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母国を捨てた冷遇お飾り王子妃は、隣国で開花し凱旋します  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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43. 決裂

(……え……?)


 ヒューゴ殿下のその言葉に、一瞬頭が真っ白になった。心臓が痛いほど大きく脈打つ。

 アルーシアは、トリスタン王弟殿下に王女を……あの王太子ご夫妻の一人娘を、輿入れさせるつもりでいるの……?


(十四歳になる頃って……王弟殿下をおいくつだと思っているの……? そんなことを考えていたなんて……)


 そもそも王太子ご夫妻は、このことをご存じなのだろうか。

 けれど、私が暗い気持ちになる間もないほどの早さで、王弟殿下がその申し出を拒絶した。


「断る」

「こ……、……は? 今、何と言った……?」


 ヒューゴ殿下をはじめ、アルーシア側の重鎮たちは皆、亡霊でも見るような目で王弟殿下を見つめている。


「お……王族である以上、国のために最も有利な縁組みを選ぶのは、貴殿の務めだろう!」

「務めならば果たしている。内政、外交、国境防衛の指揮……王族としての私に求められる責務は、きちんと遂行しているつもりだ。……少なくとも私は、王国が大きく傾くまで何も対応しないような、仕事もできない“お飾り王族”ではない。結婚相手ぐらい、自分の意志で選ぶ」

「な……、な……っ!!」


 痛烈な嫌みに気付いたのか、ヒューゴ殿下がカッと目を剥いた。その周囲の大臣たちもまた、怒りをあらわに王弟殿下を睨みつける。会談の雲行きは悪くなるばかりで、だんだんと不安になってきた。

 けれど王弟殿下は微塵も怯むことなく、淡々と言葉を続ける。


「そもそも今の貴国との王家同士の縁組みなど、我らには必要ない。往時の威光に縋るばかりの貴国と今さら結びついたところで、イルガルドに得るものはないからだ。むしろ我々の歩みを縛る枷となろう。……それに、私にはすでに心に決めた相手がいる。他の誰かを妻に迎えるつもりはない」


(────っ! 殿下……っ)


 最後の言葉は、まるで隣にいる私に言い聞かせるかのように優しい声色だった。

 ヒューゴ殿下はついに涙ぐみ、大きな音を立てて立ち上がった。そして顔も耳も首も真っ赤に染め、震えだす。

 今の王弟殿下の言葉から必死で気を逸らしつつ、私はヒューゴ殿下に言い聞かせるよう静かに告げた。


「……殿下、我々イルガルドはアルーシアを滅ぼそうとしているわけではございません。ただ、これまでのように大国だけが富を独占し、周辺諸国から搾取し従わせる仕組みは、もはや成り立たないのです。全ての国が互いに手を取り合い、共に繁栄していく。そのためにはアルーシアもまた、諸国と共に歩む形へと変わっていく必要があるのですよ」


 私がその言葉を最後まで言い終わる前に、ヒューゴ殿下が叫びに近い甲高い声を上げた。


「もういい!! あ、あまりにも身の程知らずだ……!! この僕をこけにして、何がお飾り王族だ……何が往時の威光だ……!! わ、我々が、思い上がっているだと……!? このような侮辱、大国アルーシアの威信にかけて到底看過できない! これ以上逆らうなら……こ、こちらの軍勢を動かし、貴様らを筆頭とする生意気な諸国に、武力をもって思い知らせてやるまでだ! それでよいのだな!?」

「……っ!!」


 思わず目を見開いた。

(何を言っているの? 軍勢を動かすって……開戦するってこと? これだけの重鎮たちが列席している場で王族がそれを口にしたのなら、もはやなかったことにはできない。これでは、本当に……)


 心臓が早鐘を打ちはじめる。けれどトリスタン王弟殿下は、微動だにしなかった。ヒューゴ殿下に冷ややかな眼差しを向け、はっきりとした声で告げる。


「……好きにすればいい。戦を望むのならば、我らは即時帰国し、アルーシアがますます孤立していく様を静観しつつ応戦の準備をするまでだ。選ぶのはそちらだ」

「な……っ」


 短く言い放たれた一言に、ヒューゴ殿下の顔が見る間に青ざめた。そのこめかみがぴくりと痙攣した。


「……く……っ、き、貴様ら……! 覚えておけ!! せいぜい後悔することになるだろう!!」


 そう捨て台詞を吐くと、彼は憤然と会議室を飛び出していった。宰相や大臣たちも困惑の表情を浮かべながら、後に続くように席を立ち、退室する。

 残されたのは私たちイルガルド一行だけだった。

 重苦しい沈黙が降りる。トリスタン王弟殿下は肩を竦め、すぐに立ち上がった。


「……もう十分だ。これ以上ここに留まっていても無益だろう。帰国の準備をしよう」

「……このまま去ってよろしいのですか、殿下」


 リューデ局長も、さすがに不安そうだ。


「かまわない。これだけ懇切丁寧に言い聞かせてやったのに、この反応だ。もうこれ以上我々にできることはない。まぁ、アルーシアの重鎮らも馬鹿ではないはずだ。頭に血が上った王子を、時間をかけて諭すことくらいはするだろう」

「はぁ……。たしかに。今のアルーシアにとって開戦などあまりに分が悪いと、分からぬはずがございませんよね……」


 局長は王弟殿下の言葉に相槌を打ちながら、自分たちに言い聞かせるようにそう言った。

 決裂してしまったけれど、致し方ない。私たちは静かに会議室を後にした。


 迎賓館に向かうため、王弟殿下を先頭に回廊を歩く。するとしばらくして、向かい側から華やかな一団が近付いてくるのが見えた。


(あれは……ラモール侯爵令嬢。いえ、エリヴィア王子妃だわ)





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