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同僚の思いやり?

本日、2話同時投稿。

この話は1話目です。

 午後


 お屋敷の裏手に広がる林の中。

 人が通れるよう木々の枝が切り払われ、下草を刈る程度に整備された小道にそって歩く。

 お屋敷の敷地内ではあるが、ここは極力自然に近い状態を意識して整備されているようだ。

 そして時折感じる生き物の気配……


「……」


 狼のような魔獣が遠目からこちらを窺い、何事もなかったかのように去っていく。


「あれは奥様の従魔ですか?」


 先導するルルネーゼさんに聞いてみると、彼女はおそらくと答えた。


「ここにいる狼系の魔獣の大半、特にこちらの様子を窺っていたのであれば、ほぼ間違いなくここを警備している奥様の従魔です。しかしそれ以外にも使用人の従魔がいますから、偶然通りかかって警戒した誰か他の従魔かもしれません。どちらにしても本日の予定は管理担当者に通達してありますし、襲われることはありませんよ」


 なら良かった。しかし公爵家では使用人にも従魔術師が多いのだろうか?


「ジャミール公爵家は従魔術師の家系ですし、このように従魔がのびのびと生活できる環境も整っています。それを使用人にも解放してくださるので、興味がある方には学びやすい環境になっているからでしょう。長く仕えている使用人には従魔を持っている方も多いですよ。例えば……あちらをご覧ください」


 ちょうど小道の終点にたどり着くと、そこは綺麗な長方形に林が切り開かれていた。

 地面は青々とした草と野性味の強い花で覆われ、また左を見れば大きな湖が広がっている。

 草原の広さは小学校の体育館ほどある。これなら走り回るにも遊ぶにも十分だろう。


 そしてルルネーゼさんが示したのは、湖の中心部。

 少々いびつな形だけれど、苔むした円錐に近い島がある。

 あの島に何かいるのだろうか?


「あれは島に見えますが、実は“フロートランドトータス”という魔獣なんです」

「あ、そっちでしたか……」


 詳しく聞いてみると、フロートランドトータスは体内に浮き袋を持ち、水面近くに浮かんで生活する。食事は漂ってきた水中の虫や小魚など、骨まで噛み砕くために鋭い歯と強靭な顎を持っているが、気性はとても穏やかな魔獣らしく、十分な大きさに成長していれば背中に乗ることもできるそうだ。


「ちなみに契約者は料理長のバッツさんで、私も幼い頃は時々背中に乗せていただきました」

「乗れる……そういえば僕、移動を助けてくれる従魔に興味があるのですが、乗り心地は?」

「フロートランドトータスは基本的に浮かぶだけなので、乗れはしますが人を乗せての移動には適しません。バランスを崩すとひっくり返ったりもします。まぁ、それは子供心に楽しかったと記憶していますが」


 本当に風船みたいな感じなのか……っといけない、仕事を始めよう。


「もうですか? まだ夫も来ていませんが」

「少し準備を整えておくだけです。その方がお手伝いに来てくださる方も働きやすいと思いますし。それに本当に簡単な作業ですから」


 結婚式場設営の前に、まずは設営の準備を整えるのだ。

 ……まぁ、具体的に何をするのかというと、


「『ディメンションホーム』」


 例によってスライム頼み。

 ウィードスライムに邪魔な草を食べてもらうだけなんだけどね!


