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29.魔族の認識

10話に少し文を追加しました。



スイの姿を見た男達は一様に全員が下がる。誰かが呟いた。

「魔族だ……」

その呟きが聞こえる前から男達は分かっていたのか恐怖に歪んだ顔で必死に周りを見渡す。後ろにはケルベロス、前にはスイ、左右はそもそも道がない。建物と建物の間に小さな隙間はあるが通り抜けられるような大きさでもない。男達は恐怖のあまりか失神した。

スイはぽかんとする。

「えっ……?」

スイが成長したことで魔族だとばれるのは当然だしそこに疑問はない。だがまさか魔族だとばれただけで恐怖で失神すると誰が想像できるだろうか。スイはふと思い未だ馬車内にいる十六人の奴隷の方を向き半数以上が気絶しているのを確認して視線を逸らした。

「……想像以上に魔族の評価が悪い」

呟いたスイの一言でミティック達はばつが悪そうにしている。

「皆は悪くないよ。変えようもなかっただろうし気にしなくて良い。でもどうしようか。ここまでとは思ってなかったし……評価の回復はなかなか厳しいね」

「申し訳ありません。スイ様」

「良いって。それよりその男達縛っておいて」

「殺さないのですか?」

「殺そうかと思ってたけどこいつらを変えられれば魔族の評価も少しは回復……するかもしれないし無駄かもしれない。けどやっておきたいから殺さない」

そう言ってからスイは奴隷達の方へと向かう。奴隷といっても仮の主人であった奴隷商は亡くなっているので正確には奴隷とは言えず放置奴隷又は解放奴隷扱いだ。放置奴隷は主人が亡くなったが借金自体は残っていたり犯罪奴隷であればそう呼ばれる。誰かに拾われればその者が自動的に主人になるのだ。解放奴隷は借金を完済していれば解放される。誰かに拾われてもその者が主人になることはない。

スイの目の前にいる奴隷達は恐らく大半が借金を作らされた者か強制的に奴隷にされた違法奴隷だろう。違法奴隷といってもイルミア帝国にいる亜人奴隷はほぼ全てが違法といっても差し支えない。そもそも奴隷は犯罪奴隷か借金奴隷しか認められていない。それに亜人達がイルミア帝国に来ることは滅多にない。何故ならイルミア帝国では亜人奴隷が推奨されていることを知られているし獣国という自分達の国もちゃんとある。わざわざイルミア帝国に来る理由自体が殆ど無いのだ。そんな中数少ない亜人達がイルミア帝国に来て奴隷にされている時点でまともな手段で奴隷にはされていないだろう。

奴隷達は近付いて見ると子供と呼んでもいけそうな年齢の子供達だけが気絶しているようだ。少し話した狐耳の美女は気絶してはいない。だが、こちらを警戒するような目を向けて子供達を後ろに庇っている。馬車はそれほど大きくないので庇え切れておらずあまり意味はないが。

「私達はどうなるのでしょうか?」

「とりあえず私が貴女達の主人になる。そのあとは特に何もしない。獣国に戻るなら戻っても構わないし一緒に来たいなら来ても良い」

スイがそう言うとぽかんとする奴隷達。

「どうしたの?」

「えっ、あっ、でも何かさせるために私達を買おうとしたのでは?」

「違う。というか別に買おうとしたことに意味なんかないよ。何かさせたかったわけでもないし」

スイが断言するとダスターがスイに小さな声で話し掛ける。

「スイ様には色々なお考えがあるのでしょうがここは何かさせた方が良いかと思います」

「ん、どうして?(ちゃんと言ってきたね。唯々諾々と従うだけの部下は要らないから言わなかったら切り捨ててたよ)」

スイがそんなことを考えているとは知らずにダスターは続ける。

「何もさせないというのは不安を感じさせます。いつか何かさせられるのでは、断れない何かを押し付けられるのではないか。スイ様がそう思わせたくなく、かつ恩を感じさせたいのであれば小さな事でも何でも良いから行動させることで最終的にはプラスに働くようになると私は思います。勿論それも考えた上での行動であるのならば私は何も言いません」

