ギルドマスターの決断
本日、5話同時投稿。
この話は4話目です。
出発から30分。馬車は左右を木々に囲まれた山道を一列になって進んでいる。木陰が多いために日中も薄暗く、少々肌寒くもあるが風は清々しい。
そんな空気を楽しんでいると、ロッシュさんが声をかけてきた。
「なぁリョウマ。スライム以外の従魔を持つ気はないのか?」
彼の視線は俺の頭の上、周囲の警戒を手伝うヒールスライムに向いている。
「スライム以外なら、リムールバードがいますよ」
「そうなのか? てっきりスライムばっかり集めてると思ってた」
「大半がスライムっていうのは事実ですけどね」
「もっと他の種類の従魔を使うつもりはないのか?」
「あー……別にスライムだけにこだわるつもりはないですけど、スライムはいろんな種類がいて面白くて。特に困ったこともないですし、あんまり率先して別の種類に手を出そうとも思いませんね」
「そうか……人がダメなら従魔で戦力を充実させるって手もアリかと思ったんだが」
パーティーの代わりかな? てか人がダメならって……
「ロッシュ、リョウマ君が心配なのは分かるけど、そこまで急がなくたっていいじゃない」
「ん、まぁな。ただ考え始めると気になってな……」
「まったく。これじゃギルドマスターのことを言えないじゃない。リョウマ君もごめんなさいね、鬱陶しいでしょう」
「いえ、僕のことを思って言ってくれたんですから」
それはありがたいと答えると、ルーシーさんは良い子ねと笑ってくれた。
「おせっかいな人が多いけど、絶対にその意見を聞き入れる必要はないからね。私も危険なことや無謀なことはしちゃいけないと思うけど、あなたのやりたいことを犠牲にするのもどうかと思うから」
「ありがとうございます」
「いいのよ。あ、でもその上で言わせてもらうと、従魔がスライムだけっていうのはもったいないかも。スライムを集めるのはいいけど、せっかく従魔術が使えるんだからもっと他の種類に目を向けてもいいんじゃないかしら?
レッドホースとかバトルホースみたいな馬系の 魔獣なら、乗って移動することもできるし、足として利用できる魔獣を従えておけたら便利だと思うわよ」
「それは確かに」
現状の移動手段は自分の足か空間魔法だ。それでも困ったことはないが、移動を助けてくれる従魔がいれば魔力や体力を温存できるだろう。
スライムやリムールバードが俺を運ぶのは無理だろうし、できても自分で移動した方が早いだろうから、その案を実行するなら新しい魔獣を捕まえなくてはならないが……
「悩むなら一度テイマーギルドに相談したらどうだ? あそこは確かそういう相談を受け付ける窓口があったはずだ。と言うか向こうから勧められたりしなかったか?」
「実はその……一応登録はしているんですが、最初はスライムばかりで仕事がなかったのと、店を始めた後に嫌がらせをしてきた所属員を警備隊に突き出して以来、めったに顔を出してないんです。別に何かあるわけじゃないんですが、用がないとなんとなく行きづらくて」
「だったらこれを機に一度行ってみるのもいいかもね。その様子だと“従魔適正診断”も受けてないんじゃない?」
「受けてないですね。そんなのがあるんですか?」
全くの初耳だ。
「テイマーギルドに色々な種類の魔獣が用意してあるらしくて、それらと契約を試したり、結果を過去の記録と照らし合わせて、ある程度得意不得意を絞ってくれるらしいわ」
「初回はタダだったんじゃないか?」
「そうね、記憶違いでなければ。だから一回行って試してみてもいいんじゃないかしら」
確かに。現状でも不便は感じていないが、受けてみても良さそうだ。忘れないうちに一度行ってみよう。
「冒険者としては、どんな魔獣がいると助かりますか?」
「俺はやっぱり足だと思う。ワイバーンとか乗って飛べるやつには憧れもするしな」
「私は妖精種かしらね? 魔法が使えるし、契約すると自分の魔法の効果を高めてくれたりもするらしいの。まあ見つけるのも従魔にするのも相当難しいらしいけど」
経験豊富な二人の話は実に興味深い。
しかし、ずっと話していると次第に話題がなくなってしまい、やがて無言の時間が訪れる。
『……』
無言になると馬車内の空気が重い……
『……!』
生徒達へ目を向けると、身を固められる。先日の試合以来、一部の生徒に避けられていたのは感じていたが、彼らは認めてくれた方だ。しかし俺の事を“とにかく凄い奴”と認識したようで、距離感が掴めなくなってしまった。
