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母国を捨てた冷遇お飾り王子妃は、隣国で開花し凱旋します  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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23. 二人で街へ

 翌週の休日。持っているものの中で最も地味なワンピースを身に着け、平民に見えるよう装った。長い黒髪は、少し悩んでから、後ろで三つ編みに結ってもらうことにした。そしてさらに悩んだ挙げ句、以前殿下からいただいた中で一番控えめなネックレスを一つだけ身に着けた。

 前日に伝言があった通り、王弟殿下はお昼少し前に私を屋敷まで迎えに来てくださった。


「待たせてすまない」

「い、いいえ。とんでもないです。今日はわざわざありがとうございます」


 ついどもってしまったのは、殿下の装いがいつもと全く違っていてドキッとしたからだ。

 彼はいつもの王族らしい衣装ではなく、麻のシャツにシンプルな薄手の外套だけを羽織っていた。艶やかな銀髪は、今は帽子の下に隠れている。

 一見すればただの若い旅人か商人にしか見えない……けれど。

 その立ち姿の端々に滲み出る威圧感とオーラは、どうしたって隠しきれるものではなかった。


(これほど簡素な装いをしていても、こんなにも素敵だなんて。さすがは王族ね……)


 逞しい肩幅や、まくり上げた袖から覗く小麦色の腕さえも色っぽい。

 ドギマギしていると、殿下は私を見つめて妖艶に微笑んだ。


「君は本当に綺麗だな。地味な服装をしていても、その美貌は隠しきれていない。街に出たら俺のそばを絶対に離れるなよ」

「な……っ」


 突然向けられた真っ直ぐな賛辞の言葉に、思わず声が漏れる。取り繕う間もなく、私の顔は熱く火照った。恥ずかしい。

 動揺のあまり、彼から目を逸らしてしまう。


「か、からかわないでくださいませ。殿下は本当に……人の心を惑わすようなことばかりおっしゃいます」

「そうか? 俺がいつ君の心を惑わせたと?」

「……っ」


(し、しまった……)


 こんなことを言ってしまっては、これまで私が殿下の言葉に心を乱されたことがあると白状しているようなものだ。「特別な人なのだから」とか……。きっと殿下は深い意味などなくさらりと言っただけなのに……。


「……何でもございません。参りましょう、殿下」


 ますます熱くなった顔を背けたままそう言うと、まるで見透かしたように殿下がくすりと笑った。


「使ってくれているんだな。よく似合っているよ、そのネックレスも」


 そしてさらにそんなことを囁き、ますます私を動揺させたのだった。




 紋章のない小型の馬車に小一時間ほど揺られた後、賑やかな繁華街に到着した。

 先に馬車を降りた殿下が、私に向かって片手を伸ばす。


「おいで、セレステ。この先は王都一賑わっている通りだ。ゆっくりと見て回ってから昼食にしよう」

「……で……っ、殿下……っ!?」

「ん?」


 どうしたんだ? と言わんばかりの表情でこちらを見ているけれど、私は再び大きく動揺していた。馬車から降りようとした姿勢のままで固まる。


「今……私のことを……」

「……ああ。今日はもちろん、君のことはセレステと呼ぶ。俺たちは今、平民の夫婦だ。いいな?」

「ふ……!? ふうふ、って……」

「君も俺を『殿下』なんて呼ぶなよ。名前で呼べ。分かったな」

「……し……承知いたしました……」

「ほら、おいで」


 促され、私は殿下の手に自分の手をそっと乗せ、馬車を降りた。仕事をとられたフットマンが、やや緊張した面持ちでこちらを見ている。

 隣に立った私を見て、殿下が言った。


「呼んでみろ」

「……えっ?」

「俺のことを。名前で」

「…………ト、トリスタン様」

「愛称の方がいい」

「……トリス様……」


 耳まで真っ赤になりながらそう言うと、彼は満足げに微笑んだ。




 大通りは賑わいを見せていた。書類で伝わる情報から民のゆとりのない生活ぶりを推察していたけれど、こうして実際に目にすると、平民たちも皆それなりに小綺麗な格好をし、買い物を楽しんでいるようだ。


「想像していたよりも、皆さん穏やかに暮らしているようですね。少し安心しました」

「民の暮らしの水準は守れるよう、無駄な税の徴収などはしていないからな。今はちょうど、収穫祭の真っ最中だ。交易で得た利益を商人たちに還元させ、祭りの費用も彼らの出資で賄う。民は楽しみを得て、商人らも商機を得ることができる。結果、街は活気づいているんだ」

「なるほど……」


 行き交う人々の表情は明るく、そこかしこで楽しげな会話が聞こえてくる。殿下に並び通りを歩きながら、私は周囲をゆっくりと見回した。私たちと同様に平民風の装いをした大勢の護衛らも、人波に紛れてついてくる。


(……よく見ると、やはりアルーシアの王都とは少し雰囲気が違うわね……)


 民たちは明るく快活な様子だけれど、装いはわりと地味だ。アルーシアの王都の民たちは、色とりどりの布地や装飾を取り入れ、レースやリボン、アクセサリーなども身に着けている人が多かった。

 店や屋台の種類にも差があるのが分かる。瀟洒な菓子店や小物店、玩具店など、様々な種類の店が多く立ち並んでいたアルーシアと比較すると、ここは売っているものの種類が少なく感じる。パンや乾物の店が特に多く見られ、決して食料が不足している様子はないが、お洒落な店などはあまりない。


(……それに、建物。壁の漆喰が剥がれていたり、屋根瓦が欠けた家が目につくわ。この辺りもアルーシアの街並みとは違う……)


 そんな分析をしながら、通りの店に入っていく女性たちを何気なく見ていた時。突然、肩に強い衝撃が走った。


「っ! あ、ごめんなさい」

「おっと、これは失礼!」


 背の高い男性とぶつかってしまったらしい。互いに同じタイミングで謝罪をすると、相手はそのまま通り過ぎていった。


「セレステ」


 その時、殿下がすぐさま私に手を伸ばし、指を絡め取った。


「……でん……、トリス様……」

「周りが見たいのなら、この手を離すな」

「……はい」


(大きな手……)


 骨ばった指が、私の手を包み込むように覆う。体温の高い、頼もしい手。

 言いようのない高揚感と緊張で、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。






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