収穫
本日、4話同時更新。
この話は4話目です。
「ふっふふふ……本当に大発見……」
毒に対する抗体ができたことで、毒耐性のレベルが上がったブラッディースライム。
病気耐性の場合は? と疑問に思い調べて見ると、なんと病原菌に対する抗体も持っていた。しかも毒物以上に種類が豊富。ブラッディスライムの血清は、毒にも菌にも対応できる抗血清になる可能性を秘めているのかもしれない。
「あれ? そういやいま何時……っ!」
取り出した時計の針は、いつの間にか朝の集合時間とされていた時刻の2分前を指していた。
「しまった!」
急いで虫除けを塗ってから、ディメンションホームを飛び出して馬車の方へ駆ける。
帰ったらディノームさんのとこに。アラーム機能つきの時計開発を依頼する!
そう心に決めて足を動かしていると、生徒達の背中が見えた。
もう既に人が大勢集まっているようだ。生徒の集団を迂回し、その先の教官の集まりの中へ。
「よっ、リョウマ。時間丁度だな」
「すみませんロッシュさん。スライムに気を取られてました」
「そうか。あれからどうなった?」
「おかげさまで、なんとか落ち着きましたよ」
「そうか! そいつは良かったな」
「ええ。皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした!」
幸い集合場所は野営場から近かったため、ギリギリで遅刻は免れたようだ。集まっていた人達も昨夜の話は聞いていたらしい。皆聞き耳を立てていたので、この場を借りて報告しておく。
「なら時間にもなったし、朝礼を始めるぞ。注目! ……諸君! どうだ? 毒虫の原で一夜を過ごした感想は」
「痒いです!」
「眠れなかった……」
生徒達から上がる声を聞くと、ほとんどの生徒が虫に刺されてしまったようだ。
朝礼は点呼と安否確認が主な目的なのでさほど時間は使わなかったが、最後に一言。
「虫に刺された奴は、まず防虫対策が不十分だったんだろう。できるだけ治療をしたら、用意してきた道具の状態、使い方をきっちり見直してくれ! ここでの野営はあと2回、何の改善もないままならずっと苦しむことになるぞ! 何度も言うが教官への質問は自由だ! 以上、解散!」
号令と同時に、テントや教官の下へ歩き始める生徒達。
ん? ロッシュさんがこちらに近づいてくる。
「リョウマ。ちょっと相談があるんだが」
相談?
「生徒から戦い方や武器の相談を受けた教官が何人かいてな。予定には無いが教官同士で軽く模擬戦をやって見せて、説明もしてやろうか? って話をさっきまでしてたんだ。もしよければリョウマも弓で参加してくれないか?」
「それは構いませんが、弓限定ですか?」
「限定とまでは言わない。個人の戦い方もあるからな。ただ、どうせやるなら豊富な種類の武器とその戦い方を見せてやりたい。今回の教官は大半が接近戦主体だから、できれば遠距離で戦って欲しいって感じだな。チラッと聞いたんだがお前、夜の見張りの途中で飛んでる鳥を射ち落としたんだって?」
見張りの誰かから聞いたのか。確かにブラッディースライムに血を与えるため、たまたま夜行性の鳥が飛んでいるのが見えて射ち落とした。
「そんだけ腕があるなら生徒の勉強にもなると思ってよ。頼めないか?」
「いいですよ」
断っても良いようだけれど、ここでの仕事は教官役。生徒がよりよく学べるように、できる事をするのが勤めである。
「じゃあこれから模擬戦用に、鏃を石の刺さらない物に代えた矢を拵えておきます」
「そうか! なら他の奴らにも声をかけてみるから、またあとで連絡する。んじゃ俺はこれで。生徒を待たせるわけにもいかんしな」
あ、
「ベック?」
「よう」
いつも仲間と一緒にいる印象の強い彼が、今日は1人で佇んでいる。
誰かと話すわけでもなくこちらを見ていた彼は、ロッシュさんと入れ替わりに俺の前へ来た。
何か用だろうか?
