手紙
本日10話同時投稿。
この話は3話目です。
「ピーピロロロッ」
「おっ?」
朝日の中を切り裂くように、 やけに遠くから飛んでくるリムールバードが1羽。うちのは全部揃っているし、群れでなくたった1羽でいることを考えると……やっぱり。エリアのリムールバードだ。首元の従魔であることを示す飾り布に家紋が入っている。
「ピロロロ」
「お疲れさん」
運んできてくれた手紙を外し、うちのリムールバードと一緒に水と食事を与えて休ませてあげる。
「どれどれ…………」
手紙に目を通すと、まず最初の話題は大樹海。
エリア本人は噂を聞いただけなので気をつけるようにとの一言。その他大人からは反対しないが無理をせず、ちゃんと準備をして、心配だから行く前には声をかけてから行ってほしいとの事だ。
返事にちゃんと連絡する、と書いておこう。次は……あ、もうじき入学なのか。
手紙には入学時期が迫ってきたので、新しい環境に慣れるため来月あたりから王都へ行くと書かれている。そうなると……
現在、俺とエリアはリムールバードに頼んで連絡を取り合っている。
エリアはまだここにいた時に、俺は送られてきた1羽に俺のリムールバードをつけて公爵家に送った。こうしてお互いの届け先を記憶してもらい直通の連絡方法を確保。送り先までの道のりを記憶できるのも、リムールバードが鳥型魔獣の中で高く評価されている点の1つらしい。
しかし王都に引っ越すとなると、以後の連絡は公爵家を経由することになるのだろうか? 学校では寮に入るらしいし、ペット禁止とか何か問題があるかもしれない。そのあたりを聞いておこう。
あとは最近のことへの質問くらいか……ん?
「ギムルではもうすぐお祭りがあると聞きました。仕事に加えて準備まで、大変でしょうけど、頑張ってください…………祭りって何?」
そんなこと聞いてないんだけど。誰かに聞いてみるか。
というわけで出勤後。
「近々開かれるお祭りなんですが」
「すみません。存じ上げませんね。調べましょうか?」
「お祭りですか?」
「私たちにはちょっと……」
「こっちに来てから日が浅いですから~」
「ごめんなさいね」
「もっとこの街に住んで長い人に聞く、良いと思うヨ」
「ありがとうございます」
カルムさん達に尋ねたが情報なし。
考えてみたら、うちの店ってほぼ全員街の外から来た人だった。フェイさんとリーリンさんにいたっては国外だし、この町の行事に疎くても仕方がない。となると頼りになりそうなのは……
「ドルチェさん。いま良いですか?」
用心棒のドルチェさんに聞いたところ……
「“創立祭”じゃないか? この街が作られた日を祝う祭りだ。この時期の祭りなら他に心当たりは無い」
「そのお祭りの準備って何をやるかはご存知ですか?」
「……店や人による」
詳しく聞かせてもらうと、創立祭の要点は5つ。
1.開催は再来月。
2.場所は街の東西南北に伸びるメインストリートが中心。
3.例年通りなら準備開始は来月あたりから。
4.準備は基本的に店先の飾りつけと地域の清掃活動。
5.申請すれば出店を開くこともできる。
出店の類は元からこの町で営業している方々の他に、街から街を渡り歩く旅芸人や吟遊詩人、その他“的屋”的な方々が来て店を出すので任せておけば良い。
ただし祭りの期間中は家や店先を明るい色の布で飾る慣習があったり、祭りの後は町が汚れるので、地域で協力して清掃活動をしたりするらしい。
「俺が知ってるのはこれくらいだが、良いか?」
「はい。助かりました」
地域の清掃活動はご近所付き合いの意味もあるし、できるだけ参加できるように予定を組むとして……出店に手を出さなければそれほど忙しくなることはなさそうだ。
エリアは俺が何かやると思っていたのだろうか? ……まぁ当分先の事みたいだし、今はこんな行事があると覚えておけば良いだろう。
後でこの話は周知しておこう。出店はもし何かやりたいという意見が出れば、従業員の皆さんと一丸となって何かやるのも良いかもしれない。
とりあえず返事には状況と大丈夫そうであることを書くことにする。
「……一緒に引っ越し祝いでも贈った方がいいかな?」
王都の寮に入るって事は一時的にでも引っ越すわけだし……
贈るなら何がいいだろう?
