異世界も、年末近くは忙しい
本日、5話同時投稿。
この話は5話目です。
さて、街に帰ってきたからにはやるべき事、やりたい事が沢山ある。
まずは店に顔を出し、留守中の報告を受けなければ。
「店長、お帰りなさいませ」
「カルムさん」
5日ぶりのバンブーフォレストに顔を出すと、店を任せている彼が出迎えてくれた。
従業員用の入口近くに立っているなんて、まさか彼も待っていたのか?
「ギルドの教習ということである程度の時間は分かりましたが……」
さすがにずっと待っていたわけではないと否定された。
「彼らの様子を見ていたのです」
「彼ら?」
横に動いて視界が開けると、見慣れない女性達が荷物運びをしている。
「新しい従業員の方ですか?」
「はい。先日の“忙しい時間帯だけ人を増やす”という件を実行いたしました」
「なるほど」
彼女たちはパートの方々か。
「他にも報告が色々とありますので、執務室でお待ちください」
色々と、とは珍しいな。
いつも大体決まった内容の報告なのに、何かあったのだろうか?
言われた通りに執務室で待つと、部屋を訪ねた彼はいつもより多い資料を抱えていた。
「まずはいつも通りの収支報告から片付けてもよろしいですか?」
「よろしくお願いします」
この辺りはもう慣れたものだ。
数値におかしな部分も見られない。
特に収益が増えたわけでもないが、問題がないようなので次へ。
補充する備品のリスト、問題なし。許可。
レナフの支店からの報告書、問題なし。
大体のことは有能なカルムさんがまとめてくれているので、俺の仕事はそのチェックと許可が中心。昔の仕事とは負担の軽さが段違いだ。
どんどん仕事が片付いて、もういつもの仕事は最後の書類。
「ありがとうございます。ここからはいくつかの連絡となります。まず……店長が気になさっていた、スラムと役所の問題に動きがありました」
「どうなりました?」
「結論から申し上げますと、役所側が一部譲歩をしたことにより、スラムの空気が軟化しています」
「そうですか」
少し安心したところで詳しく聞くと、役所側は路上生活者が不法占拠している広場などの利用実態を精査し、いくつかの場所に居住を認めたそうだ。
「役所側の基本方針は変わりませんが、懸念されていた強硬手段に訴えるつもりはないという意思を示した事で、スラムの住人も落ち着きを取り戻し、役所の就職支援に応じる人々も徐々に出てきているようです。
まだまだ警戒心が強く様子見をしている方も大勢いますが、少しずつ関係改善に向かっていると言ってよいでしょう」
まだまだ問題はあるだろうけど、ひとまず小康状態っていうところかな……
今度またあの喫茶店に行ってみるか。あの人は週5で通ってるって言ってたし。
「次は?」
「モーガン商会のセルジュ様から、店長にお誘いがありました」
お誘いの内容は、ジャミール公爵家への挨拶。
昨日ロッシュさんも言っていたが、この時期は商人にとっての稼ぎ時。お得意様から年末に向けての注文を受けるため、そして年末は貴族の方々は社交で忙しくなるので、貴族家にはこの時期に挨拶回りをする商人が多いとのこと。
特にセルジュさんくらいになると付き合いのある貴族家も多いので、もう始めないと回りきれないらしく、すでに本人は挨拶回りを始めている。なので来月あたり、公爵家の屋敷があるガウナゴの街で合流して一緒に挨拶に行こう、というお誘いだそうだ。
「いかがなさいますか?」
「そもそも行っていいんでしょうか……いえ、お誘いいただけたのは嬉しいですが」
「店長の懸念も理解できます。我々は順調な経営をしていますがまだ新参者。利益を求め、公爵家の方々と顔を繋ぎたい商人は後を絶ちません。その中で新参者に時間を割いていただくことは難しいでしょう」
ただし、それは普通ならの話だと彼は言う。
「店長の場合はすでに公爵家の方々に気に入られているようですから、希望すれば時間をとっていただけると思います。 挨拶が可能であればしておくに越したことはありません。
挨拶の場に目をかけた者を連れて行くことはままありますし、セルジュ様に同行すれば悪目立ちもしにくいかと。外見的に従者と間違われる可能性もありますが……それはそれで」
挨拶は基本だし、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな……でもそうなると
「礼服や贈り物を用意すべきですよね?」
「はい。礼服は仕立屋と既製品を販売している服屋を探しておきました。こちらにまとめてありますので、お持ちください」
さすが仕事が早い。
「問題は贈り物に何を選ぶかですね。お店を持つ方はその商いに関係する品を送る場合が多いですが」
「うちの店には消臭液くらいしか無いですね……」
「お酒など無難な品でしたら私が用意できますので、店長には何か独自の品を探していただければと考えています」
「それが一番かもしれませんね」
贈り物は手分けして探すことにする。
「それから……こちらのリストをご覧ください」
「薬、ですね。全部」
「商業ギルド、ギルドマスターのグリシエーラ様から。そのリストにある薬品類は通常より高値で買取を行っているので、もしも持ち合わせがあるか、作れるのであれば是非ギルドに持ち込んでもらいたいとのことです。こちらも季節柄ですね」
「……貴族からの需要が増えるということですか」
「念のために常備しておく方が増えるのです」
ドロドロしてるんだろうなぁ……
「これで最後になりますが、ティガー武具店のティガー様から、“試作品が完成した。都合のよい時に店を訪ねてもらいたい”との伝言を預かっています」
そういえばスライムを素材として冒険に役立つ装備が作れないか相談してた。完成したのか。
「わかりました。近いうちに訪ねます」
「報告は以上です」
「ありがとうございました」
報告してくれたカルムさんに礼を言い、仕事のリストを作成する。
