下山
本日、3話同時更新。
この話は3話目です。
翌朝
「昨日は遅くまで協力ありがとうね」
「こちらこそ。泊めていただきありがとうございます」
「いいのいいの。これ、昨日の5人の報奨金ね」
「ありがとうございます」
警備隊員の女性から小さな麻袋を受け取って、ケレバンの詰所から街へ。
まだ人通りの少ない早朝の風が柔らかく頬を撫で、体を冷ましていく。
「はー……」
なんだか気が抜けた。
昨日の夜だけであっちへ行ったりこっちへ行ったり……でもその甲斐あってペドロさんの捜索は達成。ケレバンに着いてから先は詰所の警備隊員に任せたけれど、俺が考えていたほど深刻な怪我ではなく、今朝の段階で命の危険も脱しているそうだ。獣人族の生命力は強いと聞くが、俺の想像以上なのかもしれない。
もっとも当分は安静が必要だし、腰の痛みがなくなるまでにはしばらくかかるらしいが……命があればやり直しはできる、とその場に居合わせた誰もが話していた。
俺も最悪な結果は避けられて何よりだと思う。苦労はあると思うが、彼にはわざわざ捜索依頼を出してくれるような知人もいるんだし、きっと大丈夫だろう。
「っと」
持ったままの麻袋を落としかけた。握りこんだ拳の中から銀貨の音がする。
盗賊には生け捕りにした場合に限り、懸賞金がかかっていなくても1人につき2000スートの報奨金が支払われる。意外と高額報酬なのは危険というだけでなく、利益を保証することで、冒険者が自発的に盗賊討伐を行なうよう働きかける狙いがあるようだ。
ちなみに捕まった盗賊には服役および刑務作業が課されるという話で、報奨金はこの刑務作業で捕まった本人に稼がせているとの事。つまり俺が引き渡した5人も今後どこかへ連れて行かれ、そういった生活を送るのだろう。
ペドロさんが生きていることを知り、身動きの取れない状況で後悔なり反省なりをしたのか、最後はやけに素直になっていたし……無事に刑期を全うして、更生して社会復帰ができる事を祈ろう。
「……ん?」
なんとなく歩いていると、教会らしき建物の前を通りかかる。ギムルの教会と比べて大きさは同じくらいだが、門構えが立派で垂れ幕など装飾の類も多い。敷地内では修道服を着た初老の男性が、まだ若い修道士を5人ほど引き連れて掃除をしているので、おそらく教会で間違いないだろうけど。
……そういえば初めてこの街に来た時、護衛の皆さんが教えてくれたっけ。
この街には“創世教”と“神光教”。同じ神を信仰する2つの宗派の教会がある、と。
普段あまり意識しないけど、俺が行くギムルの教会は質実剛健。清貧を旨とする“創世教”の教会なんだよな……
「君、もしかして迷子かね?」
おっと。
建物をじっと見ていたからか、初老の男性が近づいてきた。
「すみません、迷子ではないのですが……こちらは教会で間違いありませんか?」
「その通り。神光教の教会だよ」
「そうでしたか。このような立派な教会を初めて見たもので、驚きました」
「そうかそうか。このような教会が珍しいか。……そうだ、よければ礼拝堂も見て行くといい」
「礼拝堂を? 私は創世教の信徒ですが」
「同じ神を信仰する者同士。宗派の違いなど些事に過ぎぬよ。神々は我々を分け隔てなく愛してくださる。時間があれば祈って行くがよかろう」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
特に急ぎの用も無いし、誘いを固辞するのも憚られたので、男性についていく事を決める。
荘厳な石造りの階段を上り、真紅の絨毯が敷かれた建物へ。
途中すれ違った周囲の修道士からは、俺を歓迎するかのような笑顔で目礼を受けた。
「ここが礼拝堂だ。さぁ、中へ」
開かれる扉。内部には磨き上げられた真鍮の燭台がずらりと並び、神々の像が設置された祭壇までの道を作っている。道の左右には礼拝に来た信者用だろう、落ち着いた色合いの長椅子が並べられている。
人はまだ誰もいないようだ。
「遠慮せず、近くに寄りなさい」
言われた通り、像に一番近い場所で祈りを捧げる。
「……」
ああ、ここでもか。
彼の言った通り、宗派が違っても関係ないようだ。
祈りを捧げた瞬間の、光に包まれていく感覚。慣れすぎて、もはや安心すら感じる……
「いらっしゃーい!」
「うぉっ!?」
神界に来て早々ルルティアに出迎えられた。それも、よく来てくれた! と言わんばかりの雰囲気で。一体どうしたというのだろうか……正直テンションについていけてない。
「2人とも、特別ゲストの登場よ!」
「ふたり?」
ルルティアが声をかけた方向へ自然と目が向く。そこには見知らぬ女神が2柱。片方は貴族のように品が良さげで、優しそうな中年女性。もう片方は美しさと野性味を同時に感じさせる女戦士。正反対の印象を受ける2柱の神々がテーブルを囲み、お茶を飲んでいる姿を確認した。
「あらあら、新しいお客様ね。いらっしゃい。お茶とお菓子を増やさなくては」
「へぇ……話には聞いていたけど、本当に呼べばここに来れるんだな」
