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オルゴール販売計画

本日10話同時投稿。

この話は6話目です。

 夜


 就業時間も終わりに近づいた頃、セルジュさんが店を訪れた。


「本日はオルゴールの件でお話があると聞きましたが」

「はい。まずは現状のご報告から……ディノーム魔法道具工房と提携し、販売開始の目処がつきました。今はそれまでにある程度在庫を作りためていただいている所です」


 まだ数ヶ月なのに、もう売り始められる段階になったのか。


 さらに商品のサンプルを見せてもらいながら話を聞く。


「オルゴールは貴族向けと一般向けがあるんですね」

「はい。貴族向けのオルゴールは見ての通り、飾り箱の中に魔法道具を組み込んでいます。こちらの飾り箱は箱の職人に別注することになっていまして、相手方からのモチーフや材質のご要望に沿ったものを誂えます」


 一点物の高級品にするわけだな。箱は別注なのでディノームさんの負担も減る。


 対して一般向けは表面に焼印が入っている他は特に装飾のない小さな木箱に入っていた。こちらは手ごろな値段で買えそうだ。


「貴族向けは受注生産のようですし、売り始めるのはこちらの一般向けからですか?」

「いかにも。貴族の方々に売り込む用意は商会の方で整えておりますが、一般向けのオルゴールは今度の創立祭をお披露目の場にと考えています」

「ということは出店で?」

「ええ。オルゴールに使用する楽曲は近頃名の売れてきた吟遊詩人から、オルゴールに楽曲名と名を記載する事を条件に提供していただきました。その吟遊詩人率いる旅芸人の集団、“セムロイド一座”がギムルで興行を行いますので、その場で我々はオルゴールを販売する段取りとなっています」


 早速オルゴールを上手いこと使ってるなぁ……


「聞いてみたいですね。どこで公演するんですか?」

「それについて1つご相談が」


 何かと思えば祭りの当日、店を楽屋に、防犯訓練に使っている区画(ほぼ空き地)を公演の会場として使わせてもらえないかという申し入れだった。


 ……この件は他の方の意見も聞いたほうが良いだろう。


 セルジュさんに断りを入れてカルムさんと用心棒筆頭のフェイさんを呼び、事情を説明。


 二人を交えて話した結果、空き地の使用は問題なく、楽屋は店舗ではなく寮の空き部屋。当たり前だがそれ以外の場所に立ち入らないという条件で合意できた。


「ご協力ありがとうございました。これであちらにも良い報告ができます。件の一座は2週間ほどでギムルに到着する予定ですので、彼らが到着次第またご挨拶に伺います」


 こうしてセルジュさんとの話はまとまった。


 そして帰っていく彼を表まで見送って、店内に戻ったその時。


「あれっ? 何か変な音しませんでした?」

「厨房の方ネ。私、ちょと見てくるヨ」


 フェイさんが素早く向かう。


「音……しましたか?」

「本当に小さい音でしたから」


 話していたらフェイさんが戻ってきた。


「店主、厨房に異臭がする樽ある。シェルマさん、知らずにそれ空けてしまたみたいネ」

「異臭がする樽? ……あっ」


 貰ったシャッパヤ。食べ物だから厨房に置いて、そのままだった……


「すみません、それ置いたの僕です。貰った保存食で……」

「店主の? なら急ぐ、ないと捨てられてしまうヨ」


 捨てられる!? それはモルドさんに申し訳ない!


「ちょっと失礼します!」


 厨房に向かうとシャッパヤの樽は顔をしかめたシェルマさんの手で、いままさにゴミ箱に投入されそうになっていた。


「ストップ!!!」

「きゃっ!? 店長、どうなされたんです?」

「シェルマさんすみません、それ僕が貰った保存食なんです。臭いけどゴミじゃないんです」

「あ、あらあら。そうだったんですか? それはすみません」

「僕の方こそ伝え忘れていてすみません、今消臭しますから」


 樽に蓋をして、デオドラントで厨房の悪臭を除去。


 慣れたもので作業はあっという間に終了する。


「終わりました」

「ありがとうございます。でもそれ、本当に食べられるんでしょうか……?」


 シェルマさんは信じられないと言いたげだ。確かに臭いは強烈。俺は悪臭耐性があるし、前世からこの手の物も食べられたから平気だけど……慣れていない人にはきついだろう。


「食べるときは一度水洗いして、臭い液を洗い流してから食べるそうです。それである程度は軽減されるとくれた方は話していました……食べてみますか?」

「料理人として興味はありますけど……ちょっと尻込みしてしまいますね……」


 不用意に樽を開けた時のショックが大きいようだ。直で嗅いだ臭いを思い出しているようで、眉間に皺が寄っている。


 ……待てよ? シャッパヤの液の臭いをデオドラントが処理できるのはもう実証されている。だったらデオドラントの液に一度シャッパヤを漬けてみたらどうだ?


