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創立祭1日目 2

本日、5話同時投稿。

この話は3話目です。

「フェイさん、“リーミィエン”と野菜炒め1つお願いします」

「……店主、どうした? 帰って来たと思ったら、ちょっと疲れた顔してるネ」

「それがちょっと、色々あって……」


 迷子を見つけた俺とベルさんでひとまず保護した後、軽く周囲を探しても親はみつからず、警備隊の出張所へと連れて行くことになった。しかしそこで新たな問題が発生。


 迷子の子がベルさんと離れるのをそれはそれは嫌がった。


 元々泣き出しそうだったところを、子供に慣れた彼女がなだめていたのだけれど……うん、凄かった。子供ってあそこまで泣き叫べるんだね。おまけに出張所にいた警備隊員の方々も俺と似たり寄ったりのまぁ……子持ちじゃない男ばかりで、皆そろってお手上げ状態。


 結局ベルさんに頼ることとなり、しばらくは食べ物の買出しなどサポートに回っていたのだが……しばらくすると彼女が時計を見て困り始めた。


 教会も子供達が作った人形や近所から寄付された品を売るバザーを開いていたため、彼女が店番を担当する時間が迫っていたからだ。しかし同時に目の前の子供を置いてはいけず、不慣れな俺たちに任せるのは不安だと判断されてしまった。


 というわけで、俺が代わりに店番をして来た。


「何でそうなるネ?」

「伝言だけでいいと言ってくれたのですが、少しくらいなら手伝えると思って。そしたら何故か僕が手伝い始めた途端に忙しくなって、色々と面倒な人も現れたんです」


 基本的にお客様は行儀よく買い物をしていくけれど、そうでない人もいる。おまけに祭の雰囲気でお酒が進みすぎた集団が入ってきた。“テクン様にカンパーイ!”などと叫びながら閉鎖中の礼拝堂へ入ろうとしたり……成人式で暴れる若者じゃあるまいし、いい大人なのだから節度を持って飲んで貰いたいものだ。


 さらに店番は教会で保護されている子供が中心。もちろんボランティアの大人や警備隊の人もいたが、些細な事が重なって一時人手不足に陥る。見た目が子供なのであちらにとっては俺も保護対象だったのだけれど、若い女性(明らかに一般市民)が体格のいい酔っ払いのオッサン共を相手にするには、慣れていなければ難しい部分もある。


 だから善意で常識的な行動をとる彼女達や警備隊員の顔は潰さないように配慮して、動向に注意を払いながら子供の最前線で接客。たまに品出しのため倉庫へ走り、また接客。いざという時は飛び出して取り押さえていた。


 ただしこの時、子供の目と鼻の先だったので荒っぽい行為は自主規制。そもそも迷惑ではあるけれど、以前俺の所に来ていた襲撃犯のような扱いをするわけにもいかない。


 正直なところ、気遣いでいつもより余計な手間を取った。


 こっちに来てから基本ストレスフリーな生活をしていた分だけ、久しぶりの疲れが倍増したような……俺がたるんでいる証拠だろうか? 今一度あの頃の気持ちを………………取り戻したらそれはそれで悪い方向に転ぶ気がする。


「なにはともあれ、お疲れ様ネ。はい、リーミィエンと野菜炒め、おまちどさまー」

「ありがとうございます」


 とりあえず食べよう。


 お金と引き換えに皿の乗ったトレーを受け取り、席を探す。舞台上では定期的にセムロイド一座の方々が芸を披露しているため、フードコートの客入りもなかなかだ。朝のように簡単には席が見つからない。


