湖の漁村
「この先をまっすぐ行けばすぐにラトイン湖のほとりに出るから、突き当たって左に行けばシクムに着けるはずだ。もし違っても湖のほとりまで行けばどこかの村が見えるはずだし、どこかの村に着けば船で移動ができる。時間はかかってもたどり着けないことはないだろう」
「ここまでお世話になりました」
「なーに、困った時はお互い様さ。迷うことはないと思うが、気をつけてな」
「はい! そちらもお気をつけて!」
ジーニアスチキン達と契約し、卵の供給源を得た日から約二週間。
俺は修業のため、マッドサラマンダーの生息地である“ラトイン湖”を目指していた。
「……さて、俺も行こう」
ここまで親切に案内してくださった商人の方を見送って、俺は教えられた通りの道へと足を向ける。しかし道と言っても獣道のように細く、道を通ると言うよりは、森を抜けるという表現のほうが正しいかもしれない。
実際に踏み込んでみるとさらに道はわかりにくく、木々の根が好き放題に伸びている。
足元は基本的に泥と根。まれに石。まるで昔沖縄で見た、マングローブの原生林のようだ。
歩幅を小さく。つま先からしっかりと踏みしめて。足場を踏み外さないように。
今回の目的はマッドサラマンダーだけれども、この足場の悪い場所での活動もシュルス大樹海へ向けての訓練の一環になるだろう。
気になるのは到着時間の目安。
先ほどの商人さんはまっすぐ行けばすぐだと話していたけれど、あの方は昨日も宿営地までもうすぐ、と言い出してから2時間ほど移動が続いた。きっとお隣さんまでの距離がキロ単位で離れている田舎のような感覚なのだろう。
森を抜けるのも2時間くらいと見ておこう……
そして約4時間後。
想定の倍の時間をかける頃には美しい湖と、そのほとりにある村の入り口が見えた。
入り口の周囲には……おそらくこの周囲に生えているマングローブのような木々だろう。丸太に加工したものを地面に突き立てて並べることで防壁を築き、村を囲い守っているようだ。見張りと思われる人も立っている。
近づいて、丸太の壁沿いに村の入り口へ向かう。
そこには50代くらいの男性がぼんやりとタバコをふかしながら立っていた。
「すみませーん」
「ん? 見ない顔だな? それにボウズ1人か?」
「はい。僕はリョウマと申します。冒険者で漁村のシクムを目指しているのですが、この村で間違いありませんか?」
「確かにシクムはここだが……あー、思い出した。カイ坊達の知り合いが近々村に来るって話だったな。ボウズのことか?」
「その“カイ坊”さんが冒険者パーティ“シクムの桟橋”のカイさんでしたら、間違いありません」
「そうか! ならちょっと待ってろ」
男性はおもむろに村の入り口にぶら下がっていた木槌を掴み、同じくぶら下がっていた金属板を数回叩く。
すると村の内側から若い女性が駆けてきた。
「マンダのおっちゃん、何かあったのかい?」
「メイ嬢ちゃんか、ちょうど良かった。カイ坊の客が来たんだよ」
「ああ! あの噂になってた? どこに、って、あんたかい? ずいぶん若い、つか幼いね」
「初めまして、リョウマ・タケバヤシと申します」
俺を見た感想をはっきりと口にした女性。
名前が似ていることを考えると、カイさんのご家族だろうか?
「丁寧にありがとね。私はメイ。カイとケイの姉だよ。弟達が世話になったそうだね」
「来たばっかじゃ何もわからんだろ。案内してやってくれ」
「了解。とりあえず家に連れてくよ。たぶん2人のどっちかはいると思うからさ。それじゃ付いてきて!」
「はい! あ、ありがとうございました! 門番のマンダさん?」
「おう! 気をつけてなー」
門番の方に見送られ、ずんずんと先を行く女性を追う。
その途中では、外よりもしっかりとした地面の上を楽しそうに駆け回る子供達。
水を汲みながら、これこそ本物の井戸端会議をする奥様方。
椅子や道具を持ち出して、日光浴を楽しみながら思い思いの作業をするお年寄り。
非常に穏やかな光景があちらこちらで見られた。
「珍しいかい?」
おっと、不躾に色々と見過ぎたかな?
「失礼しました。魔獣が多く出ると聞いていたので、考えていたよりも穏やかだなと」
「マッドサラマンダーのことかい? あれはこの時期になると毎年のことだから、いちいちビビっちゃいられないよ。それに連中の狙いは漁で取れた魚だからね。湖岸や浜まではくるけど、村の中に入り込むってのはまずないんだ」
「なるほど……建物の材料は木材と泥でしょうか? 全部統一されていて一体感がありますね」
「ははっ、一体感なんて大層なものじゃないさ。他に材料がないだけ。でも泥と木ならそのへんからいくらでも採ってこられるからね。多少壊れてもすぐ直せるから便利だよ」
「家の修繕もご自分で?」
「当たり前だろ? ちょっと家が壊れたくらい、自分で修理できなきゃやってけないよ。この辺じゃ常識さ」
どうやらこの村の人々は皆、たくましいらしい。
「あ、家はここだよ」
そんな風に話をしながら歩いていると、家に到着したようだ。
「さ、入って」
「お邪魔します」
玄関を開けたメイさんに招かれ、入ってみると土間。
その先は板張りの大きな広間になっていて、中心に囲炉裏と思われるスペースもある。
全体的にどこか日本家屋のようで、懐かしさを感じる。
「カイー! ケイー! 返事がないってことはいないのかね? ……まぁいいや。リョウマ君の部屋は用意してあるから、案内するよ」
おや? 事前に受け取った手紙では、冒険者用の宿泊施設があるから予約しておくという話だったはずだけど?
聞いてみると、その建物は村の集会場。この時期は冒険者に部屋を貸し出しているが、元々それほど広い建物でもなく、集まってきた他の冒険者で満員になってしまった。
そして溢れた冒険者の寝床をどうするか?
わざわざ村を守りに来てくれた相手に野宿を強要するのは申し訳ない。
信用のある冒険者には村のお宅に間借りをしてもらって解決しよう、という話になったらしい。
「村の都合で申し訳ないんだけど、我慢してもらいたいんだ」
「我慢だなんてそんな! こちらはタダで部屋を貸していただけるだけでありがたいです」
「なら良かった。他所の街がどうだか知らないけど、ここらでは助け合いが基本。困った時はお互い様。滞在中は遠慮なく声をかけてちょうだいね。できる限りで助けるからさ」
街の人よりも距離感が近いというか、初対面にもかかわらず妙に好感度が高いというか……
いきなりで少々戸惑ってしまったけれど、歓迎されているのは間違いなさそうだ。
「ありがとうございます。改めまして、これからお世話になります!」
暖かく迎え入れてくれた下宿先の方には感謝だ。
そしてここから、ラトイン湖での修業生活が始まる!




