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野営1日目

本日、5話同時更新。

この話は4話目です。

「各自荷物を持って集合!」


 ロッシュさんの号令により、馬車の世話をしている教官を除いた皆が集まる。


「知ってる奴もいるとは思うが、基本的なことから説明するぞ。

 まず、人通りの多い道には旅人が野営をしやすいように作られた野営場がよくある。ここもその1つで、見ての通り山道の途中を切り開いただけの土地だ。だが俺の後ろを見てみろ。立て看板があるだろ?」


 確かに。看板は川の絵と矢印で水場の方角を示しているようだ。



「大抵の野営場にはテントの張りやすい土地と水場はある。その土地の領主が旅人のために、冒険者の先達が俺たちや君達のような後進のために、そういう場所に作る物だからな。

 だから野営場は誰でも自由に使ってかまわない。当然俺達にも使う権利はあるが、利用の際には守るべきルールもあることを忘れてはならない。……まぁ、ほとんどは常識の範疇だ。 それほど多くも難しくもないから、あまり身構えるな。

 今日はこれからそのルールを確認してから各自で野営の準備に取りかかってもらう。分からない事、知りたい事があれば積極的に俺達教官に聞きに来るように。夜は一緒に交代で見張りもしてもらうが、それ以外は自由時間だ。時間が余れば疲れを取るなり明日以降のために食料を集めるなり、他人の迷惑にならない範囲で好きにするといい」


 ざっくりと予定を説明した後は、利用上の注意になったが……


 野営場を汚さない。できる限り利用前の状態に戻して帰るなど。本当に基本的な事柄から、他の利用者が居た場合などの慣習についても語られた。


 そして予定通り、今回の教習の目的である。野営の準備開始。まずは自分の寝床を確保すべく、教官方も各々準備を始めている。


 俺も準備をすべく野営場の片隅へ。あとは土魔法で……


「『アースウォール』」


 大地から土の壁を四枚生み出し、適度な囲いを作っていく。壁のうち2枚はやや長めに作っておいて……よし。中を分けて寝床とトイレを作るには十分なスペースだ。そしてもう2枚、別途で薄い壁を作り、切り取って屋根に使う。あとは囲いと屋根の隙間に土を詰め込んで、ロックで固めて埋めれば本日の宿がほとんど完成。


 最後の仕上げに、



「『アイテムボックス』」


 えーっと、どこに行ったか……


「あのー」

「はい、何でしょう?」


 振り向くと妙な顔をした少年少女が5人。皆、俺とは別の馬車に乗っていた子だ。さっきから見ていたようたけど、ようやく声をかけてきたか。……正直、いつ声をかけられるか変な緊張をしながら待っていた。


「魔法使ってたけど、野営の準備をしてるんだよな?」

「そうですね。まだ石の箱にしか見えませんが、ここからさらに穴を開けて、こういったものを取り付けます」


 なかなか威勢が良さそうな少年に答え、アイテムボックスから事前に用意した扉と網戸を出して実際に備え付けて見せる。


「野営にそんなに魔力を使うんですか? 冒険者は不測の事態に備えて常に余力を残しておくもの。魔法使いは魔力を無駄にしないよう努めるべきだと習いましたが」


 今度は気の強そうな女子からの質問。軽装の鎧に杖という装備からして、おそらく魔法使い。


「そうですね。街の外で活動する場合、野営では安全な街のように、十分な休息を取ることは難しいでしょう。そのため不測の事態に備えて魔法の無駄撃ちを控えるという考え方は僕も正しいと思います。

 しかし、より快適な休息を取るために魔法を使用することは“無駄”には含まれないと僕は考えています」


 劣悪な環境と快適な環境では取れる休息の質が違う。体力温存。集中力の維持。自分の力を最大限に発揮できる状態を保つために、より良い環境を作り出せるなら無駄ではないだろう。


 ただ俺の場合は魔力が多い体質なので遠慮なく魔法を使えているが、そのまま真似るのは難しいかもしれない。しかし一部ならどうだろうか?


