空けとくれ!」


 そんな時に奥さんの声がこの状況を変えてくれた。


 土間から囲炉裏までの道を空けると大きな鍋に人数分の器、そして植物で編まれた丸いものが運ばれてくる。


 丸い物体は中に何かを入れて丸ごと茹でたのかな?

 匂いはあまり強くないけれど、昔どこかで嗅いだような気がする。

 ただ魚介類なのはまず間違いないし、ここは漁村。

 ギムルでは食べられなかった魚が豊富と聞いているので、期待は高まる。


「げっ、今日の飯はコレかよ」

「? カイさんは苦手な料理なんですか?」

「俺は好きだけど、他所の人間は嫌がるんだよ」


 わざわざ蓋を外していただいたので見てみると……


「蟹!?」


 中には真っ赤に茹で上がった、手のひらサイズのカニがぎっしり詰まっていた!


「うわ……懐かしいー!」


 カニ……湖だから淡水の、例えば沢ガニのような種類だろうか?

 地球ではたまの贅沢に食べることもあったが、こちらの世界で見るのは初めてだ。


「この村では魚だけじゃなくてカニも捕れるんですか?」

「罠を沈めれば大量に捕れるぜ。リョウマは平気なんだな」

「故郷では普通に食べられていましたし、僕も大好物ですよ」

「おや、そうなのかい? 大丈夫なら良かったよ。一応魚も用意してあるけど、これはたくさんあるから好きなだけ食べておくれ」


 串に刺した魚を囲炉裏に並べ、器に魚介のスープをよそう奥さん。

 心なしかその表情は嬉しそうで、具だくさんのスープはたっぷりと器に盛られる。


「さ! しっかり食べておくれ!」


 塩茹でされたカニを1ついただき、足をもいで身を口に含む。


 ……身が締まっていて細さのわりにしっかりとした弾力。一噛みするごとにカニの甘みが染み出して、そこに混ざる塩の絶妙な加減……これは、シンプル! だからこそベスト!


「やっぱり美味しいです!」


 1匹が小さい分足も細くて、子供の体でも食べやすいサイズだ。


「おっ、良い食いっぷりじゃないか。どんどん食べな。ほらもう1匹。あとスープも」

「ありがとうございます。メイさん……うん! このスープも美味しいですね」


 マスタード、からしのような味が強いけど、魚の出汁と合わさって良い感じ。


「ほらボウズ、次が来たぞ」

「いただきます」


 このカニは飽きがこないので1杯、2杯と手が止まらない!


「はいどうぞ! 遠慮しないでね!」


 カニ……美味っ……!




 皆さんが常に世話を焼いてくれて。

 どんどんおかわりを勧めてくれて。

 俺はひたすらに食べ続けた。


 そして満腹になると夕食兼俺の歓迎会? はお開き。

 シクムの桟橋のシンさん、セインさん、ペイロンさんはそれぞれの家に帰宅。

 最後に俺は“旅の疲れもあるだろうし、この村の仕事は朝が早いから。今日は早めに寝るといい”とメイさんに言われるがまま、与えられた部屋の布団へ入り……そして気づいた。


 積もる話は食事の時にという話だったけど……

 カニを食べていてほぼ会話してなかった……

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― 新着の感想 ―
[一言] かに…うま…
[一言] まあ、蟹なら仕方ない! あれは好きな人は自然と無口になるから!
[一言] 話の代わりに、蟹の殻が、積もった(笑)
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