創立祭2日目
本日、5話同時更新。
この話は5話目です。
翌日
「麦茶? っての3つと、水を2つ頼む。代金これでいいよな?」
「かしこまりました!」
朝から店番。氷魔法が使える俺は、飲み物の担当になっていた。
「お待たせしました! 麦茶3つとお水2つですね」
「すげぇ冷えてるな。こりゃいいや、ありがとよ」
「ごゆっくりどうぞ~。次のお客様どうぞ!」
「麦茶2つ、お願いね」
途切れないお客様に応対して早数時間。ここで見知った顔が目の前に現れた。
「次の方~……あっ、ジェフさん!」
「やってんな?」
「おかげさまで」
「とりあえず麦茶を7人分頼むぜ」
「かしこまりました」
手早くトレーと麦茶を用意していく。
「誰かお友達とこられたんですか?」
「ダチっつーかなんつーか……お前も知ってる奴らだよ。ほれ、あっちの」
「?」
あっちと言われた方へ目を向けると、確かに知った顔だが……
「あれ、ベック達ですか?」
新米冒険者の6人組が、それぞれ手分けしてうちの屋台の料理を買い込んでいた。
「このあいだあいつらにアドバイスしたんだろ? 他の冒険者から話を聞けって」
「ああ……確かに言いましたけど。ってことはもしかして?」
「おう。ウォーガンのおっさんから紹介されてな、しばらくあいつらの面倒見ることになった」
「そうでしたか。それなら安心ですね。はいどうぞ」
「おう、頑張れよ」
お金を払って、ジェフさんはそのままベック達に合流した。
ジェフさんが面倒を見ることになるとは思わなかったけど……彼なら腕も確かだし、同じスラム出身だ。ベック達のことも理解しやすいかもしれない。他人の事だが少し安心した。
その後、彼らは料理を楽しんで帰って行ったが、どうやら一緒に祭りを見て回るようだ。ジェフさんははしゃぎたい気持ちを抑えきれないベック達の面倒を見ながら、ほほえましく立ち去った。
その十分ほど後。また違う顔見知りが訪れた。
「よう」
「いらっしゃいませ!」
冒険者ギルドのギルドマスター。ウォーガンさんが武器屋のティガーさんと共にやってきた。
「俺は麦茶、お前は?」
「同じものを頼む」
「かしこまりました! しかし珍しい組み合わせですね」
「そうか? これでも昔は同じパーティーで活動してたんだぜ?」
「え、そうだったんですか?」
それは初耳だ。
「引退する前の話だ」
「ティガーは昔から装備の目利きが仲間内じゃ一番上手くてな、金にも細かいし、うちのパーティーの金はこいつが管理してたんだ。引退後の身の振り方としちゃあ、今の仕事は天職だろ」
「目利きはともかく、昔のあれはお前らが杜撰だっただけだ。放っておけば酒と女に変わって翌日まで残らん」
「俺らも若かったからなぁ。何より冒険者らしいじゃねぇか。なぁ?」
「と、言われましても」
同意を求められても困る。
「気にしなくていい。真似もしないほうがいいぞ」
「なんだと?」
「仲が良いですね。『フリーズ』はい、お待たせしました」
「こいつが麦茶か」
「金はこれで足りるな?」
「はい。ありがとうございました!」
二人は麦茶を持って立ち去ろうとしたが、ティガーさんが何かを思い出したように振り向く。
「最近店に来ないが、装備は大丈夫か?」
「はい。特に問題はありません。以前買ったナイフも鎧も良く使えてます」
「ならいいが……刀の件はどうなった? あれから音沙汰無いが」
「ああ……ちょっとお耳を」
小声で事情を簡潔に伝えると、彼は目を瞑る。
「まさかそんな方法で解決したのか」
「なんだかすみません」
「使えるなら構わんさ。従魔の能力をどう扱おうと俺が口を挟む事じゃない。無茶はするなよ」
「ありがとうございます」
そのまま彼はウォーガンさんに合流し、一息ついてまた街へ戻っていった。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
今度は教会のシスター、ベッタさんがご来店。教会の子供達を引率して来てくださった。もう昼前か。
「昨日はお手伝いありがとうございました。ベルの事も、とても助かりました」
「いえいえ、あれくらいでよろしければいつでも。私もいつもお世話になっていますから。話は届いていますよ」
教会では身寄りの無い子供の面倒を見ている。その生活は決して贅沢ではないが、普通の子供と同じようにお祭りを楽しめるよう、2人のシスターが倹約した中からお小遣いを与えたり、色々と取り計らっているのだ。