火に関する物、場所をとる物、設置のために部屋を傷つける物はダメ。靴とか履物は……日本では駄目だけどこちらでは“新しい一歩を踏み出す”という意味で問題は無いようだ。でもサイズや流行を知らないからパス。
引越し後は何かと物入りになるし、現金やギフトカードの類が喜ばれるというが……公爵令嬢だしその辺は不自由しなさそうだ。あっても困らない消耗品あたりが無難か……
祭りの件が解決したら、今度は引っ越し祝いの内容に頭を悩ませることになった。
翌日
「お疲れ様ですパエナさん。ラクトン草の採取依頼、50株分達成確認をお願いします」
太陽が真上に昇った頃。俺は薬草を採取してギルドへやってきた。
「4、5。はい、50株ちょうど確認できました」
ラクトン草は効能が弱いが幅広い症状に効く薬草で、主に風邪薬として使われる。極端に厳しい環境でない限り、わりとどこにでも自生しているので手に入りやすく安価だが、その分採取の報酬は10株で1スートと安い。
「報酬の5スートです。ご確認ください」
「ありがとうございます」
報酬で何かお菓子でも買って帰るか。
「あ、あの……」
「はい」
「リョウマ君は薬草に詳しかったりしますか?」
「祖母から学んでいたので、基本的なことなら。どうしてですか?」
「この薬草、全部丁寧に採取してあるからそうじゃないかと……それでもしできたらでいいんですが、テーラ草の見分けって……」
テーラ草……神経痛に良く効く薬草の一種で、ラクトン草と同様にわりとどこにでも生える薬草。ただしテーラ草はトゥーラ草という毒草の変種と言われていて、テーラ草が自生する地域には必ずトゥーラ草も自生している。さらにこの2種は外見的特長が酷似しているためよく間違われるらしい。
俺は見分けられるけど。……というか。
「テーラ草なら手持ちがありますよ。南の草原で私用のための薬草も採取していたので」
「本当ですか? 5株あればもう1つ依頼達成できますが」
ならそっちも処理してもらおう。
テーラ草を5株カウンターに提出すると、パエナさんは魔法で鑑定を始めた。
「全部テーラ草と確認できました。本当によろしいですか? 私用で必要なら拒否もできますが……」
「大丈夫です。急を要するものではないので」
「そうですか。では報酬の70スートです。ご確認ください」
1株で14スートとは結構高額報酬。得をした気分でギルドを出て、今日はまだ日の高いうちから家へと帰る。
「さてと、やりますか」
普段使わない廃坑で、エリアへの引っ越し祝いを作る用意を整える。
本日作るのは“石鹸”。引っ越し祝いとして無難な消耗品であり、実用性のあるものを選んだ結果だ。石鹸はこの国でも流通しているので悪目立ちもしにくいと考えた。
しかし市販品を購入して送りつけるだけでは芸が無い。それに公爵令嬢という身分を考えると、ただ高級なだけの品なんて見慣れているだろう。
というわけで、手作りの石鹸を贈ることにした。
石鹸作り……転生物のラノべでは定番といっても良い。
「獣脂を集めて、灰を集めて、煮詰めて……」
本の中の主人公は皆あれやこれや努力をして石鹸を作っていた……が!
俺はそんな努力を致しません!!
「材料は……OK。揃ってる」
用意したのは錬金術で精製した水に、油と塩。その他諸々。灰や獣脂を使った石鹸作りは地球で本当に古くから行われていた製法だが、現代では“苛性ソーダ”を用いたもっと簡単な手作り石鹸の作り方が広まっていた。でもそのためには……
「まずは苛性ソーダを作ってと……」
苛性ソーダとは、“水酸化ナトリウム”の別名で、化学式はNaOH。その材料となるナトリウムを食塩(塩化ナトリウム)から分離する。この時分離された金属ナトリウムと一緒に毒性と腐食性のある塩素ガスが発生するので注意が必要。
また金属ナトリウムは空気中で非常に酸化しやすく、水分を加えると発熱や爆発を引き起こす物質なので、これまた慎重に錬金術で塊にした後酸素を取り除く。どうしても表面は少し酸化してしまうが、できるだけ酸化が進まないように容器に満たした油に漬けて保管。
そして今度は水を用意する。
容器に満たした水へごく小さな金属ナトリウムの欠片を加えると、導火線に火がついた光景をイメージしそうな音を立てながら水の表面を滑り始めた。加水分解により水酸化ナトリウムと水素が発生している証拠だ。
容器の中身を鑑定してみると、水も水酸化ナトリウム水溶液へと変化している。この水溶液をまた分離にかけることで、水と目的の水酸化ナトリウム。苛性ソーダが手に入る。
しかし金属ナトリウムを水に入れる事で爆発の危険がある他、水酸化ナトリウムも強いアルカリ性で腐食性を持つため、この水溶液が皮膚に付着すると大変危険なので、作業は普段使わない坑道の中。それでいて換気が十分に行われる場所を選び、作業中はツナギにクリーナースライムのゴーグル&ヘルメット。手も新調した手袋に包み、肌を露出しない完全装備で行わなければならない。
水酸化ナトリウムの精製には成功したし、金属ナトリウムと水を原料に直接結合の陣で作ればもう少し安全で効率も良いだろう。なにせ途中の“反応”をすっ飛ばして完成品になるからな……錬金術って。
こうして塩と水から作った苛性ソーダを用いて、ようやく石鹸作りを始める準備が整う。
相変わらず苛性ソーダを取り扱うので完全装備でなくてはならないが、ここからの作業はさほど難しくない。
苛性ソーダと水を量っておき、水を入れた容器に苛性ソーダを加えて混ぜる。この時に苛性ソーダの水和反応で熱が発生するため、蒸気や急激な沸騰に注意が必要。容器には水を先に入れ、徐々に苛性ソーダを加えていく方が安全だ。
次いで油を湯煎で温め、冷ました苛性ソーダの水溶液をゆっくりと加えていく。そしてできた液をしっかりとかき混ぜ、重くなってきたら香油などの香り付けに使いたいものを加え、型に流し込んでひとまず完成となる。
あとは冷えすぎないように保温しながら数日間寝かせれば固まってくれるが……
石鹸として固まった後に苛性ソーダが残っていたりすると、使用の際に火傷を負うと言われているのでここでも注意が必要。廃油で何度か作った経験はあるが、目的は自分用ではなくエリアへの贈り物。万が一を無くすため、最初は基本に忠実に。この作業工程に下手なアレンジは加えず、ソーダの分量や寝かせる期間など、実験と観察を重ねたい。
加えて石鹸は使用する油の種類や混ぜ物によって色、泡立ち、肌触り、効能なども変わってくる。石鹸作り自体は比較的簡単に済ませられる分、薬の勉強と合わせてこちらも吟味したい。
寝かせる時間もかかるし……昼は仕事。石鹸作りは毎晩少しずつ試作することにしよう。




