奴隷の歴史と転移者の足跡
本日、2話同時投稿。
この話は2話目です。
「それでは候補の奴隷を集めますので、しばらくお待ちください。それからこちらの本には奴隷法の基礎知識や奴隷の取り扱いに関する注意点などをまとめてあります。初回ご利用のお客様へのサービスですので、よろしければお持ちください」
候補者の選定が終わり、モールトン氏が一冊の本を置いて部屋を出て行く。
扉が完全に閉まると室内の雰囲気が一気に弛緩した。
「やれやれ……お疲れ様でした」
セルジュさんを始めに、口々にお疲れ様と言い合う。
「それにしても、凄い人でしたね」
「オレストはなぁ……根は悪い奴ではないんやけど」
「全く困った男です」
「僕らを前にあれだけ好き勝手する胆力は見事としか言いようがないよ」
「店主が中心だたけど、私もずと見られてたよ」
フェイさんが妙に口数が少なかったのはそれでか……
「僕もまさかあんなに調べられているとは思いませんでした。もしかして皆さんも?」
「調べられてはいないけど、似たような事なら全員経験してるんじゃないかな? あの……性行為を受け入れた奴隷の話とか。あれ昔僕も言われたよ……よりによってエリーゼの前で」
「ワイなんて嫁さんだけやなくて娘もいる前で言われたで。あの後2人の、特に色々調べたらしいミヤビの目が冷たくて冷たくて……」
「あの相手構わず色々と詮索したり反応を見る悪癖。あれがあるから人を見る目が磨かれたのか、それとも人を見る目があるからこそあんな悪癖が身についたのか……彼のお父上である先代の会頭は複雑そうで、よく涙していました。
前にも言いましたが、彼が優秀なのは間違いないのです。しかもその優秀な目で相手を本気で怒らせないギリギリを見極めているからタチが悪い」
どうやらあの人は相手を見ているらしく、あんな事をやっていても仕事上の満足度は高く、必要なら後々丁寧なフォローも加え、致命的というところまでお客様を怒らせることはないのだとか。
俺が同じ事をやったとして……信じがたい人間関係のバランス感覚だ。
上手くやり切れる気がしない。店をつぶしてしまう結果しか見えなかった。
「安心しとき。ワイにも無理やから」
「彼のはただの才能の無駄遣いです。真似をする必要もありませんし、してはいけません」
何とかと天才は紙一重。その一言がふと思い浮かんだ。
「さて、せっかくだし少し休憩させてもらおうか」
「そうですな」
「ほな何か飲み物でも頼みます?」
ピオロさんが備え付けのベルを鳴らし、世話役の女性に飲み物を頼む。
俺はせっかくなので、先ほどいただいた本を読んでみることにした。
……まずは奴隷法の基礎知識や奴隷の取り扱いについて。
奴隷という言葉の印象とは違い、この世界の奴隷法ではちゃんと人権が尊重されている。
奴隷は職業選択の自由を失うが、購入者に対してある程度条件をつける事も可能。
衣食住の保障、病気や怪我の場合に治療を受ける権利、適度に休みをとる権利もある。
この辺は事前に勉強した通り、普通に雇った人と同じで問題ない。
そして気になるのは現在の奴隷法が制定される前、ある国で生まれた“旧奴隷法”。
さらに旧奴隷法から現在の奴隷法が制定されるに至るまでの歴史。
……なかなか興味深い。
旧奴隷法は人権無視と非人道的行為がまかり通るイメージで正しい。
それは今は亡き国で、1つの法が新しく制定された事から始まった。
奴隷制度と関連法規はそれ以前から存在したが、土地によって扱いに差があったらしい。
その扱いを統一し、また著しく悪化させたのが“無職税”の導入。
当時その国は、奇しくも日本国憲法と同じ“勤労の義務”を国民の義務として定めていた。
それが俺と同じ転移者によるものかは分からないが、日本の勤労の義務も、この国の勤労の義務も、国民に強制労働を義務付けるという意味ではなかった。それが“無職税”の導入により激変する。
富国強兵を目的とし、国民の生産性向上のための政策だったと言われている“無職税”。
無職であること、働かないことは悪ではないし、逮捕もしない。
ただし、勤労は義務なので働かないのなら義務を怠っている。
それを認めてほしければ税金を多く払わなければならない。
……という暴論に近い理由で一方的に定められた重税は国民の生活を苦しめた。