「リョウマ様!」

「あ、セルジュさん!」


 呼ばれたと思って見れば、手を上げたセルジュさんが目についた。一般のお客様にまぎれて彼も食事を取っていたようだ。


「席をお探しでしたらどうぞこちらへ」

「ありがとうございます」


 お言葉に甘えて相席させてもらうことにする。


「セルジュさんもお食事だったんですね」

「ええ。私どもの出店の様子も見られますし、味も良く手ごろですからな。従業員もほとんどここで食事を取っていましたよ」

「それは嬉しい。……そちらもなかなか盛況のようですね」


 モーガン商会の出店にも沢山お客様の姿が見える。


「おかげさまで客足が途絶えませんよ。人の集まる場に店を構えられた事もありますが、なによりも……おや、丁度良い。あちらをごらんください」

「?」


 言われた方向へ目を向けると、出店の店員と客がもめているようだ。その手元にはオルゴールがある。


「なぁ、いいだろ? もう一つくらい」

「申し訳ございません。この商品は現在お一人様3つまでとさせていただいています」

「そこを何とか頼むよ。娘と息子、それに2人の兄夫婦にも土産に持っていきてぇんだ」

「……お客様、失礼ですがご来店は何度目でしょうか?」

「は? これが初めてだぜ?」

「そうでしたか? 私には2回ほど見覚えがあるように思えるのですが……」

「気のせいじゃねぇか?」

「そうでしょうか……?」

「…………分かったよ」

「ご理解ありがとうございます」


 客はオルゴールを置いて足早に立ち去っていく。


「あれは?」

「おそらく転売目的でしょう。オルゴールの販売開始に伴って、あの手の人間に目をつけられたようです。買い占め防止に数量制限をかけているのですが、ああやって時間を空けて何度も来る転売業者が何人もいるのですよ」

「大丈夫ですか?」

「ご心配なく。人員を多めに用意して一般客の買い物には影響が出ないようにしていますし、転売が行われる事も考慮して計画を立てていますから。転売でオルゴールの存在が広まるならば、それも利用して販路を切り開いて見せましょう」


 周囲に一般客もいるため詳細は省かれているが、セルジュさんの自信を感じる。


「全て想定の範囲内、ということですね」

「オルゴール専門の部署も設立しましたし、ディノーム工房にも鋭意量産をしていただいています。あちらの工房もこの事業には非常に乗り気でして、大幅に職人を増員していましたよ」

「大幅に?」

「ケレバンにある魔法道具工房はディノーム殿の所だけではありません。彼と昔から横の付き合いがあり、信頼に足る相手。そして資金繰りに苦労していた工房をいくつか買収したのですよ」

「ずいぶんと大事になってますね」

「工房から職人見習いに至るまで全てそのままディノーム殿の下についた形ですので、彼らの仕事内容や指揮系統もほとんど変わっていません。ですからそれほど大事にはなっていませんよ。

 今のところディノーム工房は更なる量産体制を整えて負担を減らすことに成功し、他の工房はオルゴールの仕事を分け与えられたことで経営を安定させる目処が立ちました。商品の販売や資金繰りに関しては、私どもも協力させていただきます」


 ディノームさんとの約束は、俺の代わりにオルゴールの開発者として矢面に立ってもらうこと。そこが守られていれば職人を増やそうが合併しようが俺が口を挟むことではない。Win-Winな関係が結べていると言うなら、素直に喜ばしい事だ。


「また、この買収はリョウマ様にも利益があるかと思いますよ。ディノーム殿の工房のみで作れる魔法道具は、無・火・水・光の四属性。ですが今は他の工房の職人もディノーム殿の下についていますので、他の属性の魔法道具が入用になっても手配できますからね」


 なるほど、ディノームさんとの約束が履行されれば便利になりそうだ。


「じきに向こうから欲しい物はないのかと催促がくると思いますよ」

「なら、何か考えておかないといけませんね。この際また新しいものを開発してもらいましょうか……」


 アイデア料として、アイデアを渡して魔法道具を開発してもらう。そのために提供したアイデアに新たなアイデア料が発生。……いつかネタは尽きるだろうけど、しばらくは無限ループになりそうな気がする。