「……ん(偉そうに言うとまあ及第点かな。色々と惜しいけど教育さえしっかりすれば優秀な秘書にはなりそう。執事っぽいけど)」

スイが試した事にはダスターは気付いていなさそうだがミティックとトリアーナは気付いたようだ。グラフとアトラムは最初から気付くとは思っていない。鬼族はそんなに頭が良くないのだ。

「……じゃあ何をさせる?」

スイがダスターに問うと黙り込み考え始めた。ミティックとトリアーナもまた考えている。グラフとアトラムは考えても分からないと割り切っているのか失神した男達を縛り始めた。縛るためのものは男達の服だ。ただし少し魔力が回復したのか硬化(ハードニング)の魔法で硬くしている。鉄より硬い服の出来上がりだ。動くことすら出来ないだろう。

「私達の下働きとか?」とトリアーナ。

「技を仕込んで各所で隠密活動でしょうか?」とこれはダスターだ。

「隠密と多少被りますが適当な所で扇動させたりとかはどうでしょう?」とミティック。

スイはそれを聞くと頷いてから三人を殴って無理矢理座らせた。三人は突然かつ意外に力強く殴られたことで悶絶している。

「不正解。何故こき使う方向に向かうの。彼女達にはそこまでの重労働が出来る体力がない。下働きも却下。十六人も要らない。技を仕込むのは誰?仕込んでも使い物にならなければ?隠密活動って何をさせるの?扇動も却下。危険だし今はそこまで表立って行動出来ないしそもそも何を扇動させるの?」

スイに言われて自分達の案に不明瞭な点が幾つもあることに気付いたのだろう。少し恥ずかしそうにしている。

「貴方達の考えは全体的に浅い。どこか舐めてるところがある。大方誰かに命令されれば良かったからそうなったんだろうけど今後もそんな感じなら私は貴方達を切り捨てるよ。今私と一緒にいる奴隷の子達の方が余程頭が柔らかい。部下を扱うこともまともに出来ないなら隊長なんて辞めてしまえ」

スイにそこまで言われて少し青くなった三人に向かってスイは冷たい目を向ける。グラフとアトラムは呑気そうにそれを眺めていたため二人を呼び寄せると三人同様に殴って沈める。アトラムだけは殴られるより前に逃げようとしたのでケルベロスに踏みつけてもらう。

「グラフもアトラムも隊長だよね?なのに何なの?考えることすらしないって舐めきってるよね?ただ戦闘で突っ込むだけなら馬鹿でも出来るよ。私の部下になるのなら馬鹿は馬鹿でも使える馬鹿になりなさい。使えないのならその時は切り捨てる」

スイが更に五人に向かって言葉を続ける。

「貴方達は仮にも隊長だった。今後も隊長かは知らないし興味もない。今私は貴方達に失望している。使えない部下なんて要らないからね。私からの評価を覆したいのならば足りない頭で考えなさい。ここまで言われて私に向かって反抗的な態度を取るのならばそれでも良い。叩き潰してあげるから。逆に従順なのも要らない。ただ優秀でいなさい。貴方達は父様が認めた者達なのだから思考停止せずに常に考えて行動して優秀であると私に示しなさい」

なかなか偉そうに言ってみたが五人には反抗的な態度は見られなかった。むしろ気を引き締めたようだ。父様はかなり慕われていたようで少し嬉しくなる。

と、ここまで放置していた奴隷達の方を見るとぽかんとしたまま事態の推移を見守っていたようだ。いや見守っていたというより何がどうなっているのか分かっていなかっただけのようだが。

「とりあえず貴方達にしてもらうようなことは特に考えてない。何か出来るとも思えないし。見た目も良いし愛玩用として仕入れられている者ばかりでしょう」

見た目は現在美女になっているスイだが元の姿が少女であることを知っているためか愛玩用等という言葉が出てくると違和感だらけである。美女の姿であっても違和感があるのは間違いないが。狐耳の美女もミティック達も何とも言えない表情をしていた。

