再会 3
本日、3話同時更新。
この話は3話目です。
「お待たせいたしました」
先ほどとは違うメイドさんが、準備が整った事を告げに来た。
アローネさんとリリアンさんのおかげで、だいぶ緊張がほぐれた気がする。
いよいよ公爵家の皆様との面会だ。
「それでは参りましょう」
再びメイドさんについて移動開始。
彼女は猫人族のようで、毛並みの美しい尻尾が目の前で揺れていた。
お土産が詰まった箱を抱え、俺には価値の計り知れない壷や絵画で飾られた廊下を粛々と進む。
「こちらです」
彼女は真っ白なドアの前で立ち止まり、準備は良いかと目で問いかけてくる。
俺達が了承を返すと、彼女はそっと扉を押し開けた。
「いらっしゃい! リョウマ君!」
「! ……奥様?」
窓が大きく、よく日の入る明るい部屋。
たくさんの観葉植物に囲まれながら大きく手を振っている奥様。
以前と変わらず気さくに声をかけてくれた。それがとても嬉しい。
しかし、おかげでここからの手順と挨拶の口上が頭から吹っ飛んだ。
幸いそれは一瞬の事で、すぐに思い出せたが、
「いらっしゃい、よく来てくれたね。堅苦しい挨拶は抜きにしよう。さぁ、3人とも座ってくれ」
今度は奥様の隣に立っていた現公爵のラインハルトさんが、色々と手順をすっ飛ばす。
「ははは……こうおっしゃっている事ですし、入りましょう。リョウマ様」
「そうですね」
一応、練習してきたんだけどな……
でも、
「改めまして、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」
「私達もよ。手紙で無事とは聞いていたけれど、やっぱりこうして会うのが一番よね」
「街でうまくやっていけてるか、無理をしていないか、心配したよ」
「セルジュさんやピオロさん、その他にも大勢の方々が助けてくださっていますから」
和やかに会話が始まり、公爵夫妻はセルジュさんとピオロさんにも声をかける。
そのうちメイドさんがお茶や茶菓子を用意して退出し、ここは俺達5人だけになった。
5人……
「美味しいお茶ですね」
「お口に合って良かったわ。私の好きな銘柄なの。お菓子もどうぞ」
「ありがとうございます。ところで、つかぬ事を伺いますが、本日ラインバッハ様は? お世話になりましたし、ラインバッハ様にもお会いしたかったのですが」
「お義父様は……」
「逃げてしまったよ」
「逃げた?」
ラインハルトさんは苦笑いだ。
「この時期は面会希望者が多いからね。それも、君みたいに純粋に会いたいだけの人はそうもいない。単純に憧れてる人もいる事はいるんだけれど、大体が下心を持って近づいてくるからね。面倒になって、火竜山脈に逃げちゃったよ。セバスは供として連れて行かれた。いつまでも我々に頼るなー、なんて言い残してね」
火竜山脈と言うと……この間テイラー支部長から聞いた、ラインバッハ様と契約した神獣が住んでいる危険地帯か。普通の商人が簡単に挨拶に行ける場所ではない。
「そうですか……それは少し残念です」
「帰ってきたら君が会いたがっていたと伝えておくよ。君がそう言ってくれるなら喜ぶだろう」
そんな風に軽く雑談を続けて場が温まってきた頃、今度はお土産を渡す流れになった。
「それでは僭越ながら私から……」
椅子の隣に設置された専用の台からテーブルの上へ。セルジュさんが取り出したのは小箱だ。全体的に白磁のように白く光沢があるけれど、木の香りもする。装飾は飾り紐だけで派手過ぎない、品の良い品に見える。
「今年の夏から私の商会で取り扱っている“オルゴール”、その最新型でございます。曲はかの有名な作曲家、フレッチ・マーリン様にお願いし、箱はバナンド産の最高級ロックスキンウッド。その中でも最も希少な純白の物で拵えさせました」
とても手のかけられたオルゴールらしい。
「オルゴールか、最近よく聞くようになったね」
「ディノーム工房が有名よね」
「はい。こちらも中核部分はディノーム工房で最も腕の良い職人が手掛けております」
「これは見た目も綺麗だし、パーティーでの話題にもなりそうね」
「こちらは非売品ですが、当店で取り扱いのあるものはすでに多数のご注文をいただいております」
日本にもオルゴール記念館とかあったし、ぼちぼち愛好家が出てくるかもしれないな。
次はピオロさん。軽快な前置きをしながら取り出された箱には――!! あれってまさか!