「ちょっとこちらへ」


 5人を連れて建設中の拠点の隣に移動。


 土魔法で生やした4本の支柱にロープを結び付けてしっかりと張り、できた四角い枠組みの内側へロープを張り巡らせれば、あっという間に簡易ハンモックの完成。確認がてら飛び乗って、十分な強度があることを示す。


 さらにアイテムボックスから大きな防水布を取り出して支柱の上からかければ……あっという間に雨風しのげる天幕に早代わり。


「こんな具合で用意があれば柱4本でも寝床くらいは用意できました。この方法だと地面を這う虫が入ってきにくいですし、あまり場所を選ぶ必要がありません。そして何よりあっちよりも魔力の消費が少なくなります。このくらいであればあまり大きな負担にはならないでしょうし……たとえばそちらの方」

「俺か?」


 先ほどの威勢のよさげな少年に聞いてみる。


「見た感じ魔法使いではなさそうですが、戦うときに魔法は使いますか?」

「使わない。ってか使えない」

「でも魔力は持ってますよね?」

「多少はな。使えてもせいぜい攻撃魔法を2発か3発撃って終わりだろうけど」

「であればその魔力を別のことに使っても問題ありませんよね?」


 壁一枚でも風よけや日よけくらいには使えるし、魔法が使えなくても魔法道具がある。魔力を使わない戦闘スタイルの人なら、魔力切れにだけ注意しておけば別に支障はないだろう。


 俺のように大部分を魔法で済ませなくても良い。だけどほんの少し、魔法を便利に使える所は使っても良いのではないだろうか?


 そう伝えると、5人は礼を言って去っていく。


「ああいう考え方もあるか。でも魔法道具かぁ」

「あんた自分で使えるように練習してみたら? 基本くらいなら教えるし」

「にしても意外とまともだったな……」


 “意外とまとも”って何ですかね? 知識や指導力じゃなくて、そもそもまともな奴じゃないと思われてたとかじゃないよね? ……スライムとか錬金術とか、俺しかできないような技術は封印して、一応まじめに指導内容考えてたんだけどなぁ……というかそういう相談はもう少し離れてからするものじゃない?


「くくくっ……初指導おつかれさん」

「あ、ハワードさん。お疲れ様です」

「中々ちゃんとしてたじゃないか」

「そうですか?」

「言いたいことは分かったし、あいつらも考える気になったみたいだしな。そもそも何を言いたいのかが分からないってのが、本当に下手な奴だよ。そう考えると上等な方だろ」

「なら良かったです」


 ハワードさんは若干ノリが軽い印象を受けるが、緊張を解こうとしてくれているのかもしれない。ついでにちょっと気になることを質問してみる。


「ところで、僕の野営方法って珍しいですか?」

「どっちかと言うとな。さっきも話してたが、街の外では体力や魔力の無駄遣いは避けるべきって考えはある。リョウマの言ってたように野営に使うのを無駄とは思わないが、やっぱり街でテントや道具を用意して持ち込んで、ってのが基本だな。

 空間魔法の上級者なら安全な空間を作って入れるらしいけど、新人にはまず無理だし、せいぜい火魔法を火起こしに使うとか、飲み水がないときに水魔法で補充するくらいだろう。平然としてるけど残りの魔力は平気なのか?」

「ぜんぜん問題ありません。幸い魔力が多い体質のようで、魔力量だけなら宮廷魔道師並みと言われたこともあるので」

「だからそんな平然としてるのか。無理してないならこれもアリだと思うぜ」

「リョウマ、ちょっといいか?」


 おや? ルーカスさんだ。


 彼は仲間3人の中で一番体格がいい……と言っても一回りくらいの差だけれど、背中に背負う大きな金槌も相まって、とても豪快で力持ちに見える。しかしそんな彼が今手にしているのは、木の板に乗せた紙と羽根ペン。板を支える左手の小指と薬指の間には、インクの小瓶が挟まれていた。


「夜間の見張り当番なんだが、いつがいいか希望はあるか? 寝起きが悪いとか、体質的に何か問題があればできるだけ希望は聞くことにしてるんだ」

「希望も問題も特にありませんが、夜には強いほうです。深夜に狩りをすることもありますし、夜目も利くほうだと思います」

「時間の希望、体質的問題なし。夜に強く、夜目も利く、と」


 俺の言ったことを復唱しながら、インクをつけたペンを走らせるルーカスさん。


 低血圧な冒険者もいるのだろうか?