「ちょっと試してもいいですか? 結界張ってその中でやりますから」


 店長だけど、厨房を管理しているのはシェルマさん。夕食の仕上げ中でもあるし、しっかり彼女に許可をとってから実験……もとい調理開始。


 まず大きめのお椀へ樽からシャッパヤを取り出す。もっと身が柔らかくなっているかと思ったら、けっこうしっかり形を保っていた。並べてみると、ほとんど小魚の開きのよう。そこへデオドラントに頼んで、全体がしっかり漬かるまで脱臭液を出してもらう。


「とりあえず10分くらいでやってみるか」





 十分後。


 シャッパヤを液から取り出して、身を崩さないよう緩やかな勢いの流水で洗う。デオドラントの液に毒性はないが、汚れが残らないように水魔法で慎重に……おっ、臭くない!


 洗い流した身の臭いは、最初と比べると無臭に近い。味はどうだろう? 


 火で炙って食べてみる。


「!!」


 噛み締めればかみ締めただけ、熟成された魚のうまみが染み出てくる。味が落ちる可能性も考えていたが、十分にうまい。


 しかし、少々うまみと一緒に液の臭みもまた染み出てきている気もするが……どうだろう? 着ける時間を延ばすか? 鼻が麻痺したのか、それとも悪臭耐性か、どっちにしろ平気だから自信が持てない。


「シェルマさん、臭みがだいぶ消えました。これならどうでしょう?」

「あら本当ですね。では一つ。……んー……やっぱり少し臭いですね」

「そうですか……」

「でも最初と比べたら大きな進歩ですよ。最初は臭くて辛かったのが、これはちょっと嫌な臭いがする程度で、美味しさも美味しさでちゃんと味わえます。単体ではなくハーブか何かと一緒に調理すれば好まれるんじゃないでしょうか?」


 それで解決できそうな臭みか。だったらジジャ……は手元にない。ハーブもない。


 ……そうだ、あのセミサを使わせてもらおう。


 2階でセミサの袋を1つ頂戴し、錬金術で油を搾り取る。これだけで独特の香ばしさを持つ油だけれど、加熱するとさらに香りが強まるらしい。フライパンに薄く敷いて火にかける。


 ……だんだんと強い香りが立ち上ってきた! 臭みを抜いたシャッパヤを投入。片面が焼けたらひっくり返してもう片面。両面がパリッとするまで焼き上げてみた。


「できましたか?」

「はい。どうでしょうか?」

「……んっ。まぁっ、前よりもっと臭みが気にならなくなってますね。食事にもお酒のおつまみにも良さそうです」


 味は問題……?


「……どうなさったんですか?」

「あ、いえ、その……」

「懐かしい匂いがして!」

「見に来てしまいました~」


 視線を感じて振り向くと、出稼ぎ三人娘が入り口に立っていた。


「セミサは私たちの故郷の味なので、つい」

「この匂いが食欲をそそるんです!」

「なるほど」

「店長~それ、今日のお夕飯ですか~?」


 実験だったんだけど……


「いいですよ。一品増やしましょうか」


 という事で実験は終了。


 結果として今日は夕食のおかずが増えた。













 夕食後。


 今日もシェルマさんの料理は素朴で美味かった。それにセミサ油で焼いただけのシャッパヤは一緒にいただいた従業員の皆さんにも受け入れられていた。脱臭液による臭み取りは効果覿面だったようだ。


 脱臭液の新しい使い方を発見した反面、こうなるとあの時もっと買い込んでおけばよかったかと若干残念な気もする。人が生きていくには食料が必要不可欠。美味しく食べられる保存食なら、いくらあっても困らないのに……


「店長、どうぞ」

「ありがとうございます」


 食後のダンテ(タンポポ)コーヒーをジェーンさんが用意してくれた。他の皆さんもそれぞれ好きな飲み物を片手に、食後をまったりと過ごしている。


「フンフフン」


 ……それにしてもジェーンさんは機嫌がいいな。他の二人もそうだけど……そんなに故郷の食材を使ったのが嬉しかったんだろうか?


