創立祭1日目 3
本日、5話同時投稿。
この話は4話目です。
「こんなもんか」
結界と氷魔法によって冷凍庫のように冷え込んだ店の休憩室で、立ち並ぶ氷の彫刻を眺める。
「んー……うん」
問題なさそうだ。確認のため人を呼ぶ。
「プレナンスさん、氷彫刻が完成しました。確認をお願いします」
楽屋として開放した寮の一室を訪ねると、真っ白な上下に前面の開いた白いローブ。唯一の飾りは胸元に入った金糸の刺繍という、割とシンプルな衣装に身を包んだ彼が出て来た。
汚れがつくと目立ちそうだが、その衣装には一点の曇りもなく、そして着ている彼自身が銀髪のイケメンとあって、神秘的な雰囲気をかもし出している……
「こちらです」
「おお……」
彫刻が溶けないようにかなり冷えている室内をまったく気にせず、立ち並ぶ彫刻にあらゆる角度から目を向けている。
「一対の鳥、果実の盛られた皿、駆ける獣、そして私のハープ。どれも注文通りです」
今夜の演目の中心となるのは、人々を恐怖に陥れた獣を打ち倒し、そのまま従えた旅人の物語。彫刻はそれに合わせた題材で作ってある。
台座は木製。このまま運んで舞台上に設置できるように、一座の方が用意した物を使った。
「設置は予定通りに?」
「ええ。次回の上演の後、我々で搬入できるでしょう。急に無理を言ってしまい申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ、良い舞台のためですから」
「ふふふ……我ら一同、舞台の飾りに飲まれぬ芸を披露させていただきましょう」
不敵な笑みを浮かべた彼といくつか確認をした後、彼は楽屋へ。そして俺は出店へ。
「お疲れ様です。手の足りない場所はありますか?」
「店長、でしたらリーミィエン用の皿洗いをお願いします!」
「了解!」
食べ物を包むために適した植物の葉がこの国では流通していて、出店などではその葉がよく使われているらしい。しかし液体の商品を扱うには適さないため、うちは木製の食器類も採用している。
手伝いに来てくれている奥様方の1人、メリーさんの旦那さんが木工職人ということで、快く用意してくださった。食後は出店1つ分を使った返却窓口に返してもらい、担当者がゴミと食器別に分類する作業を行っている。
「食器とゴミ、引き取ります!」
「ウッス!」
袋に分類されてまとめられたそれらを抱え、洗濯屋の店内へ。
出店の返却窓口はただ分類するだけの場所だ。なにせうちには汚れを落とすプロフェッショナルがいるのだから。
「頼むぞー」
普段と違う品ではあるが、クリーナースライムは通常営業。あとはゴミを地下室のスカベンジャーに任せて戻ると、すでに皿洗いは終わっていた。それをまた出店へ運ぶ。食器は最初から分類されているので深く考える必要もなく、洗ってある食器棚のところに置いておくだけのお仕事になる。
「次、お願いします!」
「はい!」
ただしお客の数が数だ。絶え間なく商品が売れていくため、使用済みの食器もどんどん増えていく。
「……なんか凄いな」
食器をピストン輸送しているうちに、ちょっと列が伸びてきたようだ。
「カルムさーん! 列整理しましょうか!?」
「そうですね! お願いします!」
カルムさん……普段はきっちりした服装にきっちり整えた髪形だけど、この暑さと忙しさで上着を脱ぎ、崩れた髪をバンダナでまとめ……完全に出店の兄ちゃんと化していた。
珍しいものを見た。それだけ忙しいということだけど。
「リョウマ様!」
「ああ、セルジュさん。先ほどぶりです」
「お忙しそうですな。私の方に手すきの者がおりますので、よろしければ」
「助かります!」
ありがたいことに人を貸していただけた。手伝いに入っていただき、列整理用のロープを張って回る。
「いた! 店長さん!」
「はいっ!? どうされました?」
「今お手洗いに行った方が、トイレの水がなくなりかけてますよって教えてくださって」
「トイレの水……あ、手洗い用のか! 分かりました! すぐ直します!」
応援の方に事情を話してすこし抜ける。
「ちょっとすみません、管理の者です。前を失礼します。すみません……よかった」
これならすぐ直る。というかそもそも故障ではなさそうだ。
ここには水道が無かったため、事前に貯水タンクに汲み置いた水を内部に設置した大きな容器に流し込んでいる。置いてある手桶で水が汲み出されると、その分が補充される仕組みになっているが、今は容器の半分ほどまでしか水が入っていない。
単にタンクの水がなくなっただけだ。一般に開放している分だけ早く水が無くなったんだろう。
急いでタンクの元へ行き、水魔法で中身を満たせば水は出た。
「直っ……あっ!」
水は問題ないが、手洗い場に設置していた石鹸が盗られている事に気づく。
スティッキースライムの糸で編んだネットの中に入れ、手桶と同じく紐で繋いであったが、わざわざ紐を刃物で切ってまで持ち去られている……
網も紐も石鹸も手製だからほとんどタダ同然だけど、一応通報しとかないとな……面倒が増えたなぁ……
とりあえず予備を設置して、店のクリーナースライムで一度身を清めてから仕事に戻る。
明日からは最高強度の糸で編んだ紐と網を使ってやろうか……でもあれ以上の強度にすると、こすりつけた手の痛みが強くなるんだよなぁ……
