宿場町
本日、5話同時投稿。
この話は3話目です。
「事故を起こした馬車ねぇ……? 見てないが、お前は?」
「私も見ていないわ」
「だそうだ。すまんな」
「そうだ。もしよければあなたも乗っていかない? 町はすぐそこだし、もう暗くなるわ」
「ありがとうございます。でも、もう少し探しながら行きたいので。ご協力ありがとうございました」
「そう……じゃあ、お仕事頑張ってね」
「道中お気をつけて!」
「君もな!」
人の良さそうな老夫婦の馬車を見送る。
「……ふぅ」
ギムルから宿場町までの道をほぼ走破した。リムールバード達も頑張ってくれているが、遮蔽物が多くまだ手がかりさえ見つからない。
この山は標高1000メートル程度。高山病の心配もなく通りやすい道がある。ただし道をそれてしまうと、途端に斜面から乱雑に生える無数の木々や、伸び盛る枝葉の影に包まれてしまう……便利な道があるのだから、滅多に人は踏み込まないのだろう。
どこかで見落としたか、それともまだ先なのか。
街道から離れたところに入ってしまったのか。
だとすれば左右、どちらに向かったのか。
「せめて何か手がかりが見つかれば……」
ある程度場所が絞り込めれば、スライム達も総動員して探せるのに。機動力に難はあるが、6000匹を超えるスライムの力で360度、全方位を隙間なく一気に捜索することも可能だ。人海戦術ならぬ、スライム海戦術……とにかく手がかりが欲しい。
考えながらも足を止めずに街道の周辺を歩き回り、一層見通しが悪くなった木々の間に目を配る。
そうこうしているうちに、とうとう宿場町へ着いてしまった。おそらく近隣の木を切って地面に打ち込んだんだろう。多数の丸太で作られた簡素な防壁が町を囲んでいる。
「君! ……旅人か? にしては変な動きをしていたが、こんな時間に何をしてる?」
怪しかっただろうか?
町の入り口にたどり着く前に、門番の男性が険しい表情で呼びかけてくる。
「ギムルから来た冒険者です。行方不明者捜索の依頼を受けていまして。ギルドカードと……これが依頼書です。ご確認ください」
「……確かに。間違いないようだ」
ゆっくりと近づいて身分証と書類を提示すると、彼の表情は和らいだ。
「疑ってすまなかった。通ってよし」
「お仕事お疲れ様です。ついでにひとつ聞かせていただきたいのですが、最近この辺りで行方不明者は出ていませんか? それか壊れた馬車が見つかったとか、そういう話でもあればありがたいのですが」
「特にそんな話は聞いていないな。私もその書類を見て疑問に思ったくらいだ」
「そうですか……」
「今日はこの町で宿を取るのか?」
「そのつもりです」
体力はまだあるし、夜間の行動も得意。だがやはり捜索の難易度は日中よりも高く、効率が落ちてしまう。何より場所が違えば地形は変わる。ガナの森なら一日中探しても問題ないが、この山には不慣れだ。
リムールバード達がいるので二重遭難はしないと思うが……リスクを考えれば、手がかりのないまま夜間の捜索は控えるべきだろう。代わりに今晩は街中で聞き込みをしてみようと思う。
「私もそれを勧めるよ。ここらの道は整備されているが、道を外れると急勾配になる場所も結構ある」
「そうですか……どこかいい宿をご存知ありませんか?」
「それなら大通りを真っ直ぐ歩いて、まず“テレシー食堂”の看板を目指すといい。その向かい側の宿が手ごろな値段で部屋は綺麗と評判だ」
「ありがとうございます」
リムールバード達をディメンションホームへ戻して、早速紹介された宿へ向かう。
……この宿場町は当然だけれど、ギムルよりも規模は小さいようだ。しかし大通りには木造の宿や食事処の灯りが多いので、なかなか明るく活気では負けていない。
……っと、ここか。結構近かったな。
「こんばんは。門番の方から紹介していただいたのですが、一部屋空いてますか?」
「空いてるよ。寝泊まりだけなら一晩50スート、食事1食付きなら70スートだ」
「では食事付きで一泊お願いします」
「まいどっ!」
お金を支払うと、代わりにポケットから取り出された小さな木製の札を受け取る。
「お食事の時、向かいにある食堂へ持って行ってくれ」
食事券のようだ。
「これを渡せばお食事がいただけるんですね?」
「メニューはパンとスープ。サラダにその時のオススメが一品だ。その他は別料金だから注意してくれよ」
軽めの兄ちゃんから説明を受けて部屋へ向かう。すると、部屋は確かに綺麗だった。掃除がきちんとされているようで、汚れは目につかない。しかしベッドに小さなテーブル、たった2つの家具で全体の7割が占められている。飾りの類も一切置かれていないけれど……
まぁ宿場町だし、一般向けならこんなもんなんだろうな。仕事で移動してるなら、あまり連泊をする客もいないだろう。なんとなくカプセルホテルみたいな雰囲気がするし、これはこれで妙にしっくりくるから嫌いじゃない。
