一方その頃 1
本日、9話同時更新。
この話は3話目です。
竜馬が馬車でゆったりと旅をしている頃、王都のとある学園では授業が行われていた。
「それでは授業を始めます。まずは――」
教師が淡々と教科書を読み上げる、面白味の無い単調な授業。生徒たちはそれを黙って聞いている。そんな生徒達の中に1人の少女がいた。エリアリアだ。
彼女は姿勢を正し真っ直ぐに教師の立つ教壇を見て授業を聞いてはいるが、内心では退屈を感じ、それに耐える時間を過ごしていた。
午前の授業が終わると彼女は席を立ち、そそくさと校舎の一角にある魔法の練習場へと向かう。そこは生徒の自主的な訓練のために開放されているものの、授業以外で使われる事が滅多に無い。つまり人気も無い。
彼女は練習場の隅にある休憩用のベンチに座り、用意してあった昼食を食べ、昼休みが終わるまで魔法の訓練をして時間を潰す。そして午後の授業を受け終わると、寮で割り当てられた部屋へと帰る。
彼女がこの学園に入学してから既に1ヶ月程になるが、これが彼女の行動パターンとなっていた。
「ふぅ……」
魔法を放つのを止めて、エリアはため息を吐く。
(まだたった1ヶ月しか経っていませんのに、既に退屈で限界です……まさかここまで授業がつまらないなんて思いませんでしたわ……)
この学園では1年目から3年目までは様々な事の基礎や教養を学び、4年目から6年目で専門的な知識と技術を重点的に学び、卒業後は自身の進路に応じて修行や弟子入りを行う。
入学したてのエリアが受けている授業は基礎の基礎だ。基本的な国の歴史や地理、計算、魔法、そして体力作りを目的とした剣術。どれも貴族であれば1年次の授業など入学前に学び終えていて当たり前の内容であった。
そのためエリアには授業が簡単過ぎ、成績は良くとも達成感が無い。その上同じクラスの生徒は40人近くいるが、彼女に話しかけようとする者も皆無。勿論無視やいじめなどではなく、一般の生徒や貴族の生徒は公爵家の令嬢という肩書きや彼女自身の魔力の高さを恐れて声をかけられず、必要以上に関わらないだけである。
そしてエリアも避けられている自覚があるため、積極的に交流を持てずにいた。中には単純に性格的に相容れないだろう相手もいたが、それ以外でも無理に交流しようとすれば、怯えていたとしても相手はまず拒否できない。そんな関係を作る事を嫌ったのだ。
その結果が入学1ヶ月で友人ゼロ。学園で退屈な時間を過ごし、孤独感に耐える日々を送る事になっている。
「入学前から分かってはいましたが……はぁ……」
2度目のため息を吐いた所で、突然声がかけられた。
「どうしたんだい? お嬢さん」
「えっ!?」
エリアリアには何時来たのか分からなかったが、声で後ろに立っていた相手に気づく。
「あら……貴女はウィルダン伯爵家の……」
エリアが振り向いて相手に顔を見せると、相手は驚いた様子だが名乗り、頭を下げた。
「これは失礼。ウィルダン伯爵家の長女、ミシェルと申します。ジャミール公爵家のご令嬢だったとは後ろ姿で分かりませんでした。無礼をお許し下さい」
彼女はミシェル・ウィルダン。伯爵家の令嬢であるが、女らしさという物があまり感じられない女子生徒だ。髪は肩にかからないあたりで適当に切り揃えられ、服は男物のズボンに女物のシャツという取り合わせ。持ち物は実用性を重視し、飾り気のない黒の大きなカバン1つ。顔も中性的で男装をしているように見える。
「無礼だなんて、ここでは身分の違いなど関係ありませんわ。それに私も分からない様にしているのですから」
この学園では身分の差を意識させないためとの名目で、貴族・平民を問わず生徒には制服の着用が義務付けられている。しかし、アクセサリーに規定は無かった。
そこで貴族の生徒は態と派手な金の髪飾りや宝石が散りばめられた腕輪など、豪華なアクセサリーをよく見える位置に付ける事が多い。装飾品の豪華さで各家の財力を誇示していたりもする。
しかしエリアは派手なアクセサリーを付けていないのだ。それが学園の理念に沿った制服の意味なのだが……ミシェルの目には派手なアクセサリーを付けていない、つまり平民の女子生徒として映ったのだった。
「ありがとうございます」
「……ミシェルさん、とお呼びしても?」
エリアの言葉を受け、そう言って笑いかけたミシェルからは忌避感が感じられなかった。つい先ほどまで考えていたこともあり、エリアはなんとなく会話を試みる。
「勿論です、お嬢様」
「お嬢様ではなく、エリアと呼んで下さいまし。先程も言いましたが、ここでは身分の違いは関係ありませんわ」
そう言うとミシェルはまた笑顔になり、エリアに答えた。
「……ふふっ、では、エリアと呼ぶことにするよ。ついでに言葉遣いも目を瞑って欲しい。疲れるのでね」
「勿論構いませんわ。私もその方が嬉しいですし」