ロッシュさん達とは普通に話せるらしいが、俺が入ると会話が止まる。そして最終的にこの状態。向けられる視線は羨望に近いけど、それはそれでやりにくかった。でも嫌われ者の上司が、バスに乗り込んできた社員旅行のような空気よりはマシか……
静かな車内、涼しい風に馬車の揺れ。前日の徹夜も相まって、だんだんと心地よい眠気が訪れる。
『辞めさせてください……お願いします……』
『あなたのせいで心を病みました』
『いい加減にしてくださいっ!』
『貴方と一緒にしないでください……心も体も、皆、貴方みたいに強くないんです』
……
『竹林君さ、困るよ。もっとちゃんと見ていてくれないと、教育係でしょ? 人を雇うにもそれなりに手間がかかるんだからさぁ。新人教育も一からやり直しになる。そこのところ、わかってるのか君は? え? どうなんだ!』
『聞いたか? 竹林のやつ、また新人を潰したらしいぞ』
『プハッ! またかよ、ウケル~! あいつ何年目だっけ? まともに部下の指導もできないのかね』
自分では丁寧に指導をしていたつもりだった。
でも受け持った子にはどんどん嫌われる。
最終的にほとんどが退職。
手をあげたことはない。
怒鳴ったりもしないように徹底した。
冷静に話すことを心がけ、分からないことや間違っていることは、何度でも教える。
負担が大きくなりすぎないように、与える仕事量を調節して。
休憩時間を休憩に使えるように、指導は原則として就業時間中に行う。
色々な方法を試してみて、それでも結果は変わらなかった……
何が悪かったんだろう?
何が悪いんだろう?
「見えたぞ!!」
「ん……?」
……軽く、寝てしまったようだ。
随分と懐かしい、まだ若かった頃の夢を見た。
そういえば昔はそんな事を気にして悩んだりもしたっけ。
今更あんな夢を見るなんて、若返ったみたいだ。
……あ、俺、若返ってた。
いかん、しっかり目を覚まさないと。そんなに寝てたか?
周囲を確認すると、太陽の位置はあまり変わっていない。
しかし遠くにはギムルの門が見えていた。
「やっと着いた……」
「帰ってきたなー」
「よかった」
生徒達も安心して気が抜けたのか、少しだけ空気が和らいでいる。
「あら? 町の外に結構な人数がいるわね。冒険者じゃなさそうだけど」
「そうですね。何か測量してるみたいです」
「街を拡張するって話があったから、きっとそのためだろう」
まだ準備段階でも、着実に街づくりが進んでいるようだ。
作業に従事する人々を横目に、俺たちは南門をくぐりギルドへ直行。
「よく帰ってきた!」
待ち構えていたのか、ギルドに入った俺達を仁王立ちのギルドマスターが出迎えてくれた。
「教習に参加した生徒はこっちへ集まってくれ! …………全員無事で帰ってきたみたいだな。どうだ? 今回の教習で学べたことがあったか?」
ギルドの片隅に集められ、質問に答える生徒たち。
「そうか。ならロッシュ、締めの挨拶を頼む」
「わかりました。……諸君!」
五日間の教習お疲れ様、今回の教習で学んだことが、みんなの将来に役立つことを祈っている。
要所をまとめるとそんな内容の話があり、次いで個別に事前に受けた依頼の達成報告をするようにとの連絡後、速やかに教習の終了と解散が言い渡された。
「リョウマ、お疲れさん」
「ギルドマスター」
「どうだった? 初めての教習は」
「そうですね……ロッシュさん達から多くのことが学べました」
「まるで生徒みたいな感想だな?」
「実際、初めて知ったことが沢山ありましたから」
「確かに、いくつになっても知らない事は知らないし、学べるな。……ちょっと来い」
ギルドマスターが真剣な顔で手招きをしている。
「ギルドマスター、俺もいいですか?」
「ロッシュか、どのみち報告もあるしな。一緒に来い」
そして連れて行かれたのは、ギルドマスターの執務室。
まず初めにロッシュさんから教習中の出来事が報告され、次に俺の話。
その内容はある意味予想通り。試合後のことだった。
「リョウマのツラ見て、何かあったとは思ったがなぁ……そういう事か」
ギルドマスターは机に両肘を突き、組んだ手で頭を支えて悩んでいるようだ。
「ロッシュ。他の連中の反応をもう少し詳しく教えてくれ。リョウマを避けてる奴らはどんな感じだ?」
「当初の恐怖や困惑は落ち着いて、それにより態度を改めた者もいます。生徒はだいたい半々。教官はそれなりに歳をくってる奴なら最初からリョウマを認めるか、今朝の時点で折り合いをつけていました。まだ避けているのは主に若手で、教官だとボスコを初めとして若い方から数人が露骨です」