 聞いてみると、それもあるが、昼の話も重なっているようだ。


「村の皆もこの店で雇ってもらえるかもって考えたらつい~」

「あ、もちろん支店でバラバラになっても大丈夫ですよ。ほら、ここって安全な職場じゃないですか。私たちも出稼ぎ組だけど、自分が余裕を持って働けるようになったら他の子達のことが気になってきてて……」

「それに私たちの村が今のままなら、今後さらに出稼ぎをする子が増えていくかもしれません。そんな時に安全な働き口が1つでもあれば、私たちはそれだけ安心できますから」

「なるほど……」

「ま、一番いいのは農作物が売れることなんだけどね!」

「そうだね~。そうなればまた皆一緒に生活できるし~」

「あんなに美味しい食材。捨ててしまうには、もたいないネ」

「私達の国では考えられないヨ」


 フェイさんとリーリンさんも話に加わってきた。


「お二人の国ではどんな物を召し上がるんですか?」

「私達の国は“ミィエン”が主食。麦の粉を水で練った物で、パンみたい。でも焼かないでスープに入れるネ。細長く伸ばすと“リーミィエン”、薄く延ばすと“パーミィエン”。食べ方と名前は色々あるヨ」


 ミィエン……麺かな? フェイさんの説明を聞くと、そんな感じだ。スープに入れたものは水団(すいとん)の方が近いかな?


「面白いですね~」

「外国の料理ってどんな味付けなんでしょうねぇ……」

「シェルマさん、興味あるカ? よければ今度、私作るヨ」

「あらリーリンさん、いいんですか?」

「私も久しぶりに食べたい気持ち、なってきたネ。材料は麦の粉と水。あと何かスープだけ。私達の国は皆貧乏。特別な材料いらないだから大丈夫ネ」


 なんだか楽しそうな話になってきた。


「……出店でもやりますか?」

「えっ?」

「カルムさん?」


 急に何を言い出すのかと思ったら、セルジュさんとの話を持ち出してきた。


「敷地内を貸すだけでも損はありませんが、どうせなら何かこちらにも利があることができればと思った次第です。一座の公演を見物する客へ異国の軽食を提供する。人が足を止める場所と目を引く品を用意できれば、興味を持って買い求める方はいらっしゃると思います。お祭りの時は財布の紐が緩むものですし、そうでなくとも地域住民との交流を深めるきっかけになれば儲け物です」


 カルムさん……始めは思いつきでも打算はしっかりしているようだ。


 経営状態は順調だから資金はある。これまで儲けさせて貰ったお金を多少還元できるかもしれないし……そちらに回るのも一つの祭りの楽しみ方ではあると思うが……


「どうですか? 皆さん」


 店をやるのなら俺とカルムさんだけでは無理。

 他の方々の協力を得られればの話だ。


「……やるなら手伝う。俺は……用事がない」


 意外にもドルチェさんが真っ先に口を開いた。


 一生懸命日記を書いていると思ったが、聞いていたのか。


「お祭りの出店は経験がありませんけど、大勢の人に料理を食べてもらうのは楽しいですよ。お客さんが美味しいと言ってくれれば尚のこと」


 続いてシェルマさんも乗り気になっている。


「通常営業と同じように、時間で担当を分ければお祭りを見て回る時間は作れますよ」

「ん~……一日遊ぶとお金もなくなっちゃうから~良いんじゃないでしょうか~」

「賛成ネ」

「娘と同じ意見ヨ」

「私も。あっ! 副店長、その材料に私達の村の麦は使えますか?」

「保存に適した環境を作らないといけませんが……品質が悪くなっていなければ問題ないでしょう。それが何か?」

「お店に出したらこの麦はどこの産地の麦か、興味を持ってお客さんが聞いてくるかも」

「なに言ってるのよ」

「あははっ、やっぱりないか。でも私も賛成です。面白そうだし」


 そんなジェーンさんにあきれた様子だったフィーナさんも続いた。


 これで満場一致。しかし出店をやるぞ! というよりも、店を出してもいいんじゃないか? というふんわりした感じだ。話の流れでこうなっているので仕方がないといえば仕方がない。


「それでは出店で出す料理の試作や材料費の調査。モーガン商会への根回し等々……明日から必要な下調べを始めましょうか」


 その後も出店する気持ちがあれば、祭りの出店を出すことにしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話一話が濃密 [気になる点] なし [一言] 更新早めてほしい
2022/09/18 14:06 モンジャラー
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