「まあ、何かさせることも出来なくもないか……適当に商売でもやらせて生きさせれば……難しいかな?いや資金はあるし食品だろうが日用品だろうが作らせて売れれば元手も回収できるかなあ?商売とかしたこと無いし何したら良いか分からないけど。あっ、とりあえずダスター、奴隷商に渡したお金と顧客用のリストみたいなのがあったら取ってきて」

ダスターに命じるとすぐに屋敷横の小屋の中に入っていく。行く前にダスターはグラフに声を掛け屋敷に向かわせていた。すぐにダスターは出てきて屋敷の中へと入っていった。

「トリアーナ、馬車を壊して中の子達を出して。私がやると馬車ごと変形しかねないから」

スイは力の制御こそ出来ているのだが上手くはない。何故かと言うと前世ではひ弱で普通、とは言わないかもしれないが常識の範囲内での普通の人の子だったのだ。鉄格子をひん曲げたりする力加減など分かるわけがない。イメージ的には本気でやらなければ曲がらない、もしくは曲がることもないという認識だがスイの今の身体は遥かに強靭だ。恐らく片手でぐしゃぐしゃに握り潰したり叩くだけで折れたりするだろうが力加減が分からないために叩いて吹き飛んでいったりしたら目も当てられない。

トリアーナは両手で鉄格子を広げて中にいた奴隷達を出している。気絶している子はトリアーナが担いで出していた。

「えっと……狐さん」

狐耳の美女の名前をまだ知らないためそう呼ぶと微笑ましいものを見るような目でミティックが見ている。何故か無性に腹が立ったので後で殴ることにしよう。

「ハルテイアです。灰狐(はいこ)族のハルテイア」

「……ん、ハルテイア。貴女にこの子達を任せようと思うんだけど……何がしたい?私の事を信頼できないなら離れる。お金が必要なら出してもあげる。ずっとは流石にしないけど」

「…少しだけ失礼なことをしても良いでしょうか?」

「ん?……良いよ」

ハルテイアが近付いてきてスイの額に自らの額を当てる。スイの知識の中には灰狐族が嘘や真実を見抜くというものがある。どうするのかまでは流石に知らなかったが。額を当てたまま一分程経過してからハルテイアが離れる。

「貴女の言った言葉に嘘偽りが無く私達を心配していることが分かったわ。私達を連れていってくれないでしょうか?」

「……別に構わないけどどうして?」

「貴女の目的を達成させたいからよ。魔王ウラノリア様の娘スイ様」

「………………記憶を読めるの?」

「時間は掛かるけどもね。一年分も無かったのは驚いたけれど」

「なるほど、確かに失礼なことだね。責めはしないけど。むしろ知っていてくれた方が動きやすくて良い。けど大胆だね。魔族だって分かっていたのに」

「どうせ逃げられはしないだろうしそれなら目的とか知りたいじゃない」

「気持ちは分かるけどね。他の子はどうするつもりだったの?」

「危なそうなら記憶を読めるなんて言わないわよ」

「ん……そっか」

スイは意外に有用そうな人物を手に入れたことに少しだけ喜んでいた。当然のように誰も気付きはしなかったのだが。

その時横の小さな路地から男が飛び出してくる。男はこんなところにスイ達がいるとは思っていなかったのだろう。一瞬立ち止まったがすぐに何処かへと走り去っていく。

「……?怪我してた?」

スイは男が立ち去った方へと視線を向けて走れるのならば大した怪我ではないかと思いすぐに興味を失う。

「スイ様、戻りました」

ダスターとグラフがその手に大量の紙と貴金属、金貨や銀貨などを抱えて戻ってくる。

「…………ごめん、そんなにあると思ってなかった」

二人は抱えきれるだけの量を持ってきていたので少し申し訳なくなる。

「まだそれ以外にも……あるよね。指輪に入れるよ」

スイは屋敷の入り口に大量に集められた顧客リスト、金貨や銀貨、宝飾品、絵画等を次々と指輪に入れていく。かなりあったために全て収納するのに十分近くかかった。スイが屋敷から出るとハルテイア達は気絶していた子達を起こして事情を説明しているようだ。