「ブルワナート産のカッカーオを元に作らせた“チョコレート”です」
やっぱりチョコレート! 前世では食べたくなればいつでも買えたけれど、この世界では初めて見た。商売でいい豆が手に入ったとか、ここ数年で一番だとか、そういう話はどうでもいい。後で少し売ってもらえないかを聞いてみる。それだけを心に決めた。
そしてとうとう俺の番になる。
「僕からは、こちらです」
テーブルに並べるのは、クリーナースライムの“消臭液”。そしてスティッキースライムの糸で作られた“防刃シャツ”……洗濯屋に関係する品として、消臭液と服を選んだ。
シャツについてはティガー武具店でダルソンから受けた説明に、今日まで実際に使ってみた感想を付け加えてアピール。
「薄手で軽いし、女性でも問題なく着られるわね。裏地にこの素材を仕込む事もできそうだし……」
「比較的安価な防刃素材……それもメタルスパイダーの糸並みに性能が高いなら、領軍の装備にもいいかもしれないね」
その分、加工に手間がかかるし、刃は防げても衝撃は通す。敵が強化魔法や気を使っていれば、刃を止めきれない可能性もある。その辺についてはきっちり説明をしておかなければ。
「それでも検討してみる価値はあるよ。兵士を一人育成するにも長い時間と相応のお金が必要だからね……それに服一枚でも兵士全員に与えるとなるとかなりの額になる。だから良い装備を与えて兵士が無事に帰ってくるなら、それに越した事はない。……あくまでも効果と費用が釣り合っていると判断できればの話だけどね」
「ご検討いただけるだけでも、職人にとっては幸せだと思います」
「これについてはまた後日返答するよ。とりあえずうちの家族全員分はお願いしたい。後で寸法は教えるから」
「それでこっちは消臭液ね? リョウマ君のお店で作ってる」
「はい。そちらは店で取り扱っているものと全く同じものです」
最近、以前にもまして消臭液の需要が高まっている。
明らかに個人では使いきれない量を購入していく客がいる。
そんな話をレナフの支店からの報告書で読んで、転売でもされているのかと気になったので調べてもらったところ、公爵家に運ばれていた事を先週知ったため、お土産に加える事にした。ここで提示したサンプルの他にもある程度の量をメイドさんに預けてある。
「助かるわ。これ、うちの使用人にも評判がいいのよ。最近はお客様が多くて服にも家具にも香水の匂いが染み付くから」
手紙にそう書いてくだされば、いつでも送ったのに……
「量が多いから悪いと思ったのよ。リョウマ君、私達が欲しいって言ったらタダでくれそうだし」
「まあ……そういう気持ちもないとは言いませんが。次回からは大量購入のお礼におまけをつけるくらいに留めますよ」
店で商品として扱っている以上はね。他のお客様の事もあるし……でも確かに個人的にはそこまで執着がないのも事実なので曖昧に笑う。
「セルジュ、ピオロ、そしてリョウマ君。それぞれ素晴らしい贈り物をありがとう。お礼に今夜は当家で夕食をご馳走したいのだけれど、予定は空いているかな?」
やはり来た、“夕食へのお誘い”。
貴族にとって、この時期は面会を求める商人が次から次へとやってくる。そのため1人に長々と時間をかけていられないのが実情。それを理解している商人は、俺達のように複数人でまとめて挨拶をする。また、この場ではあまり深い会話もしない。
その代わり、挨拶をした貴族が商人と更なる付き合いを望む場合は今のように食事に誘う。商人は短い会話と贈り物で興味を持ってもらい“食事”、さらに気に入られれば“宿泊”という更なるチャンスを得る。それがこの時期、商人が行う挨拶の暗黙の了解だと、ここ2週間カルムさんから詳しく聞いていた。
故に、
「喜んでご一緒させていただきます」
ためらう事なく俺も答えていた。
「よかった。料理人には伝えておくよ」
そして俺達は一旦退室となる。
「ところでリョウマ君」
「?」
……はずだったけれど、何かあるようだ。
場慣れしている二人に目を向けるが、分からないらしい。
「リョウマ君は人形を作るのが上手だったよね?」
「上手、と言っていただいた記憶はあります」
まだ皆さんとギムルで別れる前の話だ。懐かしい。
「それに神様の像も作れるのよね?」
「たまに作っていますが……もしかして神像が必要ですか?」
「そうなんだ。ルルティア様、クフォ様、ウィリエリス様の像が各1体ずつ。大きさは人と同じか少し大きいくらいの物が欲しい。報酬は像1体につき小金貨10枚。もし作れるなら君に依頼したい」
「なるほど、結婚式用ですね」