「お初にお目にかかります。リョウマ・タケバヤシと申します」
「知っていますよ。この前、地球から来られた方ですよね? 私はウィリエリス。大地と豊穣の女神と呼ばれております。この度は我々の世界を、人々の生活を守るために協力していただき、本当にありがとうございました。どうぞお気を楽になさって? ルルティアには心を許しているのでしょう? 同じようにしてくれないと寂しいわ」
「は、はぁ……そう言ってくださるのであれば……お言葉に甘えます」
これまでお会いしたどの神様よりも丁寧な対応を受けている気がする。所でこちらの方はもしや、
「アタシは戦と断罪の女神のキリルエルだ。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
やっぱり戦の神様だった。こちらこそよろしくお願いしたい。
「竜馬君固いわよー」
「ここには慣れたけど、さすがに初対面の女神様と。それも2柱も一度に会えば驚くって……流石に少し慣れる時間が欲しい。で、何かあったの? ルルティア」
最初からやけに歓迎ムードだったけど。
「地球の“女子会”っていうのを開いてみたんだけど、全然盛り上がらないまま話題がなくなっちゃったのよ」
「ああ、そういえばガイン達がそんな話を……?」
待てよ? その話を聞いたのは昨日。もう日をまたいでいるから2日前か。
「そんなに長時間やってたら、そりゃ話題もなくなるわ」
「アタシもそれで無理やり呼ばれてきたんだ。それで色々話してはみたけどさ」
キリルエル様がジト目でルルティアを見ている。
「キリルエルの話題は殺伐としすぎなのよ……地域紛争の話なんて全然女子会らしくないじゃない!」
「最近の話をって言ったのはルルティアじゃないか!」
女神同士の言い合いが始まり、
「すみませんねぇ、ろくな説明もなくこの有様で。お茶とお菓子をどうぞ」
「ありがとうございます」
マイペースなウィリエリス様からお茶とお菓子をいただく。
「ところで今日はどうして教会に? 誰かに用があったのかしら?」
「理由は特にありません。たまたま通りかかった教会の前で、聖職者の男性に誘われまして……もしかしてルルティアが何かしました?」
「? ちょっと待ってね」
そう言って彼女は目をつぶる。これ、ガイン達も何かを調べるときによくやるよな……
「分かったわ。特にあの子が何かしたわけではないみたいね。教会の前であなたを誘ったのは、男性の判断よ。自分の宗派に勧誘しようと思っているみたい」
「勧誘目的でしたか」
「そうですね。でも悪い人ではありませんよ。外見が子供の貴方に寄付金を要求するつもりはないようですし、純粋に布教を行うつもりのようです。
それに“神光教”は積極的に信者やお布施を集めますが、それだけに資金力があり、炊き出しや孤児の保護も積極的かつ大規模に行っています。真面目に人々のためを考えている方も沢山いらっしゃいますから、そこは誤解しないであげてくださいね?」
ウィリエリス様はやはり柔和な方のようだ。 宗教と言うと少々胡散臭げに感じてしまう俺のことを考えてしっかりとフォローを加えてくれる。勧誘が目的かもしれないが、疑うのも失礼か。少なくともあの方は。
「わかりました。ありがとうございます」
「いいのですよ、実際にあなたが警戒しているような聖職者の方もいらっしゃいますからね。注意をするのは大切です。特にあなたの場合はルルティアだけでなく、ガインやクフォからも加護を受けているでしょう?」
「はい。あとテクンからも」
「そうでしたね……1人の人が複数の加護を持っている前例はありますが、それは極めて珍しい事です。4つも加護を持っていることが知れ渡れば、必ず教会関係者から声がかかるでしょう。
特に神光教では加護持ちの人間を“聖人”として、我々と同じ信仰の対象として特別視していますから、もしばれてしまうとあなたの望まない事態に発展する可能性も高いと思います。そうなるのは私としても不本意ですので、どうかお気を付けください」
「重ね重ねありがとうございます」
「もうやめないかこの話……」
「いつまでたっても終わらないしね……あら、2人で何を話してたの?」
どうやら2人の言い合いも終わったようだ。
「今日ここに来る前、俺を礼拝に誘った人の話」
「ああ、あの人ね」
「丁度良い所に来たから、あなたが何かしたのかと思われたのよ。ルルティア?」
「え~、流石にそこまでしないわよー」
「確認とってもらったからわかってるよ」
なんだか今日のルルティアはちょっと面倒な雰囲気。わざとらしく女子会の雰囲気を作っているような……
「ところで竜馬君、最近何かない?」
「話題の振り方が適当だなぁ……つい数時間前まで、行方不明者の捜索依頼を受けて山を走り回ったよ」
昨夜までの出来事について説明を行う。
「大変だったのねぇ」
「今回は従魔のみんなが頑張ってくれて……と言うかほとんどスライムとリムールバードに頼り切った気がする……」
いや、割といつもな気もしてきた……俺もちゃんと仕事してるよな?