 この後、人海戦術ならぬスラ海戦術により、結婚式場予定地の邪魔な草は瞬く間に取り除かれた。











 そして準備は進み1人、2人とボランティアの参加者が集まり始める頃……


「リョウマ君ー!」

「あっ、お疲れ様でーす! ……?」


 カミルさんの声が聞こえて振り向けば、その後ろにゼフさんとジルさんもいる。

 なぜか、ぐったりしているヒューズさんに肩を貸しながら……


 顔見知りの護衛4人が来てくれたのは嬉しいけれど、


「なんでまたこんな状態で? 顔青いし、大丈夫ですか?」

「……!」


 ヒューズさんは息が荒く、口を押さえて弱弱しく首を振る。


「喋ると吐きそう?」

「!」


 どうやら正解のようだ。


「ちょっ、今はやめてくだせぇ」

「ゼフ、そっちの木陰に転がしておくぞ」


 ジルさんの提案はすぐに行動に移され、ヒューズさんは本当に木陰に転がされた。

 代わりにルルネーゼさんが駆け寄っていたので問題はないだろう。


「で、カミルさん。何があったんですか? 例の昇進のための勉強とか?」

「ううん、それとは全然関係ないこと」

「本人に悪気はなかったんですがね……女性に大して無神経なことを言っちまって、ぶん殴られたんでさぁ」

「珍しいことではない」

「そうでしたか……でも、あんなになります?」


 ヒューズさんも公爵家の警備兵の1人。それ相応に鍛えられているはずなのに。

 仕事終わりで鎧をつけていないことを加味しても、一人で動けなくなるほどに?


「ああ……今回は相手が悪かった」

「リビオラさんは知ってるよね?」

「大猿人族の? それなら午前中に実験を手伝っていただきましたが」

「知ってるなら話が早い。あの人にやられたんだよ。ちなみに彼女は体格だけじゃなくて、ちゃんとした徒手格闘の技術を身につけた人だからね」

「我々のような男が入れない場所もあるからな。そういう所での護衛は彼女が対応する。女性の中では1,2を争う腕利きだ」

「一瞬拳を見失いかけるくらいの速さで、綺麗に鳩尾に入ってやしたねぇ……」

「そうだったんですかー……」


 ヒューズさん、全力で急所を狙われるって、あなた一体何を言ったんですか?

 ……と思って視線を向けると、彼はルルネーゼさんに甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。

 そして本人達は気づいていないようだが、集まってきたボランティアの男性達の目が怖い。


 気持ちはわからんでもない。


「あっちはほっといて作業始めましょうか? まだ集まりきってないみたいですけど」

「そうだな、それが良いだろう。お互いに」

「僕、来てる人に声かけてきますね」

「では、あちらの角に集まるようにお願いします。作業の説明をするので」

「あの砂山とか色々ある所ね、了解!」

「あっしも行ってきやす」

「私……は、いらなそうだな。そちらの準備に手は必要だろうか? 何かあれば遠慮なく言ってくれ」

「では1つお願いが」


 そして作業が始まった。


「まず皆さんにお願いしたいのは、結婚式の参加者が集まるパーティ会場の整備です。範囲は既に他より一段深く掘り下げて、淵をレンガで補強してあるので、この内側で作業をお願いします。

 まずは……レンガの内側にはこのように、適当な間隔で土を山にしてあるので、近いところから適量取ったら、地面に敷いて押し固め、こちらの道具で表面を平らに均してください。盛る土の厚さは四方を囲むレンガに印をつけてあるので、最初はそちらに沿う様にお願いします。作業は端の方から始めて、そこへさらに内側を合わせるように」


 ジルさんに手伝ってもらい、集まってくださった人々の目の前で実演。

 人が乗って歩ける程度の地面から凹凸を無くした後は、


「地面の用意ができたら、今度はこちらの石版を敷きます」


 それは“H”形のブロックが隙間無く組み合わされた模様(・・)の石版。今回の参加者はほとんどがこういった仕事に不慣れなことを考慮して、事前にある程度組み合わせた状態を“1つ”とイメージして土魔法で作り上げた。1つの辺が約3メートルと広い分、土を均した後は一気に、綺麗にブロックを敷いた会場を作れるだろう。


 難点は重い事だけど、警備担当だからか腕力や体力に自信がある人が多くて問題にはならなそう。


「こうしてピッタリ合わせて、次々並べていただきたいのですが、そうすると継ぎ目の所にブロック1つ分の空きが出てきます。そこは別に用意してあるブロックを入れて埋めてください。穴が埋まると同時に、簡単に2つを繋ぐことができます」