働きさえすれば逃れられるが、働きたくとも働けない者が家族にいれば負担となる。
そして税が払えない国民の末路は、奴隷としての強制労働である。
また、無職税が導入されたことにより思わぬ力を得たのが、人を雇う経営者。
生活のためだけでなく重税と奴隷化を逃れるためにも人々は職を求め、需要が高まる。
そして職を持つ人々は職を失う事を恐れるようになる。
次第に雇用条件を悪くしても平気だと考える経営者も出始め、被雇用者の生活はより圧迫される。……しかし法を作る立場にあった貴族や聖職者を始めとした特権階級、あるいはそんな彼らに賄賂を送る裕福な層にはほぼ影響が無かったそうだ。
加えて法を作るのはそうした特権階級の人間であったためか、状況が改善されることは無く。権力が集中し、自浄能力を失い、奴隷や被雇用者にとって不利で貧富の差を広げる法ばかりが立て続けに制定されていく事になった……らしい。
そしてここからが本題。
そんな体制が続けば当然ながら不満を抱く人々も出てくるわけで、国のやり方に反対し武力行使も辞さない反乱軍が生まれた。
結論から言うと最終的に反乱軍は国軍を打ち破り、革命を成功させるのだが……その時のリーダーは一騎当千の強さと戦場を支配する知略を併せ持つ、“黒髪黒目の男”だったらしい。
ここに転移者の気配を感じる。
黒髪黒目の男ならいくらでもいるかもしれないが、一騎当千の強さや戦場を支配する知略なんて言葉が続くとどうも……しかもこの男性は後に宰相となり、国の平定と現代の奴隷法に繋がる奴隷の待遇改善に心血を注いだとされている。
何故か本人に関する資料は少ないらしいが、出自だけは明確に奴隷身分の親から生まれたと記録がある。
“だが当時の状況を示す他の資料を見る限り、奴隷身分の子供に武術の心得や軍略の知識を得られる環境があったとは考えにくく、現代では士気向上のための嘘であり、良心から反乱軍に協力した特権階級の人間であると見られている……”
この話の男が転移者なら、奴隷出身でも色々と説明がつきそうだ。
「随分熱心に読んでいるね? そんなに面白いかい?」
ラインハルトさんの声に気づくと、いつの間にかまた世話役の女性が部屋に来ていた。
「お飲み物のお代わりはいかがですか?」
「あっ、ありがとうございます。歴史のお話がなかなか面白いです」
「そういえば奴隷法の話は一部英雄譚になっていたっけ? 邪魔してごめんね」
「いえ、教えてくださってありがとうございます」
熱中しすぎて女性の声が聞こえていなかったようだ。
お茶のお代わりをいただきつつ、興味のある部分を伝えて再び読書に戻る。
……革命に成功した後、奴隷の待遇改善に注力した彼。
待遇改善ではなく、奴隷制度は撤廃しろ! という意見が当時は多かったようだけれど、国が旧奴隷法の人権を無視した奴隷産出と搾取を前提に成り立っていた以上、いきなり奴隷制度の全てを撤廃することは難しかった。
それまで奴隷に関わっていた人々の職を奪う事になる。
旧奴隷法に従い奴隷を酷使してきた人間も、全てが罪人ではない。
各々の生活や家族を守るため、法に従わざるを得ない人々もいた。
また、開放された奴隷はその後どうすればいいのか?
財産を持たない彼らは、開放された時点で仕事も最低限の衣食住すらも失う事になる。
突然その身一つで放り出されてどうやって生きていけば良いのか?
奴隷制度の撤廃は一時的に奴隷を無くすことは可能でも、大きな混乱と戦乱の火種を生む。
それは奴隷制度で抱え込んだ問題を無責任に放り捨てるのと同じだと彼は強く主張した。
故に彼とその仲間は奴隷制度そのものを撤廃せず、大幅な待遇改善に生涯を捧げたそうだ。
……残念ながらその男性の没後。国は滅びてしまったが、彼が心血を注いだ人権を重視した“新奴隷法”は後に旧奴隷法の問題点や非道の歴史と共に周辺諸国にも広まり、現在の奴隷制度の基本理念として現在まで残っている。
「……」
この本に書かれている内容は大きな要点だけを抜き出してまとめた物。
本格的に調べればもっと詳細な情報が出てくるだろう。
ガイン達に聞けばさらに詳しく知れるかもしれない。
だがそれ以上に、ここまでのことを成し遂げるまでには壮絶な人生と苦悩があったはず。
……幸せに、のんびりと生きる俺にはとても計り知れない。
そっと本で顔を隠し、黙祷。