 ……俺は経験がないから分からないが、昔の同僚を思い出して考えるとかなり危なそうだ。


「よし。協力ありがとう。分担はあとでまた通達するから、暇があったら周りを見回っててくれ、ハワードもな」

「了解です」



 冒険者は一見豪快に見えて、繊細な仕事である。

















「おい、そっちもっと引っ張れよ」

「引っ張ってるって」

「水汲みに行ってくる」



 自分の準備は終わっているので、ハワードさんと見回りをすることに。


「問題なさそうですね」


 少し手間取っている人もいるが、手を出すほどでもない。


「初日だしな。そうそう問題を起こす奴は」

「何だとっ!?」

「って、言ってるそばから揉め事か? ったく」

「行きましょう」


 張られていたテントを回りこみ、声の元へ顔を出す。するとそこでは4人組の少年とベック達が無言でにらみ合いをしていた。なにやら険悪な雰囲気。


「おい、何の騒ぎだ?」

「っ!」

「騒ぎってほどじゃないっすよ」

「そうそう!」

「だよなぁ」


 ハワードさんに声をかけられ、軽くあわてた様子で否定している4人。


「俺ら飯になる物を探してこようって話になってて」

「そこにそいつらがケチつけてきたんで、ちょっとでかい声が出ただけです」

「先にケチつけたのはそっちだろ」


 ベックの一声に4人が反応し、うやむやになりかけていた場の雰囲気が再び険悪に。


「リョウマ。一旦この2組を引き離してから話を聞いた方がよさそうだ」

「そうですね。じゃあ僕はそっちの6人組を担当していいですか? 知り合いなので話しやすいと思うのですが」

「いいぞ。なら俺は4人組の方を預かる」


 と言うことで、俺は6人を連れて自分の野営場の前へ。

 簡易な椅子とテーブルを土魔法で作り、話を聞くことに。


「で、一体何が?」

「何かあったっつーか、いつも通りっつーか……ウィストを馬鹿にする奴らがいるって、前に話したことあったよな? それがあいつらなんだよ」


 あー……確かに聞いたことある。あの4人なんだ。


「あいつらさぁ、強いんだ。性格は気に入らないけど狩りは上手い」

「えっと……薬草摘みと狩りだと、狩りの方が儲かりやすいんだ。それであの4人は狩りばかりしてるから、薬草摘みが多い僕達とは稼ぎにだいぶ差があって……」

「薬草採取の多い私達をよく馬鹿にしてくる、です」

「今日も食べられる物を探してみようかって話をしていたら、こんなところまできて草むしりか? って言ってきたの」


 それをきっかけに言い争いへ発展したようだ。


 さらに詳しく話を聞くと、やはりと言うかなんと言うか……争っていたのは主にベック。売り言葉に買い言葉、となるのはいつもの事。しかし今回もこれまでも、直接手を出すような事はなかったそうだ。


「よし、分かった」

「あの……何か罰があるかな?」

「ロッシュさん達がどう判断するかは分からないけど……僕個人としては、軽く注意を受けるくらいでいいと思う。君達にも相手にも怪我や争った形跡がなかったから、手を出してないのは本当だろうし、話を聞いた限り相手方にも悪い部分はある。

 ベックは多少短気な性格をもう少し抑えたほうが良いとも思うけど……仲間が馬鹿にされてるときに黙り込んじゃうよりはいいかな、とも思うんだよな……」



 火に油を注ぎやすいだろうけど、個人的には嫌いじゃなかったりする。


 とりあえず今回の件について、俺からは注意のみ。


 各自、反省だけはしておくようにと伝え、報告へ向かう。



 その後、ベック達の処分は俺の考えとあまり変わらず、当事者への注意。


 加えて全体へ“野営場で居合わせた他人とは、盗賊や魔獣出没といった安全に関する情報交換などの例外を除き、基本的に不干渉”という暗黙のルールが再度周知されていた。

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