「ちょっとそこのあなた!」
「私でしょうか?」
対策を考えながら歩いていたら、目つきの鋭いおばちゃんに呼び止められた。
「ここらのお店の方?」
「はい、そうですが」
「この子なんだけど、一人で敷地に入ってきたのよ」
おばちゃんが横に体を動かすと、そこには幼い男の子。これはもしや……
「匂いにつられて親とはぐれちゃったみたいなの。悪いけど警備の方を呼んでくださる?」
「かしこまりました。すぐに呼びますので、よろしければ座ってお待ちください」
カルムさんに声をかけ、麦茶をサービスして詰め所へ走る。
こういうイベントは楽しいけど、賑わえば賑わうほど運営する側は大忙しになるものだ。
そして、夜。
8時を過ぎて初日の営業が終了を迎えた。
祭りの熱気が冷めないまま、これから居酒屋をはしごする男達もいるようだけれど、たいていの女性や子供は家に帰る時間だ。お客様も大体帰り、今はオーダーストップ前に駆け込んできた方々だけだ。皆さんはほっとした様子で店の片づけをしていた。
そして俺はというと……肉屋代表のジークさん、奥様代表のポリーヌさんの夫妻と共に、本日の売り上げ集計と利益の分配を行っている。
「では……今日の総利益がこれ。使われた材料費がこれ。材料費を引いた利益がこれで、そこから約束の報酬を計算すると、1人あたり312スートです。よろしいですね?」
「……間違いないね」
「ずいぶんと儲かったねぇ。こりゃ皆も喜ぶよ」
一つ一つはそれほど高くもないのだが、材料費が奥様がたの協力で抑えられ、商品は大量に売れたため、予想よりしっかりと黒字が出た。手伝いをしてくれた方々のバイト代も、小遣いどころか3日分の生活費に相当する。
「皆さんにお手伝いをしていただけて助かりました」
「なに言ってんだい。あたしらだってこうして報酬を貰ったんだ、遠慮しなくていいんだよ」
「給料を渡したら、こっちを本職にしようと言い出す子がでるかもしれないね」
笑いながらそんなことを言ってくれる二人。
「それにしても本当に凄い人でしたね」
「まったくだよ。まぁ、ここは芸やらモーガンの新製品やら色々あったからねぇ」
「人目を引く物が多いし、休憩にも都合がよかっただろうからね」
これは明日も期待できそうだ。
「さて、それじゃあたしらはこいつを配って帰るとするよ。隣だけど子供らをほっとけないからね」
「また明日、休憩の時に顔を出すよ」
「はいっ、お疲れ様でした」
二人が部屋を出て行く。俺も挨拶をして帰ろう。
そして外に出ると、舞台袖に集まっているセムロイド一座の皆さんを見かけた。
……何をやってるんだろう?
集まっているけれど、会話は聞こえない。ただ静かに全員が同じ方を見ている。こちら側に背を向けているので、何を見ているのかは人に隠れて分らないが……まるで精神統一でもしているような雰囲気だ。
邪魔をしないほうがよさそうなので、そのまま待つこと数分。合図も無く、何かが変わった。
「お疲れ様です」
「っ、お疲れ様です!」
『お疲れ様です』
驚かせてしまっただろうか? 一番後ろにいた若手の男性が飛び跳ねたように見えたが……
「リョウマ殿、何か御用でしたか?」
「帰る前に挨拶をと思ったのですが、何をされていたんですか?」
「お祈りだよ。ほら」
お祈り。マイヤさんはそう言って見ていた物を指差しているが……それは色とりどりの布を大量に巻かれ、仮面をつけられた像だった。布の一枚一枚はハンカチ程度の大きさだが、数が多くて衣を何重にも着込んでいるかのような姿だ。
「神様の像でしょうか?」
こんな神様の話は聞いたこと無いんだが……
「珍しいでしょう? これでは判らないでしょうが、マノアイロア様の像なんですよ?」
「マノアイロア様」
……ああ、神話の知識に名前があった。会ったことは無いけど、ガイン達と並ぶれっきとした神様だ。
「風の神様の?」
「いかにも。この世を巡る風を化身として人々を見守ってくださる偉大な神。そして旅と芸事の神でもあらせられますので、旅芸人はマノアイロア様を崇める者が多いですね」
普段は各個人で祈りを捧げるが、興行で大きな成功を収めた日は一座全員でマノアイロア様に祈りを捧げるのだそうだ。
「この飾りつけは?」
「我々旅芸人は、一つ所に長く留まることはありません。春の風。夏の風。秋の風。冬の風……風と共に街を訪れ、風と共に次の街を目指す。この布はそれぞれが我々の旅の証なのです」
「えっとね、仲間が増えたり良い人と出会ったり。興行が大成功した時とか、いい思い出になる事があったらそのたびにその街で布を一枚だけ買うんだよ。旅をしてると物は増やせないからね。で、それを私達は思い出にして新しい旅に出る。像に巻いてるのは、出会いを与えてくださった神様に感謝を捧げるって意味で」
「一言で言えば、旅芸人の風習だな。いつから始まったかは分からんが」
マイヤさんとソルディオさんのおかげで理解できた。
地球には体の部位に物事を対応させて覚える記憶術もあったし、これは過去の旅芸人が思い出を残しておくために編み出した方法なのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は一座の方々が神像を片付けていく様子を眺めていた。




