帰路についたが……
本日、5話同時投稿。
この話は3話目です。
翌日
色々あった教習も、なんとか全員無事に最終日を迎えられた。用意された滞在期間は終わり、後はギムルに帰るだけ。朝から出立の準備を整え、昼前に早めの昼食をとった後は、ひたすら来た道を戻る馬車に揺られている。
「もう5日目かぁ」
「結構早いもんだなぁ」
「もっと長く感じるかと思ったのにね」
馬車の割り当ては行きと同じ。つまり俺と同乗しているのは毒虫の原へ向かった時と同じ顔ぶれなのだが、彼らはこの教習を通して打ち解けたようだ。初日はロッシュさんに助けられて会話をしていた彼らは今、誰かに促されることなく自然と昨日までの出来事を語り合っていた。
「あんまりはしゃぎすぎるなよー」
「そうよ。後は帰るだけだけど、まだ教習が終わってないんだからね」
ロッシュさん達から注意が入った。気持ちはわかるが、街の外ではいつでも魔獣や盗賊に遭遇する可能性があるのだからと。そして注意された生徒達は、素直に周囲を警戒し始めた。
真面目なんだろうけど、慣れていないのが一目でわかる。疲れそうなくらいに張り詰めた彼らを見て、口にはしないがロッシュさんもルーシーさんも苦笑い。しかし馬車内には穏やかな空気が流れていた。
さらに魔獣や盗賊と遭遇することもなく、この日は穏やかに野営場へ到着できた。
しかし……
「ロッシュさん」
「ああ、今日は共用になりそうだな」
馬車から荷降ろしをしている時だった。遠くから轍の音が聞こえてきたので目を向けると、大きめの幌がついた荷馬車がこちらへ向かってきている。俺たちに近づくにつれて荷馬車は速度を落とし、少し距離をあけてこちらの横につける。
「端でいい、空いているか?」
「ああ、構わないとも」
荷馬車の御者がロッシュさんと短い言葉を交わし、野営場の端に陣取るようだ。
それと同時に、
「注目! 皆、野営場を利用する時のルールは教えたな? 今日ここを使うのは俺達だけじゃない、俺達はいいが他人に迷惑をかけるなよ。忘れたやつは確認に来い!」
こちらも無関係の人に迷惑をかけないよう、生徒への注意が行われた。そして教官一同はさりげなく荷馬車を警戒している。野営場では、同じ利用者を装って旅人を襲う盗賊が出没する事もあるからだ。
その手口は単純に数や力に任せる者。寝込みを襲う者。人当たりの良い笑顔で近づき、薬の入った酒や食べ物を口にさせようとする者など様々。だからこうした野営場では、利用者同士はお互い極力干渉しないのが無難であり、原則となっている。
だが、原則は原則だ。例外もある。
「少しよろしいでしょうか?」
荷馬車の中にいたのだろう。細身でほどほどに身なりの良い男性が話しかけてきた。隣に護衛らしき男を連れて。
「何でしょう?」
「君達はあっちの方から来たのかい? そうであればこの先のことを聞きたいんだ、地面の状態や魔獣が出るかとか、安全について」
「そう言う事でしたらリーダーが詳しいですよ。ご案内します」
「助かるよ。ありがとう」
旅人にとって道の状況は死活問題。うっかり危険な道に踏み込んでしまえば命に関わる。
事前に街で情報収集をするのが基本だが、そこに着くまでに状況が変わることも十分にありえる。そのため、情報交換を持ちかけるくらいはある。
「リーダー、こちらの方々が道の事を知りたいそうです」
「分かった」
ロッシュさんに任せるが、後学のためにその様子をそばで見せてもらった。
しかし、それほど特別な事をしているわけではないようだ。
無駄を削ぎ落として本当に道の状況だけを話している感じだった。
会話は10分もかからずに終わり、2人は粘ることなくあっさりと荷馬車に帰っていく。
「……リョウマ、あいつらをどう思う?」
2人の背中を見送っていると、小声で問われた。
「特に怪しい感じはしませんでしたが……戦えそうでしたよね。護衛の人だけじゃなくて、あの商人って言ってた人も」
護衛の方は当然として、商人を自称した男性の手にも武器を握り慣れた感じのタコができていた。その割に身のこなしが洗練されているというわけではないが……
「力量はたぶん護衛の人と同じくらいかな……」
経験上、盗賊にはあんな感じの人が多いといえば多い。
しかし魔獣や盗賊が当たり前のように出る世界で外を歩くなら、護衛に頼るだけでなく、自分で武器の扱いを身につけようとしたところで不思議はない。
俺の知っている商人で言えば、サイオンジ商会のピオロさんも手に武器によるタコがあったのを覚えている。わざわざ聞くほどのことでもなかったが、短剣の基礎くらいは身に着けているんじゃないかと思う。
それにモーガン商会のセルジュさんだって武器は使えそうにないが、以前自衛用の魔法道具を持ち歩いていたのは見ている。
だからそれだけで怪しいとは言い切れない。
「何か怪しかったですか?」
「いや、俺もリョウマと同じようなもんだ。特別怪しいとは思わん。だが時期がそろそろな……」
時期?
