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結婚式(後編)

「大変な目に……」


 爆弾発言により会場中が沸き立った後、式の前半は無事? に終了。新郎新婦やその家族役の皆さんと共にステージから下り、そのまま宴の時間へと突入したのだが……そこで俺は集まる人の波に飲まれた。


 うっかり気を抜いていて、気づけば猛禽類に捕まって連れ去られる獲物のように、新郎新婦から離れた位置へ。それだけかと思いきや、今度は同じく新郎新婦に近づけなかった参列者の皆様が集まってきた。しかも新郎新婦に神々の祝福があったということで、誰も彼もがハイテンション。


 彼らは喜びで頭が一杯だったようで、新郎新婦の相性はもちろんのこと、ドレスや飾り付けの出来栄えから料理の味にいたるまで、何が神々のお気に召したのかと大騒ぎ。俺も神像を作り、ステージの建築を指揮したということでしばらく捕まり賞賛を受け、なんだか疲れてしまった。


 ……今となっては俺も神々を信じているが、元日本人でもあるので、そのあたりの信仰のあり方については正直、温度差を感じたな……と、それはともかく、


「おかげで助かりました」

「この程度なら礼には及びません。料理を取りにきたついでですから」


 おそらく本当に“ついで”なのだろう。

 俺を集まった人の中から助けてくれた、自称・縁結び妖精のユイさん。

 彼女は熟練ウェイトレスのごとく、山盛りに料理を盛り付けた皿を両手と両腕の上、さらに頭の上にまで乗せて一度に5枚も運んでいる。


 そして不思議とその場だけ、ぽっかりと人のいなくなったテーブルに皿を置いて、席に座るとモリモリ料理を食べ始めた。周囲に人はいるが、こちらはまったく気にされていない。きっと彼女の力なのだろう。よく集中してみると、隠蔽の結界に似た気配がする。


 ……ただしあると分かっていなければ気づくのも難しそうなほど気配が薄い……


「騒ぎがある程度収まるまで、あなたも座ったらいかがですか?」

「では失礼して」


 正面の席に座らせてもらう。


「やはり今回のように、新郎新婦が神々から祝福をいただくのは珍しいことなのですか?」

「珍しく光栄なことですが、運が良ければありますね。私が結婚までサポートしたカップルにも何組かいますし、前回は30年ほど前でした。ただ、私が関わったカップルが世界の全てではありませんから、どれくらいの確率かは……それよりも問題は祝福の数でしょう」

「やっぱり今回は普通より多いと?」

「私が知る限り神々の祝福は無いのが普通で、あっても1柱の祝福。それがあの2人は……先ほどそっと近寄って聞いてみたら、双方にルルティア様の祝福。新郎にはクフォ様とテクン様、新婦にはウィリエリス様とガイン様の祝福。合わせたら3柱どころか5柱から祝福を貰っていましたよ」


 俺が転移者だと知っている彼女は当たり前だとは言わず、丁寧に説明してくれるが……


 アラフラール氏の言っていた“3柱ずつ”って、神像の3柱だけじゃなかったのかよ!?


「……その表情、まさかあなたが何かしたのですか?」

「直接何かしたわけではありませんが、少々ここまでなった原因に心当たりが。……先輩転移者の従魔(・・・・・・・・)であるユイさんを信じて話します。

 僕は神託スキルを得て神々と話をする機会があったので知っているのですが、神々は転移者の様子を見ている時があるんです。単純に異世界の人間が生活に慣れているか見守ったり、その人の何かが興味を引いたからだったり、自分たちが与えた力を悪用し始めたから警戒したりと、色々な理由で」

「なるほど。その話し方からして、今のあなたも観察対象なのですね。そしてあなたの様子を見ていた神々が結婚式の様子も見ていたと」

「おそらく」


 あとテクンがいるならほぼ間違いなく神界で飲んでるだろうし、クフォとガインも割と軽いノリで祝福与えそうな気がする……というかそもそも加護とか祝福って人間がありがたがってるだけで、神々にとってはそこまで重い意味はないみたいだし。


