疲れた体に
本日、3話同時更新。
この話は2話目です。
「リョウマ様!」
冒険者ギルドでの騒ぎをなんとか抑え、公爵家のお屋敷に帰ってきた矢先。やけに深刻そうな顔をしたメイド長のアローネさんに呼び止められた。
「どうなさったんですか?」
「少々、ルルネーゼの式に関して問題が……帰って早々に申し訳ないのですが、お時間をいただけないでしょうか?」
「僕で力になれるのでしたら」
何があったか知らないが、とりあえずアローネさんについていく。
するとやがて女性の声、それも大勢の声が聞こえてくる。
「――ら! ――――――です!」
「いいえ! ぜっ――――よ!」
「――の? ――ゼの髪には――」
……何か言い争っている感じだ……
「あの子達は……お見苦しいところをお見せします」
アローネさんはそう言うと、先行して声の聞こえる扉を勢いよく開け放つ。
「あなた達! 何を馬鹿騒ぎしているんですか! 廊下まで声が聞こえていますよ!」
一瞬で静まる女性達の声。
しかし同時にアローネさんの表情も固まった。
「奥様! こちらにいらしたのですか?」
どうやら彼女の知らない間に奥様が参加していたらしい。
「こんにちは~」
「あら、リョウマ君! 帰っていたのね」
「お疲れさまです。結婚式について話があると聞いたのですが、今よろしいでしょうか」
「もちろんよ。こっちにいらっしゃい」
「お席を用意いたします」
「お茶も入れませんと」
「お菓子を取ってきますね」
集まっていたメイドさんがせわしなく動き回り、場に流れていた微妙な空気がうやむやになった。そして改めて会議は仕切り直す。
「アローネさん、僕に相談があるとのことでしたが」
「結婚式場の件で少々。こちらなのですが……」
彼女が差し出したのは見覚えのある5枚の紙。
昨夜の会議で参考にと俺が書いたデザイン画だ。
俺自身に縁はなかったけれど、40近くなると同級生は大半が結婚済み。
招待状や式の写真が送られて来ることはよくあって、それを覚えている限り書き出した。
割と好意的に受け入れられていたと思ったが……
「その絵に感化された者が次々と意見を出してきていまして」
続けて渡されたリストには、この部分をこうしてほしい、ここはもっとこうすれば良くなるのではないかといった提案が書き連ねてあった。
「最終的に制作をお願いするリョウマ様から見て、作れる物と作れない物を分けて頂きたいのです」
「わかりました」
結婚式で使う鐘を鐘楼に設置したい……場所があれば可能。
会場に石畳を敷く……これも可能。
壁や柱への装飾は……可能だけど、量と物によっては来賓から式が見にくくなるかも。
……
「……よし。アローネさん、終わりました」
「ありがとうございます。この内容をもとに式場の要望をまとめます」
質問は多かったけど基礎は決まっていた。
この分だと明日には着工できそうだ。
「お疲れ様、リョウマ君」
「お疲れ様です。……?」
リストの意見を確認していると、思ったより時間が経っていたようだ。
室内にいる使用人の顔ぶれが来た時と大きく変わっている。
変わらないのはアローネさんと奥様だけだ。
「どのくらい経ちました?」
「2時間ぐらいじゃないかしら? 何か食べる?」
「ありがとうございます。でも合間にお菓子をいただきましたから」
というか、奥様はどうしてここに?
そう聞くと、奥様は珍しく笑顔を崩した。
「会いたくないお客様が突然来ることになったから、避難させてもらったの」
「……やっぱりそういう方もいらっしゃるんですね」
「そうなのよ~……」
どんな人なのか気になるけれど、奥様が不快そうだし話題を変えよう。
「大変ですね。毎日お客様の相手をしてお疲れなのでは?」
「そうね……それが務めだから仕方ないのだけれど。温泉に行きたいわ」
「温泉、お好きなんですか?」
「お義父様が火龍山脈という場所に領地を持っているって知ってるかしら?」
「あっ、それテイラー支部長から聞きました。昔、神獣と契約して色々な権利や褒美を貰ったと」
「そうそう。その中に火龍山脈の領地があって、そこに今は温泉街もあるの。昔はよく行ったわ。そこの温泉は疲れも取れるし、全体的に体調が良くなるの」
「へぇ……一度行ってみたいですね。そこの水質はどうなんでしょうか」
ちょっと興味が出てきた。何かファンタジーな成分とか入っているんだろうか?
「水質についてはわからないけど、シュワシュワしていて、入ると体がすごく温まって赤くなるのよ」
シュワシュワということは炭酸泉? 魔法的な効果とか、特別な感じではなさそう。
少々がっかりだけれど、それなら“バスボム”でも作れば疲労回復の助けになるかな?
……ちょっと提案してみよう。
「温泉に入れるの?」
思った以上に食いつきが良く、奥様は目を輝かせ興味津々といった様子だ。
「お風呂のお湯を温泉に近づける入浴剤が作れます。材料が揃えば」
バスボムを作るのに必要な材料は、重曹とクエン酸。そこへ少量の片栗粉やコーンスターチを加えて混ぜ、霧吹きなどで軽く湿らせた物を型で固めて乾燥させれば完成。香油などを加えてもいいが、重曹とクエン酸だけでも炭酸ガスは発生する。
重曹は塩、もしくは一部進化待ちのアシッドスライムが餌にしている苛性ソーダを元に錬成すればいいし、クエン酸も錬金術を使えば適当な果物から抽出できる。(安全性を考えると食品に使える程度の品質は必要)
「……やっぱり材料さえあれば作れると思います」
「その“バスボム”はもしかして、昨日話していた美容の秘薬なの?」
秘薬。若干心躍る響きではあるけれど、バスボムを秘薬と呼ぶのは憚られる。
「秘薬とまでは……あると良い物ではありますが」
「何が必要なの? 用意できるものならすぐに用意してもらうわよ」
「では、ラモンを籠一杯、部屋に運んでいただけますか? あとパン作りに使う“ムミトウ”と肌についても荒れない、質の良い植物油を分けていただければもう1つ、“シュガースクラブ”という物を作れます」
「分かったわ。すぐに用意してもらうから。アローネ」
「かしこまりました。ラモンを籠一杯、ムミトウと植物油ですね? 厨房へ行けば揃いますから、リョウマ様はお部屋でお待ちくださいませ」
「どのくらいでできるかしら?」
「シュガースクラブは1対1の割合で混ぜるだけなのですぐにでも。バスボムは一応安全性を確認するために鑑定した上で試用します。それでも30分程度あれば十分かと」
「分かったわ。楽しみにしてるわね」
こうして俺は、純粋な善意でバスボムとシュガースクラブを作ることにした。
しかし……
「……ねぇ、聞いた?」
「聞いた聞いた、美容の秘薬ですって」
部屋を後にする直前、聞こえたメイドさんの声。
秘薬なんて大層な物じゃないのに……
そう思ってスルーした言葉が、後に公爵家でちょっとした騒ぎを起こすとは思ってもいなかった……