「……気をつけてもテントの中に虫が入ってくるんだ、何か良い方法は無いか、聞きたくて……」
いつもは物怖じしないベックが、今日は妙に歯切れが悪い。
……昔の部下の田淵君を思い出す。
「虫の出入りか……対策をしっかりしていても、人の出入りに紛れて進入されることはよくあるからね。服や靴に付着していないか、そういった細かいところにも注意をしておくのと……もしよければ1つ、簡単な虫除けの作り方を教えようか? この辺に生えてる薬草をすりつぶすだけでできるやつ。テントの入口付近に塗っておけば、飛ぶ虫も近づきにくくなる」
「そう、だな。頼むよ」
というわけで、ベックを引きつれ草原地帯へ移動。
「この辺でいいのか? ほとんど歩いてないけど」
「日当たりの良い草原なら基本どこでも生えてる草だからね」
正直、野営場から出なくても探せば見つかったと思う。
「ほらこれ。これがバルミニスト。虫が嫌う成分を豊富に含んだ草で、よく潰して水に加えれば、簡単だけど確かな虫除け効果のある液体になる。ただし、濃度にもよるけど効果は長くとも1日はもたないから、採取しておいて使う直前に磨り潰すのがベスト。あと肌を痛めるから体に直接塗って使わないように。とりあえず今晩の分、両手で持てるくらいは集めてみようか」
「分かった」
背中合わせで黙々と採取を始める俺達。
周囲には人目も耳もなく。吹き抜ける風が草花を揺らし、擦りあわせる音が大きく聞こえる。
「なぁ」
「なんだ?」
ようやく踏ん切りがついたのか、ベックが静かに口を開いた。
「ガゼル達が迷惑かけたって聞いた。その……謝る」
「えっ? その話? 何でベックが?」
「なんでって。その、一応同じスラムのガキだしさ。昔から知ってんだよあいつら。つーか、冒険者になるまでは仲も悪くなかったし」
「そうだったのか」
「……そういやリョウマには愚痴ってばっかりだったかもな。ギルドに登録する前は、あいつらとパーティー組もうって話もしてた。でもウィスト達も登録するって聞いて、気になったから俺はあいつらと行動することにしたんだ。そっから別行動も増えて、いつのまにか……」
なるほど。長いこと仲違いをしているが、別にあいつらなんてどうなってもいい! とまでは思っていないと。
「ウィスト達のことを悪く言ってるのは話が別だぜ? そこは気に入らねぇし譲る気も無いからな!」
「なるほどね……とりあえず安心してくれ。あの件についてはもう気にしてないが、というか、本人達にもあの場で伝えてあるんだけど」
「そうなのか? そこまでは知らなかった」
どうやらベックはあの場にいたのではなく、他の参加者が話してるのを聞きつけたらしい。
「それにしても、そんなに酷い罰を与えると思ったのか?」
「いや、お前って話は分かるけど敵に容赦ねぇじゃん。スライムを狙った強盗とかボコボコにしたらしいし、“リョウマのスライムを狙うとヤバイ”って話はよく聞くぞ」
「……強盗ボコボコは実際やったし、ガゼル君達からもその話は聞いたけどさ。本当に? そんなによく聞くの?」
「嘘ついてどうすんだよ」
これはカルムさんに一度確認してもらったほうが良いかもしれん……
そんなこんなで虫除けになる草の採取をすませ、ベックの懸念はなくなった。
しかし彼は俺と話すために仲間と別行動をとったことで、今どこに仲間がいるかは分からない状態。せっかくなので合流するより、ガゼルを許した礼として何か手伝いをする、と申し出てくれた。
と言うことで、ついでにもう1つ採取するため、今度は林へ場所を移す。
「けっこう奥まで入るんだな」
「浅いところと川の傍は、昨日の水汲みと食料採取で行ったからね。あるとしたら奥のほうだと思う」
「“ギルコダの葉”だっけ。高く売れるのか?」
「全然。薬効成分と一緒に毒も含まれてるし、薬屋でも取り扱いはなかったから。服や本の防虫剤として使えるんだけどね」
薬草としては認定されているけれど、普段あまり目にする機会のない素材だ。実物を見たことは無いが、ここら一帯の情報を確認していたところで、この名前と説明文を見つけた。
「ギルコダの特徴は臭い実をつけること。この実に触れると皮膚がかぶれるから、注意してくれ」
「臭いなら、ルースかミーミルがいたらすぐ見つけられっかな?」
「あの犬人族の兄妹か……見つけられるかもしれないけど、嫌がると思うぞ」
「そんなに酷い匂いなのか」
「実物を見たことはないけど、葉の特徴と薬効。それに毒の症状まで一致してる薬草を知ってる。だから一度確認したかったんだ」
臭い実をつけるギルコダの木。その詳細を調べてみると、日本では街路樹として使われ、黄葉で秋を彩る“イチョウ”と特徴が一致していた。
この世界には魔獣など、地球には存在しない動植物が存在する反面、普段料理に使う麦や芋、薬草であればヨモギに似た“ヨムギ”等、地球の動植物と似通った特徴や性質を持つ動植物も数多く存在する。
もし本当にギルコダがイチョウの木だったら。
そう考えていると、吹き抜けた風が鼻につく臭いを運んできた。
「臭いってこれか?」
「あっちだ、行こう」
風上へ向かい歩くこと数分。
「……」
「すっげぇ。けど臭っせぇ……」
俺達の目の前には鮮やかな黄色に染まり、日光を受けて輝きを放つイチョウの木々が犇いていた。
「『鑑定』」
“ギルコダの葉”
薬効成分と毒性成分を含む葉。
薬効成分:フラボノイド、ギンコライド
毒性成分:ギンコール酸
落ちていた葉に鑑定をかけると、成分が俺の知る名称で出てきている。
間違いない。イチョウだ!