徐々に年末が近づいてきているからか、確実に仕事が増えてきた。 一度まとめておかないと不安だ。
まず優先度が高いのはやっぱり公爵家関係だろう。贈り物はまず考えるとしても、礼服は先に注文しておこう。その次にティガーさんのお店に行って……あ、あとテイマーギルドで適正診断。これは時間的に明日かな。
あと帰ったら廃坑のチェックもしなきゃならないし、スライムやリムールバード達の餌の補充、ブラッディースライムの実験は……やりたいけど急ぐ必要はない。しばらく休んでもらって……きのこの栽培実験ももっとちゃんと、どこかに場所を作った方がいい……やっぱり少し忙しくなりそうだ。
思いついた仕事を全て書き出し、漏れがない事を確認した後、優先度の高い物から片付けていこう。
「ここか……」
カルムさんから得た情報を元に、礼服の仕立屋にやって来た。おそらく見本なのだろう。窓には外から見えるよう数種類の衣服が展示されている。
店舗はそれほど大きくなさそうだけど、入り口前の小さな花壇は温かみがあり、二階から見下ろされているようなバルコニーには高級感がある。全体的に手入れが行き届いていて、なんだか高そうな店だ。
まぁ、こっちで礼服と言うとオーダーメイドが基本らしいし当然か。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると品の良さそうな男性が声をかけてきた。
上着の丈が長い、タキシードに近い服を着ている。
「バンブーフォレストのタケバヤシ様ですね? お待ちしておりました」
「僕のことをご存知で?」
「副店長のカルム様からお話は伺いました。さる貴族のお方へお目通り願えることになり、礼服が必要になると。おめでとうございます」
なるほど、調査の時点で話を通していたのか。仕事が早い。そしてそれだけこの件への、彼の気迫を感じる……
「ありがとうございます。早速注文をさせていただきたいのですが、どのような形式を選べば良いか、相談に乗っていただけませんか?」
「勿論ですとも。こちらをご覧下さい」
店内は壁一面がクローゼットのようで、多数の服が上下セットで吊るされていた。礼服以外も混ざっているとは思うが、そのどれもが高級そうな布や革でできている。そして種類も非常に多い。
「こちらに用意しているのは全て見本でして、これらを参考にお好みの型、材質、色を自由にお選びいただけます。まずは形から選びましょう。礼服はここから……ここまでが基本的な型となります」
指定されたのは全体からするとほんの一部だが、それでも両手で抱えきれないほどの服がある。一つ一つ見てみると……なんだか前世の教科書で見たような服がたくさんある。おまけに時代がめちゃくちゃ……うわっ、すっごい派手なレースの、首飾り? 半径1mぐらいある。
「そちらのラフが気になりますか?」
「そう、ですね。大きいので目に付いて。貴族の方にはこういうのが人気ですか?」
「そうですね。貴族のお客様は大きく派手なラフを好まれます。そういった些細な部分で自らの財力を示そうという方も多くいらっしゃいます。そのため商人が自分より派手なラフを着用していると、へそを曲げる方もいらっしゃいます。ある程度の装飾は必要ですが、タケバヤシ様はお若いですし、控えめを心がける方が無難ですね」
「僕もあまり派手なのは好まないので、よかったです」
これを勧められても困る。
「であれば、こちらはいかがでしょう?」
「これは……」
演劇でしか見たことのない、王子様ファッション……
「こちらのオ・ド・ショースとパ・ド・ショースは上質なシルクで作られており、見た目だけでなく履き心地も――タブレットには職人が丁寧に施したキルティングが――また腕部分に入ったスラッシュが全体の気品の中に冒険者としての力強さを僅かに――」
彼のセールストークが止まらない。
あまり受けが良くないと分かると、次の服が用意される。しかし中々、これだ! というものが見つからない。
入っていた知識で説明される言葉の意味だけは分かったが、美的センスは完全に前世から引き継いでいる。だからか俺にはその素晴らしさがいまいち理解できなかった…………?
「すいません、あの服は礼服ですか?」
「こちらですか? はい、ここはまだ礼服の棚ですが……」
「見せてください!」
大量のレースで装飾された服の間に埋もれていて、ほとんど見えなかった服を引き出してみる。
「あっ、やっぱり……」
見間違えるはずもない。俺の前世で最もと言っていいほど身近だった、ビジネススーツ……ビジネススーツと礼服は似ているが違う、けど……これが礼服で通じるならこれが良い!
「こちらは数百年前の国王陛下が好み、普及させたと言われる伝統的な形式の礼服でして、現代でも伝統を重んずる貴族家から根強い人気がございます。これならどこへ出ても問題はありませんが……近年の流行からは少々離れています。よろしいですか?」
「問題ありません。これでお願いします!」
着慣れたこれが一番良い! 俺にこれ以外はありえない!
「かしこまりました。では型はこちらの“スーツ”で。こちらが気に入られたようですが、色もこのまま白でよろしいですか?」
「すみません、色は黒、あるいは濃紺にしてください」
白スーツはホストかお笑い芸人のイメージしかない。
「黒か濃紺。タケバヤシ様の御髪と瞳には合いますね。刺繍はいかがいたしますか?」
「可能であれば無地でお願いします」
「そうなりますと、何か装身具を用意すべきですね。少し華やかさを加えましょう」
「装身具というと」
「男性は指輪か腕輪が多いですね。首飾りや耳飾りでも問題はありませんが、スーツの場合は胸元につける“ネクタイピン”に宝石をあしらうという手もございます」
その後も装飾品の材質、利用する宝石など、選ぶ項目はまだまだある。
異世界基準の礼服選びは慣れていないが、彼の対応は丁寧で細かい。
スーツが見つかったこともあってか、不思議な安心感を覚えた。