「随分親しげな語り方をしますね」

「教会を訪ねる度に話をするので」

「……それは普通の人、特に聖職者の方には言わない方がいいですよ。神託は聖職者が長い修行の末、ごくまれに短いお言葉をいただけるものだそうです。嘘ととられれば顰蹙を買うでしょうし、信じられたら信じられたで羨まれるどころじゃありません」

「こんなこと普通の相手には話しませんよ。ですのでユイさんも秘密にしていただけると嬉しいです」


 正確には会って話して一緒に飲んだりもしてるんだけどね!


 ……飲むといえば、目の前では自称・縁結び妖精が宴の料理を飲み食いしているけれど、話している間に大きな皿がもう2つ空いている。彼女はずいぶん健啖家らしい。


「……もしかして分けて欲しいのですか?」

「いえ、よく食べるなーと。決して悪い意味ではなく。妖精ってそんなに食べるイメージがなかったもので」

「まぁ普通の妖精はそもそも小柄ですしね」

「そういえばユイさんはどう見ても普通の人に見えますね。変化とかそういう類ですか」

「地球人は察しがいいですね。私はシホとあなたしか知りませんが……私も本当はもう少し小さいのですが、多少の違和感は力でごまかせますし、人に混ざるならこの姿の方が何かと都合が良いのです。燃費は悪いですけど」

「なるほど。ちなみに何がお好きですか?」

「私はここでの生活が長いので、調理されたもの以外はあまり食べなくなりました。自然の中で生活しているとどうしても手に入るものが限られますから、やはり木の実や果物、分かりやすい花の蜜や蜂の蜜に目が向きやすいですね。たまに変わったものを好む子もいますが、そのあたりは人と同じで好みです。

 そもそも妖精は自然に満ちる魔力があれば食事をせずに生きていけるので、魔力以外は全て嗜好品のような感覚ですね。もちろんエネルギーにはできますが」

「妖精さんからするとそういうものなんですね」

「ええ。……ところで昨日話した贈り物は完成しましたか?」

「はい。少々苦労はしましたが、おかげさまでなんとか納得できるものが完成しました」

「それは良うございました。せっかく教えたアイデアも、品物がなくては意味がありませんからね」


 そんな話をしていると、


「リョウマくーん?」

「どこ行っちゃったのかしら……」


 後ろからラインハルトさんと奥様の声が聞こえた。

 視線を向けると、人の間を見て回っている2人の姿。

 どうやら俺を探しているらしい。


「ユイさん。僕を探しているようなので行きますね」

「ええ、あの2人と一緒にいれば、流石に捕まることはないでしょう」

「ありがとうございました」

「贈り物が喜ばれる瞬間を楽しみにしていますよ」


 そして俺はユイさんと別れ、公爵夫妻と合流。聞けば彼らもまだ贈り物を渡していないということで、贈り物をアイテムボックスから出して、一緒に人の列に並ぶことにする。


 尤も先に並んでいた使用人の方々がどうぞどうぞと先を勧めてくるので待ち時間はほぼなく、先へ進んで見えたのは丁度料理長のバッツさんがルルネーゼさんへ、箱と小皿に乗ったケーキを手渡すところだった。


「これは……懐かしいですね」

「私が見習いの頃に作ったラモンケーキ。君は美味しい美味しいと言って食べてくれたね」

「私はあれが大好きでした。でもこれはもっと美味しくなりましたね」

「それはそうさ! 見習いの頃と料理長になった今の腕が全く同じじゃ困ってしまうよ。あの頃のものが良かったかもしれないけど、料理人としては常により良いものをと思ってね」