ルルティアは愛の女神……つまり人間関係を司り、クフォとウィリエリスは生命神と地母神。夫婦の健康や新たな命の誕生を祝福する、という事で結婚式の際に祭られる神々だ。
「察しの通り。もう聞いていると思うけど、今度ここの敷地を使って結婚式をするんだ」
「新婦は公爵家に仕えてくれて長いし、仕事に真面目な子なんだけど……」
「たしか式を挙げようとしなかったとか」
「そうなのよ」
先ほどの控え室で、アローネさんから聞いた。
そのメイドさんは公爵家に仕えてから長く、仕事ぶりは真面目で周囲からの信頼も厚い。しかし仕事一筋で、もういい歳なのに恋人もいない。……そう誰もが思っていたが、先月突然に結婚を発表したそうだ。
だけどその人の友人はこのお屋敷の使用人ばかり。結婚式を開いても全員は時間が合わないし、無理に合わせると公爵家に迷惑がかかる。式の費用を将来の貯えに回せるし、結婚はするが式はしないと話していたらしい。
ちなみに語ってくれたアローネさんの口振りは、仕事ばかりの娘を心配する母親のようだった。
「あの子はよく働いてくれるんだけど、自分より仕事を優先しすぎるきらいがあるの」
「そのうちに本人がやらないつもりなら、勝手に祝いの席を用意して驚かせようという話になったんだ。彼女の同僚からもちゃんと祝ってあげたいという声が多くてね。リョウマ君だけでなくセルジュとピオロにも、飾り物や食材の相談に乗ってもらえると助かるんだけれど」
2人は笑顔で引き受ける。俺も協力はしたいけれど、
「そんな大事なお祝い用の像を、僕が作っていいのでしょうか?」
結婚する2人には一生の思い出になるのだから、それだけが気になる。
だがそんな俺に対して、ラインハルトさんは笑いかけた。
「大丈夫大丈夫。実は計画途中で本人に計画が漏れて、今はもう本人の意見も聞きながら準備してるから。用意するなら君の作った像がいいって本人達が言ったんだ」
「心配なら直接話してみる? 彼女もリョウマ君とは話したがっていたし」
言うが早いか奥様がテーブルに置かれていたベルを鳴らす。
「お呼びですか?」
そして先ほどの猫耳メイドさんが現れる。
「今ちょうどあなたの結婚式の話をしていたのよ。ルルネーゼ」
「えっ」
結婚するメイドさんってこの人だったの?
改めて見ると……彼女はキリッとした目つきにメガネをかけた、キャリアウーマンや秘書という言葉がぴったりな美人。確かに真面目そうな人だ。それが自分の結婚の話をしていたと聞いて微妙に頬を赤らめている。
……男性からの人気が高そう。結婚相手の男性は妬まれていてもおかしくない。
「私達のために、ありがとうございます」
「遠慮しなくていいのよ。式に使う神々の像をリョウマ君に依頼したけど、よかったわよね?」
奥様の問いかけに彼女は頷いた。
「タケバヤシ様の腕前は旦那様方が認められるほどですし、我々夫婦にとっては恩人です。夫は是非タケバヤシ様に作ってもらいたいと常々話していましたし、私も市販品より心を込めて作っていただいた物の方が嬉しく思います。もちろんご迷惑でなければですが」
「迷惑だなんてとんでもない! それで喜んでいただけるのであれば是非、私に作らせてください」
だがもう一つ質問したい。
「先ほどから話に出てくる旦那様ですが、僕の知ってる方でしょうか? それに僕の事を恩人と言っていましたが……」
その辺りがよくわからないので聞いてみると、可愛らしく首をかしげるルルネーゼさん。
「……夫から聞いていませんか? 昨日タケバヤシ様とお会いしたはずなのですが」
「昨日?」
「はい。次に会ったら必ず話すと口癖のように話していて、昨夜はタケバヤシ様を宿に案内したと言っていたので――」
てっきり説明されているものと思っていた。僕もだ。私も。
そう語る彼女と公爵夫妻の声が妙に遠く聞こえる。
恩人。俺の石像作りの腕を知っている。昨日会った。宿に案内。
それらのキーワードが脳の中で一人の男性に繋がっていく。
「夫って……まさかヒューズさん!?」
「は、はい。私の夫はヒューズで間違いありません……」
さらに顔を赤らめる猫耳の美人。
ヒューズさんはいい人だけど、なんとなくそういうイメージがなくて驚いた。
年齢的には不思議でもなんでもないのだけれど……この人とあの人が結婚か……
喜ばしい事だけど、恋愛と無縁だった身としてはちょっと爆発しろと思う。
公爵家への挨拶は、複雑な感情と共に終わりを迎えるのだった。
マンガUP!とガンガンONLINE様で連載中のコミカライズ、コミックス1巻が2018/6/13に発売となります。よろしくお願いします。




