51. この瞬間を永遠に
その後トリスタン様は王族の籍を離れ、新たに公爵の位を賜った。
私たちは共に大陸を飛び回り、時にアルーシアの改革を後押しし、時に周辺諸国の些細な諍いを調停しながら、幾多の会合に臨んだ。
そうした自分たちの務めに明け暮れ、いくつかの季節を越えた後、ついに私とトリスタン様は結婚の日を迎えた。
式はイルガルド王宮そばの大聖堂で行われた。
自国の王族、貴族のみならず、大陸各国からも賓客が集った。アルーシア王国からはアウグスト王太子とフロレンティーナ王女が列席してくださり、さらにドラヴァン公国の公爵夫妻やルシンダ公女をはじめ、各国の名立たる要人たちが大勢祝福してくださった。
トリスタン様は、胸元や肩口に繊細な銀糸の刺繍をあしらった純白の礼装に身を包んだ。陽の光を受け光沢を放つその装いは、彼の艶やかな銀髪の美しさと相まって、威厳漂う中にも清廉な雰囲気をまとっていた。
一方の私も、同じく純白のドレス姿。腰から膝にかけて身体に沿うように仕立てられた、裾が広がる優美なそのドレスは、着付けてくれた侍女たちが皆ため息をついて褒めそやすほど素晴らしいものだった。薔薇や蔦のモチーフの繊細な銀糸の刺繍があしらわれ、長く流れるヴェールは上品な艶を帯びていた。歩みを進めるたびたおやかに揺れるそれらは、柔らかく輝いている。
頭上のティアラの中央には、夜明けの月光を閉じ込めたような大粒のムーンストーンが嵌め込まれていた。白銀にきらめくその光も、ドレスも、まるでトリスタン様の髪色を映したかのよう。
聖堂のエスコートは、リューデ外務局長が担ってくださった。「緊張します……本当に私でいいのですか?」などと当日まで何度も言っていた局長だったけれど、いざ聖堂の扉が開き列席者全員の視線を集めた時には、微塵の動揺も見せなかった。穏やかな笑みを浮かべ私と歩みを進めてくれる局長はさすがの落ち着きようで、とても頼もしかった。
列席者たちの優しい笑顔に満ちた聖堂の中を進む時、私の胸にはかつてない幸福感が溢れていた。
祭壇の前では、トリスタン様が片時も目を逸らすことなくこちらを見つめ、私のことを待っている。胸は痛いほど高鳴り、踏み出す足はまるで雲の上を歩いているようだった。
祭壇の前で足を止めると、リューデ局長からトリスタン様に、私の手がそっと渡される。温かく優しい手が離れ、愛する人の力強い手にしっかりと包まれた。
司教と国王陛下、そしてこの場に集まってくれた全ての人の前で、トリスタン様と私は生涯の愛とイルガルド王国への献身を誓う。
それから私たちは向かい合い、見つめ合った。……心臓の鼓動が、彼にまで聞こえてしまいそう。トリスタン様の大きな手のひらが、私の両肩にそっと触れる。
「……綺麗だ……」
彼の呟きは私の耳に届き、火照っていた頬がますます熱くなった。
骨ばったその指先が、繊細な動きで私のベールを持ち上げる。この瞬間を永遠に脳裏に刻みたい。彼の漆黒の瞳を見つめ、私は心からそう思った。何もかもを、ずっと覚えていたい。
ステンドグラスから差し込む、華やかな光。水を打ったような静謐。頬に触れる彼の手の温もり。私のことだけを映す、深く澄んだ瞳。
顎を少し上げ、目を閉じた瞬間、唇に優しい感触と熱が重なる。
響き渡る鐘の音と割れんばかりの拍手が、私たちを包み込んだ。
式が終わると、王宮の大広間で盛大な披露宴が行われた。その後はダンスパーティー。ウェディングドレスから軽やかなシルクのドレスに着替え、トリスタン様とファーストダンスを踊った。それからは列席者たちとの歓談が続き、夜も更けた頃には、さすがに足が痺れるように痛んでいた。
今日から二人で暮らすことになったのは、私がイルガルド王宮に勤めることが決まった時からずっと住まわせてもらっていた、トリスタン様所有のお屋敷。彼は臣籍降下したけれど、このお屋敷は国王陛下の下賜により公爵家のものと改められ、そのまま新居として暮らせることになったのだ。家令やテレーザたち馴染みの侍女も、引き続きここで勤めてくれることになった。私はこれまで使わせてもらっていた私室から、夫婦の寝室に隣接した部屋へと移ることになった。
帰宅後、湯浴みや着替えを済ませながら、式の時以上の緊張で心臓が破裂しそうだった。手は震えるし、呼吸はうまくできないし、めまいさえする。
トリスタン様のお顔が、ずっと頭から離れなかった。