「バッツさんらしくて、これも大好きです。特にこの生地のふわふわ感が」

「ああ、それはつい先日リョウマくんから新しい材料と使い方のアドバイスをもらってね。色々試してみたんだ」


 2人のそんな話を聞いて、奥様がそっと聞いてくる。


「リョウマ君、アドバイスをしたの?」

「ちょっとした雑談くらいのつもりだったんですが……ほら、奥様にバスボムを作ったじゃないですか。あの材料は全部食べても安全なものでできていて、ケーキの生地をふんわりさせる使い方もあるって話したんです」


 材料も余っていたから渡していたが、まさかもう使っていたとは思わなかった。


 そんな話をしていると、ふたりは俺たちに気づいたようで、


「それじゃあ、また後で。箱の中には同じものがたっぷり入ってるから、2人で食べなさい。ヒューズ君……頼んだよ」

「ありがとうございます」

「任せてください」


 短い挨拶の後。贈り物は保管担当のメイドさんへ手渡され、バッツさんは見物している使用人の中に消えていく。


 さて次は、


「お2人から先にどうぞ」


 公爵夫妻が前に出る。


「ヒューズ、ルルネーゼ、結婚おめでとう」

「「ありがとうございます、旦那様」」

「どうしたヒューズ。いつもの調子が出てないぞ」

「へへっ、さすがに今日ばかりは真面目にな」

「いくらお前でもさすがにそうなるか。私としては違和感の方が強いが……これを受け取ってくれ。我々からの贈り物だ」


 ラインハルトさんは先ほどから高級そうな木箱を抱えていたが、ここで新郎に手渡され、すぐに開封される。


 そしてでてきたものは、


「まあっ!」

「こいつは……鎧じゃねぇか。しかも素材は竜鱗か!?」

「父の従魔の鱗がちょうど生え変わる時期だったらしくてな、それを加工してもらった。ヒューズにはまだまだ当家で働いてもらうのだし、今日からはルルネーゼもいる。危険な仕事場でも生きて帰ってもらわなければ困るからね。あと出世をしたら目印も必要だろう」

「こいつは……本当にありがてぇ。この礼は働きで返させてもらうぜ」

「期待しているよ」

「ルルネーゼはヒューズを支えてやってくれ。殊勝なことを言っているが、こいつは昔から本当に抜けたところもあるからね」

「かしこまりました。私の全力で夫の補佐、そしてメイドの仕事を両立いたします」

「ふふっ。ルルネーゼなら大丈夫よ。このお屋敷に来た時から、ずっとあなたに助けられている私が保証するわ。これからもよろしくね」


 4人は等しく目を潤ませ、自然と拍手が巻き起こる。

 しかし長々とした会話は控えて、公爵夫妻が次の俺に場所を空けてくれた。


「ヒューズさん。ルルネーゼさん。ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます。リョウマ様」

「リョウマには今回も色々と世話になった。それだけでもありがてぇんだが……」

「これは僕の気持ちですから」


 アイテムボックスから出していた木箱をヒューズさんへ。

 そして例によってその場で開封され、その中身が露になる。


「まぁ!」

「こいつは綺麗だな! ガラスか?」


 ヒューズさんが素直な一言とともに取り出したのは、透明感のある赤と青の本体に、白線による装飾が刻まれた“江戸切子風”のグラス。それを目にした周囲は少しだけ静かになり、反応は概ね2つに分かれた。


 1つは単純にグラスに興味を持った方々。

 こちらは気づけば宴に混ざっていたセルジュさんとピオロさん。

 その他おそらくあまりゲン担ぎを気にしない人が少し。


 そしてもう1つは大多数。お歳を召した方を中心にだろうか?

