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ドルチェの日記

本日10話同時投稿。

この話は2話目です。

 日記に書くことが見つからず、店の前をうろついていた時。


「おや? ドルチェ君、そんなところで何を?」

「副店長……日記に書くことが見つからなくて」

「なるほど。そういう事なら、これまで書いた日記を読み返してはどうでしょう? 内容をまとめ直してみるだけでも練習になると思いますよ」

「……たしかに。そうします。ありがとうございます」


 カルム副店長から助言を貰った。


 さっそく寮の部屋に戻り、日記を開く。


 ……


 俺の名前はドルチェ。数ヶ月前から洗濯屋バンブーフォレストに雇われた用心棒。その前は生まれたスラムで日雇いの仕事をしながら自警団で活動していた。


 俺がここに雇われたきっかけは、一緒に育った兄貴分からの紹介だ。冒険者仲間の開いた店が妙な連中の妨害を受けている。給料はちゃんと払う奴だから、俺の代わりに守りを固める手伝いをして欲しい。そう言ったのは他でもない、俺がまともに仕事もできないガキの頃から世話になってきた兄貴だ。


 俺にとって仕事は生活のため。特別に嫌な仕事もやりたい仕事もなかったし、学もない。ガキの頃からできる仕事なら何でもやって、兄貴達にも助けられながら生計を立ててきた。だから兄貴の頼みで金まで貰えるなら、断る理由はなかった。


 数日待つと話が通って店に呼ばれ、出てきた店長を見て驚いた。店長はまだ11のガキだった。


 兄貴の認めた冒険者仲間が開いたと聞いていたから、強そうな奴かと思えば全然違う。それどころか嘗められてちょっかいを出されたことに納得した。それくらい弱そうで、大人しそうなガキ。それが最初の印象だ。


 しかし、その驚きはまだ序の口だった。


 いざ雇うかどうかの話になると、危険手当とかいう高めの給料だけでなく、タダで住める部屋に食事までついてくる。ちゃんと給料は払うどころか、とんでもない好条件を出してきた。裏があるんじゃないかと疑ったが、この店ではこれが普通の待遇だと言われた。数ヶ月雇われた今は本当だと分かっているが、あの時はまだ警戒していた。


 だが紹介した兄貴の顔を潰すわけにも行かず、店長からは悪意どころか警戒心も感じない。スラムの人間は犯罪者じゃない。けれどイメージが良くはない。だからスラムの人間を雇うならもっと慎重になるのが普通だ。隣にいた副店長にはある程度警戒する目を向けられていたが、それでもこれまで経験した中では良い方だった。


 結局俺はそのまま雇われることになり、用心棒の先輩として異国から来た親娘を紹介された。


「……」


 先を思い出して書き込んでいた手が止まる。


 ……雇用は決まったが、一応の腕試しということで店長と試合をすることになり、俺は負けた。


 兄貴から認められていることもあって、俺は11歳の店長相手に本気で戦ったはずだ。記憶がほとんど無いので戦ったはずとしか言えないが、最初に本気で槍を突き込んだ事と、それを見た店長の感心したような表情だけは覚えている。


 次に気づいたときは寮の空き部屋で寝かされていた。後で審判をしていたフェイさんに聞くと、槍を避けた店長にぶん殴られたらしい。


 そんな馬鹿な! と、聞いた時は子供の拳に一撃でやられたとは信じられずフェイさんに詰め寄ってしまった。すると部屋の隅を指差して、中心から大きく折れ曲がった槍を見せられる。腕試しで俺はとっさに槍を引き戻して拳を受けたが、勢いを止めきれなかったそうだ。


 槍は柄から穂先まで丸ごと鋳造された安物。だが鉄の柄はそれまで攻撃を受けるにも敵を殴るにも使えていた。それ相応の強度もあるはずだ。しかし槍は確かに曲がっていて、もう槍としては使えそうに無くなっている。


 おまけに私物の槍を折った事について、心から申し訳なさそうに謝ってきた店長はまた歳相応の子供にしか見えず、受け入れるのに一晩かかった。


 落ち込みもしたが、今は空いた時間で腕を磨くことにしている。


 槍は店長が前の詫びにと新しい槍を持ってきた。それも値段は恐ろしくて聞けなかったが、前より頑丈で軽い。間違いなく上等な槍を受け取ってしまった。さらに手が空けば先輩の2人にも相手をしてもらえる。


 店長だけでなくあの2人もかなり強くて、俺は一度も勝てたことがない。このあいだまで店の用心棒として雇われていたゴードンのおっさんが言うには、冒険者から見ても強い方。特にフェイさんとは戦いたくないとのことだ。


 本人は危険な国の出身だからと言っていたが、俺にはまだ理解できないくらい強い。これは間違いないと思う。


 ここに来てから家にも飯にも金にも訓練相手にも困らなくなった。支店勤務になった3人に誘われて、なんとなく始めた読み書きの勉強も続けている。こんな日記をつけ始めたきっかけも勉強だ。


 これには特に店長と副店長が協力的で、最初のページと見比べてみれば違いが明らかだ。これならいつかここを辞めても、また前の日雇いではない別の就職口が見つかるかもしれない。腕が上がっていれば冒険者になるのも悪くない。


 今の生活は楽しいから、まだ自分から辞めるつもりはないが。

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