「18人分でよろしいですか?」
「はい、お願いします。ほら、あなたたちも」
『お願いします!』
「はい。かしこまりました」
子供達のそろった声が周囲に響き、あちこちからほほえましいものを見る目が集まる。
昨日のバザーで今日はお祭りを見て回るんだ! と、教会で一緒に仕事をした子供が話していた。その子はホットドッグを人数分買っているけれど、子供らしく楽しそうに笑っているのが見える。
「おまたせしました。沢山あって重いから、気をつけてくださいね」
『ありがとうございました!』
「どういたしまして。次の方どうぞ~!」
「やっほー」
「リョウマ、久しぶりだにゃ」
「元気にしてたかい?」
「麦茶を4人分お願いします」
今度はミーヤさんにウェルアンナさん達のパーティーだ。
「お久しぶりです。最近見ませんでしたね」
「仕事で街を離れていたからね。ミーヤも一緒に」
「ご無事で何よりでした。はい麦茶、よく冷えてますよ」
お客様は次々にやってくる。
その合間を縫って、交代で食事や休憩を挟みながら、出店の仕事に勤しむ。
忙しい。けれど、人々の熱気や街の活気を肌で感じ、少なからず心が躍る。
そして気づけば薄闇に包まれていた。遠くに沈みつつある夕日はもはや余韻を残すばかり。にもかかわらず、周囲はこれからが本番だと言わんばかりの喧騒に包まれている。
「戻りました~。店長さ~ん、交代するのでお夕飯どうぞ~」
「ありがとうございます。じゃあよろしくお願いしますね」
早めに夕食を食べに行く。と言ってもここの特製ホットドッグだけど。
「今日もここですませるんですか~?」
準備期間を含めて最近はここで食事を済ませることが多かったからか、そんなことを言われてしまった。
だけど美味しいし、店員特権で並ばずに確保できるし、何よりすぐに仕事に戻れるので何かと都合がいいのだ。
ホットドッグは炭水化物と肉。野菜も野菜炒めで十分に摂取しているので、栄養バランスは意外と整っている。強いて言うなら油分や塩分が多めだろうか? それにしても日中は暑いし、体力を使えば丁度いいくらいだと思っているが……まぁ、問題ないよね。体は若いし。
この思考こそ、歳をとった後に自覚する罠である……とはよく聞くが、前世でもまったく問題なかったので実感が皆無である。なので遠慮の欠片もなく、ホットドッグ4つと野菜炒め1皿を注文。自分で麦茶を注いだ後、お金を置いて席を探す。
……おっ、あの席が空くかな?
四人掛けの席から、女性の三人組が立ち上がりそうな雰囲気が……立った。
入れ替わりに席を確保。
「いただきます」
ホットドッグをひとかじり。柔らかなパンに続いて弾力のある皮が弾け、肉汁があふれ出す。かけられたケチャップの酸味もあわせて、どんどん唾液が出てきた。なかなかボリュームがあるけれど、どんどん喉を通っていく。
「紳士淑女の皆様―!」
プレナンスさんの声が高らかに響いた。俺は入り口が目と鼻の先にある席に座っているのに、彼の声は周囲の喧騒にかき消されること無く耳まで届く。
そして公演の始まりが宣言されると彼に代わって踊り子の女性が3人舞台に出てきた。楽団の演奏にあわせて踊る彼女達へ注意が集まり、騒々しかった場が自然に静まっていく……
練習を何度も見せてもらったが、見事なものだ。
ラノベの影響か? 踊り子と言うと薄着で露出の多いイメージがあったが、彼女達の衣装は露出が低い。ワンピースの生地を厚くして、カラフルなフリルを大量につけた衣装で統一されている。袖や足元は先が少ししか出ておらず、彼女達はスカートを軽く手で持ち上げて軽快なステップを踏む。
おまけにスカートの先には錘が入っているため、たまに入るターンではスカートの部分が大きく膨れ上がる。
おかげでステージに近い席の男性客がついつい下から覗き込むようなそぶりを見せ、周囲の女性客から冷たい視線を送られることもしばしば。今も家族連れの旦那さんが、奥さんにひっぱたかれた。
「盛況のようだね」
「はい、おかげさまで。……? ギルドマスター!」
誰に話しかけられたのかと思ったら、商業ギルドのグリシエーラさんだった。さらにその後ろにはテイマーギルドのテイラー支部長に、見知らぬ若い男性がトレーを持って控えている。
「どうされたんですか? こんな所で」
ギルドの外で初めてお会いしたんじゃなかろうか……
「たまには外に出ないと体に悪いからねぇ」
「こういう機会に老人同士、連れ立って街を歩くことにしているんだよ」