「ああ、ほらあの人が私達の主人よ」

ハルテイアがスイを指差して言う。

「……主人?」

「そっちの方が良いかと思ったんだけど駄目だったかしら?」

「ん、大丈夫。ありがと」

スイが到着すると奴隷達は一様にまるで長年の主人を見付けたかのように臣下の礼のようなものをする。

「……えっ」

困惑したスイに気絶していて起きた熊耳の男の子が跪いたまま声を掛ける。

「魔王ウラノリア様の娘スイ様、今こそ私達はあの時受けた恩を返させて貰いたいと思います」

「……えっ」

「魔王ウラノリア様には亡くなられる少し前に私達の未来を案じ亜人族が安心して生きられるよう獣国トルモル、いえセロニア大陸を造っていただきました」

「……ああ、地図に見たこと無い大陸があると思ってたら父様が造ってたんだ。知識にはそんなの無かったから結構困ってたんだ」

スイは漸く合点がいった。東方大陸―現在のイルミア帝国から法国セイリオス、その他諸国連合―と西方大陸―剣国アルドゥスからセイリオス迄を含まない平野部分―が何故くっついて居たのかはアルフから聞いている。本来海を隔てていた大陸同士だがある時強大な太陽の力で海が蒸発して繋がったと聞いている。意味が分からなかったので詳しく説明させるとこうだ。

およそ四百年程前に魔族の侵攻は激しさを増し現在のアルドゥス、つまり西方大陸は完全に支配された。そして海を隔てた東方大陸の半分近く、セイリオスの首都である聖都近くまで支配されていた。その時に聖都から一人の男性が立ち上がった。後のアルドゥスの初代国王となるエスラダ・アルドゥスだ。その男は強大なアーティファクト、話を聞く限りでは太陽剣ノクトハと思われる。所有者を強化して太陽の力を溜め込む剣、解放された太陽の力は強大な一撃となる。

エスラダはその剣を振るい次々と大陸にいた魔族達を追い出していった。そして海が見えた場所でヴェルデニアと対峙する。戦いは一昼夜にも及び辺りは壊滅的な被害を負う。そしてエスラダはそれまでの十四年溜め込んだノクトハの力を解放してヴェルデニアに致命傷を負わせる。殺害こそ出来なかったが身体の半分以上を消し飛ばしたようだ。エスラダも力の解放に耐えきれず意識を失う。その時に解放された太陽の力が海を蒸発させて大陸同士を繋げてしまったらしい。これを聞いたときはヴェルデニアと対等に戦えた人族が居たことに心底驚いた。

「……ん、まあ良いや。お礼をしてくれるというのなら有り難くもらうよ」

スイはそう言ってから空を見上げる。何だかんだ時間が立っていたようで日が暮れ始めている。

「……グラフ、ミティック、男達を縛って連れてきなさい。ハルテイア達もどうするかは決めてないから一緒に来て」

そう言ってスイは歩き始める。どうしよっかなと少し困りながら歩いていたことには誰も気付かなかった。



「王子様なんかじゃないって言ってるだろう!?そろそろ戻らせてくれよ!」

「嫌です。王子様を奴隷などにする酷い主人には一言、いえ二言、いやもっともっと言わなければいけませんの!だから一緒に連れていってください!王子様を助けてみせます!」

「王子様じゃないし別に奴隷なことに困ってない!むしろそれなりに良い思いはさせてもらってる!だから付いてくんなよ!」

「そんなご無体な!王子様ぁ!」

数分後に近くで言い争っているアルフを見付けると思わなかった。スイは何だか締まらないなぁと思った。

スイ「…………」

アルフ「だから王子様なんかじゃないって!」

少女「いいえ!私にとっては王子様です!」

スイ「……何か見てて楽しいなぁ」

トリアーナ「……(スイ様意外に趣味が悪いのかな?)」

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