「ほー、なんか思ったよりか簡単そうだな」

「土敷いて板置くだけか」

「これだけでいいのか?」

「今回の目的ならこれで十分です」


 色々やりすぎると手間がかかるし、何より式の後でここを元に戻すのが大変だ。代わりに地盤も土魔法で軽く固めておいた。結婚式と披露宴は1日。その前後を合わせても一週間程度なら問題ないはずだ。


「こちらに水平器も用意しました。盛る土の高さと凹凸に注意してください。酔っ払った時に繋ぎ目に足を引っ掛けると危ないですし、傾斜は酷いと料理や飲み物が滑り落ちるかもしれません。単純ですが、結婚披露宴を快適に楽しめるかが皆さんの仕事にかかっています!」

「ははっ、酒の席の快適さか」

「そう言われちゃ気合を入れないわけにはいかないな」

「その意気でよろしくお願いします。それからもう一点、縁のレンガと石版の間にある隙間については、さっきと同じ単体のレンガを切って埋めてください。またそのために土魔法が使える方がいたら力を貸していただきたいのですが――」

「それなら私が。所属は魔法隊、専門は結界魔法ですが土魔法もそれなりに使えます」

「私も使えますよ」

「僕もやるよ!」


 体格の良い男達が壁のように並んだ後ろから声が聞こえた。

 人垣が割れて出てきたのは線の細い男性と女性、他にも数人似たような人がいるようだ。

 カミルさんも一緒にいるし、魔法隊という名称からして……


「魔法隊と言うと魔法の専門家じゃないですか! ありがとうございます! 頼りにさせていただきます」


 少々大げさに感謝すると静かに、だけどどこか満更でもなさそうな苦笑いが帰ってきた。


「では……魔法使いの方にはまだ説明させて頂くのでこちらに。他の皆様は早速作業をお願いします」

「よし、皆始めるぞ!」

『応!』


 ジルさんが音頭をとって、警備の男性達が作業に入る。

 そのうちに魔法隊の人材はカミルさんがまとめてくれていた。

 さらにゼフさんは遅れてやってきた人に、どちらへ合流すれば良いかを教えているようだ。


 こうして面識のある3人が間に入ってくれたことで俺の負担は減り、作業もスムーズに進んでいく。


 ……ちなみに主役の2人はというと、


「俺も手伝うぜ」

「なんだヒューズ、もう腹はいいのか?」

「なんならもっと2人でいていいんだぜ?」

「つか行って来いコラ!」

「羨ましいぞテメェ!」

「式の前に不安になる女もいるって話だぞ!」

「そうだそうだ! 柄にも無く真面目に仕事しやがって!」

「ルルネーゼさん不安にさせたらぶっ殺す……」

「もう一度しっかり話し合えよ。思い直しても良いぞ?」

「とにかく行って来い!」

「つーかこっち来んな! 裏切り者がぁ!」

「おい待ておまグフッ!?」

「すんませーん、こいつお願いしまーす」


 嫉妬か善意かわからない……ただ間違いないのは、復活したヒューズさんを再びダウンさせて二人の時間が作られたこと。そして結婚相手との時間を作業の合間に、遠目から観察されるというある意味天国、ある意味地獄の時を過ごしていた事である。


 ……皆さん仲は悪くないのかもしれないが、やり方が過激だなぁ……

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― 新着の感想 ―
[一言] というか・・・ 今後は、リョウマがスライム使って何事かをする際には、どんな事でも「スラ海戦術」が一般化するのでは?と思ってしまうw スカベンは勿論、クリーナーもそうなりつつあるし、廃坑の鉱物…
[一言] 同僚の結婚する者に対する”重い槍”=どす黒い嫉妬心、妬み?が覿面に顕れている・・・ってか?相手・新婦さんが職場の”華”であればこその”重い槍”。。。かなぁと(笑)
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