「そう。所で、さっきも聞いたけど、どうかしたのかい?」
「いえ、特に問題がある訳ではありませんの。ただ、この学園の授業が……」
「ああ……それは僕も感じているよ。今では授業を受けているフリをしているだけだし、変な派閥に巻き込まれないようにしていると、休み時間も人と話す事が減るからね」
「あら、そうでしたの? ミシェルさんは人気があったと思ったのですが……」
その言葉にまた笑って答えるミシェル。
「ははっ、確かに入学当初はね。僕の服装で何かを勘違いした女子生徒に懐かれていたけど、僕はこの服装が楽だから着ているだけで、男装じゃないと言う事がわかったら殆ど離れていったよ。それに、僕もあまり社交的な方じゃないからね。面倒で避けていたら次第に、ね」
「そうでしたの。それでここに?」
「今日は違うよ。これの実験に来たんだ」
言いながらミシェルはカバンの中から1枚の紙を取り出す。その紙には鉛筆で下書きをされた1つの魔法陣が描かれていた。
「魔法陣……ミシェルさんは錬金術師ですの?」
その言葉に一瞬目を見開いたミシェルだったが、すぐに今までより笑顔になって答える。
「残念ながら、僕は錬金術師じゃないよ。僕は魔法陣学という学問を勉強しているのさ」
「魔法陣学、ですか?」
魔法陣学とは、魔力を通すと輝きを放つ錬金術の陣に端を発する非常にマイナーな学問。何故その様な反応が起こるのか、その現象を何かに利用できないか等々、細々とした研究が行われている。
そう説明されたエリアは魔法陣の書かれた紙を興味深そうに見ていた。
「そんな学問がありましたのね」
「錬金術から派生した学問という点と、大した成果が出せていない点が原因で衰退してる学問さ。僕がこの学園に来たのはその魔法陣学を教えられる先生がいると聞いたからなんだけどね……担当の先生が去年で辞めてしまわれたようで、仕方なく自習という訳さ。時間は余っているからね」
「そうでしたの」
「そうなんだよ。ところでエリア」
「何でしょう?」
「よく錬金術に魔法陣を使う事を知っていたね? 世間では色々な間違った噂が蔓延っていて、必要なのは魔法陣ではなく怪しげな薬品やら生贄だなんて言われる事もあるのに。それに錬金術に対して嫌悪感も無いみたいだ」
そう言われて口が滑ったと思うエリア。その一瞬で何かを感じ取ったのか、ミシェルが慌てて補足する。
「僕は別に錬金術に対して偏見は持っていないよ、どちらかと言えばむしろ興味がある方だ」
「興味?」
「魔法陣学は錬金術の陣をきっかけにして生まれた学問だから、その元となった錬金術にも多少興味がある。別におかしくは無いだろう? 錬金術を口実に詐欺を働く輩は嫌いでも、全ての錬金術師を詐欺師とは思っていないよ。魔法陣学と同じ様に、成果を出せずに研究を続けている本物の錬金術師だってこの世界にはいる。僕はそう考えているよ」
その言葉を聞いて多少安堵するエリア。
「そうですか」
「できれば、僕に錬金術について教えて貰いたいのだけれど」
しかしエリア自身は錬金術師ではない。竜馬と知り合った事で多少の知識は得たものの、他人に教えられる程ではない。そしていくら偏見が無いとはいえ、まだ会って間もない人間に竜馬を紹介するのも憚られた。
「残念ながら私は以前錬金術師の方とお会いした事があるだけで、錬金術を学んでいる訳ではありませんの」
当然の如く、エリアは断った。するとミシェルもどうしてもと言う事ではなかったらしく、素直に引き下がりそのまま実験の準備にとりかかる。
先程の紙を地面に置き、カバンから取り出したピンク色の粉をインクに入れて混ぜ合わせ始めた。
「ミシェルさん、それは何ですの?」
「インクはただのインクだよ。粉は火属性と無属性の魔石を砕いて混ぜ合わせておいた物さ。魔法陣学で使われる陣は錬金術と違って、魔法陣だけでは魔力を通す事ができないんだ。だからインクに粉末状にした魔石を混ぜる事で魔力を通せるようにして、錬金術の陣ではない魔法陣を描くのさ」
「そうなると、何が変わるのですか?」
「分かっているのはインクに混ぜ込む魔石の属性で効果が変わって、魔石の配合の比率で威力の調整ができる事だけさ。
例えば火属性の魔石を混ぜたインクで描いた陣に魔力を流すと魔法陣から火を出せる。火力の調節をインクの配合で行って、出した火の制御を陣で行うんだ。
陣は適当ではなく、まず円を描いてその中に何らかの紋様を描くんだけど、これが良く分かっていないんだ」
「よく分かっていない、と言いますと?」
「中の紋様によって反応と効率が変わる。そしてどんな紋様が最も効率が良いのかが分かっていない。だからひたすら様々な陣を描いて試し、効率的な物や目的に合う物を探すしか無い。そうなると魔石が沢山必要になって、そのための研究資金も必要になる。それであまり研究が進んでいないんだよ」
