毒虫の原
本日、5話同時更新。
この話は5話目です。
翌日
朝早くに一夜を過ごした野営場を発った俺達は、太陽が頂上に昇った頃、目的地である“毒虫の原”へと到着した。
「全員そろってるな? ……よし! 今日から3日間はここを拠点として活動する。まずは昨日と同じように、各自野営の準備を整えてくれ! その後、ここで今後の予定を説明する。以上! 準備にかかれ!」
参加者が三々五々に散っていく。
ここが“毒虫の原”……広々とした草原と緩やかな丘陵地帯が広がっている。少し歩けば色づき始めた木々が立ち並ぶ林もあり、涼しげな風が草の香りを運ぶ穏やかな土地だ。強い魔獣も生息していない。最近は日差しもめっきり柔らかくなってきたし、ピクニックをしたら相当気分が良いだろう。
しかし……ここで注意すべきは“毒虫”。毒虫の原と呼ばれるだけあって、ここには人を刺す毒虫が非常に多いのだ。
できる限り肌を露出しないこと。虫除けを用意し、立ち入る前から使用しておくこと。滞在中は念入りに防虫対策をしておくこと。この3点がここで活動する上での基本となる。それを怠ってしまうと……
「なんか痒いな……」
「虫に刺されたんじゃないか?」
「たぶん……」
「なんだよ、幸先悪いな」
ここまでで既に刺された生徒もいるようだ。
事前に買った情報によれば、ひと刺しで命にかかわるほどの毒をもつ虫はいない。しかし防虫対策をしなければ翌朝には痒みと痛みでもだえ苦しむことになる。また、虫の種類と刺された者の体質によっては命にかかわる場合もありえるので注意が必要。
……っと、これで良し。
「ひとまず寝床の確保完了」
昨日と同じく、土魔法で作った寝床を設置した。今日は地面を這うタイプの毒虫が入りにくいよう高床式にして、取り付けた窓には虫の侵入を阻む網戸を外れないようにはめ込んである。
「あとは……あ、ロッシュさん!」
「何か用か?」
「虫除けを焚くつもりなんですが、少々煙が多く出るので念のため事前に言っておこうと思って。ちょうどロッシュさんが見回りに来たのが見えましたし」
「そういうことか、了解した。にしてもお前、昨日も思ったがよくこんなの建てられるよな……もう小屋だろ、これ」
「ははは……」
確かに。周りはほとんどテントばかりの中で、俺だけが頑丈な石の壁で作られた建物を建てている。おまけに今日は高床式なので、高さも他より頭ひとつ飛び出て超目立つ。
「ん? 怪我でもしたのか?」
怪我? ああ、荷物から包帯を出したからか。
「これは虫除けなんです。調合した薬液を染み込ませてから乾燥させた物で、携行しやすいんですよ。体に塗布する液状タイプや薬草を練り合わせた香タイプも何種類か用意してきましたが、建物とか広い範囲に使うならこれですね。材料費も手ごろで効果も高く、とにかく煙が多く出るので楽です」
説明しながら包帯を1メートルほど切り取り、魔法で先端を炙る。材質は木綿なので本来ならたちどころに燃え上がるが、この薬液に一度漬けた包帯は火が回りにくい。線香のように火をつけた部位からゆっくりと燃え広がる。視界を覆うほどに濃く、大量の白い煙を噴き上げながら。
しっかりと火がついたことを確認したら、入り口から放り込んで扉を閉める。燃え尽きるまで10分程度待てば室内の虫除けはOK。その10分を待つ間に虫除け包帯の残りを用意した三叉の鉄串(握りは木製)に刺し、こちらは全体を炙って着火。高床式にした建物の下へ入り、火の玉から噴き上がる煙で建物の全体を燻して回る。特に窓や入り口の下は念入りに。
「これでよーし」
「リョウマ、虫除けをいくつか持ってきてるって言ってたよな?」
「はい。これの予備もありますし、かゆみ止めや治療薬も一式」
薬の勉強がてら作ったから、アイテムボックスの中にはかなりの量がある。
「そうか……」
「なにか懸念が?」
「いや、今回は楽かと思っただけさ」
「すみません、具体的にお願いします」
「ここで教習やるとな、虫にやられて苦しむ奴が毎回、必ず、少なくとも2,3人は出るんだよ。ここの虫を甘く見てる奴。防虫対策が正しくできてない奴。薬代をケチって途中で足りなくなる奴とか理由は色々だけどな。今回は3日も過ごすから、明日か明後日には大騒ぎになるだろう。
そのために予備の薬を持ち込んではいるが、配るにも手が必要だからな。薬に詳しい奴がいてくれると助かるんだ。あとそれを機会に虫除けや常備薬の重要性について話をするんだけども、たまに妙に熱心で細かいところまで突っ込んだ質問をしてくる奴もいるからな」
「困る質問をしてくる生徒がいる、と……」
「悪気はないんだろうけどな。俺らもある程度のことは答えられるが、専門的な内容になると答えられない部分もある」
「そういう場合は回答保留ですか?」
「だな。知らないのに適当に答えるわけにも行かない。ミミルはそういう質問されると、街に帰ってから調べたりしてる。だからうちで一番薬に詳しいのはミミルだし、薬関係の担当はあいつなんだ。最近は緊急時医療従事冒険者資格も取ったしな」
“緊急時医療従事冒険者資格”? 内容は推測できるが、そんな資格があるのか?