……特に見る物もする事もないし、汚れを落として食事に行こう。
「いらっしゃいませ! え~と、ボク1人かな?」
「こんばんは。お向かいの宿に泊まっている者です。札はここに」
「はーい、1名様ご案内~」
テレシー食堂では、明るく気立ての良さそうな娘さんが席に案内してくれた。店内に所狭しと並ぶテーブルを囲み、お酒や料理を楽しむ人々の笑い声が常に聞こえてくる。二階建ての広い店だが、隅々まで人の温かみが満ちている。
以前セルジュさんに連れて行ってもらったビアガーデンに近いけど……ここはもっとアットホームな雰囲気。騒ぐよりも家族の団欒を楽しむような……
「お待たせしました~」
料理が出てくるまでが早い。これも個人的にかなり高評価。
では早速、
「いただきます」
シチューのようにとろみのあるスープを一口。まず感じるのはその温かさ。舌の上から喉の奥へ、食道を通り胃まで熱が伝わり、体を芯から温めてくれる。自分で思っていたよりも、体が冷えていたのかもしれない。
よく煮込まれてホロホロになった野菜から染み出すやさしく自然な甘みと、複数のハーブの香り。それが細かく刻まれた肉の臭みを消して、野性的な肉の旨味も感じられる。
「……うまい」
ただ一言、言葉が漏れる。
手を伸ばしたパンは黒く硬いが、ちぎってスープに浸せば柔らかく食べられる。スープの味に麦の香りがプラスされ、さらにスープ単品よりも腹にたまる。
付け合わせのサラダは茹でた葉野菜と赤い豆にドレッシングがかけられたもの。 豆に甘みがあるようで、程よいラモンの酸味と良く合う。
自然と食が進み、並べられた皿の中身はほどなくして空になった。
「美味かった……」
心も体も温かく、また頑張れそうだ。
さて……
「すいません」
「はーい。あら、もう食べたの?」
「はい。とても美味しかったです」
空いた皿を片付けてもらうついでに聞き込み。
「ペドロさんという方を探しているのですが、ご存知ないでしょうか?」
「ん~、どんな人かな?」
依頼主から聞いた話では、身長170cmほどで、髪から髭まですべて茶色の熊人族の男性。最大の特徴は“緑色の鼻”。
そこまで伝えたところで、
「ああ! あの人ね」
「分かりますか?」
「顔だけならね」
「最後に来られたのはいつか、覚えてませんか?」
「ん~……何度も来てるのは分かるけど……」
女性は考えてくれている。黙して待とう。
「……あっ!」
「分かりましたか!?」
「ううん、ゴメン、私は分からないや」
「そうですか……」
「でも、よく一緒に食事をしてる人達なら知ってる。その人達なら何か知ってるかも」
「その方々の居場所、ご存知ですか?」
「分かるよ。拠点もこの町にあるから、たぶん会えるよ。この前の道をずーっと向こうに――」
聞き込みは幸先の良いスタートになりそうだ!
「……こっちか」
テレシー食堂で運よく得られた情報に従い、ペドロさんの事を良く知る人々の拠点を探す。するとそのうち歩行者よりも馬車の通りが多い道に入っていた。
周囲には比較的大きな建物が立ち並び、荷の積み下ろしをしている人々とその護衛らしき人々の姿ばかり。
……どうやらここは倉庫街のようだ。
紹介していただけた方はペドロさんの仲間なのだろうか?
「運び屋“山犬”……あ、あそこか」
倉庫街の一画に、巨大で目つきの鋭い犬……狼? そのような何かが座る絵の看板を見つけた。
「すみませーん」
「ん? なんだ坊主?」
「こんな時間に、届け物の依頼か?」
表に立っていた門番の二人組に軽く自己紹介をした後、話を聞いてみる。
「人探しか……アッシモなら確かにうちの職員だが」
「今ここにはいないぞ。あいつは今頃どこかの酒場で飲んだくれてるはずだ」
「どこの酒場か、分かりませんか?」
「さぁなぁ……いや、待てよ? なぁ、今日の酒って誰かのおごりだったよな?」
「ああ、確か掲示板で声かけて……! そうか、ちょっと待ってろ。調べてきてやるよ」
「ありがとうございます!」
片方の男性が中に入っていく。
「それにしても、行方不明なんてこの辺じゃ滅多に聞かないんだがなぁ」
「やっぱりそうなんですか?」
「他所の馬車と軽く接触したとか。聞いたとしてもその程度の軽い事故くらいがほとんどだな。うちはギムルとケレバンの間で食料を大量に運んでるんだが、そのためにそれ相応の馬車と運び屋を抱えてる。何か異常があればすぐに広まるはずさ。そのペドロって男は別の道を使ってるんじゃないのか?」
その可能性も否定できない。しかし今ある情報は、彼が普段この道を使っていたということだけ。 ここを探す他に手がかりがない。
「坊主も大変だな。ま、頑張れよ」
「おーい、わかったぞ」
門番の二人から応援の言葉と情報をいただき、倉庫街を後にする。