「盗賊から情報を引き出したりしてるじゃない」
「みんなで協力した、ということでいいのでは?」
「帰ったらちゃんと褒美をやれよ? 手柄を挙げたんだからな」
「もちろんです」
キリルエル様の言う通り、特にリムールバード達には捜索のためにかなりの時間飛んでもらったし、あの盗賊達を見つけたのも彼らだ。 ギムルに帰ったらたっぷりご馳走を用意しようと思う。
そう答えると、キリルエル様は屈託のない笑顔を見せてくれた。
…………そういえば、いつだったか、誰かが“戦の神は転移者嫌い”と言っていた気がする。でもここにいる彼女はそんな感じしない。むしろ気風が良くて親しみやすそうだ。
「ん? どうした? アタシの顔に何かついてるか?」
一瞬何でもないといいそうになったが、神々には嘘をついても意味がない。ということで素直に話したところ。
「人間に親しみやすそうなんて初めて言われたな……で、アタシが転移者嫌い? 誰だよそんなこと言った奴。転移者嫌いなのはフェルノベリアだろ」
本神には心当たりが無いようだ。
「誰かまでは覚えてないですね。神々の誰かとしか」
「相性の事かしら。ほら、地球の方ってこちらとは常識が違うから」
「!」
ウィリエリス様の言葉で何か分かったようだ。
「転移者は性格的に合わない奴が多いからな」
ありえないとは言わないけど、俺からするとコミュニケーション取りやすい方に見えるのですが。
「思い出してください。こうして会話ができる転移者は貴方が初めてですから」
「これまでの奴はこっちが一方的に眺めるくらいしか出来なかったぞ」
「そうか。長時間会話もできないし、仲良くなりようがない」
「あとは多分、キリルエルの役割と転移者の選択基準が問題かも」
話を詳しく聞かせてもらうと……
地球から転移者を呼ぶにあたり、まず初めに地球の神が複数の“候補者”を用意する。
ルルティア達は“候補者”の中から、俺のような“転移者”を1人選ぶ。
この時、こちらの世界に適応できないのが明白な者。あまりに危険な思想を持つ者。
そして過剰に暴力的な性格の者は除外するのだそうだ。
「だから転移者の方は、戦闘行為や争い事とは縁遠かった人が選ばれがちですね。そしてキリルエルは戦の女神でしょう? 弱い者いじめや無益な殺生は堅く禁じていますが、生きるための狩猟や自分や他人を守るための戦闘行為は戦争であっても認めています。そうよね?」
ウィリエリス様の言葉をキリルエル様が引き継ぐ。
「アタシは生きるために全力を尽くす奴は否定しないって決めてるからな。虫でも、動物でも、魔獣でも、人間でもね。そのために武器を取って戦うことも否定しない。お前の故郷の言葉で言うと、弱肉強食ってやつさ。
話し合いで問題解決できれば、それはそれでいいんだよ。だけど人が生きていく上で仕方ない事もあるだろ? それでも受け入れられないって奴が結構いてさ、勝手に戦争を推奨してるとか、煽ってるとか思ってたり、邪神扱いしてくる奴もいた。そういう奴とは合わねえなって思うよ……」
若干の鬱憤を感じるが……納得した。そんな扱いを受けたらそう思うだろう。しかも誤解を解く方法もないとなれば尚更だ。
「竜馬君はその点、最初から適応したわよね」
「来てすぐの森で3年も暮らしていましたね」
「狩りも盗賊退治も平気でやるし、嫌う理由は特になかったな。元々の腕っ節もなかなかやるみたいだし」
「ありがとうございます」
キリルエル様からするとなかなか好印象だったようだ。
あと戦の神であり武術も司る神様に腕を褒められると素直に嬉しい。
「そうだ! せっかくだし一度戦ってみるか。アタシと竜馬で」
「……………………はい?」
唐突に、おかしな提案が聞こえた気がする……