「そうでしたの……ミシェルさんは何故この研究を?」
「面白そうだからさ。研究する人が少なくて、あまり進んでいない研究。言い換えれば、まだまだ解明する余地があるという事だろう? それを僕が解明し、役立ててみたいと思っているんだ。
それに僕はこれでも伯爵家の娘で、ウィルダン家は代々研究者の一族で家族の理解もあったからね。研究したいと思う事があるのなら、やりなさいと言ってくれてそれなりの資金も出してくれたんだよ」
そう話すミシェルが、エリアには若干竜馬に似ている様に見えた。そしてミシェルはそのインクで陣を描いて言う。
「どんな反応が起こるか分からないから、少し離れておいて」
すぐさま陣から距離を取るエリア。それを確認してミシェルが魔力を陣に流すと、陣に赤い光がともった。
ミシェルがそれを見てから急いで陣から離れ、5秒後。陣から数個の小さな火の玉が勢い良く飛び出し、陣の上で弾けて爆竹の様な音を出した。
「「きゃっ!?」」
「ほうほう、こんな反応が……ん?」
まず陣の反応に気を取られていたミシェルだったが、2人分の驚きの声に気づいて振り向く。声の主は、丁度訓練場に入って来た狐人族の女子生徒。
「脅かせてしまったみたいだね、申し訳ない事をした」
「ここは訓練場ですから、大きな音がするんは当たり前です。それより私の方こそお邪魔してしまった様で、申し訳ありません」
「いやいや、そんな事無いよ。君は確かミヤビさん、だったね?」
「同じクラスの方ですわね?」
「ウィルダン伯爵家とジャミール公爵家のご令嬢に名前と顔を覚えて頂けて光栄です」
ミヤビは貴族向けの多少丁寧な口調で受け答えをする。
「畏まる必要はありませんよ、ミヤビさんはこれから訓練ですの?」
「実は少々お嬢様にお伝えしたい事がありまして……」
「私に、ですか?」
「はい。知り合いからお嬢様に伝言を預かってます。それで、今日声をかけさせて頂きました」
ミヤビは伝言を託したのが男だと周囲に知られ妙な噂を立てられぬ様に配慮し、この1ヶ月はエリアが1人になり、ゆっくりと話せる時を探っていた。そして入学から1ヶ月が過ぎた今日、エリアがいつも1人でいる訓練場に来たのだが……今日に限ってミシェルがいたため、ミヤビは内心で軽く慌てている。それでも受け答えが問題なくできる位の落ち着きはあったが。
「私に伝言ですか?」
「はい。リョウマという名前に心当たり、ありませんか?」
「リョウマさんから!?」
竜馬はエリアの友達作りのきっかけを作ろうとは思っていたが、本当に友達になるか、これからも付き合い、互いの事を知っていくかは2人が決める事だと考えていた。そのため出会う機会を作る様に動きはしたが、ミヤビの事は何一つエリアに伝えていない。自分という共通の知人・話題があるのだから全く話題が無い訳では無いだろうと考えて。
それと同時に、竜馬がエリアを驚かそうと若干の悪戯心を出したのも理由の1つではあるが。
「知っとるみたいですね」
「ええ、でも何故ミヤビさんがリョウマさんの事を?」
「父を通じて知り合いまして、私が学園に行く言うたらそこにいるエリアリアに伝言を頼むて言われたんです」
「そうでしたの……」
そこでミシェルが話に加わる。
「エリアの知り合いなのかい? そのリョウマって人は」
「ええ、ちょっと変わった方ですけど、お友達ですの」
「確かに、変わっとるんは間違いありまへんな……」
「へぇ……」
ミヤビがエリアの言葉を聞いてつぶやく。そして竜馬が変わり者と聞いたミシェルは少々興味が湧いた様子だった。
「それで、リョウマさんは何と?」
「頑張れ、その一言だけです。お嬢様を心配しているみたいでした」
その一言でエリアは概ね竜馬の気持ちを察する。
たった一言を伝えるために他人に伝言を頼む必要が無い。頑張れと伝えたいなら手紙に書けばいい。つまり、ギムルの街で別れる前に自分が言った“友達がいない”という話を覚えていて、リョウマが態々ミヤビと出会う機会を作ろうとしたのだとエリアは結論づけた。
「ありがとうございます。確かに伝言を受け取りましたわ。それに……ミヤビさん、こうして出会ったのも何かの縁、宜しければお友達になって頂けませんか?」
「良いのですか? 私なんかにそんな事言うて」
「ここでは身分の差など関係ありませんから。それに、これからの学園生活でお友達が少ないのは寂しいです」
「ほな、よろしゅうに」
「それなら僕も仲間に入れて欲しいね、僕もあまり友達がいないんだよ」
ミヤビは笑顔でそれを受け入れた。更にそこにミシェルも加わる。
こうして3人は出会い、握手をした所で昼休みが終わった。
そして彼女たちは教室に戻り、午後の退屈な授業を受ける。
しかしこの日は、普段よりもいささか楽しく感じられたかもしれない。