「『アイテムボックス』。ベック、これ使って。手ぬぐいと消臭液。あと採取用の背負い籠と手袋も」
街路樹のイチョウは実をつけない雄の木だけを使っていると聞くけれど、ここではそんな配慮などされていない。自然のままの姿。
その美しい紅葉に感動しつつ、臭いとかぶれの対策を済ませて採取に取り掛かった。
「手伝ってくれてありがとう。おかげでたっぷり集められたよ」
「別にいいって。俺もウィスト達にいい土産話ができたしさ」
ギルコダの採取はつつがなく終わり、俺達は無事に野営場へ戻ってくることができた。
「それじゃ俺は行くよ。あいつらが帰ってくる前に虫除けを作ってやらないといけないし。水に入れて潰せば使えるんだよな?」
「そう。肌に触れないように、あと塗る場所には気をつければ大丈夫だよ」
「分かった!」
ベックはバルミニストの山を抱えてテントへ戻っていく。
「俺もやるか」
拠点に戻り、室内でディメンションホームを発動。当番の時間が来る前に、採取したものを処理しておかなくては。
まずはイチョウ葉。背負い籠2つに詰め込まれているが、この中にはまだ砂粒など細かいゴミが含まれている。
最初に葉を全て大きな容器に移し替え、錬金術でチャチャッとゴミを除去。陣の内には容器と葉っぱが残り、ゴミは外に。こうして出たゴミはスカベンジャーに掃除してもらい、ついでに毒性成分のギンコール酸も分離してしまう。これで安全なイチョウ葉の完成!
「これはひとまず置いといて……」
次は帰宅途中に集めたキノコ類。キノコの栽培実験用だ。昨夜はブラッディーの件でそれどころではなくなったけど、今日はまだ時間がある。
「『アイテムボックス』」
取り出したるは、林で見つけた倒木。
これもまず錬金術で虫やゴミを抜き出して、スカベンジャーに処理を頼む。
「『ポリッシュホイール』」
続いて倒木をオガクズに。高速回転する風と砂によって、半ば乾燥した倒木をどんどんと砕く。……少々荒い気もするが、最初の実験だ、これでいいだろう。完成したオガクズは一旦横に置いておく。
次にキノコを器に移し、錬金術で分離。
キノコを生やそうとするんだから、元となる菌が手元になくてはどうにもならない。
オガクズを培地として、種となる菌糸を得た。さらに栄養源として、ゴミ掃除に協力してくれたスカベンジャーから肥料を貰う。
こうして揃った3つを錬金術でムラ無く混合。畳程度の面積がある平たい器に移してから、適度と思われる水分を与える。
「これでどうなるか……」
キノコの栽培は経験が無い。うまく菌床になっていれば良いんだけど……なるようにしかならないか。
「あとは……あ、そうだ」
昨夜はディメンションホームで過ごしてしまったが、今晩はちゃんと拠点で寝る。そのための用意もしなければならない。
スティッキースライムを20匹ほど連れて、ディメンションホームから出る。
「頼む」
指示を出すと、スティッキー達は速やかに床から壁を這い上がり、天井にへばり付く。そしてそのまま触手を垂らせば、いつかも使った簡易ハエ獲り紙の完成。
室内に羽虫が侵入した場合の駆除は任せた!
軽くゆらめく触手からやる気を感じる。とても頼もしい。
後は蚊帳を設置して、虫除けの香と豚型の線香置きも置いておけば、快適に過ごせる。
あと何かすべきことはあるかな……
こうして俺は時間が来るまで、環境の改善に力を入れて過ごしていた。