「興味があるのか?」
「初めて聞いたので。どうやって取得するか分かりますか? あと資格の種類とか、少し気になります」
「資格の種類は各種武器の扱いに、罠の作成と解除や地図作り……多岐に渡るからちょっと説明しきれないな。だがどの資格を取るにしても、まずギルドで申し込みをする必要がある。それから専門の教習と実技試験を受けて合格すれば取得できるぞ。
最初から試験を受けられる資格もあるが、さっき言った“緊急時医療従事冒険者資格”は冒険者ギルドでの受付後、指定された医療ギルドで講習を受けないとダメだったはずだ。そのあたりの細かい事はやっぱり受付で聞いた方が確実だな」
ギルドでそんな事もしているとは知らなかった。
「取っておくべき資格はありますか?」
前世では資格の有無が給料の差や就職に影響したし、これが気になる。
「そうだなマナー講習は受けておくといいな。依頼主とのやり取りもあるし、Dあたりからはそれなりに大きな店の経営者と会うこともあるし、貴族の依頼だと礼儀作法のスキルが受注条件にあったりするからな」
マナー講習……この辺は前世と同じだな。
「ただ資格はこの冒険者がこの技術を習得してますよ、って証明するだけだからな。重要なのは教習で“技術”や“知識”を身につけることだ。それさえ身に着ければ、資格なんてなくたって、教会で作ってもらえるステータスボードがあれば十分だ。
何と言ってもあれは人の手も意思も介入することのできない、神々から授かる物だ。証明のためならむしろそっちを使ったほうが信用される。証明書としての信頼性は最高だよ」
となると、資格の意味は技術習得のオマケくらいに考えておけばいいのか。
「そういうことだ。技術を持ってるならわざわざ取る必要はないし、持っておいて損はないが、なくてもあまり困ることはないな。だからギルドも新人に教習を勧めることはあるが、資格取得を勧めることはあまりない。あまりにも態度が悪くて強制的にマナー講習を受けさせられた奴がいるとか、趣味で集めてる奴がいるとか、そういう話ならたまに聞いたりするがな」
「へぇー……実は僕、ギルドで教習を受けたことがないので勉強になります」
「ってことは野営以外の技術もある程度身に着けてから登録した口か」
「そうですね。祖父母が元冒険者だったので」
「だったら当分は大丈夫だろうが、ランクを上げると依頼も難しくなるからな。そう感じたら無理をせず、ギルドの受付に相談することを勧めるぞ」
「分かりました、ありがとうございます!」
教官役として参加しているけれど、俺も学べることが多い。
さらに数十分後。
野営の準備を整えて、参加者全員が馬車の前に集合する。
「今後の予定を説明させてもらう。まず、受講生諸君は昨日と同じく体を休めるなり、食料を集めるなりして構わない。ただし! 君達はそれぞれギムルで何らかの依頼を受けてきたはずだ。ここでの滞在は今日を含めて3日。この3日間でその依頼を完遂できるように頑張ってもらいたい。
依頼には期日がある場合が殆どだ。たとえ達成までの時間が短いとしても、一度引き受けた以上は責任を持って達成しなければならない。できなければ失敗だ。違約金の支払いに加え、ギルドからの評価も下がる」
依頼失敗。違約金。それらの言葉が出るたびに、徐々に生徒達の表情が引き締まっていく。
「この不利益は病気や怪我によるやむをえない依頼失敗でも発生する。事情によっては免除されることもあるにはあるが、それを期待しているようじゃ冒険者は務まらない。この3日間で各自の依頼を達成できることを祈っている。
なお、依頼は自力でやってもらうが、野営については教官に質問してアドバイスを受けて構わない。俺達の仕事は君達が、この機会に1つでも多くの技術を身につける手助けをすることだ。質問や相談は積極的にしてくれ。もしかしたら依頼に役立つ知識を聞けるかもしれないぞ? 分かったな!」
『はい!』
「よーし! 次は教官への連絡だ。こっちも基本的に各々のやり方で自由に野営をしてもらうが、生徒への指導と万が一の事態に備え、常に5人はここで待機していてもらいたい。担当の時間は顔合わせの時に決めたのを覚えていると思うが、一応確認するぞ」
ロッシュさんがそれぞれが担当する時間を書いてあるであろう紙を読み上げていく。
ちなみに今日の俺の担当は、午後の5時から8時まで。それ以外の時間でも質問には応対するので、あくまでもここで待機する時間がというだけ。待機中も質問や問題にすばやく対応できるなら、座っても横になっても食事をしていてもいいという。
……特に意味もなく、新人は休憩中も座ることを許可されない体育会系のバイト先もあったんだが……それに比べるとかなり緩い条件に思えた。
しかしベテランがそれでいいと言うのなら、わざわざ反対する事もない。
「最後に夜の見張りは昨日と同じだ。受講生、教官共によろしく頼む。以上! 担当の教官を除いて解散!」
こうして、“毒虫の原”での野営教習が本格的に始まった。