「もうすぐ冬だろ? 冬から春にかけて、特に年末年始は貴族の社交シーズンなんだよ。それに備えてパーティー用の食料や酒。ドレスにアクセサリー。その他いろんな物が手配される。それに作物によっては冬前が収穫期だったりするからな。商売人の稼ぎ時で、それを狙う盗賊にとっても稼ぎ時ってことさ」
「なるほど……」
そうか、考えてみたらもうあと数ヶ月で年末だ。森にいた頃は寒くなって秋から冬。暖かくなり始めたら春って感じで、年末年始をあまり意識しなかったからな……
「まぁとりあえず警戒しておくに越したことはない。リョウマは夜の見張りだったよな?」
「はい、そうです」
「しっかり頼むぞ。それから、もし襲われた場合の話なんだが、盗賊相手に戦った経験は? 人は殺せるか?」
「大丈夫です。以前“赤槍のメルゼン”という賞金首を討ち取っていました」
「お前の技、どう見てもそっち向きだしな」
ロッシュさんは分かっていて、念のために確認しただけのようだ。
しかしそっち向きとはどういう意味だろうか?
「対人戦闘だよ。お前の流派が元々対人戦闘を念頭に置いてるのか、それとも単に技を仕込んだ爺さんが他の村人を警戒していたからか? ハワードとの戦いでリョウマの戦い方は傭兵や兵士みたいな印象だったんだ」
「わかるんですか?」
「この仕事を長くやってればな。冒険者が相手にする敵は様々だが、人と魔獣じゃ動きが違う。魔獣の相手が得意なら魔獣討伐。人間の相手が得意なら盗賊の討伐や護衛。そういう風に専門化した冒険者をよく見るから、自然と分かるようになっていくのさ。
大体予想はしてたが、賞金首を仕留められるくらいなら十分だ。もしもの時は頼りにしてるぜ」
「全力を尽くします」
「それで実際襲われた場合の戦い方なんだが……」
集団戦と個人戦では勝手が違うということで、打ち合わせの末、ロッシュさんから秘策を授けていただいた。
そしてその夜。
いつでも迎撃できる準備を整えて臨んだ見張り番は、
「交代です」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
何事もなく、交代の時間がやってきた。
翌朝
「おはようございます。ハワードさん」
「おう、おはよう」
眠りの深い明け方を狙われる可能性も考慮していたが、襲撃なんてなかった。
「何もありませんでしたね」
「よくあることさ。盗賊かどうかの見分けがつきにくいから厄介なんだよなぁ……こう、あからさまに盗賊です! って格好していてくれれば楽なんだが」
「……それはそれで、逆に少し迷いそうな気もしますが」
「ははっ。確かにそんな姿で堂々と人前に出てくる盗賊はいねーよな。でも後ろから狙ってくることもあるからあまり気を抜くなよ? 全員の準備が整ったらすぐに出発だから、リョウマも余裕があれば生徒の様子を見といてくれ」
「了解です」
自分の準備はもうまとめた荷物をアイテムボックスに入れるだけだったので、手早く入れて見回りに向かう。するといきなり水場の方から歩いてきたウィストくんと遭遇。
「おはよう」
「お、おはよう、リョウマくん。見回り?」
「うん、自分の準備はできたからね」
「そうなんだ、早いなぁ」
「ウィスト君は水汲みと洗い物?」
人数分の水筒や、携帯用の鍋を持っているから間違いないだろう。
「うん。それにこれの手入れも……」
彼が振り向くと、背中に担いだ大きな盾が目についた。それは歳の割に大きなウィストくんの胴体をちょうど覆い隠していて、後ろ姿がなんだかカブトムシのように見える。手足にも虫の甲殻だろうか? ツヤのある素材のプロテクターを着けているので尚更に。
思い出してみると、ベックも似た素材の防具を着けていた気がする。けど、ウィスト君ほどガッチリ固めていなかったし、あまり印象に残っていない。
「しばらく見ないうちにだいぶ装備が変わったね」
「うん。盾はジェフ兄さんに色々教えてもらいながら、お金を貯めて。防具は前にリョウマくんに手伝ってもらったトンネルアントで作ってもらったんだ……」
全身揃うと、黙っていたらなかなか強そうに見える。
「防御重視にしたんだ?」
「うん……この下に片手で使える短めの槍もあるけど、まだ攻撃は遠慮がちだって。でも力だけはあるから、これでみんなを守ることはできる……かも。少しは……」
言いきればいいのに……でも、彼も少しずつではあるが自分が役に立てる方向を探して頑張っているようだ。
「お互いに頑張ろう。あ、よければまたいつか一緒に仕事をしてみる?」
「ええっ!? そんな、リョウマ君の仕事にはまだついていけないよ……」
「いや、僕もまだ雑用の仕事とか受ける事もあるよ」
ジェフさんだって指導役として一緒に活動しているし、彼らの迷惑でなければ一緒に仕事をしてもいいだろう。ランクもジェフさんより近いし、俺にとっては他人と協力して仕事にあたる練習になる。
「まあその気になったらでいいから。機会があったらよろしくね」
「う、うん。よろしく! 皆にも話しておくから!」
皆にも、か……
ごく自然に告げられた一言が引っかかり、テントが立ち並ぶ方へ歩き去っていくウィスト君の背中をなんとなく見送る。
「あ、おはようございます!」
「……」
「……」
そこに通りかかった教官役の男性二人には無視されてしまった。
……本格的に自分のコミュニケーション能力に疑問が出てきた……