 綺麗だけれど……と一言言いたそうな顔をしている人々。


 ……この反応は当然である。なにせ通常、グラスは“割れ物”。結婚式という席で切る・割れるなど“別れ”をイメージさせる言葉や物は地球と同じで、この世界でも避けられる傾向にある。


 尤もそれは想定していた事なので、早速用意していたもう一つのグラスをアイテムボックスから取り出す。


「ヒューズさん。ルルネーゼさん。これを見てください」

「? それはこのグラスと同じものですか?」

「ちょっと形がいびつじゃねえか」

「その通り。お2人の手元にあるものの前に、練習で作った失敗作なんですが……いいですか? これを、こうします!」


 俺は声を出すと同時に、手に持っていた失敗作のグラスを地面へ。ブロックで舗装された固い地面へと叩きつける。


 するとグラスは軽い音を立て、割れずに数回跳ねた後コロコロと近くのメイドさんの足下へ向かっていく。


「すみません。拾っていただけますか?」

「あ、はい!」


 拾ってくれたメイドさんにお礼を言ってグラスを受け取る。

 少し傷はついたものの、ちゃんと元の形を保っている。


「実はこれ、ガラスに見えるけどガラスじゃないんです」


 ガラスに“見える”だけで、本当はスティッキースライムの濃縮硬化液板をコップの形に加工したもの。言ってしまえば強化プラスチック製のコップのようなもの。


 昨夜、ユイさんが提案した秘策。それは“割れ物”がダメなら、“割れないもの”で贈り物を作れという話。俺が濃縮硬化液板に色をつけて作成していたステンドグラスもどきを見て、思いついたそうだ。


 さらに彼女に教えられたようにこう続けた。


「材質はこれもそちらの2つも同じなので、非常に“割れにくい”ものになっています。しかし残念ながら、人の手で作れるもので未来永劫、不変のものというのは難しい。それもあくまで“割れにくい”だけ。わざと乱暴に扱う。あるいは捨ててしまえば、しばらくは形を保っていてもやがて崩れてしまうでしょう。

 しかし大事に使い続けていただければ、その輝きは一生のものになると信じています。お2人の関係も同じように、お互いを大切に、いつまでもその輝きを忘れずにいられますよう願いを込めて。お2人にこのグラスを贈らせていただきます」

『おお……』

「リョウマ……気の利いた贈り物をありがとよ!」

「私たちはこの輝きを守り続けると誓います」


 そう告げると2人はまた目を潤ませて、周囲も納得したように盛大な拍手が生まれる。


 ほとんどはユイさんの入れ知恵だが、贈り物とそこに込めた思いは揺るがない。


 2人に喜んでいただける良い贈り物ができてよかったと、俺は心から思うのであった。












 ちなみにその後は、


「リョウマ様。先ほどのグラスですが、あれも商品にする気はありませんかな?」

「ちょい待ちぃセルジュ。食器やったらうちの商いにも関係あるんやで? 金持ちは食い物だけでなく食器にもこだわりたがるからなあ」

「お2人とも、残念ですが、あれ作るのすごい手間なんですよ。商品にするなんてとてもとても」


 江戸切子はその名の通り、江戸時代末期に江戸で始まった伝統工芸品。

 それを模したあのグラスの作り方は、無色透明に近い濃縮硬化液板のグラスの上に、色付けした濃縮硬化液板を薄くかぶせ、その後以前開発した工作用の魔法“ポリッシュホイール”をより薄い円盤状にした新魔法“ディスクグラインダー”で表面に傷をつけて、下地を露出させた線で文様を描く。


 わざわざこれを作るために、より集中力が必要な新魔法まで開発して、さらに綺麗な文様を彫るのはかなり難しく、一晩かけてあの2つを間に合わせるのがやっとだったのだ。とても商品として大量生産はできない。


「リョウマ君、もしかして昨日寝てないのかい?」

「さっき人の波にさらわれたのって、もしかしてまた無理な働き方を……」

「……いえ、そんなことはありませんよ。ラインハルトさん、奥様。

 それはそうとセルジュさん、ピオロさん。作り方は教えることができるので、誰かガラス職人の方を雇って委託するならまだ考えられますが」

「ワイはそれでもええで?」

「私は先ほどのリョウマ様のお言葉も売り文句に、結婚式用の贈り物として売りたかったのですが……ガラスとなるとそれは無理そうですね」


 いつものように、江戸切子もどきに興味を示した4人と話しながら。

 心行くまで宴を楽しみ、そして新郎新婦を祝福した。

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