「ボスコもまだ若い。他のもリョウマの実力を見て焦っちまったか……」
「申し訳ありません」
「謝るな。生徒の為になればと思って腕を見せたんだろう? 悪い事もしちゃいない。結果が少し残念なことになっただけだ。で、ロッシュ。リョウマの実力をどう見た? 素直に言ってくれ」
「正直、俺が全盛期のように動けても敵対したくはない。もし俺がボスコと同じ歳なら、引退に向けて気持ちの整理を済ませていなければ、ボスコと同じ態度をとったかもしれない」
ロッシュさんは、俺の実力を高く評価してくれた。それを聞いたギルドマスターも無言で頷いている。
「ハワードとの試合で勝ったって話だが、あいつ確か気功も使えたよな?」
「紛れもなく全力だった」
「そうか……分かった。リョウマ」
「はい」
ギルドマスターは机から羊皮紙の切れ端を取り出し、何かを書き込んでいく。
「俺達ギルドマスターには冒険者の活動を制限する権限と、反対に制限を一部取り払う権限がある。その制限の一つが“盗賊に関する依頼”。この手の依頼は人を相手にする性質上、基本的にCランク以上が対象になっている。だからCランクになれば自動的に制限は解かれるんだが……いくつかの条件をクリアして、ギルドマスターの地位にある者が実力を認めて許可すれば、C未満の冒険者でも盗賊関連の依頼を受注できる」
「ギルドマスター!? そいつは」
ロッシュさんは異論を唱えようとしたようだが、視線で制される。
「ロッシュ、お前さんの気持ちはよく分かる。お前さんがリョウマに言った事は全部俺も考えた。こいつの扱いには少し迷ってたが、こいつは自分の面倒は自分で見られる奴だ。それだけに、ほっとくとずっと1人で、どんどん先まで歩いていきそうな不安もある。だけどそれも含めてリョウマの人生だ。それはお前さんも分かってるだろ?」
「……」
「親が何もかもお膳立てしてやれば、子供は安全に育つ。その代わり、親が居なきゃ何もできない大人になる事もある。俺はギルドマスターとしてそんな育て方をするつもりは無い。そもそもこいつは登録の時から、守られなきゃならない段階じゃなかった。もう自分の足で歩けるようになってからここに来てんだよ。
……お前さんに頼みたかったのは最後の確認だ。自分以外の、見る目が確かな奴からみてリョウマがどう映るかが知りたかった。客観的な目で見てどうかが知りたかったんだ。お前さんの意見に同意するからこそ、な」
「そういう事か」
「ああ。だから俺は……応援はしても邪魔はしねぇ」
言い切って、ギルドマスターは俺へ紙と真剣な目を向ける。
「リョウマ。冒険者ギルド、ギムル支部ギルドマスターである俺の権限で、お前さんに“盗賊討伐”の依頼受注を許可する。帰りに受付でお前さんのギルドカードとこいつを提出しろ。そうすればギルドカードに俺からの許可があると記載される。そいつを使えばCランクへの昇格がさらに近づくだろう。
だけどこいつは盗賊の討伐依頼を受ける許可で、お前さんが色々一人で抱え込んでもいいって許可じゃねぇからな。仲間を作れるなら作れ。何かあれば遠慮なく相談に来い。……そこんとこ、間違えるんじゃねぇぞ」
「……! はい! 承知しました!」
「よし、良い返事だ」
俺の返答を聞いてから、彼はそっと紙を持つ手を離した。
「あー……あと他の連中からの目だがな。それはある意味避けられないもんだ。普通の奴でも上に行くと多かれ少なかれあるもんさ。あんま気にすんなよ。お前さんのやりたい事をやっとけ。法に触れない範囲でな」
俺がどうしたいか。それは決まっている。
「大丈夫です。何も変わりません。これからも、これまで通り仕事を続けますよ」
別に今回の件で避けられたからと言って、また森に引きこもろうとは思っていない。
そもそも出会う人すべてに必ず好かれることは無理だ。こちらに来てから良い人達との縁に恵まれていたが、人付き合いの機会が増えればこういう事もある。いい人たちとの縁が切れたわけでもないし、いつも通り気ままに生活をするつもりだ。
「変わらないか。お前さんはそうだろうな。良くも悪くも」
「あ、変わらないと言いましたが、仲間については考えますよ」
せっかくロッシュさんやギルドマスターが、俺のことを考えて忠告してくださったのだから。
仲間を作ると言い切れないのが心苦しいが。
「無理はするんじゃねぇぞ」
ギルドマスターはそう言って、俺に退室を許可。
その顔はなんとなく、疲れていたようにも見えた……