「そうなんですか。よろしければご一緒しませんか?」
「そうさせてもらおうかね」
「失礼するよ。ああ、荷物持ちなんかさせてすまなかったね」
「この程度のこと。どうぞお気になさらず」
……この男性は何者なんだろうか? 最初はどちらかのギルドの方かと思ったけれど、そんな雰囲気ではない。
「申し送れました。私、アーノルド・ベルンハイドと申します。リョウマ・タケバヤシ様ですね?」
俺を知ってるのか? とりあえず無難に挨拶を返しておく。
しかし……外見は人族。痩せ型で20代の後半から30代の前半。身なりはキッチリとしていてカルムさんに近い雰囲気があるが、鋭めの目つきと黒縁のメガネできつそうな印象……少なくとも俺は会ったことはないはずだ。
「失礼ですが、以前どこかでお会いしたでしょうか?」
「直接の面識はありません。私は上からの通達であなたのお話を聞いていました」
「リョウマ。この子はほら、役所の連中が大目玉を食らっただろ? あの時、首になった所長の後釜だよ」
「ああ、あの時の」
へぇ。代わりの人が着任したとは聞いていたけど、彼なのか。
「お噂はかねがね。綱紀粛正のきっかけを与えたのみならず、後始末にもご助力いただいたそうで。さらに先日は依頼を受ける形で街に貢献してくださったとか」
前の件はともかく先日のはトンネルアントの件か。
「おかげさまで私の仕事が大幅に減り、職員の綱紀粛正に注力することができました」
「私はやりたい事をさせていただいたので。お役に立てたなら何よりです」
「ぜひとも、今後もそのお力を存分に振るっていただけることを願います」
なんでも着任当初から一度会ってみたいとは思っていたらしい。けれど着任早々仕事の引継ぎと部下の処分など仕事が山積みだったので出向く時間は無く、かといって礼をするために俺を呼びつけるわけにもいかない。さらに横領や癒着の調査と摘発を行っていたため、不用意に接触することも避けていたそうで……なんというか、お堅い人が着任したようだ。
まぁ不正を正すために着任したのだからそうでなくては困るか。それにこちらに迷惑をかけまいとしてくれたのも助かる。これまで通りの生活と店の経営が続けられるなら、協調していく事に異存は無い。
「感謝いたします。私は立場上タケバヤシ様を特別に扱うことはできませんが、法に則り不当な扱いはされぬよう、監督を徹底させていただきます。
無論、今後街に対して貢献をしていただければその事実を嘘偽りなく上へ伝えますし、その結果として何かしらの特権が与えられる可能性はありますが」
「持って回った言い方してるけどさ、アンタそれは結局平等って事だろうに」
「特権を得られるような貢献なんぞ、そう簡単にできるものでもない」
「期待させていただく、という意味ですよ」
「そういう事にしておこうか」
「案外、いつか本当にやるかもしれないしねぇ……」
そう言ったグリシエーラさんの視線は、セルジュさんの屋台へ向いていた。
「……何か入れ知恵したかい?」
「さて、何の事でしょうか?」
この方相手に隠せている気はしないが、一応とぼけておいた。
「ところでリョウマ君」
「はい」
「街の生活はどうかな? 君が来てからだいぶ経ったが、ある程度住んでから見つかる不便というのもあるだろう?」
「思ったことを言ってやんな。たまにしか会わないから気になってるんだよ、この爺さんは」
「そうですね……確かに以前とはだいぶ勝手が違いますが、これといった不便は本当にありません。どちらかと言えば気軽に買い物ができて便利になっていますよ」
……しかしあれだな。元々は地球の日本に生まれ、一度死んでこの世界へ。さらにガナの森からギムルまで……思えば遠くに来たもんだ。
それに左を見れば店の仲間が。右を見れば取引先の方々が。前を見ればついこの間知り合ったばかりの一座が公演中で、隣には今知り合った役所のトップがいる。
他にも今日来たお客様方の中には……本屋の息子のダンスベルさん。名前も知らない薬屋のお爺さん。この祭りの準備で知り合った近所の奥様方に、以前の仕事で会った時の事を覚えていてくれたギルドの方々もいた。
知人もずいぶん増えたもんだ。
森にいた頃とどちらが良いかはわからない。
森には森の良さがあった。
だけど……
「ふむ。その顔なら大丈夫そうだね」
「ええ、そう思います」
今の生活も悪くない。
この幸せを噛み締める内に、夜は少しずつ更けていく。