 セルジュさんも似たような事を考えたのだろう、無言でニコニコしていた。


 ……あ、終わってる。


「ご馳走様でした」

「おや? もう食べ終わったのですか。早いですな」

「冒険者ですので」


 あまり時間をかけると昼休みとかすぐ潰れるし、下手すると食いっぱぐれるからね。


 会話をしつつも早く食べる。前世で培ったサラリーマンの必須技術だ。


「ちょっと飲み物でも買ってきますね。セルジュさんはいかがですか?」

「それではあの“麦茶”をお願いできますかな?」

「承知しました」


 出店で冷たい麦茶を2人分買って戻る。


「お待たせしました。はい、どうぞ」

「ありがとうございます。……ふぅー……いやぁ、麦の茶も良いですなぁ。紅茶やハーブティーとは違うこの香ばしい香りがたまらない」

「気に入っていただけたようで嬉しいですね」

「それにしても」


 セルジュさんがうちの出店に目を向けた。


「リョウマ様の店には珍しい物が多いですな」


 いわれて見ると、確かに。


 うちの出店で販売しているのは、以下の8種類。


 水

 果物のジュース

 麦茶

 リーミィエン

 野菜炒め

 ダンテの種

 胡麻ペストリー

 ホットドッグ


 水、ジュース、麦茶は事前に用意したものを注いで売るだけなので別として、他の5種が以前行ったアンケートの結果採用されたうちの商品だ。


 その中で珍しい物はというと、まず麦茶。先ほどセルジュさんも話していたが、この国は紅茶やハーブティーが主流で麦茶は見ないらしい。タンポポコーヒーのようにどこかにはあるかもしれないが、少なくともこの国では一般的ではないようだ。


 次にリーミィエン。この世界は安全面、資金面の問題によって地球のように気軽に海外旅行には行けない。そのためごく一部の職業につく人々は別として、他国の料理という時点で珍しい物だと見られている。おまけにフェイさん達の母国であるジルマールは本当に物騒な国らしく、国交もほとんどないのでなおさら珍しいとかなんとか。興味が先立って注文する人は多そうだ。


 さらにダンテの種はどこかの限られた地域では食べられている珍味らしいし、胡麻ペストリーも珍しい菓子。と言うことで……なんとうちの出店は8種類中4種類、商品の半分がこちらの一般市民からすると“珍しい品”で固められているわけだ。


 懇親会でとったアンケート結果をそのまま反映したらこうなっていた。


「やはり人は定番の品ばかりでは飽きるのでしょう。見ているとやはり物珍しさのある4種を注文される方が多いですな」


 辺りを見回すと、たしかにそれらを食べている客が多い。


「へー、ジルマール料理ってこんな味するんだな」

「パスタぶっこんだスープとはまた違うな」

「あっつい。でも冷たい麦茶と合って美味しいー」

「セミサってこんなジャムになるんだ」


 耳に届く限り、お客様からはなかなかの高評価のようだ。


「ところで、午後はどうされますか?」

「今日は舞台用の彫刻ですね」


 先日からセムロイド一座のソルディオさんから教えを受けている関係で、一座の方々と交流する機会が多く、ポロッと氷彫刻ができることを話した結果、かなり興味を引いた。そして実際に見せてみたら座長と舞台設営責任者のインスピレーションを掻き立ててしまったようで、翌日には氷彫刻を舞台の飾りつけに使う具体案をまとめた書類を提出されて驚いた。


 セムロイド一座は日のあるうちに剣舞師のお2人や曲芸師の方々を中心とした、動きが多く視覚的に楽しむ演目を組んでいるため、氷彫刻は日が落ちてから。音楽が中心となる夕方以降に搬入してムード作りに使われることになっている。


「予備の照明用魔法道具を下に組み込んで、光で彫刻を輝かせていましたよ」

「部下から報告は受けています。中々の見物だそうですな」

「今日の夜に公開できるよう作るつもりですが……見る余裕があるかどうか」

「確かに。この様子ではゆっくりとはできないでしょう。商売としては忙しいほうが助かりますがな」


 そんな話で笑いあううちに、コップは空になっていた。

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[良い点]転売ヤーに慈悲はない
[一言] 転売ヤーは撲滅だ。
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